奈良市(旧都祁村)へ
この日の活動は、行事取材に協力してくださった方々へのお礼まいり。 3月27日まで展示していた県立民俗博物館事業の「私がとらえた大和の民俗写真展」。 3枚目サブテーマの「で、あっても、なかっても・・」。 携帯電話で撮った小さな写真。 L版にプリ…
東京千里眼監修濃厚ラーメンニンニク醤油味を食べていた車中食。 落ち着きのある景観に車を停めたその場は、榛原高塚に鎮座する八咫烏神社の鳥居。 国道に面したそこでお昼を摂っていた。 食事を済ませて車を走らせた。 弓なりカーブに見た稲架け。 その位置…
都祁白石にかつてされていたカラスのモチ。体験事例を話してくれた西隣村に住む南之庄のYさん。昭和14年生まれの83歳。南之庄の年中行事取材の折りに、何かと教えてくださった。年中行事にいちばんの笑顔で集落を巡っていたYさんの好印象。今も記憶に…
都祁白石、辻村商店を表敬訪問する。 ただ、通過していくには申しわけなく、お店に顔出し。 そのときの話題は、氏神社の年中行事。 今回、半年の期間を受け持つ社守を務めるようになり、後半の半年間は、来年6月からはもうそれ以上の役がない頂点役のたゆう…
お盆習俗のサシサバのイタダキサンを拝見させてもらった帰り道。 それからも目にしたお盆の習俗が見つかった。 場は、サシサバのイタダキサンを拝見した奈良市荻町。 取材したT家から下った街道沿いに建つお家。 垣根といえばいいのかどうかわからないが・…
この年の御供はどのような形になったのだろうか。その年、その年でないと形がわからない御供は野菜で作る。元々は、村の住民たちが、お寺に寄進する形式だったと推定される行事。初めて訪れた奈良市小倉町にもあった。にも、あったというのは、私の知る範囲…
今年、平成31年2月9日に訪れた奈良市旧都祁村の荻町。 子どもの涅槃講調査の際にお会いした氏子総代のIさんの許可を得て拝見していた荻坐神社の祭典行事表に7月7日に近い日曜日は「天王行者祭」とあった。 上荻が当番大字。 場所は上荻にある天王社で…
山添村勝原の盆のあり方を取材してから立ち寄った奈良市都祁白石町の辻村商店。 日暮れのころに先祖さんを迎える、と話していたので伺った。 13日の先祖迎えの日であっても刺しさばを求めるお客さんがやってくる。 只今販売中であることを伝える「遠くは江…
数日前にも訪れていた奈良市白石町。お盆に供える刺しサバつくりをしていた辻村商店店主のTさんが、教えてくださった虫干し行事。行事の場は国津神社の社務所である。寺屋敷の名もあるその場で六百巻もある大般若経経典の虫干しをするという。すぐ近くにあ…
久しぶりに立ち寄った今は奈良市であるが、十数年前までの行政区域は都祁村であった都祁南之庄。 17年前の平成15年からちょこちょこと村々を訪れては年中行事を拝見していた。 南之庄の氏神さんは国津神社。 初めて拝見した行事は結鎮であるが、神職は登…
長谷町のT家の習俗を取材し、午前中の時間に余裕が生まれた。 アテもなく、さてどこへ行こうか。 時間の許す限りの民俗散策に立ち寄った奈良市白石町・国津神社。 伺ったこの日にされていた門松立て。 朝早くに集まった宮守さんらが立てた門松。 先に拝見し…
名阪国道を走る。 行事取材に必ずといっていいほど立ち寄る針テラス。 食事もそうだがトイレも助けてくれる休憩地点。 とれしゃき市場もよく入店する。 そこを離れて走る国道369号線。 少し南下したところにある信号は白石。 角に辻村商店がある。 その傍…
天理から入った西名阪国道を行く。 ほぼ登り切ったところにある福住IC。 そこからは地道を走りながら周りに見える雪景色を楽しみながらドライブする。 尤も速度は減速気味。 スタッドレスタイヤの能力を発揮する地道にウキウキ感よりも怖さが先にある。 い…
奈良県の東山中・山間部は多様で多彩な民俗行事が行われてきた。 私の調査範囲内であるが、近年になってからは急激に変容しているように思えて仕方がない。 天理市福住に山田町。 旧都祁村の荻から山添村の峰寺、室津、北野、大塩、箕輪を巡ってきた。 帰り…
・・遠く広がる世界に何を想う・・。 奈良市茗荷町から室生の下笠間に向かって車を走らせていた。 古びた鉄塔が目に入った。 その下にある何かが気になった。 辺りは冬の空。 どんよりしているが空気は清廉だ。 冷たい風は吹き抜ける。 立ち止った地は旧都祁…
毎年の10月12日の宵宮に古式ゆかしく題目立(だいもくたて)を奉納する奈良市旧都祁村の大字上深川。氏神さんを祀る八柱神社に向かって奉納する。例祭は10月13日。かつては旧暦の九月九日であった。宵宮の行事に奉納芸能として題目立が行われるので…
奈良市の旧都祁村の小倉町に着いた時間帯は午前10時過ぎだった。 この日は朝早くから観音堂に集まってきた男性たちが村の人から寄進された野菜に向き合って苦戦していた。 今年のお供えはどういう形にすればいいのやら、向き合い思案する。 出来あがりの姿…
かつて都祁上深川で行われていた富士垢離行事があった。当時、営んでいた人たちは富士講。今でもそうであるが講中は5人。うちお一人は若い時の映像が残されている。映像は動画である。記録された映像を所蔵しているのは奈良県立民俗博物館である。そこで拝…
上深川のゲー行事を取材して帰路につく。 名阪国道に入ろうとした辻に石碑がある。 小倉倉立である。 そこに立てていた竹にお札を挟んでいた。 この光景はたびたび目撃するが虫送りに立てた祈祷札に違いないと思っている。 風雨に見舞われた祈祷札は無残にも…
平成17年に取材した「ゲー」の行事。2年後の平成19年も訪れて取材した。それ以来であるから実に9年ぶり。そのときに聞いていた本来の行事日は夏至から11日数えた日の半夏生。さらに翌日になると聞いていた。いつからその日から集まりやすい第一日曜…
かつてはその日にボタモチ食べていたと聞いていた森神さんに参る「おせんどう」。「おせんどう」とは一体、何である、だ。数々の県内行事や風習を拝見してきたが同じ名称の行事はどこにもなかった。特有の表現なのかどうかもわからないが、森神さんに拝礼し…
何度か行事を取材した奈良市小山戸町に鎮座する都祁山口神社。 20年に一度の造営事業が行われると聞いていた。 隣村の奈良市藺生町の氏子たちがそう話していた。 小山戸・都祁山口神社行事を務めているのは鎮座地の小山戸町と隣接する相河町の氏子たちであ…
村神主、造営委員長から頼まれて村の記録写真を撮ることになった。 場所は奈良市藺生町だ。 20年に一度の葛神社の造営事業。 朝10時から始まる受付に間に合うよう車を走らせる。 遅れてはならない村の記録に焦りはないがついつい速度が増す街道。 天理市…
平成17年4月に奈良市に編入された旧都祁村。 その都祁村は昭和30年、ほぼ西名阪道路を挟んで南側にある旧都介野村10カ村と北の旧針ヶ別所村5カ村が合併してできた村だった。 旧都介野村10カ村は藺生・小山戸・相河・南之庄・甲岡・来迎寺・友田・…
奈良市藺生町(いうちょう)は旧都祁村大字のひとつ。 藺生は訛って「ゆう」と云う人もおられる。 5月初めに天理市山田町で田植えをしていた家族に出合う。 田植え機を操作していた男性。 お互いが顔を見合わせてどこかで見たことがあると思いだす。 ときお…
青龍寺から葛神社へ向かう道は田園が広がる。 先月末にはすべての田植えを終えて「毛掛け参籠」が行われた。 神社に参って村の田植えが終わったことを神さんに報告する村行事だ。 田園を見ていたとき、白いモノが目に入った。 竹に挟んだ白いモノは正月初め…
この日も立ち寄った旧都祁村の奈良市都祁白石町。 朝9時はたっぷりの雪があったが、それから4時間後はすっかり落ち着いていた。 雪景色の勧請縄も記録のうちと思ってシャッターを切る。 というよりも確認したかったのは縄にあった「印」である。 白いモノ…
都祁の大字上深川・下深川を離れて東に向かう。 旧都祁村の奈良市都祁白石町である。 探していたカンジョウナワがかかっていた。 房もシデもない一本の藁製ロープは道路を挟んだ樹木に巻きつけていた。 いつかけたのか存知しない。 村人を探したが、この日は…
都祁の大字上深川の歳旦祭を見届けて北へ向かう。 ここは大字下深川。 平成17年2月10日に行われた正月初めの寺行事を取材させてもらった。 帝釈寺の柳のオコナイだった。 当地には春日神社がある。 神社行事は存知していないから訪れることもなかった。…
県内各地域の神社では年の始めに元旦祭(歳旦祭或いは正月祭と呼ぶ地域もある)が行われている。 この日訪れたのは旧都祁村の奈良市上深川だ。 一年の始まりに歳旦祭が行われる。 神社拝殿前に供えた御供がある。 一升びんのお神酒奉納もあれば、重箱に詰め…