奈良市(旧五ケ谷村)へ
天理の下山田で行われた薬師さんの六日会式の取材を終えて帰路に就いた。 信号のある福住からは名阪国道を下って帰るか、それとも天理ダム経由で下っていくか。 ハンドル任せにきった先は、名阪国道。 なにげに思ったのか、わからないが天理市街地に出ず、途…
奈良市の一角。 かつては五カ谷村と呼ばれていた奈良市精華地区。 地区大字に中畑(なかばた)、菩提山(ぼだいせん)、北椿尾(きたつばお)、南椿尾、高樋(たかひ)、虚空蔵(こくぞう)、興隆寺(こうりゅうじ)、米谷(まいたに)の8カ村がある。 天理…
豆腐店仕込みの木綿豆腐を、炭火で焼き、田楽味噌をつけていただく座行事がある。 奈良市米谷町に鎮座する白山比咩神社。 この日は宮座の四大行事の一つである「田楽飯」行事。 四大行事は2月の「田楽飯」、5月から6月にかけての「タケノコ飯」、10月の…
朝7時ころから降り出した雨はやがてみぞれになっていた。 昨今の天気予報はよく当たる。 今はもう当たるという表現は避けた方が良いのかもしれない。 県内の山間地に至っては、みぞれでなく本雪になっていた。 天理東から入った西名阪国道は雨に濡れた道路…
奈良県の平たん部で苗代作りをされ始める地域で最も早いと思っている地域がある。 地域と云っても、集落すべての家がそうであるかといえば、そうでない。 ある特定の家がそうなのだ。 村行事の取材をきっかけに数年前から訪れるようになった旧五ケ谷村の一地…
夕方になる前に着いておきたい地域がある。 旧五ケ谷村もしていると教えてもらったオショウライサン迎えである。 そのことを話してくださったのは奈良市興隆寺町に住むIさんだった。 藁の松明を門口に立てて火を点ける。 そして、家にある小鉦を打ちながら…
農家であれば収穫した玄米を。 農家でなければ店屋で購入するなどで入手した精米を神社に奉納する。 その量はいずれであっても米1升。 重箱に詰めた御供は風呂敷に包んだまま氏神さんに供える。 拝殿に置いて供える神社は奈良市米谷町・白山比咩神社。 どの…
奈良市米谷町に鎮座する白山比咩神社。この日は宮座の四大行事の一つである「タケノコ飯」行事。四大行事は2月の「田楽飯」、5月から6月にかけての「タケノコ飯」、10月の「マツタケメシ」、12月の「くるみ餅」がある。宮座十一人衆が季節の節目に旬…
高樋町から山間地に向かって車を走らせる。 西名阪国道に架かる橋脚下を潜って、さらにもっと上の地になる奈良市の中畑町へ。 今年も変わらず、毎年同じ場の苗代田に松苗があった。 中畑町の鎮守社も高樋町と同じの春日神社である。 松苗を奉る行事は1月2…
天理市の和爾町から東になる旧五ケ谷村を行く。 里の地にある高樋町は奈良市が行政区。 数か所の苗代田に水口まつりをしている。 うち一カ所は集落をバックに撮っておきたい景観である。 白い幌があるから苗代田はすぐに見つかる。 車路からぐっと廻って下り…
榛原山辺三のコイノボリを拝見した帰り道に旧五ケ谷米谷を選ぶ。 西名阪国道の下り道。 五ケ谷ICを出て村へ一旦は上がる。 そう思っていたが、五ケ谷ICを見逃してしまい、天理東ICまで行ってしまった。 信号があるところは天理市の岩屋町。 その集落も…
天理福住の取材はお昼をとっくに過ぎるまで滞在した。 花まつりのメインイベントが始まるのは午後2時。 朝の9時過ぎから来ていたのでお腹はぺっこぺこ状態だ。 それでも福住の井之市在住のキノコ生産者のOさんが云っていた氷室神社で行われた御田植祭の杉…
O家の苗代作り、そして水口まつりを拝見して付近にある水田を探ってみる。 その前に挨拶しておきたい。 O家の苗代田よりすぐ近くに家がある村神主のTさんである。 立ち寄ってご挨拶をしたら、突然に思い出された。 O家の水口まつりをしていたところを撮…
2年前に聞いていた旧五ケ谷村・米谷の水口まつり。 今ではどこもしてないはずや、と氏子たちは口々にそう云っていた。 苗代田を作る家もあるが、お札を立てるような家は見ない。 昨今は苗をJAで買うようになったから苗代をすることもなくなった。 そう話…
奈良市米谷町に稲荷講があると知ったのはチンジサン行事の座の場であった。 米谷町の行事取材をするようになった経緯を座中に説明することになったことによる。 旧五ケ谷村の取材初めは北椿尾町・稲荷講によって行われている寒施行だった。 寒施行は米谷町で…
「シバシ」の日の午後に行われるのが「賀祝(がしゅ)厄祝い」である。 「賀祝(がしゅ)厄祝い」とは、興隆寺町に住む厄年の人、男女の関係なく厄年の人を祝う(賀祝)村行事である。 かつてはこの行事も3月1日にしていたが、祈年祭と切り離し、3月第一…
この年は3月5日が「シバシ」の日である。 かつては3月1日にしていた。 山行きにシバ(柴)を伐ってくる。 朝8時ころに出発する。 村の山林に入ってシバ(柴)を刈る。 伐った材木は割り木にする。 神社行事の直会の場のトンド火に使う割り木は焚き木だ…
祈年祭のシロモチ(シラムシ)喰いをしていると聞いたのは先月の2月7日だった。 そのシロモチとはいったいどのような形態なのか、拝見したく訪れた奈良市興隆寺町の八坂神社。 行事は午後1時から始めるときいていた。 それを見越した上、代表者にもお会い…
この日もまた訪れて取材させてもらった奈良市米谷町・白山比咩神社の年中行事。 本日は「二ノツイタチ」の名もある新年祭である。 平成6年に発刊された『五ケ谷村史』に行事を掲載している。 一部省略、補正した文で書いておく。 「座はムラの中の男子が加…
奈良市米谷町の白山比咩神社拝殿に掲げている一枚の写真がある。 白黒写真でとらえた被写体はどうやら太鼓踊りの様相を描いた絵馬のように見える。 神社前の境内で何十人にもなる踊り子たちが躍る姿はいつの時代なのか、よくわからない。 丁髷が見られないこ…
かつては「烏帽子渡し」と呼ばれていた奈良市米谷町・白山比咩神社行事の神主渡し。神主というのは職業神職でなく、村の神主である。2月5日から1年間を務めた米谷町の村神主は翌年の2月4日までの年中行事を務める。一年を無事に務め上げた村神主は次の…
平成6年に発刊された『五ケ谷村史』に書いてあったオコナイ行事は旧五ケ谷村の各村にあったそうだ。 先に拝見した米谷町は2月4日に行われる薬師さんのオコナイに2月1日の神社行事の小正月であった。 南椿尾町も「オコナイ(ショウゴンとも」」はあった…
「ムネの薬師」と呼ばれる薬師堂がある。 旧五ケ谷村の一つである奈良市米谷町、上ノ坊寿福寺境内より上にある墓地よりさらに階段を登ったところに建つ。 名阪国道の福住より下った高峰SAよりさらに下れば左側に見える建物がある。 それが現在地の薬師堂で…
上の組の寒施行(かんせんぎょ)に同行取材させてもらった上におもてなしのぜんざいをよばれる。 ありがたく温もらせてもらったお家の納屋に架けてあった三つのトーシ。 いや、よくよく見れば奥にももう三つ。 合わせて六つのトーシは今でも現役。 うち一つ…
北椿尾の寒施行(かんせんぎょ)を初めて拝見したのは平成19年の1月21日だった。 北椿尾は奈良市旧五ケ谷村の一村である。 知り合いの婦人が今でもしているようだと稲荷講の人を紹介してくださった。 一年に一度の山行きは、山仕事ではなく山に住み着く…
本来であれば、だいたいが12月22日にしている奈良市米谷町のイノコのくるみ餅。 前夜までに作っておくクルミモチは前日ぐらいに村神主が家で作る。 昔は石臼で青豆を挽いた。 作業がたいへんなので、この年は東北地方で名高い「ずんだ豆」を特別に注文し…
チンジサンの名で呼ばれている鎮守社の行事があると聞いたのはこの年の10月8日だった。 場所は奈良市米谷(まいたに)町に鎮座する白山比咩神社右に建つ社殿である。 鎮守社はかつて薬師堂傍にあった社であったそうだ。 薬師堂は「ムネの薬師」と呼ばれる…
旧五ケ谷村の一村。 奈良市米谷(まいたに)町に鎮座する神社は白山比咩神社。 この日の村行事は収穫した新穀に感謝する新嘗祭である。 時間ともなれば村の人たちは風呂敷に包んだお重を持ってくる。 お重に詰めているのは今年に収穫した新米初穂の玄米であ…
前日に">宵宮を祭事された奈良市米谷町・白山比咩神社の行事はこの日がマツリになる。 白山比咩神社の年中行事は実に多彩で行事数は他の地区と比べてとにかく多い。 毎月1日は宮座十一人衆が寄り合う例祭がある。 1月2日は歳旦祭・四方拝も兼ねる新年祭(…
旧五ケ谷村の一つに米谷町がある。 明治22年に成立した五ケ谷村は先に挙げた先に挙げた米谷町の他、中畑町、興隆寺町、高樋町、虚空蔵町、菩提山町、北椿尾町、南椿尾町の8町からなる。 現町名の奈良市編入は昭和30年の戦後間もないころ。 平成6年7月…