吉野町へ
桜井市・下~倉橋の稲架けもようを拝見し、目的地が吉野町の志賀に向かう。 この日は暑い。稔りの収穫は、いずこも夏日の気候に汗だく。 ハサカケ景観を臨んでいた桜井の下。 これまで見過ごしていた地蔵石仏群。 倉橋地区の水路上の土地にもハサカケを見て…
奈良県内に行われている「牛滝さん」行事を調べていた。 かつては、各地それぞれ。 数多くの地区に見られた「牛滝さん」行事。 農耕作業に活躍くれた牛や馬。 祭神の農耕の牛馬の神をまつる神社もあった。 働いてくれた牛馬は、今では見ることもない時代。 …
昭和28年に発刊された『奈良県総合文化調査報告書-吉野川流域・龍門地区-』によれば、牛滝社は大淀町の馬佐だけでなく、吉野町の山口・志賀、大淀町の比曽、高取町の壺坂にもあったようだ。平成25年9月16日、その一行にある大淀町の馬佐に伝わる牛…
上比曽の亥の子祭りを拝見した時間帯。 夕刻まではまだまだ時間がある。 ならば少し足を伸ばして大淀町を離れ隣町の吉野町に車を移動する。 上比曽からはそれほど遠くない地にある吉野町の千股。 昨年の平成29年11月5日に取材した千股のささいわ行事で…
この日に吉野町の山口神社で八朔をしていると聞いたのは2年前に訪れた地蔵盆のとき。 時間帯も教えてもらっていたので、神社に出かけた。 ひっそりした神社にいくら待ってもどなたも来られない。 近くにある村の商店に居た女店主に尋ねたらそんなんあったか…
4月末、知人の写真家Kさんが伝えてくれた水口まつりの所在地。 場所は吉野町の上市に“吉野山口神社”のお札が苗代にあったという情報である。 上市町も吉野山口神社も認識できるが、その吉野山口神社の鎮座地は吉野町の大字山口になる。 神社の氏子域は郷村…
この年の5月8日である。 下見取材を終えて岐路につく。 どこをどう誤ったのか、もう記憶にない行程。 なんだか山の方に向かっているような気がしていた。 ほぼ集落を離れた地に不思議なものが目に入った。 車を降りて立ち寄れば注連縄である。 しかも不可…
大宇陀野依、栗野に吉野町の小名を探訪してからの帰路の道をどこにするか。 小名から吉野町の佐々羅に下って新鹿路トンネルと思って車を走らせていた。 ふと思い出した明日香村桧前(ひのくま)。 Ⅴ章の年中行事の章に「5月8日、桧前のウヅキヨウカは花よ…
大宇陀の野依、栗野を抜けて吉野町に。 国道370号線が国道28号線と交差する地点に信号がある。 その表示は三茶屋(みっちゃや)である。 ここより信号折れしてトンネルを潜れば吉野町の小名(こな)に着く。 下垣内から中垣内。 そして上垣内を巡ってみ…
川上村高原に住むⅠ家の節分を拝見して下ってきた県道169号線。いつも通る度に気にかけていた神社がある。吉野町の樫尾(かしお)の地に鎮座する十二社神社である。車窓に人影が写った。ガラスウインドウではなく流し目した視線に入った人物は高齢の婦人で…
吉野町丹治の厄除け祈願参りを取材したら北上する。 走行距離はどれほどあるのか。 目指す地域は京都府南部。 丹治から新鹿路のトンネルを抜けようとしていた道すがらに神社らしきと思われた石柱構造物があった。 この日は2月1日。 もしかとすればであるが…
吉野町の丹治に厄除け地蔵参りが行われていると知ったのは奈良新聞に載った記事が発端。 行事というか、丹治の風習のような。 何十カ所に亘って出かける地蔵参りに1カ所ずつ餅を供えると云う厄除け祈願であった。 吉野町在住と思われるTさんが投稿した平成…
山の神を祭る日は7日。 圧倒的に多い県内事例は1月7日であるが、地域によっては12月7日とか、11月7日もある。 稀に6月7日にしているという地域もある。 山の神の行事をされている地域は山間地。 木材業が盛んである地域にある。 この日に訪れた地…
吉野町入野(しおの)の子安地蔵尊に会式をしていると知ったのは前月の8月28日だった。 調べていたのは子安地蔵ではなく吉野町津風呂・鬼輪垣内で行われていた旧暦の八月十五日のイモ名月である。 鬼輪垣内は開発された津風呂湖中に全村もろとも沈んだ。 …
史料名は記憶にない。どこで見つけたのかも覚えていないが、そこから抜き出した簡単なメモ記がある。 平成25年の9月のコメントに付記していたのでメモっていたのはその年だ。 メモの内容は「吉野町津風呂・鬼輪垣内では旧暦の八月十五日にイモ名月がある…
吉野町の香束(こうそく)から下っていけば吉野山口に着く。 当地に鎮守の神社がある。 吉野山口神社である。 神社行事の一つに秋祭り大祭がある。 その行事は平成18年の12月3日に取材させてもらった。 ここを通る度に奉納される餅御供を詰めた器の「ぼ…
吉野町の香束(こうそく)。 三茶屋の信号から国道28号線は佐々羅へ抜ける道。 ここら辺りは幾度となく車を走らせた街道である。 午後6時55分に通っていた地が香束である。 集落が固まっている地に灯りがある。 そこには何人かの人が居る。 車から見え…
向丹治(むかいたんじ)で良き出会いをさせてもらった。 ここ吉野町の地蔵盆の状況を教えてもらったお家がある。 その日は平成26年の2月1日。 厄祓いに丹治の各地区にある地蔵さんを巡って餅を供えていく風習を調べにきた日である。 結果的に云えば該当…
明るいうちに着いて拝見したい地蔵盆がある。シンコダンゴにちょんちょんと色付けする。3色の色粉で色付けしたシンコダンゴは藁筒に串挿しする。数が多いから見事なものだと思った。その前には塗り椀に盛った御膳も供える。また、野菜で作った御膳も供える…
この日の行事取材地は吉野町と大淀町。各地の地蔵盆の在り方を拝見することにある。目的地に向かう道すがらに見つけた地蔵盆の提灯。ずらりと横並びに吊った提灯は否が応でも目に入る。これは是非とも話を伺っておいたほうがいいだろうと思って車を停めた。…
吉野町の上市に今もなお立山をしていると知ったのは何時なのか。覚えてないが、それを知った発端は何かのキーワードでぐぐっていたときだ。キーワードは何なのか、さっぱり記憶にないが、目に入った「立山」に飛びついた。その情報は「吉野町上市花火大会」…
最近はニュースでも取りあげられるようになった吉野町丹治のどろん子祭り。 今年は6回目になる。 どろチャリ、どろん子フラッグの競技もあればどろんこすべり台もしていると云うどろん子祭り。 団体のカメラマンも来て賑わっているそうだが「着替える子供を…
吉野町の小名(こな)へは度々出かける。 度々と云っても年に一度、あるか、ないかである。 地蔵さんに向かおうとしたときに目に入った白梅。 その後方には萱葺き家が建っている。 住まいをすることもないようになったと家人が云っていた。 2年前のことだ。…
男の人が42歳の厄年になればそれぞれの地区にある地蔵尊に参ってモチを供えて巡拝すると聞いていた吉野町丹治。 前厄、本厄、後厄の3年間もしなければならないと云っていたが、参るのはご婦人だ。 朝7時頃にはぼちぼち出かけると聞いていたので朝日が上…
1月にどんどをしていると云う上出垣内。 庚申講は解散されたが「閏の年だけは杉の木の塔婆を奉りますねんや」と話す村人たち。 山の神が始まる前に所在を確認した。 場所は聞いたが崖面だと云っていた。 その崖が判らず木材所におられた男性に尋ねた結果は…
5年ぶりに訪れた吉野町小名(こな)の山の神。 当時は上出垣内と云っていたが、この日は北谷だと話す。 小名は10月のマツリに花笠が登場する地である。 小名の山の神は下出、中出垣内でも行われている。 参加する人数も減ったそうだが、北谷は多いと話す…
この日はいつも雪が降って寒いのだと話す丹治の男性。 道も積もっていれば数十か所にあるお地蔵さんにもモチを供えるには足元が堪えるという。 この日というのは2月1日のことだ。 男の人が42歳の厄年になればそれぞれのお地蔵さんに42個(一升で搗く)…
行列の籠。 (H20. 4.12 Kiss Digtal N撮影)
大名行列の妙技。 (H20. 4.12 Kiss Digtal N撮影)
行列の道造り。 (H20. 4.12 Kiss Digtal N撮影)