2012-10-01から1ヶ月間の記事一覧
集会所に集まってきた村の人たち。 この日は最後となった大柳生の太鼓踊り。 会所の前に立てたシナイは11本。 踊り子たちが背中に括りつける飾りだ。 大柳生の太鼓踊りは三つの垣内、それぞれが毎年交替しながら行われてきた。 踊りの演目は上出が「大ジュ…
我が家のリビングは蛍光灯もあるが、それはメイン。 脇役にダウンライトがある。 その電球はもちろん白熱電球。 球切することもあるので常に買いおきをしている。 近年はLED電球が急速に安価になった。 性能もそうだが大量生産のおかげであろう。 それで…
県内各地のお寺で施餓鬼会を行っている施餓鬼会のほとんどは8月時期。 お盆の際に廊下や前庭に供えるのはガキンドサン。 いわゆる家施餓鬼であるが、一般的にお寺で行われているのは寺施餓鬼と呼ばれている。 天理市南六条の西福寺においても施餓鬼があると…
今年の1月に初観音の営みを拝見した観音寺町の観音さん。 真夏の8月にも観音さんの前で西国三十三番ご詠歌を唱えると聞いていたので半年ぶりに訪れた観音堂。 提灯を掲げること、町内に「毎月十七夜 拾壱面観世音」の行燈も同じだ。 お花を飾って祭壇に供…
矢田垣内のオショウライサンは13日に迎えた。 鉦を叩きながら松明に火を灯して家に戻る。 火は線香に移し替えて先祖さんの仏壇に供えた。 14日は朝におじゅっさんがお念仏。 夜は村の観音講の人たちが新盆の念仏を唱えてくれたT家。 15日は迎えていた…
前日に訪問させていただいた矢田垣内のT家。 新仏の(アラ)タナを祭っている。 この夜は村の人たちが寄って新盆の念仏を唱える。 集合場所に集まった垣内の人は20数人。 殆どは男性だが数名の女性も混じる。 新仏を祭った座敷に上がって席に座る。 後列…
14日は集落内で行われる毎日の念仏講に加えて集落外へ向かう大外回りも行われる白土町の子供の念仏講。 行程が大幅に増えることから、前日までの出発時間を30分繰り上げて16時半とした。 いつもの通りに浄福寺の門下と本堂前で行ったあとは千束に向か…
山添村菅生に住むN氏は九代目。 180年ほど前に菅生に移ってきたという。 毛原、月ヶ瀬嵩もあったようだが話題はあちこちに飛んだので判然としない。 ガキダナのカンゴは先祖代々から伝わる作り方。 移ってきた人によってもたらされたのかもしれない。 こ…
前日の13日はオショウライサンを迎える日。 日が暮れるころに松明を3本立てて火を点ける。 90度に折った松明は竹の棒に挿し込んでいるお家は山添村の松尾。 昨年のマツリで当家を勤められたH家である。 その年の8月には隣村の北野津越で行われている…
矢田垣内のオショウライサン迎えは13日の夕刻だと聞いていた。 家人が叩く鉦の音が聞こえてくれば「うちも始めよう」と云って門を出る。 M家のご婦人が鉦を叩いていた。 カン、カン、カンの音色が集落に響き渡る。 家先の辻に向かったご家族。 ご主人は藁…
白土町のオショウライサン迎えは時間を決めているわけでもないからまちまちだ。 しかも垣内によって迎えに行く場所が異なる。 お互いが確かめるわけでもないので尋ねる人によって時間は人知れず。 大人の念仏講中の一人であるU家が属する垣内が迎える地は白…
昭和30年生まれの当主は云った。47年ぶりに設える新仏のタナ作り。当時は小学五年生だった。斎壇がどんなものかも覚えていない年齢だった。仕方なく村の長老に教えてもらって作った斎壇は葬儀屋に頼むわけでもなく昔ながらの方法で設えたという。直径が…
サービス券をもらっていた「かつや」。 今月初めにはチキンの「タレカツ」が販売されていた。 その幟が目に入るたびにお腹がぐうぐう。 一度は味見してみたいと思ってドアを開けた。 丼に盛られた「タレカツ」。 食欲をそそる香りがたまらない。 がっつり食…
7日は墓掃除。 県内東部の山間部ではいずこもそうだが、昨今は集まりやすい日曜日に移すことも珍しくない。 山添村の菅生では5日にされていた。 奇麗になった墓地に参る人々。 朝早くから参った人が供えていった御供。 洗い米や薄切りしたキュウリ、ナス、…
山添村菅生で行われる初盆のN家。 地区では2軒の新盆があった。 いずれもガキダナのカンゴを設えていたN家の親戚筋だ。 両家で行われる新盆のお参りは同一時間帯。 以前は夕刻であったそうだが今回は午後の時間帯。 ご紹介をいただいて新仏を祀るタナを拝…
毎年の8月13日には前庭にガキダナを設える山添村菅生のN氏。 例年ならその日に造るのだが、この年の昼には新盆を迎えた親戚筋にあたる地区の家に参らなければならない。 そうした事情で前日に造られたガキダナ。 カンゴ(竹編籠)を逆さに置いて、その周…
ラジオで伝えていた音楽祭。薬師寺で催されると発信していたバンドは甲斐バンドだ。そのことをかーさんに話せば行きたいと申す。我が家は二人とも甲斐バンドのファン。若い時には大阪城ホールでコンサート公演された甲斐バンドを聞きに行ったことがある。レ…
14時からは村の寄合をしている奈良市和田町の集会所。 25軒の人たちが集まった。 来月に行われるイセキで食するパック料理の数を確認するなど村の議事を進行する。 会式が訛ってイセキと呼ばれる行事に盆踊りがつきものだった。 その多くは東山中の村々…
お盆行事の取材ばかりが続く毎日。 我が家にとってもお盆を迎える。 小泉町にある産直市場の「よってって」で買ってきた仏さんのお花。 ここは安いと知っていたので前日に買っておいた。 できる限り早く出かけたいと思って8時半には家を出た。 時間は余裕を…
幾度となく訪れる天理市苣原。 1月のケイチンを始めとして、3月の念仏講、7月の大般若、8月の念仏講の数珠繰り、9月の如来さん御回在、11月の十夜の法要などだ。 この日は大念寺で施餓鬼をされると聞いていたので訪問した。 本堂前に設えたのは「外棚…
夜8時、子供の念仏講が行われた浄福寺の山門前に集まってくる男性たちは大人の念仏講である。 子供の念仏講とは別に組織されている大人の念仏講は、三つの組で組織されている。 かつては子供の念仏講と同じように7日から14日まで毎日行われていたという…
白土町の新仏の家では7日の盆入りから新仏のタナを祀っている。 かつての「タナ」は竹とコモ(薦)で作られていた。 四方を竹で本組をして上部に位牌を納める。 刈ってきたコモで覆って下部にオガラのハシゴを掛けていた。 祀る場所は南側の縁側で東向きに…
たいせいくんは小学校6年生。 今年を最後に子供の念仏講の営みを卒業する。 上級生がいなかったから4年間も太鼓打ちを勤めた。 今年も始まった白土町の子供念仏。 8月7日から14日までの毎日だ。 K婦人の話によれば長男(現在20歳)がしていたころは…
神社の清掃をする予定日を決めた天井町の自治会。 その日は11日。 風通しを良くして氏神さんに参ってもらうのだと話す神社は八幡宮。 鳥居も美しくして新しい。 それより4日前の7日は井戸浚え。 毎年の恒例行事である。 鎮守の八幡宮の傍らにある天井町…
別所の山や田地は別所宗治一族の財産。息子の名は半衛門でその息子を幾千代だと云う。かつての殿さんを偲んで営んだ二日酒は殿さんの供養である。殿さん三代の墓地が今もあると案内された山の中。鬱蒼とした林の中に佇む墓石は四柱。暗がりの中では文字は見…
金刀比羅神社の月次祭を終えれば社務所で直会。 2時間ばかりの宴である。 おもむろに極楽寺にあがった寺三役。 マツリのトーヤ4人もあがって席に着いた。 三役の前には大きな太鼓と鉦が置かれる。 トーヤ衆が手を合わせて拝む先は別所の殿さんの墓とされる…
「お殿さんの花や」と云って燈籠とも呼ぶ木製の吊り燈籠に飾った奈良市別所町の極楽寺。 それは家型の吊り燈籠。 両側に丸と月の形が抜いてある。 抜き穴の大きさは異なるが同じような形の吊り燈籠を見たことがある。 思い出したのは川上村の高原。 法悦祭の…
三か月ぶりに訪れた釜あげうどんの重乃井。 出版社の編集者を誘って縄のれんを潜った。 取材の前の腹ごしらえをどこにするか迷ったが、美味しいのであれば食べてみたいの一声で当店にした。 昼前の時間帯にお客の姿は見られない。 ゆったり寛ぐお店の雰囲気…
山添村の文化財に指定されている光背地蔵菩薩立像は文明十一年(1479)の建之。 菅生の蓮照院内にある。 それを知ったのは同地区に住むN氏による。 この日は8月の第一日曜日。 7日に行われていた盆入りの行事が集まりやすい日曜になったと話していた…
大和郡山市の千日町は新興住宅地。 昭和45年(1970)に造成された住宅地である。 その一角に割塚古墳がある。 古墳がある広場は千日町の憩いの場の古墳公園だ。 古墳は昭和53年(1978)に大和郡山市の史跡文化財に指定されている。 直径が49メ…