Miyukeyの気まぐれブログ

愛媛県在住のアラフォー主婦です。本、洋画、訪れた場所などの感想を気まぐれに、かつ自由に綴りたいと思います☆笑顔の扉の”key"を見つけられる毎日になることを祈って♪現在は、仕事繁忙期のため月に2回の更新となっていますが、よろしくお願いいたします☆

ありがとう、2025年☆この一年を振り返って

 

 

2025年も、残りわずかです。

どんな1年でしたか?新年に立てた目標は達成できましたか?

私はいま、今年一年の日記を読み返しながら、2025年を振り返っています。

楽しかったこと、幸せな時間、周りの人からかけてもらった嬉しい言葉・・・

そして日々の中での気づきや発見、これからも忘れたくない気持ち。

いろいろなことがありました。

このブログでも、簡単に振り返っていきたいと思います。

 

 

1、忘れたくない、この気持ち

 

去年の冬、血液検査にひっかかりまして。

年始早々、大病院で精密検査を受けることに。

ただでさえ臆病で心配性な私。

可能性のある病気の5年生存率を見て、震えあがりました。

まさかね・・・でも、もしかしたら。

 

いままで、一週間、一か月が過ぎ去る早さに驚きながらも

それは、自分が毎日を充実させられてないからだとネガティブにとらえることが

多かったんです。

でも、今回、身をもってわかりました。

時間が早く過ぎ去るって、幸せなことなんだなぁって。

痛みや不安があったり、慣れない検査を繰り返している時間って

本当に、本当に、長い。

なんでもない、この日常。

ちょっと大変なことや、面倒なことも、たまに泣きたいことがあったとしても

愛する家族と笑い合い、好きなものを制限なく食べて

仲間や友達と会い、仕事をして。

平凡かもしれないけれど、この普通の日常を続けられる、

そのことが、かけがえのない素晴らしいこと。

命に関わること以外は、本当にささいなことなんだなぁと。

 



 

愛媛の大病院へ行くたびに、

ぎっしりと人で埋め尽くされた待合室や、ごったがえす受付を見て驚きました。

この町は田舎で、普段、ほとんど人が歩いていないからです。

いま、この瞬間、こんなにたくさんの人が体に不調があって

苦しんでいるんだ・・・

「次の来院は、一年後の〇月〇日です」

と看護婦さんに告げられ、意気揚々と帰っていく人もいれば

長期の入院手続きについて説明を受けている見るからに重病そうな人もいる。

車椅子の人、座っているのもだるそうな人、

骨ばった体で息をするのも大変そうなご老人や

救急で運ばれてくる人・・・

普段は見ることもない人々の様相を見て、

生きるって、大変だな、こんな世界もあるんだなと思いました。

 

 

 

検査結果が出た後も、経過観察で数か月、検査を繰り返しましたが

秋に、医師からやっと、ほぼ心配はないという言葉をもらって

胸をなでおろしました。

でも、いまも、この病気で闘っている人がいる、

そのことを忘れたくないと思っています。

5年生存できないかもしれないと怯えながら、痛みや不安に耐えながら

生きている人たちがいるということを。

おいしいものが食べられること、食べようと思えること、

何を口にしてもいいという自由、

それが与えられているということ・・・

毎日、大きな幸せのギフトをもらっているようなものなんだなぁと

しみじみ思いました。

与えられたこの健康に感謝しつつ、

毎日を精一杯、わたしなりに充実させたいと思います。

病で闘っている方々が、どうか一日も早く良くなり、

苦しみが少ないことを心よりお祈りいたします。

 

2、一生、聞いていたい音楽との出会い

 

極端に誰かに「ハマる」とか「推す」ということは少なかったのですが

今年は久々に素晴らしいアーティストとの出会いがあって

年甲斐もなくハマった年でした。

そのことについては、こちらの記事で書きました。

 

miyukey.hatenablog.com

 

YOSHI。

19年という短い生涯で彼が遺した素晴らしい作品の数々に魅せられた日々。

私が生きた人生の、半分ほどしか生きなかった彼が遺した言葉に

多くを教えられました。

「一分一秒を楽しんで、悔いのないように生きる

俺はそうしているし、みんなにもそれを伝えたい」

「趣味は人生。それだけ自分の人生に自信をもっている」

前述の記事を書いた当初は、

志半ばで突如、人生を終えた彼がどんなに無念だったかと

胸をしめつけられる気持ちが強かったのですが

いまの気持ちは、少し違っています。

きっと、YOSHIは人生を思う存分に楽しんで、

まるで自分の短命な運命を知っているかのように

一瞬一瞬を全力で生きたんだなぁと。

だから、私も、もっと楽しんで、

もっと自分を、そして大切な人を愛して

いまこの瞬間に生きていることに感謝して過ごしていこう・・・

YOSHIは、そう思わせてくれる存在です。

出会えたことに感謝しながら、これからも胸に生き続けているYOSHIを

推し続けたいと思います。

 

3、2025年の「やりたいことリスト100」は 

     79%達成

 

ブログ友の皆さまが、よく記事に書いていらっしゃるのを見て

気になっていた「やりたいことリスト100」、

今年は私も挑戦してみました。

「やりたいことリスト100」とは、

年始に今年1年で自分がしたいことや目標などを

自由に100個書き出してリストにするというもの。

・・・なんですが、私は100もしたいことがなくて

全部で84個。(汗)

今年、達成できたのは、その中で66個(四捨五入で79%)でした。

残りの18個については

冷静に考えて、これはもっと先にしたほうがいいなと思って

しなかったものもあったのですが

しようと思っていたのにできなかったこともあります。

それは、2026年に再度リベンジしたいと思っています。

でも、 66個も達成できた。

それは、とても幸せなことだし、自信にも繋がりました。

時間が空いたときにノートを広げてリストを見たり

月末には必ず進捗を確認することによって、

去年よりずっと多く「したいこと」を達成することができた気がします。

来年も引き続き「したいことリスト」を作って、

少しでもたくさんの「したい!」を叶える一年にしたいと思います。

 

4、ブログ更新は、わずか17記事 

 

仕事が軌道に乗り始めて、なかなか時間が取れないこともあり、

昨年に引き続き、今年も月1~2回の更新になってしまいました。

今年は書きたいことがあっても、

文章にする前に消えてしまった気持ちや書きそびれたこともあって、

少し、はがゆさや悔しさもあります。

とはいえ、

仕事に恵まれていることは、とてもありがたいこと。

私は生徒さんが上達、成長していく姿、

努力して夢を叶えていく姿を見ることがとても嬉しくて

日本語を教えることが大好きなので

日本語教師という仕事に出会えたことが本当に幸せだなぁと感じます。

生徒さんたちからいただいた嬉しい報告や感謝の言葉は

私の宝物です。

ブログのほうは、もうしばらく月1~2回の更新になると思いますが

温かく見守って頂ければ幸いです。

 

5、さようなら2025年、ありがとう☆

         今年、Miyukeyブログ6周年でした

振りかえると、今年も本当にたくさんの想い出に溢れた一年でした☆

愛媛での生活も3年が経ちましたが

四国は広い!まだまだ未開拓の地がいっぱいです。

来年も新しい素敵な場所をたくさん見つけて楽しみたいと思います。

たまーーーにしか更新しないこんなブログですが

2025年8月30日で6周年を迎えました。

日々のワクワクやときめき、小さな幸せの鍵(Key)をシェアしたくて

始めたこのブログが、細々とではありますが

こんなに長く続けられたことは、自分でもびっくりです!!

それも、はてなスターやブックマーク、

温かいコメントやブックマークコメントで応援してくださった方々、

そして、

いまこれを読んでくださっている、あなたのおかげです。

本当に、本当に、ありがとうございます。

これからも、ぼちぼちとマイペースながら

更新を続けていきたいと思っておりますので、

どうか温かく見守ってくださいね。

来年もどうぞよろしくお願い致します。

みなさま、良いお年を!!

(左上から:長居公園メジロ生口島の耕三寺・鳥取砂丘・内子・丸亀の中津万象園・自宅の窓から見える花火・京都の六角堂の白鳥・新居浜のアンティークカフェ庭園・京都の長楽館・Salon15ToothTooth旧神戸居留地十五番館・龍王公園の紅葉のトンネル・松江の興雲閣・松江の夕日)

ブログには書ききれませんでしたが、お出かけや旅行がとっても充実していた一年でもありました。旅行には、たくさんの発見や気づきが溢れています☆来年もたくさん感動したい!!

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

<2025年の勝手にベスト記事

        (私が特に思い入れのある記事3選)>

 

 

miyukey.hatenablog.com

 

miyukey.hatenablog.com

 

miyukey.hatenablog.com

 

<今年読んだ本Best3選>

 

感想はこちら↓↓

 

miyukey.hatenablog.com

 

感想はこちら↓↓

 

miyukey.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小泉八雲が愛した町、松江を訪ねて・・・ラフカディオ・ハーンの眼差しを辿って

秋晴れの美しい晴天が続く11月の三連休、

初めて島根を訪れました。

島根県松江市といえば・・・!

写真:ばけばけの最新情報 - NHK

 

そう、いま話題の朝ドラ「ばけばけ」の舞台☆

・・・なんですが、実は私、「ばけばけ」を見ていなくて。。。

(日本のドラマはほとんど見ないので)

でも、今回の旅行が決まってからというもの、

小泉八雲関連の本を何冊か読みました。

☆私が読んだ本は、この記事の最後にまとめましたので

もし小泉八雲にご興味がある方は、ぜひ参考にして頂けたら嬉しいです。

ギリシャで生まれた小泉八雲ことラフカディオ・ハーン

40歳で辿り着いた地、松江。

ここで、ハーンは、妻となる小泉セツとの運命の出会いを果たし、

さらに日本の魅力に惹かれていくのです。

今回はハーンの眼差しを思いながら辿った

松江の町をご紹介したいと思います。

 

1、松江の朝は静寂から始まる

 

旅行の1日目に仕事が入ってしまった夫の都合で

松江に着いたのは、どっぷりと日が暮れてから。

私たちの松江観光は、2日目の朝から始まりました。

宍道湖(しんじこ)が窓から見晴らせるホテルのお部屋からの

朝日を楽しみにしていました。

 

夜明けの空。

新しい一日が始まるこの数分間の空気が好きです。

 

 

 

 

ほのかに色を変え、ベールを重ねるように少しずつ明るくなっていく空。

ドラマティックな朝日というよりは、

静かに夜が明けていく感じ。

この松江の朝の静寂で、

ラフカディオ・ハーン著「神々の国の首都」に書かれた

印象的な冒頭を思い出しました。

餅をつく音を「日本の鼓動」と感じ

朝靄がたなびく湖を楽しみ

人々が柏手を打つ音が響く朝の町を眺めるハーンの、感動と驚きに満ちた眼差し。

ハーンが好奇心で目を輝かせながら見つめた松江の朝を

私も時を超えて、感じることができた気がしました。

 

2、小泉八雲記念館は激混み!!

(2025.11・22)

 

ホテルで自転車を借りて、

朝の松江をサイクリング!

すがすがしい朝の空気の中、町を走り抜けるのは最高の気分☆

小泉八雲記念館に続く、「へるんの道」。

ヘルンさんが好みそうな静かな通り。朝の光の中の紅葉が美しかった・・・

 

 

小泉八雲記念館に到着。

 

連休中ということもあったのでしょうが、中は、激混み!!

人の頭と頭の間から展示物をのぞいてるかんじ・・・

ハーンとセツのそれぞれの年表パネルと関連資料が展示されているのですが

あまりの混雑のため

ハーンの来日(40歳)~逝去(54歳)までの資料は見るのを断念しました(泣)

さすが、朝ドラ効果はすごいですね~☆

 

3、小泉八雲記念館:夫婦の絆の強さを感じて

小泉セツが生きた時代は、外国人は「異人さん」と呼ばれ、とても珍しかった時代。

初めて外国人を見たのが3歳の時、軍事訓練の見学だったといいます。

そのときにフランス人士官からもらった虫眼鏡をセツは、とても大切にしていたそう。

記念館に実物の展示がありました。

写真:https://www.hearn-museum-matsue.jp/exhibition-setsu.html

 

親指の爪くらいの大きさの虫眼鏡。ちっさーーー!!

 

実はこの虫眼鏡については、本で読んで知っていたのですが、

こんなに小さなものだとは、びっくり!

よく現存していたものです。きっと本当に丁寧に大切に保管されていたんですね。

初めて見る「異人さん」に回りの子どもたちが泣き叫ぶ中、

セツだけは親しくふるまったといいます。

自著の中で「小さい虫眼鏡をもらっていなかったら、

後年ラフカヂオ・ヘルンと夫婦になることもあるいはむずかしかったかも知れぬ」

と綴ったセツ。

ハーンは、左目を失明し、右目も強度の近視だったため、

虫眼鏡を手放せなかったというのですから

幼い頃、外国人から虫眼鏡をもらったというのは

その後の運命を暗示しているようで、とても不思議に思いました。

 

小泉セツ著「思い出の記」の中で、私が好きな箇所が

記念館にも大きく書かれていました。

飼っていた松虫が、九月の末に声を枯らして鳴いている声を聞いたときの

言葉です。

「あの小さい虫、よき音して、鳴いてくれました。私なんぼ喜びました。しかし、だんだん寒くなって来ました。知っていますか、知っていませんか、すぐに死なねばならぬという事を。気の毒ですね、可哀想な虫」と淋しそうに申しまして「この頃の温かい日に、草むらの中にそっと放してやりましょう」と私どもは約束致しました。

(小泉セツ著「思い出の記」より

 

54歳で亡くなる数日前の言葉だそうです。

家族の温かさを知らず育ち、事故で左目の光を失い

何度も経済的な危機に直面した経験から、

庭に来る動物や虫、木々や花などの小さないのちや、

弱い立場の人々に人一倍、同情を寄せたハーン。

その優しさや、愛情のこもった眼差しが見えるような言葉だと思います。

 

 

東京日本橋の榛原(はいばら)。2023.12.13撮影

 

ハーンは、日本橋の「榛原(はいばら)」の鳥の子和紙の原稿用紙を愛用していたとか。

私も榛原が大好きなので「おんなじだーーー!!」と嬉しくなりました。

 

ハーンの著書の表紙の柄の文庫カバーを売店で買いました。

怪談が有名ですが、

他にもレシピ集や、小説、随筆など、

民俗学的に価値のある著書をたくさん残しています。

 

様々な困難を乗り越え、互いに支え、尊重し合いながら歩んできた二人の

夫婦の絆と愛情を感じさせる言葉と資料がいっぱい詰まった記念館でした。

 

4、小泉八雲旧居:ハーンが愛した家

 

小泉八雲旧居は

1891年6月から暮らした武家屋敷です。

かねてから武家屋敷に住むことに憧れていたハーンは、この家を大変気に入ったとか。

特に好きだったのが、この日本庭園。




 

高校で英語教師をしていたハーンは、

帰宅するとまず和装に着替え、縁側に座ってこの庭を眺めていたといいます。

カエルや蝶、小鳥や虫たち・・・

心から愛する日本の美が詰まった庭園を眺め、

そこを訪れる小さな「お友達」と触れ合う時間は、

なによりもの癒しであったようです。

 

 

 

 

 

セツが江の島で買ってきたというホラ貝。

ハーンは、たばこの火が消えるとこれを吹いて知らせたそうです。

いつも吹きたくてたまらなくて、火が消えると喜んで吹いていたらしい。

なんだかかわいいですよね。

 

執筆に使っていた机。目が悪いので、特注の背の高い机を愛用していました。

 

執筆中は、ほんの小さな音をたてても

「あなたの音、いま、わたしの考えこわしました」と言われるので

セツは常に音をたてないように気を配っていたそうです。

ハーンの繊細さを、「シャボン玉」にたとえて、

いつも「美しいシャボン玉をこわさぬように」暮らしていたというセツの言葉には、

夫を思いやる愛情が溢れています。

 

小泉八雲記念館の前に、八雲の胸像が川を眺めていました。(左)水鳥が遊び、船が通る川に沿って古い松の木が並んでいる美しい通りです。



 

 

5、松江城・興雲閣、

     小泉八雲が遺したもの、伝えたかった気持ち

 

さて、自転車を走らせ、次は松江城方面へ。

見上げると松江城が。

 

大阪城を見慣れている者としては

意外と小さいなぁ!!とびっくり。

ラフカディオ・ハーンが随筆「神々の国の首都」に書いた言い伝えを思い出しました。

松江城が建てられるときに、神々の捧げものとして

踊りが大好きな美しい少女が生き埋めになり、

それ以来、城の近くで踊りを踊る者がいると、その城全体が震えて揺らぎ始める!!

そのため、この地方では踊りが禁止になった・・・

こんな、ちょっとゾクっとする言い伝えが、

この町にはどっさり残されているんですね。

ハーンが再話として残さなければ忘れられてしまった

古い言い伝えや伝説、民間伝承など。

日本人でも知らないものを、研ぎ澄まされた感性と豊かな想像力、

類まれな才能によって後世に残した小泉八雲の功績は計り知れないものがあります。

 

松江城のそばにある洋館「興雲閣」へ。

 

島根県指定有形文化財です。

ここはもともと明治天皇の行在所として建てられた場所。

しかし!明治天皇の巡幸は叶いませんでした。

そんな少し残念な経緯がある興雲閣ではありますが、

内部は優美な装飾があり、優雅な気持ちになります。

 

 

 

 

調べてみるとラフカディオ・ハーンが亡くなる一年前に興雲閣が建てられたようです。

ハーンはその頃、東京に住んでいたので興雲閣は見ていないでしょう。

しかし、日本の伝統や文化を心から愛し、

西洋化が進む日本に常に警笛を鳴らして

「日本に、こんなに美しい心あります、なぜ西洋の真似をしますか」

とよく言っていたそうですから、

洋風の興雲閣を見たら、立腹したかもしれませんね。

 

5、宍道湖の夕日は、やっぱりすごかった!

さて、興雲閣を出てからは、松江市内のお店を覗きながら

サイクリング。

思った以上に、楽しいお店がいっぱいで時間があっという間でした。

自転車で橋の上を渡ると、なにやら人だかりが。

視線の先をたどると・・・なんて美しい夕日!!

 

宍道湖の夕日は「日本の夕日百選」に選ばれるほど有名。

本当は夕日の名所で見ようと思っていましたが

時間を忘れてお土産を見てしまい、通りがかりの橋の上からになってしまいました。

でも、充分、きれいです!

 

 

朝日は静寂の中から始まり、夕日は燃え上がるように沈んでいく・・・

松江の天体ショーは、美しくもドラマティックです。

町をオレンジ色に染めていく光、

刻一刻と変わっていく空と、冷たくなっていく空気。

夜のとばりが下りるまでの美しい時間を楽しみました。

 

 

ラフカディオ・ハーンにとって「夕焼けは友だち」だったそうです。

こんな美しい松江の夕日を、ハーンも毎日、見ていたのかな?

 

大山が遠くに見えました。

同じ橋にいた方が子どもたちに「こんなに綺麗な大山が見えるのはなかなかないんだ、よく見とけよ!」と言っていました。

 

 

6、ラフカディオ・ハーンが愛した町、松江

 

古事記」を愛読し、出雲地方に住むことに憧れていたハーンにとって

松江は、理想の地だったことでしょう。

ひ孫である小泉凡は、

松江でのハーンの生活を「日本との蜜月」と書いています。

しかし、松江の冬の寒さは、温暖な気候のギリシャで育ったハーンには

耐えがたいものであり、一家で松江を離れる決意をしたのでした。

 

56年という短い生涯の14年を日本で暮らし、

愛する妻から聞かされた古い民話や伝説に魅せられ

再話というかたちでこの世に遺したハーン。

文学的にも民俗学的にも価値のある書籍の数々は

夏目漱石志賀直哉バーナード・リーチなど後世に

大きな影響を与えました。

小泉八雲記念館、小泉八雲旧居を訪れ、

松江の町をハーンの眼差しを思いながら巡ったことは

とても思い出深いものとなりました。

美しい町、松江。

また訪れたい場所のひとつです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

おまけ☆

3日目は、出雲大社を参拝しました。

 

神在月だったせいなのか激混みで、どこも長蛇の列・・・!

人ごみに疲れましたが、

どんなに人がいても神聖な空気が漂う境内は、さすがです。

ラフカディオ・ハーンは外国人で初めて出雲大社に昇殿しました。

そのときの経験を随筆「杵築・日本最古の神社」に綴っています。

感動と興奮、そして厳かな空気までもが伝わってくる一篇です。

 

<松江を訪れる前に読んだ本>

 

小泉八雲とセツの人生をざっくりと捉えるのに最適な本。

監修は、八雲のひ孫である小泉凡。

カラー写真が満載で、見ているだけで楽しい一冊です。

 

 

私が大好きな無印の「人と物」シリーズ。

小泉八雲全解剖」と多少、重複する写真もありますが、

こちらも愛用品やセツへの手紙など写真がいっぱいです。

また、「おしどり」「耳なし芳一」などの代表作、

「東洋の第一日目」などの随筆も収録されていて、小泉八雲ビギナーに超おすすめ!

 

 

随筆集。初めて日本を見たときの印象を綴った「東洋の第一日目」

松江の町についての「神々の国の首都」、

武家屋敷の庭について書かれた「日本の庭にて」は必読です。

出雲大社に昇殿した際の「杵築・日本最古の神社」も、ぜひ!

 

随筆集。特に巻末に収められた、小泉セツ著「思い出の記」は、

夫婦の睦まじい日々、長年連れ添ったからこそのエピソードがいっぱい。

心温まる美しい随筆です。おすすめです!

「思い出の記」だけ読みたい方は、こちら。↓↓

 

思ひ出の記

思ひ出の記

Amazon

 

 

 

出雲地方の神話や伝説に関する漫画。

私、実は「古事記」は苦手だったのですが、この漫画を読んで、

初めて神々のことが、すっごく理解できました。

面白い!わかりやすい!さすが水木しげる先生!

小泉八雲が愛した「古事記」について、また出雲の伝説について知りたい方向け。

 

 

読む時間がなかったけど、次はこれを読みたい!

小泉八雲の代表作です。

 

<過去記事紹介>

 

miyukey.hatenablog.com

 

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