前回、東京国立の矢川おんだしで府中用水に合流する矢川を辿って歩きました。
今回は矢川の隣りを流れているママ下湧水からの流れを見に行きます。
こちらの流れは辿るというほどの距離はなく水が湧く場所まではすぐ。そこを訪ねて様子を見てきました。
前回再掲の『矢川おんだし』
ママ下湧水からの水が正面に見える位置からです。右は矢川、手前左右を〈冬場は水は流れてきませんが〉府中用水谷保分水、ここで3つの流れが合流します。
正面には青柳崖線というこの付近で高さ8mほどの崖が左右に連なってます。木が鬱蒼としているところです。
矢川の水は崖線の上からこちらへ落ちてきますが、ママ下湧水からの流れは青柳崖線の崖下を伝って、👆の正面までくると矢川の手前で方向を変えてこちらへ流れてきます。
どちらの流れも水はとても澄んでいます。
あと、ママ下湧水からの流れには「清水川」という名前があります。
こちらは矢川おんだしのすぐ下流側、府中用水谷保分水
手前水路を流れているのが矢川と清水川が合流した水。すぐ先玉石護岸が正面に見えているところが矢川おんだし
その先道路(いずみ大通り)が横切って奥に木立ちが見えますが、あのあたりに「ママ下湧水」の水が湧くところがあります。
いずみ大通りの歩道から矢川おんだし方向ふり返って
水の流れは見えませんが、右の農業ハウス手前に2本の流れがあり、清水川(ママ下湧水からの流れ)は青柳崖線(木立ち部分)でこちらへ折れています。
「ママ下湧水公園」の標識が出てます。〈あと80mしかありませんね〉
標識となりは「くにたち 農の風景 そぞろ歩き」と銘打った市内散歩用の総合案内板です。
その中から一文だけ抜粋
〇約2万年前に出来た立川段丘と約1万2千年前に出来た青柳段丘の段丘崖は「ハケ」と呼ばれ、砂礫層が露出するハケ下からは一年中水が湧き出しています。〈ここまで〉
ママ下湧水の「まま」も「はけ」とだいたい同じ意味で、普通名詞として使う場合「崖」の字を用いるとのことです。〈「儘」も使うような(個人の意見)〉
ちなみにいずみ大通りはここで青柳段丘からその下の低地に下りてくるところで、ゆるい坂道になっています。
標識にそって崖下へ
清水川、ちょうどいずみ大通りの下を潜るところ。
次は潜ったところ
右は石が黒っぽくなって、ここからも湧水があるのがわかります。
そのちょっと先に小さな木の橋があります
いずみ大通りからの通路になってます。
その途中に解説があるので例によって文字起こし
青柳段丘とママ下湧水
このあたり一帯には、高さ八メートル前後の段丘崖が連なっており、北側には青柳段丘が、南側には古来多摩川の氾濫原であった低地が広がっています。
がけのことを地方名で「まま」とも呼ぶことから、ここから湧き出る地下水を、ここでは「ママ下湧水」と呼んでいます。昔からこの一帯は豊富な湧水群で、昭和初期までは、わさび田が見られました。
平成二年三月
国立市教育委員会
さらに湧水源に向かって


こちら左奥うす暗いところがメインの湧水源
こちらの湧水は東京の名湧水57選のひとつ
水はすぐに手前へ流れ出てきます
そのそばにある石碑と注意書き
これも読んじゃいましょう〈人力文字起こし〉
上(かみ)のママ下
このあたりは、多摩川の流れによってつくられた階段のような形をした崖で、青柳段丘と呼ばれる中にあります。このようなところをこのあたりでは「まま」とか「はけ」と呼び、そこから湧き出る地下水をここ四軒在家では「ママ下湧水」と言っています。昭和の初めまでは、この豊かな清水を利用してわさびが作られていました。
このママ下湧水の湧き出る場所が「上(かみ)のママ下」と呼ばれ、関係者のご協力によりこの一帯を公園・緑地として残すことができました。この美しい自然環境が、将来にわたり多くの市民の憩いの場として利用されることを願っています。
平成16年11月吉日
国立市四軒在家土地区画整理組合
注意書き看板の文字
「動植物の生態に悪影響があるので野菜以外は洗わないでください。 国立市環境保全課」
湧水源よりも奥側の様子
入っていけないので詳細わかりませんが、この奥にも水のみちがあるようにみえました。ただし水の流れは確認できません。
その手前に段丘上へ上がる階段があるのでその途中から
木の切り株の左奥側に小さな穴があってそこから水が流れだし、右へ流れていきます。
もう一度前へもどって
水は向こうへ流れていきます。清水川のはじまり
右端あたりはママ下湧水公園ということですが、湧き水を引き込んだ池があるくらいでした。
いちおう看板はあり
ママ下湧水は以上ですが、そのあと府中用水の谷保堰あたりを歩いてみました。すぐ近くです。
府中用水本流、上流方向を見て
これより上流に5~600mほど行ったところに府中用水取水樋門があって多摩川の水が取り込まれます。そこが府中用水のはじまりです。
ただし冬は水門が閉じられるのでご覧のとおりです。
下流方向に目を転じるとすぐに谷保堰
橋の部分より流れを二手に分ける壁が現れます。
右の流れが本流、左が谷保分水になります。
奥を横切る高架は中央自動車道です。
流れが分かれるところに標柱「府中用水 谷保堰(やぼぜき)」
側面に解説があります
府中用水は、多摩川の水を青柳下で取り入れ、谷保南部から府中、是政まで導く現役の農業用水路です。江戸時代初期に古多摩川の流路を利用して開削されたと思われます。
この谷保堰は、府中の田んぼに向かう本流と、谷保の田んぼに向かう支流の分ける分岐点となっています。用水の配分は米の生産に関わる一大事で、関係農民の間で水の配分をめぐって、しばしば水争いが起きたと伝えられています。
谷保分水の水が矢川おんだしを通っています。
府中用水は以前にもあちこち巡り歩いて記録を残してあるので、今回はとりあえずここまでとします。