今日は、神道の本質とは何かを語るために、道教と仏教を比較しながら説明してゆきたいと思います。
私は占い師として多くのご相談を受けてきました、そして必ず「先祖供養」を勧めるようになりました。
すると、同じようにお伝えしても、その後の展開に明らかな違いが出てくる方々がいることに気づいたのです。
特に、躍進ぶりや変化のスピードに差があり、「なぜだろう?」と深く調べるようになりました。
たとえば、神社にお参りした直後に仕事が決まったり、良縁が舞い込んだりする――。
そうした出来事は一部の例外ではなく、あらゆるところで聞かれる現象です。
同じように、先祖供養においても、仏教形式のものと神道(神徒)の方が行う供養とでは、何かが大きく異なると感じるようになりました。
実を言うと、私はもともと無宗教で、むしろ無神論に近い感覚を持っていました。
その理由の一つは、母の影響です。
母は新興宗教的な活動にのめり込みやすい人で、ある会に熱心に通っていたかと思えば、次は別の団体へ・・・。
時には「水が大事だ」とか「朝起き会が救いだ」といったふうに、まるで趣味のように団体を渡り歩いていました。
そんな母は、その集まりのために一生懸命尽くしていたものの、肝心の家庭内はいつまでも家庭不和のままでした。
その姿を見て育った私は、「教祖と信者」という構造にどうしても馴染めず、強い抵抗感を持つようになったのです!
――話を戻します。
そうした経緯があったからこそ、霊的なアドバイスをする上でも、私は「先祖供養」の在り方を深く見つめるようになりました。同じ供養でも、その“形”によって、実際の反応や効果に違いがある。では、供養とは本来どこから来たものなのか? なぜそれを行うのか? 私はその背景を一から見直していくことになったのです。
しかし、スタート地点は、とても無知!
私は、そもそも神道という言葉すら聞いたことがありませんでした。
供養で仏教用と神徒用と明記されている神徒についても「神徒ってなに?キリスト教?」と言ってしまうほど無知だったのです。
なのでここから説明しますが、とても簡単に分かり易く説明しますので最後まで読んでみて下さいませ。
まず、神道とは?
我々日本人の古来からの信仰です!
では、信仰とは?
個人の内面的な「信じる心」や霊的感覚のことであり、対象は神・仏・自然・宇宙・理念など様々、宗教体系がなくても存在し得る。
例えば、生活習慣の一部のようになっており、自然に神を感じて手を合わせたり、特定の宗教に属さないが“魂の存在”は信じていることを信仰という。
宗教とは?
信仰を体系化し、教義・組織・儀礼を持つ共同体であり、教祖や経典、戒律、礼拝などの形式があることが多い、組織としての運営や布教活動、そして中には政治的な活動を伴うこともあります。
神社へのお参りや神棚を祀ることを「宗教的行為」と捉える人もいますが、実際にはこれらは古来の日本に根づいた信仰や生活習慣の一部でした。
しかし、明治維新の際、近代国家の統一を図るために「国家神道」が打ち立てられ、多くの神社に対してそれまでの風習や祭神を替えるという動きが起こりました。
これに対し、古来の伝統を守ろうとする多くの神社が反発します。
そのような中で明治天皇は、神道の本来の姿を「宗教」と言う形で継承することを命じます。
こうした歴史的背景から、日本では「信仰」が制度的な「宗教」として見なされるようになり、逆に新興宗教などが「信仰の自由」を盾に積極的な布教活動を行うといった、やや逆転した構図が生まれています。
さらに、第二次世界大戦後にはGHQの占領政策のもとで、「道(みち)」として継承されてきた日本の精神文化(柔道・茶道・華道・書道・剣道・武道・神道)や伝統的な価値観が大きく断絶されていきます。
とりわけ、神道に内在していた“語り継ぎ”や“伝承”の文化が抑制され、本来知るべきはずの歴史や精神性が語られなくなる風潮が定着しました。
そういう訳で、私も含め多くの日本人は神道とは何か?
神社と寺の違いなど、分かっているようで、よく分かっていないのです。
先ずは神社で行われている、 祭祀の主な目的を紹介します。
なんだか少し難しくなってきましたよね!?
では分かり易く言うと、大きな神社では毎日「お祭り(神事)」をしています。
それは、毎日神様にお喜びいただくために、感謝を込めてお供えをし、祝詞(のりと)を奏上しているのです。
そして祭りが終わった後、神様がお喜びになった波動を受けたお供え物を私たちが頂くのです、これを同食信仰といいます。
神と人が「共にいただく」というこの信仰は、目に見えない繋がりと感謝の循環を体現した、非常に日本的な精神文化なのです。
そしてこの神道と言う言葉なのですが、奈良時代の『日本書紀』などにも見られ、「神々の道」「神の御心に従う道」として用いられていました。
これは仏教伝来以降、「仏教=仏道」に対して、それに先行する日本の信仰を「神の道=神道」と区別するために名付けられたものでした。
そして本格的に「神道」が宗教名称として使われ始めたのは江戸時代以降で、吉田神道、伊勢神道、垂加神道など、儒教・仏教との融合を経て、学派的に整えられていきました。
「神道」とはもともと名前のなかった日本人の暮らしの中の信仰・神事を、後から「他と区別するために」名づけられたものであり、それが宗教という枠組みに組み込まれたのは近代以降のことなのです。

神道は二つの理念によって成り立っています、では神道の理念とはなにか?ご説明いたします。
自然崇拝(しぜんすうはい)
「森羅万象に神宿る」山、川、海、風、火など、自然界のあらゆる存在に「神(カミ)」が宿るとする考え方。特定の人格神だけでなく、現象や場そのものが神聖であるという感覚。
祖先崇拝(そせんすうはい)
自分の命の源である祖先を敬い、感謝し、つながりを大切にする考え方。
祖霊(みたま)信仰として、先祖の魂が家や地域を守ると信じられている。
ですので、神社の本殿ではご神体(しんたい)=神が宿る依り代(よりしろ)が祀られています。
それは、剣や鏡などの他に、自然そのものの山や岩をご神体とするところもあります。
本殿と言うのは、神霊の降臨場所でもありますので、直接見せることはしません。
さらに各氏族や集団が新たな土地に入るとき、その霊統を守る祖先(ミオヤ)を勧請(かんじょう)つまり招き祀るのが基本だったため、そこから各地で社が派生していたわけです。
ところが政治的な背景により、「神統譜編纂」が行われました。
これは「神々のつながり(霊統)」を体系化する作業で、天皇家の祖先が「天照大神」であると明示することで、天皇の支配権に神的正当性(神勅)を与える目的のためです。
国土を治める正当な資格=「神統を継ぐ血筋」であることを神話によって保証するということを行われました。
多くの地方氏族のミオヤ(祖神)は、編纂過程で天津神や国津神の名を付されて「神話化」されました。
まるで裏歴史!編纂されなかった神々とは!?
編纂されなかった神々の代表格は饒速日命(にぎはやひ)、天孫でありながら、神武天皇より先に地上に降臨。
しかし天皇家の正統性と矛盾する存在だったため、物部の大物主(ニギハヤヒ)などの神々は、後に「大国主の和魂」として整理されたというわけです。
■ 北朝=神話編纂と「天照の系譜」の強調
ここで重要なのは、北朝は、足利政権(幕府)に支持された朝廷であり、政治的安定と神的正統性を必要とした立場。
このとき、「天照大神 → 天孫降臨 → 神武天皇 → 現在の天皇」という直線的な神統譜が再強化されます。
特に南北朝統一後の江戸期以降、北朝系を正統とするための神話史観が再構築されました。
■ 南朝=反中央・地霊・祖霊的な霊統
南朝は皇統としては正統とされながらも、政治的には劣勢であり、地方豪族・神職系統・古代祭祀系譜と強く結びつき。
特に熊野・吉野など、物部・忌部・神祇系の残存勢力、その多くが竹内文書や菊池文書そして九鬼文書などように、一族や古式の秘密を古神道として口伝で語り継がれてきた。
このように天照大神を頂点とする一元的神統譜は、実は後世に政治的整合性のために整えられたものなのです。
実際、記紀編纂時も多くの土着神や祖霊が「国譲り」「降伏」などの物語によって祭祀的地位を下げられ、天津神系に従属させられた背景があります。
現在の神道祭祀の根源は伊香色雄が大物主大神・倭大国魂神を始め、八十万の神々(地域的祖霊集合体)を祀る祭を執行し、国家鎮護の基礎を築いたことから始まりますが。
神話の神々を各地で上書きしたとしても・・・
原点は物部の祖(伊香色雄)がニギハヤヒと八十万の神々を祀ることから始まり、神社の本殿は元々そこに暮らす人々の御祖神が祀られてきたことの事実には変わりありません!
※ちなみに豆知識として、伊香色雄は祭事の際に、八十手(やそて)=物部氏の職能集団を率い、天神地祇および「八十万の神々を祭る神供物(幣帛)を作らせました」と記紀に記されています。
この時の八十手(やそて)=物部氏の職能集団は歴史的建造物を建て、その子孫は現在も連綿に続き健在しています。
八十手(やそて)=物部氏の職能集団の末裔は伊香色雄を祖神としてお祀りしています。
では、神道で祀られている神々とは?
天上の超越的存在ではなく、元は我々の御祖神(ミオヤ)であります。
神社の起源=氏神・祖霊祭祀
各氏族・集団が自らの祖(ミオヤ)を祀ったのが神社の原型。
本殿には「その土地を拓いた者」や「守った者」が祀られていた。
現在天照大御神を中心に神話の神々が祀られている理由は、政治的な律令国家体制の正当性と、天皇制の神格化を支えるためなのです。
別の視点から考えると、古い文献の「元々御祖神を持たない渡来人たちに、時の天皇が天御中主神を与えた」ということが事実であれば、真の目的は権威を持った渡来人のための神統譜を築き上げていたとも言えるのではないでしょうか。
そして現在でも、一部の学術界や系譜論者の間では、それを裏付けるように大陸起源説が唱えられています。
ひょっとすると、時の天皇は、渡来人による侵略による皆殺しや背乗りを防ぐため、中立的な根源神である天御中主神を彼らに与えることで、霊的な統合を試みたのかもしれません。
いずれにせよ、これまでの説明からも分かるように、祖先崇拝こそが日本文化の根幹にあるのです。
では、これから神道と道教の違いを表にしてみましたので、ジックリとご覧くださいませ。

神道ではご先祖である神様に、祖霊祭詞集という祝詞を奏上します。
※祖霊祭詞集(それいさいししゅう)──祖霊に奏上する祝詞を集めたものです。
その一部を抜粋します
冥世(かくりよ)に安く穏(おだ)ひに鎮まりまして 嬉しく楽しく暮らし在り経(ふ)る事を 乞祈奉(こいのみまつ)るさまを 平けく安(やすら)けく聞食(きこしめ)し 詳(つばら)に諾(うずな)ひ給(たま)ひて 漏るる事無く落つる事無く 恩頼(みたまのふゆ)を蒙(かがふ)らしめ給ひ 是(これ)らが御霊等(みたまたち)の上を幸(さき)く真幸(まさき)く守り導きまして 高き御位(みくらい)にも昇り行かしめ給ひ 子孫血族者共(うみのこちすじのものども)を守る御霊(みたま)と令在(あらしめ)まして 加比懇(かくねもごろ)に御祖(みおや)を慕ふ子孫の心を憐(あはれ)と見そなはし聞食(きこしめ)して 縁無(ゆかりな)き萬(よろず)の御霊に至るまで 御慈(みいつくしび)を垂れ蒙(かがふ)らしめ給へと恐み恐み白す
●現代語訳
冥世(かくりよ)において、どうか安らかに、穏やかにお鎮まりくださり、嬉しく、楽しく、変わらぬ日々をお過ごしになられますよう――私たちはそのように、まごころをこめて深く祈り申し上げます。
その祈りのまことを、どうか平らかに、やすらかにお聞き届けくださり、一つとして漏れることなく、取りこぼされることなく、御霊たちが、尊き神々より恩頼(みたまのふゆ)をお受けになられ、その霊格をさらに高めていかれますようにと願い奉ります。
そしてこれらの御霊たちが、いよいよ幸いに、真の安らぎと共に導かれ、高き御位へと昇られ、やがては子や孫、血のつながりを持つ者たちをお守りくださる守護の御霊として、この世にも力を及ぼしてくださいますように。
御祖(みおや)を慕い、心から祈りを捧げる子孫たちの思いを、どうか深く憐れみと慈しみをもってご覧くださり、お聞き届けくださり、ご縁のある方々はもとより、縁の浅き、あるいは縁なきあらゆる御霊に至るまで、どうか御慈愛の光を垂れ注ぎ、そのお恵みが等しく行き渡りますように――謹んで、畏れ敬って申し上げます。

※「かがふ」は古語「かがふ(加加布)=被ふ・受ける・覆われる」に基づいた深意表現として理解できます。

このように先ずは、あの世の幸せを祈り、そして我々の幸せを祈る。
この習慣が、先祖供養として私たちの暮らしの中で受け継がれているのです。

我々日本人は霊界も現実も、共に幸せであることを祈ります。
しかし道教も仏教も価値観が違いますね、そしてそれが現実にも反映していることがよく分かります。
霊界を「修行の場」として捉えると、魂は永遠に“達成のために生きる”ことになります。
けれど、本来の霊界とは「還る場所」「安らぐ場所」だったはずです。
道教や仏教を霊界に取り入れたことで、価値観も大きく変わってしまった!
ここのポイントが仕事を通じて感じることです、修行の縁を持つと生きながら修行の道のように険しく生きる。
歴史的な視点で見ても、確かに古代から修行を愛し、「悪政を断ち切りたい」と願う魂たちも存在しました。
彼らは時に山に籠もり、断食し、剣を研ぎ、「正義」を背負って神と交信したのです。
山岳修験・密教系の超越的な修験道の人たちは、その代表格と言えるでしょう。
しかし彼らは、社会のごく一部であり、大多数の民は田畑を耕し、季節の実りに感謝し「暮らしそのものを神とした」のです。
なので祖先に対し、思いやりと愛情あふれる関係性を大切にしてきた日本の文化は、祝詞の中にその思いが現われています。
では、仏教の其々の宗派の霊界に対する解釈を表にしましたので是非ご覧くださいませ。

現代は、まるで目に見えぬ「修行」のかたちの中にいます、それは常に上を目指す競争社会であり。
スピリチュアルでさえ「もっと成長しなきゃ」という焦燥感を求めます。
自己啓発・成功哲学・超越志向の蔓延こういった修行的な価値観が、“ふつうであること”を蔑む傾向を強めています。
🏡本来、「普通の暮らし」こそが最大の霊的贈り物であったはずなのに。

「縁」──見えぬ糸で結ばれる力
縁(えにし)は「見えない力」。
それは物理的な出会いやタイミングを超えて、魂と魂が惹かれ合う必然の軌跡。
古神道では、縁は“結び”の神の働き──
縁とは、“神の介在”によって成り立つ神業なのです。
表面的な恋愛テクニックや外見の魅力ではなく、“見えない世界に委ねる力”、すなわち信頼・祈り・清き心が、縁を結ぶのです。
だから、神を信じぬ者は、自分の力でなんとかしようとして縁の糸をねじ曲げてしまう。
良縁なくして、家の基礎は築けない。
良き夫婦は、魂が呼応して結ばれる「神の計らい」そこに信仰と祈りが伴えば、家系は穏やかに息づいてゆく。
一方で、縁を見誤った結びつきは、家を苦しみの場に変えてしまう。
家系全体が“霊的に分断”されてしまう。親は孤独に陥り、子は家を離れ、現代社会はそれを「仕方ないこと」と思っていますが、それは“神の目を忘れた結果”であり、必然ではありません。
本来の信仰は、祝い結び「繋ぐためにあるもの」。
繋がりとは、祖先→現代→未来をつなぐ霊的血脈。
だからこそ、霊界に光を、穏やかさを、祈りを宿すことが最も大切。
そこに修行はいらない
そこに裁きはいらない
ただ、「ありがとう」「また会おうね」という想いだけで十分なのです。
🕊️ 神道における波動=言霊と共鳴
神道は「宗教」ではなく“霊との調和”を目的とした波動文化です。
その中心にあるのが、言霊(ことだま)──言葉に宿る“響き”が、霊的存在に波動として伝わるという日本独自の思想。
だからこそ、毎朝の「祝詞(のりと)」は単なる儀式ではなく、神棚に向けて“波動を捧げる”行為そのものなのです。
「ありがとう」の波動──科学と神道の交差点
「ありがとう」という言葉を水に向けて語ると、結晶が美しく整うという有名な実験──
これは、言葉が波動となって物質に作用する現象の現れです。
神棚やお社もまた、毎日の「ありがとう」「祝詞」で、“場”そのものを高波動に保ち続けているのです。
私たちの「我」を取って内なる神を見出すところ、それが神社や神の御前です。
そして「祈り」は「意宣り」です、公明正大に誓いを立てて過ごす。
それが日本人の真の姿であり、古来より日本人が歩んできた尊き道なのです。