
写真は一年前、2024年の暮れに撮ってあった中から選びました。横須賀市の秋谷、泉鏡花の草迷宮の舞台のあたり。風が強かった日のようです。覚えていないけれど、写真が伝えています。
先日、人とAIの違いとして、状況判断と行動決定の複雑さはロボットには難しい、と、書いてある記事をどこかで読みました。例として、人型ロボットが電車に乗っていても、火事とか津波などの緊急事態が起きたときに、人はそれぞれの判断で逃げることもするけれど、ロボットはその時の対応がプログラムされてなければ立ち尽くしてるだけだと、そう書いてあリました。
これが書かれたのはいつかはわからないけれど、最近はこの記事を書いているアンドロイドにもフリーウェアで生成AIアプリが入ってる。長い文章で質問すると面白いです。よい質問ですね、とかから回答が始まる(笑)
上の記事を読んだあと、ロボットに人の防御反応や生存欲求に基づく行動や、敵対するものへの攻撃性を、生成AIを、介して学ばせたら、そのロボット機械的強度と発揮できる力によっては非常に近い未来に、すでに圧倒的脅威になるのでは?と言うような長ったらしい質問を、チャットGPTに掛けてみました。
その回答が、技術的にはその脅威は増している、でも人の倫理観が、そこに抑制を掛けている、と言う回答でした。権力を持った狂人たちが覇権争いを始めたら、自国民の顔を全員覚えさせた後に、たとえばその安全を見かけ上担保して、他国民を無作為に殺戮する兵器、人型である必要はないですね、そう言う兵器ももはや作ろうと思えば作れるんだろうし、それらが臨機応変な動きをし始めるのも、まるで自意識があるように、動き始める脅威も技術的には可能になってるんだろう……それでもその根底は膨大に条件式を積み重ねてるとはいえロジックで動いていて人とは違う……と思いたいが、人の判断も実は突き詰めていくと最後はデジタル判断でロジック回路にばらつきがあるから、それを個性とか言ってるだけなのかも。いろいろ考えちゃいましたが、倫理観が砦と言うのは歴史的に見ても非常に危うい。
少なくとも火事や津波で自分の生命のリスクが高まったとき、ロボット的には自分が破損する可能性が高まったとき、状況を総合判断して普段は取らない行動で、回避を行うくらい、もはや出来ると思いますね。その結果人が突き飛ばされて死んでも彼等は何とも思わない。と言うか、それを反省するようなプログラムが施されていなければ、なんとも思わない。そう言うのが自己増殖を始めたら、むかしのSFに描かれたロボットが人を駆逐する世界も、今や荒唐無稽な話ではなくなってきてますね。くわばらくわばら。
2001年宇宙の旅でモノリスって言いましたっけ?黒い板みたいなのが宇宙から?降りてきて、それを触った猿人が、進化を始めるような場面。最近、あの映画の石板は、ICの、チップマイコンの、象徴だったように思います。後日に、電子化技術の発見と発展が、人を自己滅亡に追い込むきっかけだった、とならないといいな。
ちゃんと12月下旬ともなれば寒い日が増えてきます。風邪など引かぬよう、ご自愛ください。