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南島の瀬織津姫〈33〉徐福と夜明け鷲

秦の始皇帝の命で船出したという斉の国の方士
・徐福は、琉球で明東(ミントン)天孫氏の祖と
 なったという古伝は「神になった徐福」に書いた。
徐福は御先(うさち、古代)のアマミキヨだと。

けれども、古来ミントングスクで語り継がれてきた
渡来や稲作発祥の伝承から、明東天孫氏に繋がる
徐福の名は、いつしか掻き消されてしまったようだ。


'25年9月に訪れた、沖縄の稲作発祥の地
受水走水(ウキンジュハインジュ、正面)
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受水走水の説明板には、こう綴られている。
〜伝説では、稲穂をくわえた鶴が新原村の
カラウカハに落ちて死んだ。種子は発芽して
アマミツによって受水走水の水田に移植された〜
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10年前に撮った説明板。内容は現在も同じ
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 「鶴が運んだ稲穂」について、語り部は言う。
「鶴が飛んで来たのは後の時代です。最初に稲穂を
 くわえて来たのは鷲だと、ミントンで聞いた」と。

古いほうは、うちなーぐちで「ゆがき鷲」とも
呼ばれる「夜明けの鷲」。それがミントン古伝だ。
沖縄の夜明けは、アマミキヨ・徐福が飛ばした
鷲がくわえて持ち帰った稲穂から始まったのだと。
夜明けとは、大和でいう弥生時代を指すようだ。

鎌倉芳太郎氏は『鎌倉芳太郎ノート』(1926年)
に、ミントン当主の話として「鷲」を書き留めた。

〜ミーフーダとは往古アマンチュ・シルミチュ
の神が、鷲の持ち来たる稲穂を初めて蒔いて
作り上げたるところなりという〜

いっぽう、琉球王府の正史『中山正鑑』
(1650年)には、徐福も「鷲」も登場しない。
が、稲作の発祥について次のよう綴っている。

アマミキヨが天に上がり、五穀の種子を
乞うて、麦・粟・黍・豆を久高島に蒔き、
稲は知念大川の後ろ、また受水走水に植えた〜

ミーフーダ(御穂田、三穂田)のある受水走水も、
知念大川も、古くから湧水に恵まれた水稲の
敵地。渡来した後でいったん故郷に帰り、再来
 した徐福は、陸稲でなく水稲を持ち帰ったのだろう。

稲穂、そして牛・馬・豚・羊を山東省から運んだ
という徐福は、やがて明東天孫氏を生む王となった。




# by utoutou | 2026-01-11 23:38 | 最終章 | Trackback | Comments(0)