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秦の始皇帝の命で船出したという斉の国の方士 ・徐福は、琉球で明東(ミントン)天孫氏の祖と なったという古伝は「神になった徐福」に書いた。 徐福は御先(うさち、古代)のアマミキヨだと。 けれども、古来ミントングスクで語り継がれてきた 渡来や稲作発祥の伝承から、明東天孫氏に繋がる 徐福の名は、いつしか掻き消されてしまったようだ。 '25年9月に訪れた、沖縄の稲作発祥の地 受水走水(ウキンジュハインジュ、正面) ![]() 受水走水の説明板には、こう綴られている。 〜伝説では、稲穂をくわえた鶴が新原村の カラウカハに落ちて死んだ。種子は発芽して アマミツによって受水走水の水田に移植された〜 ![]() 10年前に撮った説明板。内容は現在も同じ ![]() 「鶴が運んだ稲穂」について、語り部は言う。 「鶴が飛んで来たのは後の時代です。最初に稲穂を くわえて来たのは鷲だと、ミントンで聞いた」と。 古いほうは、うちなーぐちで「ゆがき鷲」とも 呼ばれる「夜明けの鷲」。それがミントン古伝だ。 沖縄の夜明けは、アマミキヨ・徐福が飛ばした 鷲がくわえて持ち帰った稲穂から始まったのだと。 夜明けとは、大和でいう弥生時代を指すようだ。 鎌倉芳太郎氏は『鎌倉芳太郎ノート』(1926年) に、ミントン当主の話として「鷲」を書き留めた。 〜ミーフーダとは往古アマンチュ・シルミチュ の神が、鷲の持ち来たる稲穂を初めて蒔いて 作り上げたるところなりという〜 いっぽう、琉球王府の正史『中山正鑑』 (1650年)には、徐福も「鷲」も登場しない。 ミーフーダ(御穂田、三穂田)のある受水走水も、 知念大川も、古くから湧水に恵まれた水稲の 敵地。渡来した後でいったん故郷に帰り、再来 した徐福は、陸稲でなく水稲を持ち帰ったのだろう。 稲穂、そして牛・馬・豚・羊を山東省から運んだ という徐福は、やがて明東天孫氏を生む王となった。 #
by utoutou
| 2026-01-11 23:38
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