
無印良品はなぜ、これほど長く支持されているのでしょうか。
無印良品が人気の理由を検索すると、「シンプルさ」「価格」「品質」といった理由がすぐに見つかります。
ただ、実際に使い続けていると、その説明だけでは足りないと感じる瞬間があります。
わたし自身、無印良品の商品を日用品から衣類まで使い続けていて、気づけば年間でそれなりの金額を無印良品に使ってきました。
気づけば家の中に、無印良品のものが増えています。
その理由を、生活者として、少しだけ言葉にしてみました。
無印良品がみんなに人気な理由
「無印良品はなぜ人気なのか」と聞かれたら、多くの人が同じような答えを思い浮かべると思います。
シンプルなデザインで、余計な装飾がないこと。
価格が手ごろで、品質が安定していること。
たしかに、どれもそのとおりです。
生活の中に取り入れやすく、失敗しにくい。
だから無印良品は、長く、多くの人に選ばれてきたのだと思います。
AIに聞いても、きっと似たような答えが返ってくるでしょう。
実際、それらは無印良品の人気を説明する「正解」の一つです。
ただわたし自身は、もう少し掘り下げて、無印良品を好きな理由があります
わたしが無印良品を好きな理由
① 無印で良品だから
「ただブランド名をなぞっただけじゃないか」と思われたかも知れません(笑)
でも”無印””良品”の対義語や類義語を想像してみると、無印良品の魅力がより鮮明になると思います。
世の中には、
”無印(ノーブランド)”で”粗悪品”
”有印(ブランド)”で良品(あるいは高級品)
という商品は数多く存在していますよね。
意外と「無印で良品」というものは少ない気がします。
無印に似た商品で、もっと安く販売しているブランドは今や数多くある。
例えば100円ショップなどですね。
でも安く売れるには理由があり、どこか機能を失くしたり、素材をグレードダウンしたり、量産して安く作るための(良くも悪くも)工夫があるものです。
そしてもちろん、ブランドの付加価値がのった良品(高級品)もあります。
例えばキッチングッズだったらル・クルーゼやバーミュキュラ、バルミューダなど。
これらは素晴らしい商品を作っていますが、当然、確立されたブランドとしての付加価値が価格にのっています。
ブランド価値がのっておらず、それなりに満足できる良品をつくっている。
それが無印良品であり、そういったブランドは多くありません。
無印良品は、
「無印」だから、気を負わずに買える。
「良品」だから、使って損をした感じがしない。
このちょうどよさが、わたしの日常にも馴染んで、好きなった大きな理由だと思います。
② 少しだけ感度が高いから
無印良品の近年のヒット商品のひとつに「蒸籠」があります。
蒸籠自体は、目新しい道具ではありませんし、感度の高い人や、いわゆる「丁寧な暮らし」の文脈では、以前から人気があった商品です。
そこに無印良品が目をつけ、無印良品らしい形で一般化した。
無印良品はじめ、100円ショップやその他の雑貨・インテリア・キッチングッズブランドを眺めていると、気づくことがあります。
それは無印良品が一般に流行させたヒット商品を、後追いでリーズナブルなブランドが販売する流れ。
無印良品は最先端ではありませんが、どちらかと言えば流行の上流にいるブランドだと言えるでしょう。
ただ無印良品自体が、「流行を発信しよう!」と意気込んでいるわけではなさそうです。
確固たる世界観と、独自の視点からの商品開発が、結果的にブームを生んでいる。
この、ほんの少しだけ感度の高いものづくりの姿勢が、わたしにはちょうどよいと感じます。
わたしは「怠惰は、必ずしも癒しではない」と思っています。
疲れて何もできない時、それこそ無印良品のレトルトカレーで食事をすませることもあるでしょう。
でもそれだけを続けていると、なんだか罪悪感が生まれ、かえって心が休まらない。
蒸籠のような、ちょっと意識高く見えるような道具をたまには使ってみる。
そのひと手間が楽しさや自尊心を育み、ほんとうの意味での癒やしにつながります。
無印良品は「安ければ何でもいい」という顧客をターゲットにしたブランドではありません。
当初から「最良の生活者」という理想像を持ち、それにあった商品開発を続けている。
その少しだだけ高い感度が、無印良品の魅力だと思います。
③ 反体制だから
無印良品は1980年に西友のプライベートブランドとしてその歴史をスタートしました。
当時はいわゆる「ブランド物」がもてはやされ、今以上に消費が活況だった時代です。
そんな中で無印良品は、その激しい消費文化へのアンチテーゼを内包して生まれました。
いわば「反体制」です。
この反体制をセゾングループ創業者の堤清二は
一つは米国的消費生活、つまり利便性、浪費性、ぜいたくを追うことへの反発。2つ目がファッション性を追うことへの反発
と表現しています。
無印良品のこうした成り立ちや考え方については、『MUJIが生まれる「思考」と「言葉」』という書籍に、かなり丁寧にまとめられています。
派手なエピソードが書かれているわけではありませんが、 無印良品がどんな違和感から生まれ、何に抗おうとしてきたのかが、静かに伝わってきます。
背景をもう少し知りたい人は、『 MUJIが生まれる「思考」と「言葉」 』 を手に取ってみてもいいかもしれません。
そして翻って現代をみてみると、消費文化はもしかして悪化していないだろうか?
そんな風に思うことがあります。
なによりスマホの存在。
スマホとインターネット、SNS、動画サイトが、買い物をいつ、どこにいても可能にさせました。
「手のひらに消費がある」という意味で、80年代の日本よりもたちが悪いと言えるかも知れません。
そんな時、無印良品の原点の一つである「反体制」が、なんだか知的で心強いものに見えてきます。
今はもしかして、アルゴリズム・タイムライン、そしてそれに規定する巨大IT企業に対する反体制が必要な時代なのかも知れません。
もちろん、今の無印良品がSNSマーケティングをしていないかと言えば、嘘になるでしょう。
だからこそ、無印良品の中に残っている「反体制」の志を、ファンの一人として、これからも静かに見ていたいなと思います。
まとめ
無印良品が人気な理由は、 シンプルで、価格が手ごろで、品質が安定しているから。 それは、たしかに正解です。
でも、わたしが無印良品を好きでい続けている理由は、 もう少し感情に近いところにあります。
「無印」で、ちゃんと「良品」であること。
少しだけ感度が高く、生活に張りを与えてくれること。
そして、過剰な消費やノイズから距離を取ろうとする、静かな反体制。
無印良品を選ぶことは、 何かを誇示する行為ではありません。
ただ、自分の生活のテンポを守るための、ささやかな選択です。
だから今日も、 気づけば家の中には、無印良品のものが増えている。
無印良品の人気は、その積み重ねの結果なのだと思います。