misasa104の旅行記

旅行の日記・備忘録です。

2025-2026 年末年始のグランドサークル①

最近はGW、お盆休みを使って海外旅行に行っていたが、年末年始は9連休ということで、夫に猫2匹を託し、娘と海外ツアーに参加することにした。

飛行機はすべてアメリカンエアー(AA)で羽田を昼過ぎに出発。以前はAAやユナイテッドは機内が非常に寒かった印象があったので、かなり厚着をしていったが、そうでもなかったし、機内食は想像に反してかなり美味しかった。

LAでの乗り継ぎはなんと7時間。先のイタリアツアーのドバイ乗り継ぎの時間を軽く超えてしまった。アメリカルールで、最初の空港で必ず荷物を一度受け取り、国内線(LAからフェニックス)で再預け、イミグレも時間がかかると聞いていたので、ツアー会社によるトラブル回避の安全策とは理解できるが、今回LAでの入国はまぁまぁスムーズだっただけに、そのあと時間を持て余してしまう。

おかげで日本でDLしていった、ジェフリー・ディーヴァーと元法執行官のイザベル・マルドナードとの共著『スパイダー・ゲーム』を読み終える。

無事にフェニックスのホテルに到着したのは17時過ぎ。

ベランダから室内を撮ったら、思いがけず枕上の壁に外の景色が映りこみ、もともとあったかのように錯覚してしまうほど。部屋は十分に広く、バスタブもあった。


翌朝、簡単な朝食を取り、ページへ向かう。中継地点のキャメロンでトイレ休憩。

トレーディング・ポストにはアメリカ西部らしいお土産が所狭しと並んでいた。

その後、荒野の中を走り続け、バス内でランチボックス(サラダ、サンドウィッチと小さいポテトチップス)の昼食をとっているうちに目的地に到着。

バスを降りて、少し歩いていくと

赤茶色の大地の向こうに急に視界が開け、その先にはひと際人が多い場所があった。

ホースシュー・ベンド(Horseshoe Bend)。何度か写真では見たことがあったが、なるほど、英語の意味「馬蹄の形をした川の大きな曲がり」そのままだ。

下に流れるのはコロラド川。柵がない場所では崖の縁に立つと足がすくむが、上の写真のような強者も多い。

足元の地面に目を向けると、平らな場所でさえ、岩は幾重にも層をなしている。それは太古の海や砂漠が何度も入れ替わった痕跡だという。断崖だけでなく、立っている大地そのものが、長い時間の積み重ねでできていることを実感しつつ、ここを後にする。

このあと、アンテロープ・キャニオンに向かう。わたしがアンテロープを知ったのは、Windows Spotlightだと思う。

アンテロープキャニオンの入口手前で、大型バスを降りる。ここからは上写真の奥のほうに見えている、ナバホ族のガイドさんが運転する四駆の車に分乗して向かう。

ツアーは16名、車は1台14名までだったので、わたしと娘は別の車に乗ることに。先に到着していたメンバーと合流するため、キャニオンの裂け目まで走る。

入口から入ったとたんにこんな風景が広がっている。

岩肌の色も赤からオレンジ、紫など、光によって変化するのがまた美しい。

アンテロープキャニオンは、ナバホ族の羊飼いが偶然見つけたとされていて、時代は特定されていないようだが、19世紀後半〜20世紀初頭と推測されている。

ナバホのガイドさんが良く言っていた日本語が「すごい!すごいねー」。日本人みんな、そう言っているのでしょうね(笑)。

出口から少し歩き階段を下りると、車が待機している場所に出られるようになっている。

帰りはバスに揺られてホテルまで。

ここも広々としている。

夕食のレストラン。ここでサラダとサーモン料理をいただく。

奥の方に行くと、団体客用のスペースがあった。夏は混むのだろうな。奥の写真は、たぶん西部劇の金字塔『駅馬車』のもの。入口近くにジョン・ウェインの写真もあったので、間違いなさそうだ。

1939年に公開されたこの映画は、モニュメント・バレーを「西部の象徴」として世界に知らしめた作品だという。Prime Videoで観れるよう。

 

食事のあとは、全員で近くのスーパー「ウォルマート」へ。ここでお土産のチョコレートなどを購入する。

 


行きの飛行機で読んだ本:

最初から最後まで面白い。共著ではあるが、いかにもディーバーらしい展開で飽きることなく読める。シリーズものになりそうなので、第2弾も楽しみに。

 

行きの飛行機で聴いた本:

英国推理作家協会賞 ダガー賞 翻訳小説部門の受賞作品ということで、DLしていった。短いのであっという間に聴き終わってしまった。主人公のキャラが立っていて良かったが、最後があっけなく終わってしまったという印象。

 

2025/09 イタリア中部をめぐる旅④ 海のチンクエテッレと食の都パルマ

チンクエテッレは、リグーリア海岸沿いに並ぶ5つの村のこと。切り立った崖に色とりどりの家が寄り添い、青い海と一緒に絵のような景色を見せてくれます。

チンクエテッレの村々は断崖に沿って点在していることから、車ではなく電車で移動するのが一般的なんだそうです。各村には鉄道駅があり、短い区間を気軽に行き来できるようになっていました。

出発駅ラ・スペツィアまではバスで行き、そこから列車に乗ります。バスが順調に進み、予定していたよりも早い列車に乗れました。先に行くのはマナローナ駅。自由時間に有名な写真スポットまで行こうと思っていたのですが、ありがたいことに、今回は地元ガイドさんが連れて行ってくれるということでついていきます。

石造りの家の隣には、急な斜面に沿ってさらに上へと建物が続いていました。こうして段々に家々が重なる様子から、この村が切り立った地形の上に成り立っていることがよくわかります。

上へ上へと上がってきました。地図でみると簡単そうな道でも実は高度がかなり違うので、一人なら道に迷っていたかもしれません。

背後には、石垣で支えられた段々畑が広がっています。急斜面にも関わらず、ここではブドウやオリーブ、レモンなどが育てられていて、この土地ならではの景観をつくり出しています。

このような柵のある細い道を進んでいきます。もう少し。

わぁぁ、ステキ!と思わず声が出ます。断崖絶壁に積み木のように並ぶ家々。美しさに目を奪われながらも、同時に人々の暮らしのたくましさを感じます。

また、電車に乗るため駅に戻ります。

次はヴェルナッツア駅へ。

駅からすぐの通りです。観光客で賑わっています。

建物と建物の細い路地を上がっていきます。

写真スポットまで来ました。もっと先に行って教会が正面に見れるようなポイントに行きたいと思ったのですが、そこから先は有料のハイキングコースになっていました。

何枚か写真を撮ったあと、海岸の方まで下りていきます。

こんな細いところを通ります。建物の色が可愛い。

下まで降りてきました。

昼食は自由ということで、いつもの3人で良さそうなお店に入りました。

ここで、スパゲッティ・ポモドーロを食べました(写真は撮ってなく・・)。あっさりしていて美味しかったです。食事している間、スコールのような雨が降ってきました。今で良かったね、と。

食事をしている間に雨は止み、その後はお土産を買ったり、ジェラートを食べたり、、

こんなユニークなお店を見つけたり、、最後にもう一度海岸に戻り、この景色を心に刻みました。

ヴェルナッツァの海岸から望むと、次の駅・モンテロッソの町並みが遠くに(上の写真は拡大しています)見えました。チンクエテッレの中でも最も大きな村で、広い砂浜があるらしい。今回は行くことができませんでしたが、いつか行ってみたいです。

 


最後のホテルはパルマ駅の近く。

そして、ツアー最後の夕食は、ホテルから少し歩いたところのレストランで。

ワインもデザートもいただき、ツアーで一緒だった皆さんと楽しいひとときを過ごしました。レストラン近くのスーパーでお土産を購入し、ホテルに戻ります。

最終日、空港に向かうまでの時間、1時間半程ですがパルマを観光します。

パルマの旧市街を歩き、ガリバルディ広場へ向かう途中に見えてくるのが、重厚なレンガ造りのピロッタ宮殿。かつてファルネーゼ家の宮廷として建てられたもので、今では美術館や劇場が入る文化の中心となっています。

ピロッタ宮殿の前の広場。犬の散歩やおしゃべりを楽しむ人たち。

パルマ大聖堂の方へ進みます。

雨が降ってきました。

大聖堂の中に入ると、思わず息をのむような美しさ。雲の中に吸い込まれるような天井画と、壁一面に描かれたフレスコ画が圧巻です。

コッレッジョによる「聖母被昇天」の天井画。雲の渦の中心に吸い込まれるように、聖母マリアが天へと昇っていく姿が描かれています。光と影、遠近法を駆使した立体的な表現は、まるで天井がそのまま空へと続いているかのよう。500年前の絵画とは思えないです。

 

パルマのショッピング通りなどを歩き、タイムアップとなりました。


楽しい時間はあっという間ですね。ほんとうに早く感じた8日間でした。

お土産の一部です。左上はドバイで買ったクレオパトラ石鹸の6個セット、その下が最近話題のドバイチョコです。それ以外はイタリアで買ってきました。

 

<終わり>

お付き合いくださりありがとうございました。

2025/09 イタリア中部をめぐる旅③ オルチャ渓谷と中世の都シエナ、塔の街サンジミニャーノ

5日目。本日はトスカーナ南部・オルチャ渓谷を通り、その後シエナに向かいます。

サンマリオを出たあと、しばらく雨が激しく降っていましたが、広々とした丘陵地が広がってきたころには晴れてきました。

ドライバーさんの計らいで、ここだけバスから降りて写真を撮ることができました。ワイナリー併設のアグリツーリズモへの道には、糸杉が風の道しるべのように並んでいます。

オルチャ渓谷は、自然の景観そのままではなく、粘土質の荒地を700年以上にわたって人間の手で改良してきて、現在の美しい姿になっています。今も建て方・色・看板・作物まで景観のルールで守られているのだそう。


窓からの景観を楽しんでいたら、あっという間にシエナに到着しました。サン ドメニコ教会のほうからグルっとまわってカンポ広場まで進みます。

市庁舎のマンジャの塔。このときはこの塔に上る気満々でした。

先のほうに見えるのはシエナ大聖堂(ドゥオーモ)。

皆でひとしきり写真を撮ったあと、街を歩いていきます。

坂道が多い、趣のある街です。

細い路地に光と風を呼び込むためか、シエナの家々は小さな窓がびっしり並んでいます。

彼もワンコもカメラ目線で、写真を撮らせてくれました。

シエナトスカーナ地方では、色鮮やかな陶器(マヨリカ焼き)がとても有名で、特に壁に掛けて飾る皿や、レモン・ひまわり・ブドウ畑などをモチーフにした絵柄は定番です。

最初のフォトスポットから見えていた白と黒の縞模様のシエナ大聖堂。

大聖堂の正面。白・黒・ピンクの大理石を使ったファサードは華やかで、彫刻やモザイクがびっしりと施されているのがわかります。

 

カンポ広場まで来ました。世界的にも珍しい 貝殻のような扇形の広場で、ちょうど9つの放射状の線で区切られています。これは中世に「九人政庁」がシエナを治めていたことを象徴しているのだとか。広場は、年に二度の伝統行事パリオの舞台でもあります。パリオとは広場をぐるりと囲む観客席と馬場に変え、裸馬にまたがった騎手が広場を3周して競う、迫力満点の競走です。

映画『007/慰めの報酬』(2008年)の冒頭、ボンドがカーチェイスの末にたどり着くのが、ここシエナの街。すっかり忘れていたので、この映画を再度観てみました。「パリオ祭」で沸き立つカンポ広場を駆け抜け、敵を追い詰めていくシーンが迫力満点です。

ここからは自由行動になります。現地ガイドさんにマンジャの塔に上れるか聞いたところ、オーバーツーリズム対策で時間指定制になっているため、今からでは難しいでしょうということでした。そこで、塔はあきらめ、一人参加の3人でランチをとることにしました。

広場からほど近いこちらに入ってみます。

席が埋まっているかな?と思ったのですが、奥のほうに空席がありました。わたしは冷えたビールと肉団子風の料理を注文。旅の途中のお腹にちょうど良いごちそうでした。スタッフの方々も笑顔で、とても感じが良かったです。

次はバスでサンジミニャーノに向かいます。

車窓からの景色が素晴らしく、何度もシャッターを押してしまいます。

サンジミニャーノは「塔の街」として知られています。シエナでは塔に上れなかったので、ここでリベンジです。

塔に上ると、眼下にはオレンジ色の屋根がぎっしりと並び、その先にはオリーブ畑やブドウ畑が広がっていて、まさにトスカーナの風景そのものといった感じです。上ってくるときは暑いくらいでしたが、屋上の風が涼しくて気持ちいいです。

塔から降りると、そのすぐ横には修道院がありました。その石造りの建物の一角に入口があります。

そこを抜けると静かな回廊が広がり、950周年を記念した写真展が開かれていました。

 


6日目の朝、レストランに行くためヴィラを出たところです。

少しだけプールのほうにも寄ってみると、トスカーナの丘が広がっているのが見えました。

ホテル入口から見た風景。この細い道をバスがバックで入ってきたのでした。

今回の旅行では、朝食の写真を撮っていなかったのですが、どのホテルも美味しくいただきました。特にサクサクのクロワッサンが格別でした。

このあと、チンクエテッレの観光に向かいます。

 

<つづく>

2025/09 イタリア中部をめぐる旅② 天空のサンマリノと祈りのアッシジ

3日目、ラヴェンナ観光のあとは、サンマリノ共和国へ向かいます。イタリアに囲まれながらも独立を守り続ける“世界最古の共和国”サンマリノ。国土は世田谷区と同じくらい。山上の旧市街には中世の城壁と3つの塔がそびえています。建国は301年にまで遡ると伝えられ、いまも半年ごとに元首が交代する独自の共和制を続けている小さな国です。

サンマリノ旧市街への入口となるのが、14世紀に造られた聖フランチェスコ門。かつては城塞都市を守る要塞の一部でしたが、今は観光客が最初にくぐる“玄関口”です。石造りのアーチを抜けると、中世の趣がそのまま残る石畳の坂道が広がります。

門のすぐ近くのレストラン(上の写真)でランチをとったあと、街歩きがスタートです。少し雲行きが怪しくなってきました。

旧市街の中心にあるのがリベルタ広場。正面にはサンマリノの政治の中枢である政庁舎がそびえ、中央には独立と自由を象徴する女神像が立っています。観光客で賑わう広場ですが、ここは今も共和国の政治儀式が行われる場所でもあります。

リベルタ広場にやってきたとき、ちょうど大粒の雨が降り出し、私たちは急きょ政庁舎の軒先で雨宿りをしていました。中に入ることはできませんでしたが、写真を撮っても良いとのことで、覗いてみると、青い羽根飾りのついたヘルメットを被った衛兵たちが整然と並んでいました。通常なら広場で行われる儀仗兵の交代式を屋内で行う準備をしていたのかもしれません。

雨がますます強くなってきました。雨の中、傘をさして観光案内所に行き、希望者はパスポートに記念スタンプを押してもらいます(有料)。

その後は自由行動となり、一人参加の3人組で、第一の塔に行ってみることにしました。このとき、激しく降っていた雨は止んでいました。

先ほど来たときはたくさんの人がいたサンマリノ大聖堂ですが、雨の後は人がまだらです。

左奥に見えるのが第一の塔・グアイタです。入口でチケットを購入しようとしたところ、あと10分待てば料金が割引(5ユーロ)になるということで、16時ジャストに入場。

第一の塔に入ってみると、石造りの胸壁の上を歩けるようになっていました。胸壁の上を歩いていた人の姿がふと目に留まります。ベージュのパンツは石の壁と同じ色合いで、青いシャツは空の色と重なります。まるで要塞と空をつなぐ一部のように溶け込み、この小さな情景がサンマリノの風景にぴったりとはまっていました。

さて、わたしたちは塔の上まで登ってみます。

まだ途中です。さらに上に進みます。

ようやく一番上まで来ました。ここから峰の上に立つ第二の塔・チェスタがよく見えます。チェスタは三つの塔の中で最も高い場所に位置します。

少し拡大してみます。その右奥に小さく姿を見せているのは第三の塔・モンターレ(と思われます)。

景色に見とれていたら、また雨が降ってきました。

雨が降るなか、ひとりで第二の塔を目指すことにしました。石畳は濡れて滑りやすく、足元に気を配りながらゆっくり進みます。霧がかった森の奥に浮かび上がる塔の姿は幻想的な雰囲気すらあります。

第二の塔へ向かう道の途中、崖の上に立つ第一の塔を振り返って撮りました。空には重い雲が垂れこめ、雨に濡れた石壁は力強く見えます。晴れの日なら青空とともに映えるのでしょうね。

第二の塔の前まで来ました。ここから来た道を帰ります。

観光案内所で再集合となっていたので、下のほうまで降りてきました。そこで、一緒に第一の塔に行った二人と合流。

サンマリノの国旗がなびいているところが観光案内所です。その前に人がいるでしょう。バールで何を食べようか相談しているところのようです。わたしたちもそこで、簡単に夕食をとりました。

一旦ホテルにチェックインし、そのあと夜の街を少し散歩することにします。

夜の7時過ぎ。西の空がやわらかなピンクと紫に染まり、丘の下の街並みを包み込んでいました。まだ昼の名残を感じさせつつも、少しずつ一日の終わりが近づいているような空の色です。

やがて太陽が完全に沈むと、空は群青へと変わり、燃えるような赤とオレンジが最後の輝きを放ち、城壁のシルエットと灯りが浮かび上がります。

すっかり夜の雰囲気に。夜の塔はピンク色でライトアップされていました。サンマリノでは10月の乳がん啓発月間(Ottobre Rosa)に三塔がピンクになるらしいので、その前倒し?それとも単なる演出色だったのかもしれません。

翌朝、朝食前にも散歩しました。空気が澄んでいて、とても気持ちよいです。

ちょうど日の出の時間だったので、東の地平線に燃えるような赤い火がともりました。が、太陽は一瞬だけ姿を見せて、低い雲の帯にすぐ隠れてしまいました。

朝食のあとは、名残惜しくもサンマリノを後にします。


4日目。これからアッシジに向かいます。アッシジはウンブリアの丘に築かれた“聖フランチェスコの町”。石の家並みとオリーブ畑、世界遺産の大聖堂が象徴です。

先に農場レストランでランチをとります。

レストランから撮った写真。オリーブ畑の向こうに、石の町アッシジが積み木のように重なっていました。斜面に沿って続く白いアーチはサン・フランチェスコ大聖堂の修道院。丘の上にはロッカ・マッジョーレ(大城塞)。

美味しいハムとチーズ、ワインをいただいたあとは、城門をくぐって、石畳の旧市街へ。

通ってきた道を振り返ったところ。

サンタ・キアラ聖堂の前にある広場に回転木馬。石の町が少しだけ遊園地の顔に。

大聖堂へ続く道から一歩外れると、石造りの横道がありました。アーチの下を抜ける階段に差し込む光と影のコントラストが目を惹きます。

15分ほど歩くと鐘楼が見えてきました。

サン・フランチェスコ大聖堂。手前は、戦いから失意のうちに引き返す若きフランチェスコのブロンズ像。

聖堂の中は写真撮影不可、帽子をとって入場します。

上堂は青い天井と光に満ち、壁一面のフレスコ画が聖フランチェスコの物語を静かに語っていました。下堂は天井が低く、石が近い。半暗がりに礼拝の灯が揺れて、足音も小さくなります。奥の地下には聖フランチェスコ墓所があります。

自由にホテルに行って良いということで、通ってきた道沿いのお店でお土産を買ったりしながらホテルに向かいます。

ここから、階段を下っていきます。

住宅街まで下りてきました。

お土産屋さんもあります。

泊まったホテル。坂の途中なので、入口から入るとホテルの3階になっています。

右側がホテル。朝に撮った写真です。

1階の朝食会場の扉の外にいた子たち。こちらを向いてくれている黒猫ちゃんの後ろにもかわいい子がいます。

バスに乗り込み、これから世界遺産オルチャ渓谷に向かいます。

<つづく>

2025/09 イタリア中部をめぐる旅① 美食のボローニャとモザイクのラヴェンナ

お盆休みにケニアへ行ったばかりですが、仕事の区切りで休みが取れたのでイタリアのツアーに一人参加することにしました。日程が限られていたため、ヨーロッパの中で条件に合ったこのツアーを選択。7月初旬に申し込んだ時点ではキャンセル待ちでしたが、1か月も経たないうちに参加が決まりました。

ツアーの出発は成田空港から。夜の便でドバイへと向かいました。ドバイでの乗り継ぎは約5時間。空港のカフェで、同じく一人参加の女性二人と一緒に過ごしました。このツアーを選んだ理由や、これまで訪れた国の話などで自然と会話が弾み、初対面ながら気づけばすっかり打ち解けて、この先の旅がより楽しくなりそうでした(実際、楽しかったです)。

その後、関西国際空港からの参加者とも合流し、ツアーは総勢16名に。ボローニャ空港に着いたのは午後2時頃。ここからいよいよ、最初の観光地・ボローニャの街歩きが始まります。


ボローニャは「学問と食文化の都」と呼ばれる、イタリア北部エミリア=ロマーニャ州の州都。

門をくぐり、石畳の小径を進むと、やがて視界に現れたのはまるで城壁のような重厚な建物。

レンガの壁がどこまでも続き、歴史の厚みを感じさせます。観光客や地元の人々が行き交う日常の風景の中に、中世の面影がそのまま残っているようでした。

マッジョーレ広場に来ました。右側の建物はボローニャ市庁舎です。

歩いて来る途中、城壁のように見えた建物は市庁舎でした。13世紀から市の中心として機能してきたとのこと。現在も市の行政や文化施設が入っています。市庁舎の正面に飾られているのは、ボローニャ生まれの教皇グレゴリウス13世の像。現在の西暦“グレゴリオ暦”を制定したことで知られています。右手を掲げる姿は、市民を祝福しているよう。

マッジョーレ広場を見守るように建つのは、ボローニャ最大のサン・ペトローニオ大聖堂(Basilica di San Petronio)。1390年に建設が始まったものの、完成することなく今も外観は上部がレンガのまま残されています。内部は想像を超える広さと高さで、天井から差し込む光が堂内を荘厳な雰囲気に包まれています。

マッジョーレ広場から続く細い路地、ペスケリエ・ヴェッキエ通りへ。

通りの両側には生ハムやチーズの専門店、色とりどりの果物や野菜を売る店などが並び、食の香りと活気に満ちていました。軒先のカフェでは地元の人や観光客がグラスを傾けていて、まさに『食の都』という感じではないですか。わたしもハムをつまんでワインを飲みたくなりました。

少し歩くと、ボローニャのシンボル『二つの塔』がそびえ立つ場所に到着しました。右のアシネッリの塔は高さ97m、左のガリセンダの塔は大きく傾いていて、どちらも中世の権力を物語る存在です。

写真ではわかりづらいですが、実際目にするとガリセンダの塔はかなり傾いていて、そばを通るときはドキドキしました。周りは立ち入り禁止になっていて。聞けば2028年までに修復して安定させる計画があるそうです。

視線を奥に向けると、サン・ピエトロ大聖堂の鐘楼が顔を出していました。中世とバロックが重なり合う風景に、ボローニャの歴史の厚みを感じます。

 

周辺の建物はポルティコ(屋根付きの回廊)に囲まれています。柱廊の下にはカフェのテーブルが並び、人々は涼しい影の中でおしゃべりを楽しんでいました。日常の生活空間そのものが歴史的な景観になっているのが、ボローニャの魅力なのかもしれません。

そろそろ、ホテルに向かう時間になりました。

落ち着いた雰囲気の部屋です。日本を出発してから、もうかれこれ25時間以上が経っていました。

 


3日目。

時差ボケで3時前に目が覚めました。持っていったポットでお湯を沸かしコーヒーを飲んでゆっくりします。

部屋から見えた空が美しかったので、朝食の前、外に出てみました。ちょうど日の出を過ぎた空は、雲が淡いピンク色にも見えます。朝焼けの名残でしょうか。

 

ボローニャから1時間ほどで到着したラヴェンナは、古代ローマビザンツ帝国の都として栄えた街です。

ラヴェンナで最初に訪れたのは、6世紀に建てられたサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂(Basilica di Sant’Apollinare Nuovo)。内部に足を踏み入れると、壁一面に金色と深い青で彩られたモザイクの行列が続いています。かつては異端とされたアリウス派の王テオドリックが建てたものが、のちにビザンツ帝国の手で改変され、歴史の重みが刻まれた聖堂です。

外観を見たときはだいぶ質素だなと感じましたが、内部は華麗です。

聖堂のモザイク壁画で目を惹かれたのは聖女たちの行列。緑や金で装飾された豪華なドレスに、白いヴェールをまとっています。細かい模様や宝石の表現は非常に精緻で、同じ模様は1つもありません。

徒歩で少し移動します。

ラヴェンナ観光のハイライトは、ガッラ・プラチディア廟とサン・ヴィターレ聖堂。2つは隣接しているので、セットで訪れる観光客がほとんどでしょう。

5世紀の廟では夜空に星が散りばめられた幻想的なモザイクを、すぐ隣の6世紀の聖堂ではユスティニアヌス帝や皇妃テオドラの豪華なモザイクを見ることができます。

ガッラ・プラチディア廟(Mausoleo di Galla Placidia)小さな廟の中に足を踏み入れると、目の前に星空が広がっていました。深い青の天井に金色の星々が瞬き、中央には十字架が輝いています。1500年前の祈りの空気がそのまま閉じ込められているかのよう。外観の素朴さからは想像できないほど、内部は幻想的で圧倒的な美しさ。

サン・ヴィターレ聖堂(Basilica di San Vitale)聖堂は、6世紀に建てられたビザンティン様式の教会で、八角形の集中式平面という独特な構造をしています。ほかと同じく外観は質素に見えますが、一歩中に入ると、黄金と深い青に輝くモザイクが壁と天井を埋め尽くしていました。

モザイクに描かれたキリストは紫の衣をまとっています。紫は古代から皇帝だけが身につけられる特別な色で、ここでは“宇宙を支配する王としてのキリスト”を表しているそうです。信仰と政治の力が重なり合う、ビザンティン美術ならではと言えるでしょうか。

このあとは、サンマリノ共和国に向かいます。

<つづく>

2025 夏の終わり、上高地を歩く

先週末に旅友と長野県の上高地を訪れました。澄みきった梓川と、雄大にそびえる穂高連峰の景色はまさに絶景でした。

<日程>
前日:新宿⇒松本(あずさ)へ。松本で一泊。
当日行き:松本⇒新島々(電車)⇒大正池(バス)
当日帰り:上高地⇒新島々(バス)⇒松本⇒新宿(電車)

長野は少し涼しいのかしらと期待しましたが、良い天気に恵まれ、松本も暑いです。

松本市美術館

上高地に向かう前日は、旅友さんたちと松本を散策。松本城や美術館をめぐり、ゆったりとした時間を過ごしました。城下町ならではの落ち着いた雰囲気とアートの刺激を味わいました。

各自予約したホテルへチェックインしたあと、再び集合し夕飯を食べに出かけます。

いろんなジャンルの店が一つに集まったようなユニークな居酒屋です。わたしたちは焼き鳥のブースへ。お腹が空いていたこともあり、気づけばテーブルの上は肉料理ばかり。熱々の山賊焼き(信州人のソウルフードなんだとか)に、コップに入ったタレをつける焼き鳥やおすすめの手羽先、そして冷えたビールで乾杯。旅のはじまりにふさわしいにぎやかな夜になりました (^_^)

 


朝、松本駅に集合し、電車とバスを乗り継ぎ、大正池に到着。バスから降りると、少し寒いくらいです。

朝の大正池は、水面が鏡のように穂高連峰を映し出し、息をのむほどの美しさです。

大正池から梓川沿いを歩いていくと、人でにぎわう河童橋に到着しました。上高地観光の中心となる場所で、橋の上からは穂高連峰を正面に望む絶景が広がります。川辺では多くの人が水遊びや休憩を楽しんでいて、まさに上高地の玄関口らしい活気にあふれています。

朝が早かったので、お腹が空きました。

河童橋のたもとでひと休み。信州名物のおやきは"なす味噌"をチョイス。香ばしい皮の中に甘じょっぱい味噌となすが詰まっていて歩き疲れた体にぴったりでした。また、青空の下でいただくソフトクリームも格別。穂高の山々を眺めながら食べるスイーツは、何倍にもおいしく感じられます。

さて、エネルギーもチャージできたし、歩くことにしましょうか。

河童橋から明神池へ向かう途中、猿に出会いました。数頭の群れで、親子の姿も見られました。道端で草を食べたり、石の上で休んだりしていて、すぐ近くを人が通っても特に気にしていない様子でした。

明神橋を渡って穂高神社奥宮に進むと、明神池があります。

池は一之池と二之池に分かれており、静かな水面に山や木々が映っていました。一之池のほとりではお参りをする人の列ができていました。

明神池からの帰りは、行きとは別の対岸を歩いて河童橋へ戻りました。途中には湿原が広がり、木道が続いていました。澄んだ水辺では鴨(たぶんマガモの雌)の姿も見られ、のんびりと餌を探しているようでした。

このあと河童橋の近くの食堂で遅めのランチをとりました。たくさん歩いたので、ビールが沁みわたります。

川に足をつけると水の冷たさが心地よく、歩き疲れも和らぎました。

最後に河童橋から穂高連峰を眺め、名残惜しさを感じながら上高地を後にしました。四季折々の表情を見せることからも「日本のスイス」とも呼ばれているそうです。次は季節を変えて、この景色をもう一度見に来たいと思います。

 

2025 夏:乾季のケニアで野生動物に出会う④

長いドライブのあと、いよいよ最後の目的地、マサイマラ国立保護区に来ました!サバンナで最初に出会ったのはマサイキリン。体の模様が不規則でギザギザしているのが特徴で、ここケニアタンザニアに生息している種類です。群れでゆったりと歩く姿は、まるでサバンナの風景に描かれた絵のようで、感動的でした。

トピです。茶褐色の体に、肩や腰のあたりが黒っぽく見える独特の模様があるので、間違えようがありません。

ヌーがたくさんいます。雨が近づいてきているようです。

バッファローの一休み。頭全体が“兜”をかぶったようにも見えるし、"おかっぱ"のようにも見えます。ちょっとかわいい!

ついに雨が降ってきました。ロッジに到着したときはザーザー降りに。

ツアー最後のロッジです。今回のツアーで泊まったロッジはどこも想像していたよりキレイで良かったです。

7日目、泣いても笑ってもサファリ最後の日になってしまいました。

朝一番に出会ったのは、ウシ科最大のエランド。ねじれた角とたくましい体が特徴で、体重は1トン近くになることもあるそう。見た目は重そうなのに驚くほど俊敏で、高いジャンプ力を持つのだとか。

遠くに見えたゾウの親子。毎度癒されます。

ハイエナが獲物をくわえて歩いている姿に出会いました。ライオンやチーターほど派手さはないものの、ハイエナもまたサバンナの生態系を支える大切な存在です。

別のタイミングで撮ったハイエナ。どうしても“怖い肉食獣”というイメージを持ってしまいますが、目の前で草の上にゴロンと寝転ぶ姿は、まるで犬みたいです。

大きな牙と顔のイボが特徴のイボイノシシ。前足を折ってひざまずくように草を食べています。これが食べやすいスタイルなんだそうです。

地面を一心に掘るライオンの姿。ドライバーさんに確認すると、イボイノシシの巣穴を探っているのとのこと。必死です。

疲れてます。頑張っていましたが、ギブアップ。するとそばにいた別のライオンが代わって掘り始めました。

 

チーターにも出会いました。アセンボリに続いて2回目です。顔が小さくイケメンです。

目元から口元にかけて走る黒いラインは“涙模様”と呼ばれ、太陽の光を反射から守り、遠くの獲物を狙いやすくする役割があるのだそうです。凛々しくも神秘的なその姿に、ただただ見入ってしまいます。

トイレ休憩の場所で目にしたのは、大きな鳥たちの群れ。彼らはアフリカハゲコウと呼ばれるコウノトリの仲間で、翼を広げると2メートルを超える迫力のある姿をしています。少し奇妙で愛嬌のある風貌ですが、死骸や残飯を食べて自然を浄化する大切な役割を担っているのだそう。

木陰でランチにします。少し離れたところでも同じようにランチをとっているグループがいたので、ここは安全な場所なんだと思います。

昼食後はヌーの川渡りで有名なマラ川をレンジャー同行のもと、ウォーキングサファリで観察します。

大きなワニがそこにも、ここにも。

川を渡る途中で命を落としたヌーの死骸に、ハゲワシやアフリカハゲコウたちが群がり、自然のサイクルを物語っていました。

カバの親子にも出会いました。川にはワニが潜んでいますが、大人のカバはまったく怯える様子もなく堂々と歩いています。実際、成長したカバは体が大きく力も強いため、ワニが襲うことはほとんどないのだそうです。むしろ、縄張り意識の強いカバの方がワニを追い払うこともあるとか。子どものカバは危険にさらされることもありますが、こうして母親のそばにいれば安心。母親が川に入ると、子どもはそのあとを追っていきます。

朝晩は寒いくらいでも日中は日差しが強く、ウォーキングはかなり暑かったです。このあと、わたしたちはサファリカーに乗り、タンザニアの国境まで移動。そこで記念写真を撮ってもらいました。

川沿いの草むらで休むライオンのペアに出会いました。手前のたてがみのある方は若いオス。

オスライオンが少し前のほうに出てきてくれました。

サバンナを埋め尽くすように広がるヌーの大群にも出会いました。まるで黒い絨毯のように地平線まで続き、どこからどこまでが群れなのか見分けがつかないほど。そしてその傍らにはシマウマの群れも並走しています。

実は、ヌーとシマウマは互いに助け合う関係にあるというのを知りました。ヌーは嗅覚が鋭く、シマウマは視覚に優れているため、一緒に行動することで捕食者をいち早く察知できるというわけです。さらに、シマウマは硬い草を食べ、ヌーはその後に柔らかい草を食べるという食べ分けをしており、餌場の取り合いを避けながら共存しています。

命を守り、食を分け合いながらともに旅をするヌーとシマウマの共生は、過酷な大地を生き抜くための知恵なのでしょう。

そばで見ると、ものすごい迫力に圧倒されます。これだけの大群だと、1日に食べる草はどのくらい?雨と草を追いかけ続ける理由がわかります。

 


最終日。皆、口々に帰りたくなーいと言っていました(笑)。ナイロビまで戻ります。

ケニアの町や村でよく目にしたのが、緑色の「Safaricom」の看板。ここでは携帯通信だけでなく、エムペサというモバイル送金サービスが使えます。驚いたのは、露店の主人や道端で小さなお店を構える人たちも、みんな当たり前のようにスマホを手にしていたこと。

通信が遅れているという勝手なイメージはあっという間に覆されました。むしろ、銀行口座を持たない人が多いからこそ、携帯送金が一気に普及し、生活の隅々まで浸透しているのだそうです。聞けば、選挙の投票もオンライン化が進んでいるとか。

ここで使われているM-Pesa(エムペサ)というサービスでは、銀行口座がなくても、携帯電話番号さえあれば送金や支払いができるというものです。仕組みはシンプルで、代理店に現金を渡すと自分の電話番号に残高がチャージされ、SMSで送金操作をすれば相手の番号に即座にお金が届くというもの。受け取った人はまた代理店で現金化できます。

ナイロビに住んでいたという添乗員さんにいろいろ教えていただきました。

ケニアを旅していて強く印象に残ったのは、人々の人懐っこさです。サファリカーが村の近くを走ると、子どもたちはこちらに手を振ってくれます。車窓から隣を走るバイクのお兄さんが、笑顔で親指を立てて挨拶してくれることも。

観光客に慣れているからかもしれませんが、それ以上に「ようこそ」と歓迎してくれているように思えて嬉しくなりました。

 

また、いつか行きたいです。

 

<おわり>