Rui's Diary

よろしくお願いします

夢のような時間は軽躁状態だった

※トップ画像は、我が家と構造が似ているベランダ。お隣との仕切りも竹製の簾を輸入して生活感が出ないようにしていた。

 

ベランダの植物の元気がなくなっている。
掃除もしていない荒れ地のようだ。

4年ほど前から購入し始めて、手間をかけて大事に育ててきた。専門店の店員さんにアドバイスをもらったり、本で調べたり。

いつも声をかけながら可愛がっていて、その声に応えるように葉を伸ばしてくれる気がしていた。

風通しをよくするために室内に移動させて、サーキュレーターを回したり。
土や環境にも気を配っていた。

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絶望の夜に灯った光 ― ゾーラン・マムダニという希望

ニューヨーク市長にゾーラン・マムダニ氏が当選

ニューヨーク市長にゾーラン・マムダニ氏が当選した。
イスラム教徒で、社会主義者
世界で最も有名な都市で起きた「小さな奇跡」
絶望的なニュースばかり続いたこの数ヶ月の中で、
久しぶりに心の底から「嬉しい」と思えた出来事だった。

世界はまだ、変わる力を失っていなかった。

私がこのニュースを知ったのは日本時間の朝だった。
けれど、その光はニューヨークの夜に灯ったのだ。
海を越えて届いたその一報に、心の奥で何かが静かに動き始めた気がした。

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言論を脅す政治

 

正直、怒りが収まらない。
維新の藤田文武共同代表が「しんぶん赤旗」の記者の名刺をXに晒した。
公金還流疑惑を報じられた側が、取材した記者を狙う。
これが政党の代表のやることか。
ふざけるな。
これは「報道の自由」への直接的な攻撃だ。

 

しんぶん赤旗』11月4日(1面)
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報道の不在と私たちの無力感

 

1. メディアが「権力の監視者」でなくなったこと

本来、報道の使命は「権力の監視」と「市民の知る権利の保障」です。
ところが近年は、政府発表をほぼそのまま流す「広報的報道」や視聴率重視の「娯楽報道」が中心になっている。

特にテレビはスポンサーや政権との関係が深く、批判報道を避ける傾向が顕著です。
新聞も経営的に追い詰められ、政権との距離を取れなくなっているケースが増えています。


 

2. 分断を煽る構造

SNSの影響もありますが、メディア自身が「対立構造」を作り出して視聴者を引き付けることも多いです。
「右か左か」「敵か味方か」という単純な図式で語ることで、冷静な議論や共感の余地が失われていきます。
その結果、人々の感情が過激化し、社会全体が「怒りと疲労」で覆われてしまう。


 

3. 報道しない自由と諦めの空気

さらに深刻なのは、重要なことを報じないことです。
軍拡、貧困、労働、教育、差別といった社会の根幹にかかわる問題は、ほとんどのメディアで扱われません。
そうすると多くの人は「そんな問題は存在しないのか」と錯覚し、少しずつ諦めてしまう。
その沈黙が、権力にとって一番都合が良いのです。


 

4.問いを手放さないために

今のようなメディアが報じる情報を鵜呑みにしている国民が殆どであれば、故安倍元首相の意志を継ぐと公言する高市政権の罪深さ、悪政に疑問を感じることもなく、支持者が増えてしまうのも理解できる。

「なぜ?」と問い続けていくことが、この国の理性をかろうじてつなぎとめている気がする。



— 苦しくても、理解されなくても、書き続けていくしかありません —

 

 

 

失われた週末

 

 

『失われた週末』私にとっては飲酒欲求を呼び戻すような危険な映画。

断酒が落ち着いてきた今でも引き込まれそうになる。

お酒に救いを求めていた頃の自分、今まで観てきた映画の中でも1番主人公と過去の自分が重なってしまう。

だから観るのは避けてきた。

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悪夢で起きて寝直してもまた悪夢

 

悪夢で目が覚めた。
ほっとして再び眠ると、また続きを見てしまう。
同じ経験をした人は少なくないと思う。

一時期よく見たのはポストプロダクションでCG制作の仕事をしていた時の「締め切りに間に合わない。どうしよう…」という夢。
過去に何度も経験した焦り。納得できないまま見切り発車で納品したことが悔いとなって残っているのだと思う。

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拙い文章でも書いてみる

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私は子供の頃から文章を書くことが苦手で、特に読書感想文が苦痛だった。確か理由は単純で「内容がここまで完璧なのに感想なんて書けない」だったと思う。
なので本の最後にある「あとがき」を見ながら感想っぽく書いたつもりでも、当然先生にはバレた。

読書は内容にもよるけれど、どちらかと言えば純文学よりも、ドキュメンタリーに近いものが読みやすく、好きかもしれない。作家の自叙伝的な本とか。それか自分の興味のある分野ならば医学書(薬学系)も読んだ。これはうつ病を治したい。元気になってまた動けるようになりたいという執念からだった。


でも子供の頃から読書を習慣にしてこなかった事に、今とても後悔している。
子供の頃、親は良い本も沢山買ってくれたけど、偉人物語系だけはいただけない。後々になって当然のごとく「事実と違うじゃないか」ということで卒業した。

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