【要注意】地方移住に向かない人5タイプ|失敗しないために知っておきたいこと
「田舎でのんびり暮らしたい」「自然に囲まれて生きていきたい」
そんな想いから地方移住を考える人は年々増えています。
でも、5年間地方で暮らしてみてわかったのは、田舎暮らしには向き・不向きがあるということ。
理想だけで飛び込んでしまうと、ギャップに苦しんだり、思ったような暮らしができずに挫折してしまうケースもあります。
この記事では、僕自身の実体験をもとに「地方移住に向かない人の特徴」を5タイプに分けて紹介します。
自分は本当に向いているのか? 何に気をつければいいのか?
移住後に後悔しないためにも、ぜひ参考にしてみてください。

① すぐに結果を求める人
地方暮らしは「すぐに成果が出る」ような世界ではありません。
仕事も人間関係も、ゆっくりと時間をかけて築いていく必要があります。
「移住したのに思ったより稼げない」「友達ができない」と焦ってしまう人は、最初の数年が特にしんどく感じるかもしれません。
② 他人との距離が近すぎるのが苦手な人
田舎では、ご近所づきあいが想像以上に濃いことがあります。
もちろん地域によりますが、集落単位での行事や清掃活動、回覧板などもまだ根強く残っています。
干渉されるのが苦手な人にとっては、ストレスになる場合もあります。
③ 車の運転が苦手・好きじゃない人
地方では「車がないと暮らせない」ことがほとんどです。
スーパー、病院、役所、保育園……どれも距離があります。車線がしっかり分けられていない細い道を走ることもあります。
車の運転ができない、あるいは極端に苦手という場合、日々の生活そのものに大きな負担を感じることになります。
④ ネット環境・サービスの遅さにイライラしてしまう人
場所によっては通信速度が遅い、通販が翌日に届かない、そもそも配達エリア外などもありえます。
都会のスピード感に慣れている人ほど、最初はストレスを感じがちです。
「まぁ、そんなもんか」と受け流せる余裕がないと、フラストレーションが溜まってしまうこともあります。
⑤ 理想を手放せない人
「古民家でカフェをやりたい」「自給自足の暮らしをしたい」──夢を描くのは素敵なことですが、それが現実離れしていると移住後のギャップに苦しむことになります。
特に田舎では、地域によって習慣や決まりごとが根付いており、自分のペースだけでは進められない場面もあります。
柔軟に考えたり、時には一歩引いて現実と向き合える人の方が、うまく馴染める傾向があります。
まとめ:向き不向きを知ることが、後悔しない第一歩
地方移住には向き・不向きがあります。
でも「向かない要素」があったとしても、それを知った上で心構えを持って挑めば、失敗を防ぐことはできます。
この記事が、移住を考える上でのヒントになれば嬉しいです。
【移住準備】これだけはやっておいて!実体験でわかった5つのポイント
移住前にやっておいてよかった5つのこと
「移住したい気持ちはあるけれど、何から始めたらいいかわからない」
そんな方に向けて、地方に移住して5年暮らしてきた僕が、移住前にやっておいて本当によかったと思うことを5つにまとめてみました。
無理なく移住の一歩を踏み出せるように、体験ベースでお伝えします。

① 家計の見直し(ざっくりでOK)
最初にやってよかったのが、毎月のお金の流れをざっくり把握しておくことでした。
移住を考え始めた頃は貯金もほとんどなく、正直不安だらけ。でも「毎月どれくらいかかっているのか」「最低限必要な支出は何か」がわかるだけでも安心感がありました。
細かく書き出す必要はありません。「いくらあれば暮らしていけそうか」を把握するだけでも、現実味が出てきます。
② 現地に滞在してみる(3回ほど)
「なんとなく良さそう」ではなく、実際に自分の目で確かめるのはとても大事でした。
僕たちは候補地だった地域に、日帰りや一泊で3回ほど訪れました。
季節によって印象が違うことや、観光地では見えない「暮らしの空気感」を感じることができたのは大きかったです。
特に以下の3点は重点的に見るようにしていました:
・生活圏にスーパーや病院などの必要な施設があるかどうか ・その地域の人たちの雰囲気(挨拶の様子や、話しかけたときの印象) ・朝と夜の空気感や騒音、静けさの違い
訪れるたびに、少しずつ「ここでなら暮らせるかも」という実感が湧いてきました。
③ 移住支援制度の情報収集
和歌山への移住を決めたきっかけのひとつが、移住支援制度の存在でした。
制度によっては、住まいや就農支援、仕事の紹介などをしてもらえることがあります。
「まずは電話してみる」「資料を取り寄せてみる」といった小さな一歩からでも、予想以上に具体的なサポートを受けられることがあります。
何より、「誰かが話を聞いてくれる」という安心感が、背中を押してくれました。
④ 夫婦でとことん話し合った
どんな場所に住みたいのか。どんな暮らしをしたいのか。
移住を決めるまでに、夫婦で何度も話し合いを重ねました。
お金のこと、仕事のこと、家族との距離、不安なこと──全部出し合って、ぶつかることもありました。
でもその時間があったからこそ、移住後のすれ違いを減らせたと思っています。
⑤ 「何を優先するか」を明確にした
すべてを理想通りにするのは難しいからこそ、「自分たちは何を大事にしたいか」を決めておくことが必要でした。
僕たちの場合は、「静かに暮らせる場所」と「無理なく続けられる仕事」が優先順位の上位でした。
これがあったから、移住の選択肢を絞るうえで、判断に迷わず動ける軸になりました。
まとめ:準備は、行動のハードルを下げてくれる
完璧な準備じゃなくても、いくつかのポイントを押さえておくだけで、移住のハードルはぐっと下がります。
「何を大切にしたいか」
「そのために何が必要か」
そうやって逆算して考えるだけでも、一歩が現実味を帯びてきます。
この記事が、これから移住を考える方の参考になれば嬉しいです。
【移住して後悔した?】30代夫婦が地方で暮らしてわかった本音
移住して得たもの、失ったもの
移住してから5年が経ちました。今、みかん農家として働きながら、夫婦ふたりで暮らしています。
今までの生活に違和感を抱いていたあの頃、僕たちは何度も話し合い、「このままでいいのか」という問いに向き合いました。
悩んだ末に選んだのが、環境を変えるという選択。移住という人生の舵を切る決断でした。
今回は、その決断の先にあった「得たもの」と「失ったもの」について3つずつつづります。

得たもの①:時間と心の余白
一番大きな変化は、「時間に追われない暮らし」が手に入ったことです。
移住前は、決まった時間に起きて、決まった電車に乗り、職場と家を往復するだけの毎日。週末は、ただ身体を休めるだけで終わっていました。
今は、朝は陽の光で目を覚まし、昼は畑で土や木々に触れ、夕方には仕事を終えて、ゆっくりとした時間を過ごします。
自分たちのリズムで動けるようになったことで、心に余白が生まれました。
あの頃の僕たちには想像もできなかった、「ゆっくりと息ができる暮らし」です。
得たもの②:暮らしを自分でつくる手応え
農業は、自然の声を聴きながら暮らすような仕事です。
雨の気配を感じて段取りを変え、風に逆らわずに動く。種をまき、実を育て、やがて実る。
うまくいかないこともあります。台風で果実が落ちる年もある。病害虫が原因で売り物にならないこともある。だけど、自分の手で作業を積み重ねていく中で、少しずつ「暮らしをつくっている」という実感が湧いてきました。
会社で働いていた頃の僕は、「何のために働いているのか」が分からなくなっていました。
今は違います。目の前にある木々が、それに応えてくれるからです。
得たもの③:穏やかな人とのつながり
移住して驚いたのは、人との関係のやわらかさでした。
近所の方が「たくさん採れたから」と野菜や魚を持ってきてくれる。散歩中に立ち話をして、何気ない会話の中に季節が流れていく。
過干渉でもなく、放置でもない。「気にかけてもらえる」距離感が心地よく、僕たち夫婦にとってとてもありがたいものでした。
今までは気を張っていた人間関係が、ここでは自然体のまま築かれていく。そんな感覚が、今ではすっかり日常になっています。
失ったもの①:都市の便利さと選択肢
コンビニやスーパーは車がないと不便です。病院や役所も少し走れば着く距離にはあるけれど、気軽さという点ではやはり違います。
飲食店も限られていて、「今日はどこにしようか」と迷うほどの選択肢はありません。
都会のような選択肢の豊かさは、確かに“失った”と感じる部分かもしれません。
でもその代わり、迷う時間が減り、日々の選択がシンプルになったことも事実です。
失ったもの②:娯楽や刺激
週末に映画を観に行く、ショッピングモールをぶらつく、ふらっと本屋に寄る。
そんな“小さな娯楽”は移住先にはあまりありません。
でも、代わりに増えたのは「静かに感じられる時間」でした。
風の音、実る果実の重み、夜空の星。派手さはないけれど、季節ごとに違う顔を見せてくれる自然が、ゆっくりと心を癒してくれました。
楽しみ方が変わるだけで、楽しみがなくなったわけではありません。
失ったもの③:社会的な肩書きと名刺
移住前、「どこの会社の〇〇です」で会話が始まりました。
自分を説明するときの手っ取り早いツールが、“肩書き”や“名刺”だったように思います。
でも、農業を始めてからは、それが通用しない場面も多くなりました。
何をしているのか、どんな思いで暮らしているのか。そうした“中身”で人とつながることが求められるようになりました。
他人にどう見られるかではなく、「自分は何を大事にしているか」を言葉にする。
そんな丁寧な関係づくりが、今の僕たちの暮らしの中にはあります。
まとめ:手放すことで、見えてくる
移住によって得たものと失ったもの。
それは「勝ち負け」でも「損得」でもありませんでした。
手放して気づいたのは、自分たちがどんなふうに暮らしたいかという“軸”です。
今までの生活で積み上げてきたものを否定するのではなく、そこに違和感を感じたら別の道を選んでもいい。
移住は、僕たちにとってそんな新しい視点をくれた選択でした。
もし、少しでも今の暮らしに息苦しさを感じているなら、思い切って環境を変えることで新しい生き方が見えてくるかもしれません。
この記事があなたの心にそっと届くことを願っています。
\夫が会社を辞めたくなったら読んでほしい!/30代夫婦が選んだ“移住という選択”
夫が“もう辞めたい”と言った日。移住という選択をした僕たちの話

「このままの生活を、あと何十年も続けられる気がしない」
ある日、ぽつりとそうこぼしたのは、当時の僕自身でした。仕事が長続きせず、貯金もわずか。どこかで「自分にはこの会社が合わないんじゃないか」と感じていた頃の話です。
この記事では、30代夫婦が「移住」という選択肢を現実のものにしていくまでの過程と、実際に地方で暮らして感じたことを、包み隠さずお伝えします。今の暮らしに違和感を感じている方、パートナーとの将来について悩んでいる方に向けて、何かのヒントになれば幸いです。
「もう辞めたい」と思ったときに見えてきたもの
20代の頃の僕は、正社員にもならず、仕事も長続きせず、転職を繰り返す日々。ある職場では1週間、別の職場では1年と、どこにいても落ち着かず、自信をなくしていました。正直、「何をやってもダメなんじゃないか」と思い込んでいた時期です。
そんな僕でも、働くことに疲れきっていたわけではありませんでした。「もう辞めたい」と思いながらも、「でも働かないわけにはいかない」と、義務感だけで日々を回していたのです。
妻には弱音を吐きづらく、表面上は明るくしていても、心はどこか閉じていました。今振り返ると、「生きるための仕事」ではなく「自分を壊さない仕事」を探していたのかもしれません。
移住という言葉が現実になった日
きっかけは、たまたま見たテレビ番組でした。移住して農業を始めた若い夫婦が、自分たちの手で畑を管理しながら暮らしている様子が映し出されていました。そこには、無理に笑うことも、誰かと張り合うこともない、穏やかな時間が流れていたのです。
「こういう暮らし、いいな」
最初はそんな軽い気持ちでしたが、それが日を追うごとに現実味を帯びてきました。
調べていくと、移住者向けの支援制度や研修制度、空き家バンクなど、自分たちでも手が届きそうな選択肢がたくさんあることがわかりました。
妻と話し合った夜のことは、今でもよく覚えています
「移住って、どう思う?」
ある晩、思い切って切り出しました。妻は最初こそ驚いた様子でしたが、すぐに「実は私も、このままの暮らしでいいのか悩んでた」と話してくれました。
移住には不安がつきものです。職探し、住まい、家族との距離感、知人ゼロの環境──簡単なことではありません。でも、「新しい土地で、また一緒に頑張ってみよう」という思いが、少しずつ私たち夫婦の共通の目標になっていきました。
具体的には、空いてる時間を使って現地に足を運びました。その中で、空気感と人のあたたかさに惹かれ、「ここでなら暮らせるかもしれない」と思えたのです。
移住してからの現実──理想だけでは語れない
移住直後の生活は、やはり想像以上にハードでした。スーパーや病院は車がないと不便。地域の人と打ち解けるにも時間がかかります。
虫や動物との距離も近く、都市部では経験しないような「自然の洗礼」もありました。最初の数か月は、毎日が試行錯誤の連続でした。
しかし、同時に見えてきたものもあります。
朝、鳥の声で目が覚めること。季節の移ろいを肌で感じられること。誰に急かされるでもなく、自分のペースで過ごせること。
都会にいた頃は「何もない」と思っていた時間が、田舎では「何もしなくていい贅沢」だったのです。
移住して5年。暮らしの輪郭が見えてきた
今では、みかん農家として季節に寄り添った暮らしをしています。 最初は手探りでしたが、研修制度や地域の支援もあり、少しずつ“生活”として成り立つようになりました。
仕事や暮らしのペースに合わせて、自然と心にも余裕が生まれました。何よりも大きかったのは、「自分たちで選んだ暮らしをしている」という実感です。
今、もし迷っている人がいるなら
「今のままでいいのかな」
そんな風に感じているなら、場所を変えるという選択肢は、ひとつの希望になると思います。
もちろん、移住がすべての人にとっての正解ではありません。 でも、「今苦しい」「今と違う生き方をしたい」「家族との時間をもっと大事にしたい」と思っているなら、一歩踏み出す価値はあります。
移住にはリスクも手間もあります。でも、必要なのは、“少しの勇気”と“心から納得できる選択”ではないでしょうか。
おわりに
地方移住は、人生を変える一つのきっかけになりえます。 それは「逃げ」ではなく、「新しい暮らしの設計」なのだと、5年たった今だからこそ思えるのです。
この記事が、ここまで読んでくださったあなたの背中を、そっと押すきっかけになれば嬉しいです。
田舎って本当に住みやすいの?暮らしてわかった5つのリアル
田舎って本当に住みやすい?地方移住して5年の本音
地方移住や田舎暮らしに興味を持つ人が増えています。SNSやテレビでは「自然がいっぱい」「のんびりスローライフ」といったポジティブな面が多く紹介されますが、実際の暮らしはどうなのでしょうか。
今回は、35歳で移住し、みかん農家として5年間暮らしてきた私が、田舎暮らしのリアルな体験をお伝えします。
移住したきっかけ

元々は農業未経験、仕事も続かない生活をしていました。そんな中、たまたまテレビで見かけた「移住就農支援」が心に残り、実際に訪れてみたところ、土地や人の空気感に惹かれ、移住を決意。
妻と一緒に引っ越し、みかん農家として生活しています。
実際に住んでみて「良かったこと」
1. 自然が身近な暮らし
春には花が咲き、夏は川で涼み、秋には収穫、冬は空気が澄んで星がよく見える。自然の移ろいが日常にあることが、何よりの癒やしになりました。
2. 地域の人の距離感が心地いい
程よい距離感で付き合えるのが魅力。干渉しすぎず、困ったときは声をかけてくれる。人との距離感に敏感な自分にとって、この和やかでちょうどよい関係性は、とても心地よく感じられました。
3. 家賃・土地のコストが低い
都会と比べて圧倒的に住居費が安く、4~5万円ほどの物件が多いです。広さも十分で、夫婦ふたりには贅沢すぎるくらいです。
住んでみてわかった「大変なこと」
1. 車なしでは生活が難しい
スーパー、病院、役所などへのアクセスは徒歩では難しいです。車がなければ生活が成立しません。免許と維持費は必須です。
2. 虫・動物との距離が近い
夏場の虫(特にムカデやスズメバチ)、冬のイノシシ被害、家の隙間から入ってくる小動物など、自然と共に暮らす覚悟が必要です。
3. 文化的な刺激は限定的
映画館やカフェ、イベントのような都市的な娯楽にはアクセスしづらいです。
私なりの「田舎とのつきあい方」
田舎暮らしを心地よく続けるためには、自分なりのリズムを大切にすることが一番だと感じています。戸惑うこともありますが、その“違い”を発見として楽しめるようになると、暮らしの幅がぐっと広がります。
また、地域の行事やご近所とのあいさつといった小さな関わりを大切にすることで、地元とのつながりも少しずつ築くことができました。そうした関係が、日々の安心感や居心地の良さにつながっているように感じます。
まとめ:田舎は「向き・不向き」があるけれど
田舎暮らしは万能ではありません。しかし、静かな環境で自分と向き合いたい、自然の中で心を落ち着けたいという人には、とてもフィットする生き方です。
移住してからの5年間は、今までの暮らしで得られなかった安らぎと、自分らしさを取り戻す時間になりました。
地方移住を考えている方の参考になれば幸いです。
30歳、未経験・知識・貯金ゼロ。農業への挑戦。

30代・未経験・知識・貯金ゼロ。僕が“農で生きていく”までのお金の話
こんにちは、和歌山でみかん農家をしている「ぼうずん」です。
今日はちょっとリアルなお金の話をしてみたいと思います。
よく「農業って儲かるの?」「どうやって始めたの?」と聞かれますが、正直、30歳・未経験・貯金ゼロだった当時の僕にとって、“農で生きていく”なんて、夢物語のようなものでした。
それでも、今こうして農家として5年続けてこられたのは、いくつかの支援制度や人との縁に支えられてきたからです。
この記事では、僕が農業を始めるまでと始めた後のお金事情を、できるだけ包み隠さずお話ししていきます。
農業を始めようと思ったとき、貯金はゼロだった
30歳のとき、中古品販売の仕事を辞め、「もう一度ちゃんと生き直したい」と思って農業に目を向けました。
でも、農業を始めるにはお金がかかると聞いていたし、何より僕にはほとんど貯金がありませんでした。
「こんな自分でも農業ができるのか?」という不安が常にありました。
最初の一歩は“雇われ農家”から
最初に選んだのは、自分で農業を始めるのではなく「雇ってもらう」こと。地元のレタス農家に就職しました。
収入は手取りで月12万〜14万円ほど。決して多くはありませんが、農業の現場を体験しながら「これは続けられそうか?」を見極めるには、ちょうどよかったと思っています。
ただ、仕事のミスマッチや自分のプライドの問題などもあり、ここは1年で退職。その後、いちご農家、米農家と転職を繰り返しました。
この頃の生活は、貯金もなくギリギリ。生活費を抑えながら慎ましく暮らしていました。
和歌山への移住と、支援制度の活用
米農家を辞めたとき、たまたま見たテレビ番組で“和歌山の移住就農”を知りました。
何度か現地を訪れてみて「ここならやってみたい」と思い、和歌山への移住を決意。
そのとき活用したのが、和歌山県や有田市の新規就農支援制度です。
具体的に受けた支援:
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研修期間中(最長2年間)の給付金(年間150万円)
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農地の紹介と、研修先農家の斡旋
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農家さんへの紹介
この支援がなければ、正直ここまで来られなかったと思います。
研修中の生活と節約の日々
「生活費と最低限の必要経費」は研修期間中の給付金でまかない、空いている時間はアルバイト。
家賃は月4万円のアパートに住らし、車も軽自動車1台でやりくりしました。食費も自炊中心。娯楽費はほぼゼロでしたが、「夢に向かっている実感」があったので、心は不思議と豊かでした。
就農後にかかった初期費用と収入の現実
研修を終えていざ就農。いよいよ“自分の畑”を持つタイミングです。
とはいえ、ゼロから農地を買う余裕はないので、借りて管理するという形にしました。
初期費用でかかったもの:
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草刈り機や剪定ハサミなどの小型農機具:約10万円
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軽トラ(中古):約30万円
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防除機や肥料、農薬、除草剤などの資材:約100万円
合計:約150万円ほど
これは貯金でなんとかまかないました。事前にこのくらいの金額は用意しとくように先輩農家さんから言われていたので頑張って貯めてました。
今の収入と生活のリアル
就農1年目。収穫量も少なく、品質も安定しない。赤字すれすれのスタートでした。
それでも、少しずつ知識と経験を積み重ね、3年目からようやく黒字化の兆しが見え始めました。
今は収穫したみかんを市場に出荷する形で生計を立てています。
まだまだ贅沢はできませんが、夫婦で暮らしていくにはなんとかなるくらいにはなってきました。
農で生きていくために、大切だったこと
農業は「頑張ったらすぐ結果が出る」世界ではありません。
でも、
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自分のペースで進められること
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自然と共に生きているという実感
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夫婦で一緒に乗り越えてきた経験
これらが少しずつ、自信や心の安定につながっていきました。
「お金がなくても、工夫と行動次第で未来は切り拓ける」
これは、自分自身が一番強く実感していることです。
さいごに
農業を始めるには、確かにお金はかかります。 でも、“本気でやりたい”と思えたとき、支援制度や人とのつながりが、ちゃんと背中を押してくれました。
あのとき和歌山に来る決断をして、妻と一緒にここで生きていこうと誓って、本当に良かったと思っています。
この記事が、これから農業を目指す誰かの一歩を後押しできたら嬉しいです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ぼうずん
『何をやってもダメ』だった僕が、移住で気づいた「続けるヒント」
『何をやってもダメ』だった僕が、みかん畑で続けられている理由(わけ)
こんにちは、和歌山でみかん農家をしている「ぼうずん」です。
前回の「はじめまして」の記事では、僕が農業にたどり着くまでの、決して平坦ではなかった道のりをお話しさせていただきました。読んでくださった方、本当にありがとうございます。
あの頃、20代の僕は「どうせ何をやってもダメなんだ」と本気で思い込んでいました。仕事が続かず、自分に合う場所なんてどこにもないんじゃないかと、暗いトンネルの中にいるような気分でした。
それが今、気づけば和歌山でみかん農家を始めて5年が経ちます。 正直、自分でも「なんで今回は続いているんだろう?」と不思議に思うことがあります。
今日は、そんな僕なりに見えてきた「続けられている理由」について、少し掘り下げてお話ししてみたいと思います。もし、同じように「自分に合う仕事が見つからない」「続けることが苦手だ」と感じている方がいらっしゃったら、何か少しでも心の重荷を降ろすヒントになれば嬉しいです。
なぜ続かなかったのか?過去の自分と仕事のミスマッチ
振り返ってみると、過去の仕事が続かなかったのには、理由がありました。
まず、お菓子の専門学校を出て飛び込んだ洋菓子の世界。もちろん「好き」という気持ちはありました。でも、現場で求められるスピード感や、ミリ単位の正確さが求められる作業、そして何より「常に完璧でなければならない」というプレッシャーに、僕の心はあっという間に折れてしまいました。手先の不器用さも相まって、「自分には向いていない」と痛感する日々でした。
また、滋賀県で米農家として働いた半年間も、僕にとっては大きな試練でした。仕事内容そのものというより、当時の職場環境、特に上司との関係が本当に辛かったんです。毎日高圧的に詰められ、自分の意見や気持ちを押し殺すうちに、心も体も悲鳴をあげて円形脱毛症にまでなってしまいました。「環境に潰される」というのは、こういうことなんだと身をもって知りました。
当時は、「またダメだった」「やっぱり自分には何もできない」と、自己否定のループにはまり込んでいたように思います。
みかん農家になって変わったこと、気づいたこと
そんな僕が、なぜみかん農家として5年も続けてこられたのか。それは、いくつかの変化や気づきが重なったからだと思っています。
1. 仕事内容との相性:「自然のリズム」と「自分の裁量」
一番大きいのは、みかん栽培という仕事そのものが、不思議と僕の性に合っていたのかもしれない、ということです。
春には新緑の中、みかんの白い花が一面に咲いてあの香りに心が和みます。花が終わる初夏、小さな青い実が見え始めて。これが秋になると、お日様の力を借りてきれいなオレンジ色になるんです。

自然が相手の仕事は、人間の思い通りにはなりません。天候に左右されるし、毎年同じようにやっても同じ結果が出るとは限らない。でも、その「正解が一つではない」部分に、僕は面白さや奥深さを感じています。試行錯誤しながら、木と対話し、昨日より少しでも良い実がなるように手をかける。そのプロセス自体が、僕にとっては大きなやりがいになっています。
そして何より、「自分のペースで、自分の判断で仕事を進められる」という裁量の大きさが、僕には合っていたんだと思います。もちろん、やるべきことは山ほどありますが、誰かに常に監視されたり、一方的に指示されたりする環境ではない。それが、以前感じていたような息苦しさからの解放に繋がりました。
2. 働く環境の変化:「プレッシャーからの解放」と「妻との二人三脚」
滋賀での経験がトラウマレベルだったので、働く環境、特に人間関係のストレスが少ないことは、僕にとって非常に重要でした。
和歌山・有田(ありだ)は、日本有数のみかんの産地です。周りにはベテランの農家さんもたくさんいらっしゃいますが、皆さんそれぞれのやり方でみかんと向き合っています。過度な干渉はなく、かといって孤立しているわけでもない、程よい距離感が心地いいです。
そして何より、一番大きな心の支えは、一緒に移住し和歌山で結婚した妻の存在です。楽しいことも、辛いことも一番近くで分かち合える人がいる。意見がぶつかることもありますが二人で話し合い、二人で悩み、二人で笑いながら「二人三脚で築いている」という実感があります。あのとき再び「一緒に行こう」と言ってくれた彼女がいなければ、今の僕はいません。
3. 自分自身の心境の変化:「小さな『できた』」と「自分ごと」
みかん農家になって、僕自身の心境にも少しずつ変化がありました。
以前は、「完璧じゃなきゃダメだ」「失敗は許されない」と自分を追い詰めてしまう癖がありましたが、今は「まあ、こんな日もあるか」「失敗から学べばいいや」と、少し肩の力を抜けるようになりました。
「昨日より今日のほうがちょっとだけ慣れたな」 「去年はできなかったこの作業が、今年は少しスムーズにできたぞ」
そんな本当に些細な「できた」を、素直に喜べるようになったんです。大きな成功じゃなくていい。日々の小さな成長や達成感が、僕にとっては何よりの栄養になっています。
そして、「やらされている」のではなく「自分で選んで、自分で決めてやっている」という「自分ごと」として仕事に向き合えるようになったことも、大きな変化だと思います。責任も伴いますが、それ以上に「自分の手で何かを生み出している」という手応えが、僕を前向きにしてくれています。
「続ける」ために意識している、ちょっとしたコツ
それでも、もちろん楽なことばかりではありません。自然が相手なので、天候不順で収穫が減ることもあれば、病害虫に頭を悩ませることもあります。体力的につらい日だってあります。
そんな中で、僕なりに「続ける」ために意識しているのは、
- 無理をしすぎないこと。 「今日はもうダメだ」と思ったら、潔く休む勇気も大切。
- 日々の作業の中に、小さな楽しみを見つけること。 畑で飲むコーヒーが格別に美味しかったり、鳥のさえずりに耳を澄ませたり。
- 人と比べすぎないこと。 周りは周り、自分は自分。自分のペースを大切にする。
- 常に学び続ける姿勢を持つこと。 でも、情報を鵜呑みにせず、最後は自分の畑と相談して決める。
- ちょっと先の楽しみな目標を持つこと。 「来年はあの品種を少し増やしてみようかな」とか、「新しい剪定方法を試してみよう」とか。
大したことではないかもしれませんが、こんな小さなことの積み重ねが、今の僕を支えてくれている気がします。
さいごに
「何をやってもダメだった」僕が、みかん畑で5年間なんとかやってこられたのは、何か特別な才能が開花したから、というわけではありません。
ただ、偶然と選択が重なって、「みかん栽培」という仕事の特性、和歌山という土地、妻というパートナー、そして少し変化した僕自身の心の持ちよう。それらが、まるでパズルのピースがはまるように、少しずつ噛み合ってきたからなのかな、と感じています。
今、この記事を読んでくださっている方の中にも、もしかつての僕のように、仕事や生き方に悩んでいる方がいらっしゃるかもしれません。
焦らなくて大丈夫です。 遠回りしたって、たくさん失敗したって、大丈夫です。
色々な経験をする中で、自分にとって「ちょうどいい場所」や「心地いい働き方」は、きっと見つかるはずです。僕自身も、まだまだその途中だと思っています。
このブログが、そんな誰かの背中をほんの少しでも押せたり、温かい気持ちになれるような場所になれば、それ以上に嬉しいことはありません。
とりとめのない話になってしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 また、畑の様子や日々の気づきなど、ゆるりとお伝えしていければと思っています。
ぼうずん