みちべぇの道

道だとか橋だとかが好きで、走ったり歩いたり道に迷ったり

夢も希望も救いもなく

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」を読みました。(土屋政雄:訳)

 

 

えっと、いつもながら

長い、ネタバレ、そして救いが見つからない、の三重苦。

読み終えた今も、頭の中がとっ散らかっているので

この読書日記を書きながら整理していこうと目論んでおります。

 

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図書館で見かけて、

カズオ・イシグロか、一度くらい読んでみようかな」

くらいの軽い気持ちで借りて

何の予備知識もなく読み始めました・・・

 

最初は、イギリスの全寮制の学校で学ぶ子供たちの話だと思った。

 

語り手である 看護人キャシーが、自分の子供時代を回想するところから始まる。

クラスメートと喧嘩したり仲直りしたり、笑ったり怒ったり

どこにでもありそうなスクールライフが淡々と綴られていくのだが

文章中の「提供」「保護管」、括弧つきの『親』という単語に、ふと違和感を感じ

物語は、徐々に不穏な空気を帯びてくる。

 

舞台は、ヘールシャムという施設(学校は施設の中の学校)

そこで暮らし、学ぶ生徒たちは

「あなたたちは特別な存在」と教えられ

芸術に重きを置いた教育を受け、絵を描き詩を創る。

また、毎週 健康診断を受けて、厳しく体調管理される。

 

16歳で施設を出ると、提供された宿泊所で比較的自由な生活を数年送り

その後「看護人」の訓練を受け、「提供者」の看護をし

やがて来る「通知」を待つ。

通知が来た時点で、自らも提供者になる。

提供するのは自分の身体。臓器

 

ヘールシャムは臓器提供用のクローン育てる施設

なので、子供たちに親はいない

提供者は数回にわたって臓器を摘出し、死をもって使命を終える。

 

読み進めるほどに、救いのない話に暗澹となり

何度も本を置き、途方に暮れる。

カズオ・イシグロは何が言いたくてこの小説を書いたんだろう。

 

外は嵐だし(5月17日)

 

臓器提供用の人間を作り育てるなんて、荒唐無稽な話で

倫理的にあり得ない、と信じたいけれど、

ホロコーストとか、人間が人間を人間と思っていない例は、過去に実在してるし

代理出産だって、代理母が出産時に亡くなる可能性もあるのに需要があるのだから

人の倫理なんていい加減なものだと思う。

 

もし、自分の家族や親しい人が不治の病で苦しんでいて

臓器移植で生きられるという選択肢があるのなら、

提供者に対して「有難い」と感謝はするだろうけど

それが正しいとか間違っているとかは深く考えないようにして

「法に触れてるわけじゃない」とか「一般的に皆やっていること」とか

言い訳をしながら恩恵に預かるかもしれない。

 

ヘールシャムを創設したエミリ先生が言うには

当時の臓器提供者の施設は、ひどい環境のところがほとんどで

エミリ先生は、変えていきたのかったのだと。

 

ヘールシャムでの 芸術を重視した授業をしたのは

生徒たちを人間として豊かに育てたいという思いもあったが

加えて更に重要なのは、『作品には人の魂が宿る』ということ。

生徒たちの感性を育て、彼ら彼女らが創り出した素晴らしい作品を公表することで

「こういう絵が描ける子供たちを、どうして人間以下などと言えるでしょう」

と政府の大臣に、知識人に、世の人々に訴えた。

だから、もうこんなことはやめましょう、と。

一時は手ごたえも感じたのだけれど、

結局は、人は自分の都合の良いように考えるもので

訴えは宙に消えてしまった。

 

ならば、逃げればいいのに

読みながら思った。

提供者たちは運命に従順で、すべてを受け入れたように身体を提供して亡くなる。

抵抗や、逃亡する者はいない。なぜ?

そのように育てられたから、だろうか。

閉ざされた場所で、外界を知らず

保護管の慈悲心と信念から

事実は伝えられても、真実は敢えて教えてもらえず

慎重に教育され、「健やかに」育った彼ら彼女らは

自分の人生に対し、そういうものと納得していたのかも。

 

考えてみれば、私たちだって日々の仕事で時間や健康を失い

ストレスの中で寿命を縮めて生きている。

でも、今の状況から逃げようとは考えず、そんなものだと思っている

ヘールシャムの生徒たちも、私たちも同じだ。

どちらも救いなんてない、なんて思ったりする。

 

しかし、どうなんだろう

自分の決めた人生ならともかく、誰かに決められた人生

しかも、痛みを伴い命を奪われる苦痛と恐怖は

そんなに簡単に受け入れられるものじゃないよな

とも思う。

 

語り手のキャシーが、介護人として 友人たちをも見送り

最後まで落ち着いて淡々と物語を語っていたのは、

彼女の強さ、寛容さ、愛情が根底にあり

それが、生きて死んでいく者として、とても重要なのではないか、と考えたり

 

うーん、やっぱり纏まりませんでした。

でも、いろいろ考えさせられる良い本だと思う

カズオ・イシグロが本当に言いたかったことは何なのか

そのうち、ポッと解る日が来るかも(来ないかも)

 

 

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蛇足ですが

生活の中のちょっとしたこと

通勤中に霧が出ていて幻想的だったとか

ピンクの花にモンシロチョウが止まってたとか

特別じゃないけど心穏やかになるような風景を

自分の引き出しにいっぱい入れておいて

眠れないときや、病気のときに ちょっと出して眺める

みたいなことができると、結構幸せなんじゃないかと

この本を読んで、思いました。

なんの脈絡もないんですけど (;^ω^) なんとなく