何の因果か

学んだことや生活の様子

年末年始の思い出

久しぶりにケンタッキーでお得なセットを買ったらカーネルクリスピーが思ってた形の半分くらいの大きさに減っていて、なんでや経費削減か?個体差?私の記憶ではこの倍くらいあったはずだが、これではナゲットとそう変わらんやないかとショックを受けながら食べた。味は美味しかった。

 

Xで見た「冷凍塩サバで作るアクアパッツア☆凍ったまま放り込んで煮るだけ☆」という料理をやってみた。張り切って新しいオリーブオイルやマッシュルーム、本物のにんにくを買い(いつもはチューブ)、冷凍塩サバと冷凍のエビイカミックスで作ってみた。酒多めで煮たけれど、私にはちょっと生臭さが強かった。その辺はオリーブオイルとにんにくの香りで気にならないと聞いていたが、全然気になってしまった。夫は美味しそうに食べていたが、私的にはリピなし。魚の風味への可否は人それぞれなのだなと学んだ。

 

元旦はお祝い?でチーズフォンデュをした。電子レンジで簡単にできる素がスーパーに売っていて、いつかやってみたいと思っていたのだ。具を一から用意するのは面倒なので、サラダ用に売っているうずらの卵やベビーコーン、茹でた状態で真空パックになっているじゃがいも、バゲットを準備した。あと近所の酒屋さんで金粉入りのスパークリングワイン¥2500を買った。←料理と飲むには少し甘かったけど綺麗なのでヨシ。チーズフォンデュはとても美味しかった。自分がベビーコーン大好きなこと、あとパンにチーズがめっちゃ合うということを再確認した。たぶん茹でたての野菜やソーセージでやったらもっと美味しいだろうから、次は手間をかけて具を用意してみようと思った。

 

大阪で初めて迎える新年、初詣はどこへ行こうかと調べていたら、春日大社と縁の深い枚岡神社という所を見つけた。駅近で便利ということで2日に行ってみた。すごく歴史のある感じの神社だった。石の階段が少しきつかった。本殿以外にも色々あるようなので、暖かくなったらゆっくり散策してみたいと思った。出店が並んでいる中に、無人のおみくじ的な、365日の誕生日別の運勢みたいなコーナーがあったのでやってみた。1回100円で引けたのでコインを入れ、自分の誕生日が書いてある紙を棚から抜く。高嶋易断所というところが出しているらしい。紙は2枚セットで「貴方の性格」と、おみくじのように結婚・病気・旅行・移転などの項目別に運勢が書いてあるもの。性格は全然当たってない所と確かにそうと言える所があった。文章の最後に「他人を恩知らずと思う前に、恩を着せる心を反省しよう」と書いてあった。本当にそうだなあと思った。

「人生は、死ぬまでのゲーム」

30年前のスマナサーラ長老が話している動画を見つけた。特に刺さったお話をメモ↓

 

ストレスが溜まらないようにするには、余計な判断をしないこと。我々は判断ができるような大した人間じゃないので、適当に程々に頑張る。←社会的に危険な考え方のように聞こえるけれど、危険じゃない。人間は大したことをしようとして世界を破壊する。自分自身を破壊する。例えば女性は自分を完璧に美しくしようとして苦しむ。そこまでしなくていい、と思うと恐怖は消えていく。男性も、しっかり仕事しなくちゃ!と力むのをやめる。「自分はもっとできるはず」というのは心の中の嘘。自分に正直になり、程々でヨシとする。完璧にしようという考えは、病的で不自然で非現実的。評価されるのは完璧な仕事ではなく我々の「精一杯の仕事」。

 

戦後すぐは物資も食料も不足して大変だった。現代はモノが溢れているけれど、我々の心はまだ悩んでいる。どれだけ豊かになっても最高レベルの教育を受けても、苦しみは消えない。もっと成長しなくてはと葛藤する。最後には死が待っている道のりを、戦いや”無駄な”努力で埋める。ひどい顔をして泣きながら。おかしくないですか?人生に意味は無いのだから、もっと気楽でいい。

 

短い人生、瞬間も苦しむ必要はない。いつでも明るくいることはできる。バカみたいに明るくではなく、知識的に明るく。どういう知識かというと「人生はどう頑張っても最後にはパー」。若さも賢さも、美しさも財力も全ては変化して去っていく。人間最後には弱って記憶をなくしたり、歩けなくなったりする。情けないこの現実を理解して、深刻に捉えないで明るく、その瞬間その瞬間充実して生きること。

 

人生は無常であることを理解し、物事に執着せず生きる。今の瞬間明るくニコニコ元気でいることができれば、それで満足してください。例えば病気であろうが良いんですよ。今の瞬間どうですか?「今は別にいくらか我慢できる」なら、それで十分ではないですか。これはものすごい深い真理なんです。宇宙の法則、心の法則に基づいて喋っています。真理であることだけ覚えておいてください。私は今は元気ですけど、いつ病気になって倒れるかわからない。この世でどんなに偉い先生になっても、最後は全部捨てていかなくちゃいけない。一人静かに、寂しくこの世を出て行かなくちゃいけない。そのように観察してください。

 

あるいは身体の構造を観察してください。「私、私」と威張って高慢になっていますが、別々に見るとすごく汚いものです。歯を観察する。皮膚を観察する。髪の毛を観察する。内臓を観察する。腸の中も。そうすると気持ち悪くなる。それが狙いの瞑想方法があります。「本当のこと」を認める。この身体は不浄な汚いもので、最後には必ず死ぬ。「生きていかなくちゃ」というのは余計な執着である、と。

 

もっと働いて、子供のために財産残さなくちゃ!などの“ふざけた”考えが消えると、人間はものすごく安らぎを感じます。それは言葉では言い表せないほど、良いリラックスです。「私はいつでも死ぬ可能性があります」と実感として思うと、人生はすごく簡単なんです。

 

参考:【総集編】人生は死ぬまでのゲームです。心と病気の関係を解説【スマナサーラ長老切り抜き】

2025振り返り&買って良かったもの

今年は1月に奈良から大阪に引っ越して、いろいろ不便なことや不安なこと(最寄りのスーパーが少し遠かったりパート先がなかなか決まらなかったり)があったけど、なんとか今はしっくりくる形を見つけて落ち着いた。約一年かかった。悩んでやってみてまた悩んで、の繰り返しであっという間だった。人間関係も、常識の通じない人に出会って途方に暮れたりしたけれど、自分の狭量を思い知る、貴重な体験だった。来年はたいていのことに遭遇しても「まぁあの時よりはマシか」と思えるのではないかと思う。知らんけど。せっかく仏教を学んでいるのだから、相手よりも自分の愚かさにまず目をやって、感情に流されずにベストな判断を重ねていけたら良いなと思う。どんな知識も相手への処罰感情と絡めてしまうと虚しい。自分を調えて健やかに暮らすために使う。

 

秋以降はすぐ隣の敷地でアパートの建設が始まり、土日も朝8時過ぎから作業の音が響いてきて快適には眠れていない。木造なのでトンカチ?の音がやばい。大工さん大変だなとは思う。年末になってやっと静かになったけれど、完成は3月頃らしいのでまだしばらく我慢の日々が続く。早く内装工事まで進んで騒音止まってほしい。

 

さて100均で買って大活躍しているものを紹介する。ワイヤーでできた吊り下げ棚。床に直置きしたくないコード類を収納したり、台所の狭い空間を最大限に使って消耗品を置くのに使っている。本当に助かっている。この写真以外でも、引き出しのないテーブルに吊るして小物を入れたりしている(机の上に出しっぱなしにするよりも埃が溜まらなくてイイ)。セリアで購入したが、ダイソーにも大きめのサイズのがあった。

 

あとセリアのこのハンガー。服だけでなくタオルをかけてもよく乾く。本当に発明だと思う。

 

最後に100均ではないが、エリエールのこのティッシュも大発明だと思う。箱なしのものはよくあるけど、これは取り出し口が横一文字ではなくて楕円形になっている。1枚目から取り出しやすい。1枚目から破ることなく使える。ストレスが激減した。一生買い続けると思う↓

フライパンでパエリアを作った

このレシピを参考にし、肉多めで作ってみた。https://delishkitchen.tv/recipes/190927765812281702

みじん切りの玉ねぎを炒めて生米1.5合加え、水とコンソメを入れて具材乗せてフタして煮るだけ。めっちゃ簡単。

底が少し焦げたけどコゲ好きなのでOK。鶏肉はマキシマムで下味を付けた(マキシマム、買ったは良いがなかなか減らず先月で賞味期限が切れてしまった)。ミニトマトは切らずに丸々乗せた。にんにくを入れ忘れたので、炊き上がった後にチューブのやつを1cmくらい入れて混ぜたら無限に食べれる味になった。夫にも好評。本当は米3合くらいで作りたいのだが、それだと火が通りにくくなって上手く仕上がらない気がする。

美味しいワインに出会ってしまい禁酒中断

今年最後のパート出勤も無事終わり、浮かれ気分で万代をうろついていたら美しいラベルが目に飛び込んできた。白ワインで値段は千円ちょい。どうしても惹かれたので買ってみた。ラベルのデザインがほんと綺麗。

帰って気づいたのだが、スクリューキャップではなくちゃんとコルク栓だった。久しぶりにコルク抜きを使った。飲んでみたらめちゃくちゃ美味しい。香りがすっごく良い。甘くも酸っぱくもなく、裏面の文言の通り「フレッシュかつフルーティ」!

全然ワイン詳しくないけど、これたぶん千円って安すぎると思う。千円の味わいじゃないと思う。本当に美味しくて、おつまみとか邪魔になる感じ(むっちゃお惣菜食べながら飲んだけど)。お酒で初めてリピ確定と言いたくなった。同様のデザインで横に赤もあったから、今度絶対買ってみようと思った。

「来なくても自分でできるよ」

AsakoUniverseというスピリチュアルなyoutubeを最近発見し、この人の動画は全部観てみたいと思った。セッションを受けると波動が上がるらしいのだが「来なくても自分でもできる」と仰っていて、この人は信用できると思った。

 

youtu.be

 

この動画で語られている「誰かや何かを嫌ってしまう自分を責めなくていい、嫌いな気持ちは自分の望みに気づくためのヒント」という話は確かにそうで、私も若い頃実家の居心地が悪く、そんな風に思うなんて恩知らずだ、両親を好きにならなければと悩んだ時期があった。しかし実際のところ自分の魂(というか本心)は、価値観の合わない人と無理して一緒にいることはないよ!と叫んでいた。嫌な気持ちは、それを伝えるために起こっていたのだと思う。

 

youtu.be

 

この動画も良かった。タイトルはスピ系の人がよく使う言葉だけれど内容は本当に目からウロコで、確かに話を聞きながら身体を感じてみたら新しい世界に足を踏み入れたように希望が持てた。Asakoさんの動画は人の不安を解消するというか、人が天使様とかに頼らなくても自分が既に持っている豊かさ的なものに気づくきっかけとして機能すると感じた。視聴者から不安や焦りや欠乏感が減ったら必然的に儲けが減るのに、それでもヨシとして活動しているのはすごいことだ。自分自身の可能性を信じ、視聴者や顧客を養分にしなくても大丈夫って思えているからできることだと思った。

読書メモ『梅原猛の授業 仏教』

印象的だった話↓

【西洋と東洋の思想の違い】

西洋の文明は、生産の基本が小麦農業←約12000年前に始まり、少し後に牧畜が始まった。森林を伐採して畑や牧草地にする。人口が増えたらまた森を切り開く。森の破壊の連続。こういう農業形態から出てくる宗教は、どうしても人間中心になる。人間は神の心である理性をもっているが人間以外の動物はもっていない、だから人間が動物や植物を支配するのは当たり前、という考え方がキリスト教の根幹にある。

一方で東洋は稲作農業が多い。稲作でも木を切るが、水を蓄えてくれる森林の存在が貴重。かなり雨が必要で、自然の力に頼る。そうした背景から人間と自然が共存する思考が栄えた。一本の草にも仏様が宿っていると捉えたり。真言密教では雨を祈るのが大きな宗教的行事の一つ。

 

大乗仏教は仏教なのか?】

ブッダの死後500年ほど後に現れた龍樹は、仏教の革新派をつくった。自分たちの仏教を褒め称えて大乗(大きな乗り物でたくさんの人を救う)と呼び、それまでのブッダの弟子たちの仏教を小乗(窮屈で零れ落ちる人々がいる)と呼んだ。龍樹は般若経をつくったがこれは聖書の偽造のような行為。「海の果ての龍宮へ行ったら釈迦の説法を記した経典が500年間眠っていた!それにはこう書いてあります」と、ブッダの説法として龍樹が著した。このスタイルはその後大乗仏教で真似されまくり「ブッダの教えが○○で見つかった!それはこういう内容で~」といった風に新しい経典がどんどんできた。実際にはそれらはブッダが説いたわけではなく、経典をつくった人の教えと言える。

 

こうしてインドでできたお経は中国へ入り、日本へは552年(538年)に伝わった。中国では大量の経典について「どれが本当のお釈迦様の説か?」お坊さんたちが迷っていろいろ研究する流れが起き「般若経が根本だ」「いや法華経だ」「華厳経だ」と説が分かれ、異なる仏教の宗派になった。日本では明治以後に西洋の仏教学が学ばれ、本当のブッダの教えは実は小乗仏教だったことがわかる。そこで「大乗仏教は仏教にあらず」という論も出た。著者的には、大乗仏教も含めすべて発展した説も仏教と呼んでOK。どれもブッダの教えの中心である生命の平等や智慧、慈悲の心を説いているから。