13時57分発の1559Mに乗車すれば、5分ほどでいよいよ黒磯です。この列車も211系(A31編成)で、宇都宮から黒磯までの列車は、上野に直通する一部列車を除き、見事なまでに211系に統一されていました。E231系は、どうやら上野直通列車のみの運用のようです。
新幹線高架下にある大きな駅で、西那須野と新幹線停車駅の座を争ったこともあります。東北線の運転上の要衝で、ホームは3面5線あり、裏には機関区があります。
駅舎撮影後、付近のヨークベニマルに行って東力士や旭興を購入し、14時32分発の2141M(701系F2-24編成+F2-510編成+F2-504編成)に乗車し、Suica圏外に出ました。
14時41分に黒田原に到着です。昭和15年築の木造駅舎が残っており、袴腰のファザードに大きな付け庇を張り出し、そこに4本の柱を並べています。中間駅ながらも様々な付帯設備が並んでおり、この地域の農作物を集約した駅だったことを示しています。構内は2面2線で、両方の副本線は取り払われています。
黒田原駅も委託駅ですが、1月31日付で窓口業務を終了していました。この日巡った駅で、2008年1月末で窓口業務を廃止した委託駅が実に多いが、これが栃木県内の委託駅のトレンドだと思えます。
駅舎を撮影し、周辺散策に出かけます。駅前は賑やかとはいえないが、商店街が広がっており、那須町役場などもあります。缶コーヒーを調達した後、15時18分発の2140M(E721系P27編成+P22編成)に乗車しました。15時22分に高久に到着すると、ホームの端や駅舎内は、さよなら「ゆとり」磐梯号狙いの同業者で激パしていました。黒磯方の空き地は三脚の放列が。
昭和40年築のコンクリート駅舎で無人駅です。駅前の通りは車通りが多く、向かいの空き地にも同業者の車が多数駐車しており、撮影に苦労しました。
高久駅は対面式ホームを有しており、上りホームの待合所には銀河が描かれていました。
当日中に新津に帰らねばならないので、彼らと行動を共にすることなく、15時38分発の2143M(E721系P22編成+P27編成)で郡山に抜けました。
郡山で乗り継いだ磐越西線1229Mは、719系H15編成のみでしたが、隣席の女性が荷物を網棚に上げてくれたので(私も手伝いました)、奇跡的に着席できました。ちなみに、私の座ったボックスのメンバーは全員会津若松まで乗り通しました。
会津若松からは233D(キハ110-223+キハ110-224+キハ110-211)で新津に帰りました。野沢で交換した234Dが強風の影響で遅延し、この233Dも6分延発しましたが、その風規制も解除となり、定刻20時55分に新津に帰着しました。
おわり
参考文献 杉行恭『駅舎再発見』