こんにちは。
父は本日、母と妹に付き添われ(私は行けなかった)、救急医療センターからリハビリテーション病院に転院しました。
と言っても、決して現在の状態が良いわけではありません。
とりあえずの治療が終わり、転院先の部屋も空いたから移ったというだけのことです。
元いた救急医療センターでは、意識がまだ戻りきっていない、これからも戻りきらないままなのか、それとも完全に戻るのかはわからない、と言われました。
その言葉を聞いた日、その言葉が一日中頭の中を離れませんでした。
娘を塾に送りに行った後、時間があったので迎えの時間まで散歩しよう、と思って近所をぶらぶらしていたのですが、西空の赤い残照を見ているうちに、涙がぽろり。
そして堰を切ったように涙が溢れて来ました。
父が倒れたと聞いた時も、重い後遺症が残ると聞いた時も泣きませんでしたが、それはきっと、完全回復は無理でも簡単に意思疎通ぐらいはできるようになるだろう、と思っていたからでしょう。
父はこのままずっと意識が戻りきらない可能性もある、ということをはっきり認識したこの時、それまでの堪えていた感情も込み上げ来て、情けないことに、道端で泣いてしまいました。
そして今日、転院先での診断には、重度の嚥下障害、が加わりました。
あれほど食べるのが好きで、飲むのが好きだった父は、リハビリをしても食べることができないのかも知れない。
自分で食べることができないとどうなるのかは、私の祖母を見ていて知っています。
食べることができないと、身体はみるみる痩せて行き、やがては動けなくなることもある。
押し寄せて来る絶望感。
しかし、私は堪えて、その絶望感を押し返しました。
可能性はゼロじゃない。
以前も書いたように、父は「不撓不屈」の人です。
これからのリハビリでどんどん新しい刺激が加われば、意識も戻りきって、意識が戻りきれば本人はきっとやる気を出す。
懸命にリハビリに励み、喉を通りやすい流動食ぐらいは自分で食べられるようになるかも知れない。
それに、少し良い診断もありました。
左脳が損傷を受けると、右半身が麻痺するのですが、何故か右手と右足が動くのです。(腕や脚はうごかない)
これには医者も驚いていたそうです。
座った時に右側に倒れ込んでしまい、座位を保てないので、まず座位を保てるようにしてから、リハビリに励んでいけば、右手は補助ぐらいに使えるようになるかも知れない、とのこと。
そして、医者は、できる限り修正歩行自立を目指したい、とのことでした。
また、妹が面会中、父があやふやな言葉ながら「今何時?」と訊いたそうです。
はっきりとした言葉じゃないから確かじゃないけど、妹にはそう聞こえたそうです。
時間の概念は覚えており、今が何時かを気にして訊いて来る。
以上のことから、可能性はゼロじゃない。
無明の闇と思った中には、光明が見えていた。
その光明はきっと、大きくなって闇を消し去るはず。
大きな光となって、私たち家族を包んでくれるはず。
そう信じて頑張ります。
まずは、座位を保てるようになること。
明日、私は市役所へ介護認定の申請に行き、その後で面会に行く予定です。
お父さん、必ずまた色んな話をしような!
不撓不屈!