馬鹿も一心!

山岳部同期両端既に黄泉の谷を渡った・

年末のご挨拶!

一日早いですが、年末のご挨拶です。

今年も父のブログを読んでくださりありがとうございました。

 

2025年9月30日、父は脳出血に倒れました。

幸い、搬送が早かったので一命は取り留め、予後も良い状態ですが、本人はまだ自分でブログ等を書くことができないので、代わりに私が父の状態を報告している現状です。

それでも変わらず父を応援し、本ブログをお読みくださっている皆さまに感謝を申し上げます、いつも励ましの言葉、ありがとうございます。

本当に父本人、私たち家族にとっても励みになっております。

 

今年は日本社会にとっても大きく変わった一年だったと思います。

 

高市早苗氏が首相になりました。

高市首相誕生、高市内閣発足当初、マスコミは日本初の女性総理誕生という面にフォーカスしていましたが、私には初の女性総理うんぬんはどうでも良かったです。

個人的に、男性女性抜きにして、以前から高市さんの政策、政治理念、姿勢、情熱等に賛同して応援していたので、高市さんが総理になって本当に嬉しかったです。

そして思った通り、高市さんが首相になってから、高市さんは物凄いエネルギーで働き始め、ガソリンの暫定税率廃止を始め、山積している国内外の問題が共に急速に解決に向かっています。

 

ただ、消費税についてはトーンが静かです。

恐らく、高市さんは消費税は必ず何とかしなくてはならない、とは絶対に考えていると思います。以前から、本人も公言しています。

ですが、その本丸の財務省は、あの安倍さんが自分には三つの敵がいると言ったうちの一つであり、安倍さんでも攻略できなかった難敵です。

安倍さんが言うには、財務省は時の政権が減税方向に進もうとすると、その政権を全力で引きずりおろしに来るらしいです(うろ覚えですけど確かそんな感じ)

そのようなラスボスには、高い支持率を持っているとは言え、少数与党でしかも就任したばかりの高市さんでもまだ何の手も出せないでしょう。

迂闊な動きを見せれば、財務省は全力で倒しに来ますから。

なので、高市さんは財務省と減税に関しては一切何も言わず、だがその裏では慎重に策を練り、力を蓄えつつ、機会を狙っているのだと思います。

データを見ると、消費税が日本経済の足を引っ張って来ているのは明らかです。

不況の時は減税して消費を活性化し、経済を好循環させる。経済の基本であるこれがちゃんとできる日を待ちましょう。

 

ああ、そうそう、対中国関係でも台湾を巡って面倒なことになりましたが、全くぶれることなく変わらぬ姿勢でいてくれていることも頼もしいですね。

このまま貫いて行って欲しいものです。

 

さて、うちの父ですが……。

リハビリは変わらず順調です。

リハビリは、開始してから半年が黄金期、中でも最初の三か月が目覚ましい回復期間だということですが、お医者さまの話では、父は年齢にしてはかなり良いペースで回復が進んでいるようです。(前回も言いましたかね)

事実、運動能力はかなりの回復が見られ、まだつまずきやすいので見守りが必要ですが、しっかり自分の足で歩いています。

麻痺は当然まだ残っているものの、右手右足の動作も順調に回復、重度と言われた嚥下障害も急回復し、今ではペースト状の流動食ではなく、軟らかくしたご飯、とろみをつけたおかずなど、普通に近い食事をしています。

しかも、こぼすのはもちろんありますが、誰の介助もなく一人で食べています。

本人が言うには病院の食事は一日三食全て美味しいらしく、介護士さんたちも、「よく食べています」と言っています。

元々食いしん坊ですからね……まあ、食事は全ての基本、食べることができるならかなり安心です。

 

ただ、当然ですが問題はまだあります。

言語能力と排泄能力です。

 

父は、理解力はあり、会話もできてコミュニケーションは取れているのですが、舌に残っている麻痺や脳のダメージのせいか、発音が不明瞭で、まだ何を言っているのかはっきりとわからないことがあります。

また、文字を書くことやスマホで打つことにも困難が残っています。

相手が何を言っているのか聞き取れ、理解もできる。それに対して、自分の言いたいことは話せる。

ただ、文字にできない。自分の頭の中に浮かんでいる言葉、話している言葉と、文字がつながらないようで、ペンを持たせても文字が出て来ない。

脳血管障害でよくある失語症の一つです。

ただ、これはリハビリで改善できるとのことですし、文字が打てなくても会話ができれば日常生活は困らないので、そこまで深刻にとらえてはいません。

 

最大の問題は排泄です。

今のリハビリ病院を退院した後は特養老人ホームかな、と思っていたのですが、想像以上にリハビリが順調なので、退院後は家に帰ることは充分に可能だと思います。

事実、お医者さまもケアマネージャーさまも、「退院後の帰宅はどうされますか?」などと、家に帰るのは問題無し、と言う前提で話しています。

しかし、排泄の問題が……。

高齢の母一人に排泄の介護をさせるのはかなりの負担です。(母は、祖母の介護でその大変さを身にしみてわかっている)

なので、以前から父には「家に帰る絶対条件はトイレが一人で完全にできること」と伝えています。

ですが、脳機能のダメージのせいで、尿意や便意を感じるのにタイムラグがあり、排泄をしたいと思った時にはコントロールがきかなくなって勝手に出てしまうのです。

現在、基本的にオムツで、トイレに行きたくなったら看護師さんや療法士さんたちに介助されながらも、何とか自分で排泄をしていますが、時々、失禁や失便をしてしまうことがあるようです。大体五回に一回ぐらいの割合で失敗。

この生理現象ばかりは本人のリハビリの努力では改善が難しいらしいです。

なので、他の事はほぼ問題が無いのに、今でも「家に帰る条件はトイレが完全に一人でできること」と言うのは酷な気がします。

五回に一回ぐらいの失敗は、大目に見てやれればいいかなと思います。

ただ、後処理は高齢の母です。

母が大丈夫、と言うならば退院後すぐに帰宅、でいいのですが、母も経験があるだけに迷っているようです。

祖母はほぼ完全介護だったので、その時とは違うのですが、それでもやはり排泄の介護は大変なので、私も無責任に「頑張ってよ」とは言えません。

でも、父は半身麻痺も大したことなく、折角動けるんだから、退院後は家に帰らせて、のんびりと余生を過ごさせてあげたいと思っています。

 

これは難しい問題です。

私も仕事があり、また、娘は学校が終わるとまず私の家に帰って来るので、今の家を引き払って実家に引っ越す、というわけには行きません。

どうするかな~。

悩ましい問題です。

でも、きっと何とかなる気がします。

うちは、特に私はめちゃくちゃ運が良いです。

昔から、私は何か困ったことがあっても不思議と何とかなってしまう運の良さがありました。

こうなりたい、と思ったことが、不思議とそうなったりすることがよくありました。

いわゆる豪運なんですね。

その代償にパニック障害を患ったりしたんでしょうが……。

なので、今回も、父と家族にとって、最善の結果になるんじゃないかなと思っています。

また、こういうのって、実際に口に出して言ったり、書いたりすると実現したりします。

言霊、というものです。

それを信じます。

全てが良くなることを信じて、新年を迎えたいと思います。

最後に、父のリハビリ動画です。

 

youtube.com

では、皆さま、今年も大変お世話になりました。

来年も引き続きよろしくお願いいたします。

良いお年をお迎えください。

 

リハビリは順調です!

ご無沙汰しております。

一心の息子です。

気が付けば一ヶ月以上も更新していませんでした。

11月も変わらず父親の病院へ面会に行っていましたが、その間にも新しい仕事の話への対応、納品作業、新作の構、などで忙しく、こちらを書く時間が全くありませんでした。

あとはまあ、父の状況がどんどん良くなって来ていて安心している、と言うのも理由の一つかも知れません。

ということで、父の近況は上記の通りかなり良好で。リハビリも想定以上に順調です。

当初は眠ってばかりだったのが、覚醒時間がかなり長くなり、面会に行った時は必ず起きています。

11月半ば、嚥下障害の回復が進み、まだペースト状の食事ですが、フルカロリーの食事が一日三食になり、それと共に栄養を直接胃に送りこんでいた管が外れ、同時に両手のミトンも取れました。

なので預かっていた父のスマホは父に渡し、病室に置いて自分で管理させるようにしました。

ですが、指先の麻痺がまだあるので、操作は難しいです。

もちろん文字も打てません。

なのでLINEやメール、ブログ等の返事はまだ無理です。

ですが、これで写真や動画を見たり、ニュース見たり、皆さんのブログを読んだりできるので、時間が空いても暇になる、と言うことがなくなるので良いことだと思います。

あとは、当人が読みかけていた本、私の本を渡しました。

理解力、文章を読む力は残っているものの、やはり脳へのダメージの影響で以前ほどスムーズに読めるわけではないらしく、当人が言うには読むのに時間がかかる、とのこと。

でも、一応内容は理解できて、空いた時間も有効に使えるのでこれもまた良いことですね。

ただ、文字や文章が読めても、自分で書いたり打ったりすることはまだ全然できないようです。

私が持っていた創作ノートと鉛筆を渡して、文字を書かせてみたところ、手指は動くのですが、文字が出て来ない。

当人も「会話はできるし、何を言いたい、書きたいかはわかっているんだけど、文字や文章にしようとすると出て来ない」と言っていました。

でも、相変わらずおしゃべりで、面会に行くと発音がまだはっきりしていないのによくしゃべるので、言語のリハビリもしっかりやっていけば、そのうち簡単な文章は書けるようになりそうです。

次行く時は、父用のノートとペンを渡そうと思います。

そして運動能力。

左脳からの出血の場合、通常は右半身が完全に麻痺してしまうのですが、奇跡的に父は、もちろん麻痺があって完全ではないものの、最初から右手と右脚が動いていました。

ですのでお医者さまが自立歩行を目指すリハビリをする、と言った通り、立ち上がる、座る、歩く、のリハビリをしっかり行っています。

当初は座位を保てずにベッドに倒れ込んでしまう状態でしたが、一ヶ月以上リハビリをした結果、今は右手と右脚も以前よりかなり動くようになり、まだ療法士さんの介助が必要ですが、かなり歩けるようになっています。

その介助も、腕をしっかり掴む、とかではなく、少し支えるだけで済んでいるので、これはかなり回復が進んでいるように思えます。

さすがに元々体力があり、身体足腰が頑丈なだけあります。

先生や療法士さんたちの想定以上に早い回復のようです。

以下、父の歩行リハビリの動画です。

中で聞こえている女性の声は、以前うちの会社で働いていた女性の声です。

 

www.youtube.com

 

転院した当初は、もう高齢なのでリハビリをしても退院後は特養老人ホームに行くことになるかな、と思っていたのですが、この調子なら退院後は自宅に帰れるかも知れないと思いました。

ちなみに、動画の中で声が聞こえている女性は、元看護士で、しかも数年前に介護資格を取って現在介護施設介護士として働いており、施設にいるお年寄りをずっと見ています。

その彼女が、「この調子なら家に帰れるよ」と言うぐらいなので、本当に家に帰れるかも知れません。

父本人も、退院後は自宅に帰る気満々です。

ただ、自宅に帰れるのは喜ばしいですが、それに絶対条件があります。

トイレが完全に自分でできること。

一人で尿意や便意を感じられ、一人でトイレまで行き、用を足し、一人で後処理をして一人で部屋まで戻って来られること。

これが最も大変で、この介助は高齢の母にはとても無理です。

ですので、この「トイレが完全に自分一人でできること」が自宅に帰る絶対条件になります。

それができなければ、家族としても辛いし本人にも申し訳ないのですが、特養老人ホームに入ってもらうことになります。

それは父にも何度もしっかりと伝え、トイレの練習しっかりやってよ、と言っているのですが、理解できているのかな?

まあ、本人が食欲は旺盛と言ってよく食べるようで、またリハビリの意欲も高く、療法士さんたちも「一心さんはかなり体力があってリハビリも積極的にどんどんやっている」と言うので、とりあえずどんどん回復が進むことを信じます。

食欲があるのは本当に良いことです。

食事は生の基本。食べられなければリハビリの体力もつきませんからね。

そのあたりは、生来の食いしん坊が良かったようです(笑)

ではまた。

表現の術が無い人間、大谷翔平

こんにちは。
特に野球好きでもないですが、アメリメジャーリーグワールドシリーズ第三戦、ドジャースブルージェイズの結果に驚いています。
試合は延長18回でドジャースサヨナラホームランで劇的勝利を収めて終わりましたがが、延長18回って……。一試合×2ですよ。合計試合時間も6時間39分だったそうです。
これは両チームの選手も皆さんお疲れでしょう。
明日の試合に確実に疲労が残りそうですね。
その今日の試合の中では、大谷翔平選手がまたやりました。
2HR4安打3打点の大活躍。
ついこの前の17日のリーグ優勝決定シリーズでは、1試合で投手として6回無失点10奪三振、打者として3本塁打というとんでもない成績を叩き出しました。
よく大谷翔平選手の凄さを表現する言葉に、漫画を超えた、とか異次元の活躍、などと言われますが、私はそれらすらも足りないと思ってしまいます。
彼の凄さを表現できる言葉が今の言語には無い。これが現時点での私なりの最大限の賛辞です。
まあとにかく凄い……今後100年経っても彼のような選手は出て来ないんじゃないでしょうか。

 

と、いきなり野球の話になってしまいましたが、一昨日の26日、父の面会に行って来ました。
病室入った時はオムツを替えているところでした。
年寄りの下の世話をしてくれる皆様方には感謝しかないです。頭が下がります。
で、オムツ替えが終わったので入ると、父はリハビリ直後だったせいか眠そうな顔をしてましたが、椅子を持って来て隣に座って話しかけると、眠気は飛んだのか普通の表情で私の話を聞いていました。


前回行った時もずっと起きていたので、どうやら意識はかなり戻って来ているようです。
そして、どうやら理解力はかなり残っている様子。
私が何か話すと、それに対して答えようとしたり、自分から何か話そうとしたりします。
ですが、これは左脳の損傷のせいなのか、まだ口の中に麻痺があって呂律が回らないせいなのか、言葉が出せない。
口を動かして何か言おうとするのですが、言葉になっていないんですね。
左脳を損傷した場合の言語障害は、言葉を理解できない、とか、言葉を理解できても言葉を組み立てられない、または反応が遅い、などがあるようですが、父の反応を見ているとどうもそれらには当てはまらないような。


私が何か話しかけるとすぐに反応して何か答えようとする。言葉が不明瞭なので何を言っているのかイマイチわからないのですが、わずかに聞き取れる音から察するに、言おうとしている言葉は正しいが、発音ができないので伝わらない。このような感じです。
現在、沢山のリハビリの中に嚥下のリハビリもありますが、嚥下能力がある程度回復したら、言葉もかなりはっきり出せるようになり、会話もスムーズになるんじゃないかと思っています。
父の好きな山の写真集を見せたり、娘の動画を見せたり、次に書く予定の作品の話をしたりと、およそ1時間ちょっと話しかけている間、父はずっと反応して必死に言葉を出そうとしていました。
途中、父のスマホを左手に持たせ、父の友人に送ったLINEの返信を自分で見させるようにしました。
左手はかなり自由に動かせるので、スマホはすぐに操作できるようになりそうです。
右手右足の可動範囲も広がって来ていて、しっかりリハビリをすれば自立歩行も早くなりそうです。


ただ、意識が戻って来て、私の言っていることも理解できる、文字も読める、右手右足もかなり動かせる、と言う自覚があって、それを過信しているせいか、私が「じゃあ帰るよ」と言った時に、父が急に布団をはいで、「俺も帰る」と言うようなことを言いました。
私はすぐに、
「は? 帰る? 家に? 駄目に決まってるだろ」
と、呆れて言いましたが、父は反論。
「いや、大丈夫、帰る帰る」
何だろう……倒れておよそ四週間、さすがに退屈な入院生活に耐えられなくなって来たんですかね。
まあ、わからないでもないけど、どう考えても無理です。
「いやいや、まだ完全に自分で呼吸もできないし、食べられないし、トイレもできないのに帰れるわけないだろ!」
と言うと、父は
「じゃあ、見送る」
と答えます。
「いや、それも無理だから。立てないし歩けないだろう」
「大丈夫」
「無理無理。おとなしくしててくれ、死ぬぞ」
「いいんだよ、死んだって」
「よくねえよ!」
呆れて笑いながらも、心の中では少し怒りが。
世の中には生きたくても生きられなかった人が沢山いる。
その人たちに比べたら、障害が残っても命が助かり、その障害もリハビリによって克服できるかも知れないというのに、何を言っているんだか。
言ってはいけない言葉でしょう。
それをちょっと説教したかったですが、そこはぐっと抑え、父をなだめ、説得してから、帰りました。
ちょっと回復してくると、生来活力に満ちた人間だからか、無茶をしたがるようです。
ちなみに、何故か上記のやり取りの時だけ、父の言葉ははっきりしていました。

 

そして、ここでまた宣伝で申し訳ないのですが、私の書籍が全国の大型書店、インターネット上で発売中です。
小さめの本屋にはないかも知れません。
私の家から一番近い本屋には取り扱いがありませんでした(^-^;
いつも店で本を買う時はその本屋に行くのになんでだよ……と思いましたが、これは取次が決定しているのでどうしようもありません。
周囲の方に少しでも宣伝してくださると嬉しいです。

 

剣影、桜下に哭く 剣客黒須新九郎 城戸家騒動録

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では、また面会に行ったら父の状況を報告いたします。

 

#脳出血 #リハビリ #時代小説 #小説

献本と缶詰と

こんばんは。

前回の更新からかなり時間が経ってしまいました。

仕事が忙しかったり、面会に行ったり、娘の送り迎えをしたり、と慌ただしい日々です。

KEIさんからいただいたコメントで、そう言えば書いていなかった、と思い出しました。

KEIさん、ありがとうございました。

また、これまで父を心配、応援してくれてコメントを残してくださった皆様方も、本当にありがとうございました。

本当は個別に御礼を申し上げたいのですが、なかなかその時間もなく……それに、はてなブログはコメントに対する返信をどうすればいいのかわからず。

私も昔、ブログを書いていたことがありましたが、以前のブログでは簡単にコメントに返信ができたのに対し、はてなでは返信欄が見当たらない。

と言うわけで、皆さま、申し訳ございません、またありがとうございます。

そして父の現況ですが、ちょっとずつ良くなっているような気がします。

転院してから一週間と少しが経ちました。

転院直後は面会に行っても父は寝てばかり。呼びかけても起きずにグーグーと。ちょっと目を覚ました時に声をかけても、またすぐに眠り出す。

こんな具合だったのが、今週14日の火曜日に行った時には覚醒している時間が長く、私たちの話にも反応を見せてくれました。

そして昨日の17日に行った時には父はすでに覚醒しており、私が姿を見せると左手を上げてくれました。

届いたばかりの献本を見せると大きく反応し、自分の手に取ろうとするのですが、自由に動かせる左手にはミトンをつけられており、ミトンをつけていない右手はうまく上がらないものですから手に取れず。

剣影献本

なので中味をパラパラと開いて見せると、嬉しそうに何か言おうとするのですが、言葉がうまく発せなくてそのうちに痰が絡まり出して苦しそうになりました。

痰が絡んでも最近は自分で何とか処理できることも増えたということなので、苦しそうにしているところを身体をさすってあげて、「落ち着いて、ゆっくり」と言うと、自分で何とかうまく処理して落ち着く。

そして娘の動画を見せると嬉しそうに見入ったり、私が何か話しかけると笑顔を見せたり何か言おうとしたり。また、父のスマホのパスコードがわかったので父の友人たちに連絡していたのですが、その返信を読み聞かせる度にまた何か言おうとしたりしていました。

以前よりも反応は増え、覚醒時間も長くなっているので、ちょっとずつ良くなっているのかな、とは思います。

そうそう、皆さまからいただいたコメントも、再度、「これは〇〇さんから~」と言ってから、読み聞かせました。

その度に、父の顔は赤くなり、目は潤んでいました。

皆さまの温かいコメント、父はとても喜んでいますし、励みにもなっています。

本当にありがとうございます。

そんな感じで父に話しかけていると、ちょうどリハビリの時間になって理学療法士さんがやって来ました。

そこで私が自分の本について、「これを置いて行っても問題ないでしょうか? 起きている時にこの本を取ろうとしてベッドから落ちる、とかないですかね?」(←あるわけないのですが)と訊くと、父がぎこちない苦笑を見せて「しないよ」と、言いました。

はっきりとした発音ではありませんでしたが、明らかに「しないよ」と言いました。

やはり理解力はかなり残っているようです。

そして始まったリハビリを見学させてもらいました。

右手右足は動くとは言え、麻痺は確かにあるので、座ろうとしてもうまく座れずに倒れてしまいます。

そこで、まず座位を保つ練習。療法士さんが父の身体を起こし、身体を支えて座位を覚え込ませる。

次には立つ練習。幸い右足が動くので、立つ練習もするようです。

重い父を療法士さんが抱えて車椅子に乗せ、廊下に出し、手すりの側に行って立ち上がらせ、座らせ、また立ち上がらせる。と言う練習を繰り返す。

こんな感じでした。少しずつ、良くなっている気がします。

それでも、私たちとの会話で疲れたのか、リハビリ中に瞼が落ちることもしばしば。

脳出血などで脳が損傷を受けた直後は、脳は回復の為によく眠るようになるそうです。

なのでこれは回復の為に必要なことなので仕方ないことなのかな、と。

また、損傷を受けた領域の機能を、脳の他の部分がカバーしようとする代替機能もあるそうで、その回路構築をする為にも眠るとかなんとか。まだまだ未知の領域の方が多い脳の神秘さですね。

と言うことで、父は少しずつですが、回復に向かって進んでいると思います。

少しずつ、光は大きくなっている、そう思います。

少しずつでいいから、前へ、前へ。

 

と、この状況なので仕方ないですが、つい暗い話になりがちなので、ここで父に関する笑い話を一つ。

それは、父が実務からは離れていたとは言え、まだ会社には来ていた時のこと。

当時、うちの会社は、昼食は事務所内で作ってみんなで食べていました。

なので、私や父など、通勤途中や休憩中などに、よく食材などを買ってから事務所に行っていました。

そんなある時、父が興奮気味に「缶詰がすごく安かったんだよ!」と言って事務所に入って来ました。

「へー、缶詰が。非常食にもなるからいいね」

などと言ってその缶詰を見てみたら……。

なんとそれは猫缶。

猫の餌です。

パッケージにツナや肉などの写真が使われていたので、それと値段の安さだけを見て買ってしまったのでしょう。

まさに、ちゅーるに飛びつく猫のような……(笑)

「猫の餌じゃん!」

と、私とデザイナー女性が指摘すると、父も気付いて気まずそうに笑って誤魔化していました。

いやー、あれは本当に笑ってしまいました。

このことを思い出し、昨日父に「以前こんなことあったよな」と話すと、父は覚えていたのか、ちょっと笑っていました。

退院後、また間違えて猫缶買って来て欲しいな~(笑)

 

#脳出血 #リハビリ #後期高齢者

 

まだ光はあるのだから

こんにちは。

父は本日、母と妹に付き添われ(私は行けなかった)、救急医療センターからリハビリテーション病院に転院しました。

と言っても、決して現在の状態が良いわけではありません。

とりあえずの治療が終わり、転院先の部屋も空いたから移ったというだけのことです。

元いた救急医療センターでは、意識がまだ戻りきっていない、これからも戻りきらないままなのか、それとも完全に戻るのかはわからない、と言われました。

その言葉を聞いた日、その言葉が一日中頭の中を離れませんでした。

娘を塾に送りに行った後、時間があったので迎えの時間まで散歩しよう、と思って近所をぶらぶらしていたのですが、西空の赤い残照を見ているうちに、涙がぽろり

そして堰を切ったように涙が溢れて来ました。

父が倒れたと聞いた時も、重い後遺症が残ると聞いた時も泣きませんでしたが、それはきっと、完全回復は無理でも簡単に意思疎通ぐらいはできるようになるだろう、と思っていたからでしょう。

父はこのままずっと意識が戻りきらない可能性もある、ということをはっきり認識したこの時、それまでの堪えていた感情も込み上げ来て、情けないことに、道端で泣いてしまいました。

そして今日、転院先での診断には、重度の嚥下障害、が加わりました。

あれほど食べるのが好きで、飲むのが好きだった父は、リハビリをしても食べることができないのかも知れない。

自分で食べることができないとどうなるのかは、私の祖母を見ていて知っています。

食べることができないと、身体はみるみる痩せて行き、やがては動けなくなることもある。

押し寄せて来る絶望感。

しかし、私は堪えて、その絶望感を押し返しました。

可能性はゼロじゃない。

以前も書いたように、父は「不撓不屈」の人です。

これからのリハビリでどんどん新しい刺激が加われば、意識も戻りきって、意識が戻りきれば本人はきっとやる気を出す。

懸命にリハビリに励み、喉を通りやすい流動食ぐらいは自分で食べられるようになるかも知れない。

それに、少し良い診断もありました。

左脳が損傷を受けると、右半身が麻痺するのですが、何故か右手と右足が動くのです。(腕や脚はうごかない)

これには医者も驚いていたそうです。

座った時に右側に倒れ込んでしまい、座位を保てないので、まず座位を保てるようにしてから、リハビリに励んでいけば、右手は補助ぐらいに使えるようになるかも知れない、とのこと。

そして、医者は、できる限り修正歩行自立を目指したい、とのことでした。

また、妹が面会中、父があやふやな言葉ながら「今何時?」と訊いたそうです。

はっきりとした言葉じゃないから確かじゃないけど、妹にはそう聞こえたそうです。

時間の概念は覚えており、今が何時かを気にして訊いて来る。

以上のことから、可能性はゼロじゃない。

無明の闇と思った中には、光明が見えていた。

その光明はきっと、大きくなって闇を消し去るはず。

大きな光となって、私たち家族を包んでくれるはず。

そう信じて頑張ります。

まずは、座位を保てるようになること。

明日、私は市役所へ介護認定の申請に行き、その後で面会に行く予定です。

きっと回復するはずの父に会いに行く。

お父さん、必ずまた色んな話をしような!

不撓不屈!

 

#脳出血 #リハビリ #後期高齢者

私の時代小説がアルファポリスより出版されます

こんにちは、引き続き息子です。

タイトルの通りです。

このブログは父のブログなので、私の宣伝をするのはいかがなものかと思ったのですが、告知許可が出たら父はすぐにここに書くつもりでいたので、やはり報告させていただくことにしました。

 

今月10月の下旬、私の初の著作がアルファポリス文庫で刊行されます。

2023年にアルファポリス第9回歴史時代小説大賞で特別賞をいただいた作品「葉桜よ、もう一度」を大幅に改稿した作品です。

タイトルも「剣影、桜下に哭く ~剣客黒須新九郎 城戸家騒動録~」と変更しての出版です。

刊行告知ページはこちらです。↓

https://www.alphapolis.co.jp/book/coming_soon

 

内容は正統派の時代小説です。

以下、アルファポリスのサイトよりあらすじ引用いたします。

 

とある藩に仕える剣客・黒須新九郎は、突如として横領の疑いをかけられ、安寧の日々を奪われた。その裏にあるのは、収賄で権勢を拡大する筆頭家老・小田内膳の専横。新九郎は次席家老の大鳥とともに立ち上がり、腐敗を絶つ戦い に身を投じることとなる。藩主である城戸家をめぐる騒動の最中、新九郎の荒んだ心を、黒須家の新顔女中りよが癒していく。しかし、りよには誰にも明かせぬ秘密があった――陰謀と慕情が火花を散らす一大巨編!

刊行お知らせ

400ページの長編ですし、江戸時代物なので、あまり時代物に馴染みない方には読みにくいかも知れませんが、とにかく面白さを追求して話を構成し、文章も極力読みやすく書いたつもりです。

 

出版化オファーが来たのは昨年の五月で、無類の読書好きである父に知らせた時には本当に喜んでくれて、父はこの作品を紙の書籍で読むことを本当に楽しみにしていました。

それが、発売直前で父は脳出血で倒れ、言語障害が残ることになってしまったので、本当に残念でなりません。

父本人も悔しくて辛くてたまらないと思います。

 

実は、まだお見せできないのですが、父が倒れた翌日に編集部さまより書影が届きました。

なので、昨日面会に行った時、私は書影をカラー印刷して持って行きました。

出版のことは覚えているのでしょうね。

まだ何も言っていないのに、書影を見た瞬間に父の目がより大きく開きました。

その後、私がタイトルを変更したことや、表紙イラストを誰が描いてくれたか、発売日はいつか、などを説明しているうちに、父の目にはまた涙が浮き、そして何か懸命にしゃべろうとするけどやっぱり言葉が出ないので痰がたまる、のループ再開でした(笑)

とても悲しかったけど、ちょっと笑ってしまい、「もうしゃべらないでいいから!」と落ち着かせ、印刷した書影は持参したフォトフレームに入れて飾っておきました。(家族写真もその隣に)

 

と言うように、こちらの言っていることは結構理解できている様子でしたが、文章を読む方はどうなのか……。

転院してリハビリを始め、簡単な文章なら読めるようになりそうですが、果たして私の初の小説はどこまで読めるようになるのか。

とりあえず、今回の小説出版が父のリハビリの大きなモチベーションになってくれたらいいな、と思っております。

全ては転院してリハビリ開始してからですね。

とにかく真面目で努力家の父ですから、きっと懸命にリハビリに励むとは思います。

私たち家族は、それを応援し、支えて行くつもりです。

 

と言うことで、私のことですがご報告です。

励みになりますので、本作を色々なところで紹介してくださるとありがたいです(図々しくてすみません汗)

書影が解禁され、正式な発売日が発表されたらまた報告させてください。

 

では、今後ともよろしくお願いいたします。

 

#小説 #小説紹介 #時代小説 

父の面会に行って来ました

こんにちは。

一心の息子です。

 

先日は父についての報告をした際、多くの皆様から心配、応援のコメント等いただきまして、本当にありがとうございました。

少し慌ただしい為、それぞれ個別に返信できないこと、お詫び申し上げると共に、この場に御礼申し上げます。

皆さまからいただいたコメントは、本日全て父に読み聞かせました。

 

と、言うことで、今日の午後、母と共に病院に面会に行って参りました。

実は、10/3の金曜日にも母と共に面会に行ったのですが、その時はずっと眠ったまま一度も起きませんでした。

看護師さんが耳元で「一心さん! 奥様と息子さんが来られましたよー!」と大声でよびかける。

え、そんな大声でいいの? とびっくりしましたが、別に構わないようです。

しかしそれでも起きず、私と母が声をかけても全く答えずぐっすり眠っている父。

よく考えると、その時の時間は午後14時。普段、父が昼寝をしている時間です。それで脳出血発症後で体力も落ちているのですから、ぐっすり眠ったまま起きなくても仕方ないのかもしれません。

まあ、いいか、とその日はそのまま帰りました。

 

そして本日、14時ではまた寝たまま起きないかも、と言うことで、15時に病院に行きました。

行く先はICUではなく一般病棟(でいいのかな?)です。

 

前日、病院から電話があり、「うわあ、まさか……」と悪い事態を予想していたら、「容体も安定して来たのでICUから大部屋に移ります」とのお話し。

あー、びっくりした。電話の向こうの方も、「驚かれましたよね、すみません」と謝っていました。

 

と、言うことで夜間休日入り口から入り、一般病棟に行って父に面会。

父はやっぱり眠っていましたが、看護師さんの呼びかけに反応し、私と母の呼びかけで大きく反応して微かに目を開けました。

反応が違うので、やはり私たちのことはしっかり認識できているようです。

ですが、父は言葉が出せません。半開きの目で何かを話そうとするのですが、口を開けたまま、あー、とか、うー、とかしか出て来ない。

発症前はあれだけ話好きのおしゃべりで、誰かと会うとずっと一人でしゃべり続けて止まらない父が、病床の上で寝たまま、しゃべりたくても言葉を発せない姿。

その姿を見たら、胸が締め付けられて涙が出そうになりました。

ですが、最も辛いのは本人。ぐっと堪えて「無理にしゃべるなよ」と言いました。

 

しかし……やはり生来の話好きの父。

今日はまだ言えないのですが、父がずっと楽しみにしていた、私に関するある事を伝えたら、途端に目を更に開いて何か興奮したように声を出そうとする。

必死にしゃべろうとする。だけど口が開いたまま声が出ない。

 

そして次に、前回ここで父の報告をした時に皆さまからいただいたコメントを、ゆっくりと読み聞かせました。

皆さまのことは覚えていて、また言っていることも理解できているのか、父は聞いているうちに涙を流し始めました。

そして何かをしゃべろうとするのですが、やはり言葉にならない。

そのうち、顔を赤くして苦しそうにし始めたので、慌てて看護師さんを呼んだら、痰が喉にたまっている、とのこと。

看護師さんがすぐに痰を吸い取る処置をしたのですが、鼻から管を入れて力強くやるので、父がすごく辛そうな顔をする。

その顔がまた見ていてこっちも辛かったですね。痛いし、苦しいだろうなあ。でも、必要なことですし、これをしないとまずいことになるわけですから、一時的にも辛抱してもらわないと行けませんね。

そして痰を取り終わったあと、看護師さんが「どうですか? 苦しくないですか?」みたいなことを言ったら、父が「大丈夫」と、発音ははっきりしていませんが、意味が理解できる言葉を言いました。

その瞬間、看護師さんも、私も母も驚きました。

「おお~、大丈夫って言った!」

喜ぶ私と母。

 

そして看護師さんが出て行った後、私は父に「あまりしゃべろうとするとまた痰が絡んで苦しくなるからあまりしゃべるな」と言ったのですが、それでも何かもごもご話そうとします。

「無理にしゃべらないでいいから」

「あー、うー、……」

「いや、だからしゃべらないで。リハビリ始まったら沢山話そうな」

「うー、あー……」

恐らく、私たちの言葉は理解していると思います。

ですが、しゃべるな、と言ってもしゃべろうとする。まあ、父らしいな、と苦笑。

そして、私の娘が父を心配して父を励ます応援の動画を撮っていたので、それを見せたら、また父は目を大きく開いて見入りました。

でもこれが良くなかった。父は見終わった後、感動したのか喜んだのか、何か懸命にしゃべろうとするのですが、またも段々顔が赤く、痰がたまって行っている様子。

再び看護師さんを呼んで痰の吸い取り。

これはいかん……。

看護師さんたちからは、「刺激になるので良いことはどんどんお話ししたり、写真など見せてあげてください」と言われましたが、それをやると生来パワフルな父は反応が大き過ぎて痰吸入ループに入ってしまうようです。

今後は、本人が喜ぶようなことはほどほどにしようかな、と思いながら、父に「また来るからね」と言って病室を出ました。

以上、本日の面会の結果でした。

 

ちなみに、右半身は完全麻痺、と言われていたのですが、私たちが呼びかけた時、なんと右手を上げて身体に乗せたような動きを見せました。

その後も、「右手と右足動く?」と訊いたら、腕などは動かないものの、右手は指を動かし、右足は上下に動かしていました。

これは、リハビリをしっかりすれば右手右足はかなり回復が望めるかも知れません。

そうなる日、また会話ができるようになる日を待って、これからも父を支えようと思います。

 

今後しばらくの間、ここでは私が父の様子を報告し、また脳卒中について私が思うことなどを書いて行きたいと思います。

それと、同じように脳卒中脳梗塞を発症した方、またそれらを発症した家族がいる方や、介護者がいる方などとの交流や情報交換等ができればいいなと思っております。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

もう一言。

皆さま方のコメントを聞いていた父は、本当に嬉しそうで、また感動していた様子でした。

皆さま方、本当にありがとうございます!