「放置子」という呼び方について考える
「放置子」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、保護者が適切な監督や世話をせず、長時間にわたって子どもを一人にしたり、必要なケアを怠ったりすることで、子どもが事実上「放置」されている状態を指す言葉として使われています。
しかし、この「放置子」という呼び方には問題があります。子ども自身に「放置されている子」というレッテルを貼ってしまい、まるで子どもに責任があるかのような印象を与えてしまうからです。実際には、これは子どもではなく「養育環境」や「保護者の状況」の問題です。
そのため、本記事では基本的に「適切な見守りを受けられていない子ども」「十分な養育を受けられていない子ども」という表現を使用します。また、この状態は児童福祉や虐待防止の文脈では「ネグレクト(育児放棄)」や「養育の欠如」と呼ばれています。問題の本質は、子どもが置かれている「状況」であり、子ども自身ではないことを忘れてはなりません。
近年、SNSやニュースで、適切な見守りを受けられていない子どもに関する報告が増えています。例えば、学校が休みの日に朝から夕方まで一人で過ごす子ども、食事を与えられず空腹のまま過ごす子ども、近所の家を訪ね歩いて居場所を求める子どもなど、その実態は多岐にわたります。
厚生労働省の統計によると、児童相談所における児童虐待相談対応件数は年々増加しており、2022年度には約21万9千件に達しました。そのうち、ネグレクト(育児放棄)は約3万件で、全体の約14%を占めています。この数字は氷山の一角に過ぎず、表面化していないケースはさらに多いと考えられています。
なぜこの問題が注目されるようになったのでしょうか。それは、子どもの基本的な権利である「適切な養育を受ける権利」が脅かされているからです。ネグレクトは虐待の一形態であり、子どもの心身の発達に深刻な影響を及ぼします。
適切な見守りを受けられない子どもが抱えるリスク
十分な養育を受けられないことで、子どもたちはさまざまなリスクに直面します。
心理的影響:孤独感と自己肯定感の低下
長時間一人で過ごすことは、子どもに深い孤独感をもたらします。「自分は大切にされていない」「誰も自分のことを気にかけていない」という思いが積み重なると、自己肯定感が著しく低下します。愛情や関心を十分に受けられないことで、他者との信頼関係を築くことが難しくなり、将来の対人関係にも影響を及ぼす可能性があります。また、不安や抑うつ、問題行動といった形で心の傷が表れることもあります。
ある小学校の教員は、こう語っています。
「クラスに、いつも空腹で学校に来る子がいました。休み時間になると、他のクラスの教室を回って『遊ぼう』と声をかけ続けていました。最初は社交的な子だと思っていたのですが、実は家に誰もいなくて寂しさを紛らわせようとしていたことが分かりました。その子は『先生、僕のこと見ててくれる?』とよく聞いてきました。承認を求める気持ちが痛いほど伝わってきました」
学習面・発達面への影響
適切な養育環境が整っていない場合、学習機会が失われたり、基本的な生活習慣が身につかなかったりします。宿題を見てくれる人がいない、規則正しい生活リズムが保てない、栄養のある食事が取れないといった状況は、学力の低下や心身の発達の遅れにつながります。
日本財団の調査(2018年)では、子どもの貧困が学力に与える影響が明らかになっており、生活困窮世帯の子どもは学習時間が短く、学力テストの正答率も低い傾向にあることが示されています。十分な見守りを受けられない環境では、こうした学習格差がさらに広がる可能性があります。幼少期の経験は脳の発達にも影響するため、この時期のネグレクトは長期的な影響を残す可能性があります。
安全面のリスク:事故や犯罪被害
監督者がいない状態では、子どもは危険から身を守ることができません。火災、転落、誤飲などの家庭内事故のリスクが高まるほか、外出中に交通事故に遭う危険性も増します。
警察庁の統計によると、13歳未満の子どもが被害者となる犯罪は年間約2万件発生しています(2022年)。さらに深刻なのは、犯罪被害のリスクです。悪意ある大人に狙われやすく、性犯罪や誘拐といった被害に遭う可能性も否定できません。子どもの安全を守る大人がそばにいないことは、まさに命に関わる問題なのです。
保護者ができること
では、このような事態を防ぐために、保護者には何ができるのでしょうか。
子どもとのコミュニケーションの重要性
まず大切なのは、子どもとしっかり向き合う時間を持つことです。たとえ忙しくても、一日の中で子どもの話を聞く時間、一緒に食事をする時間を確保しましょう。
「今日はどんなことがあった?」
「何か困っていることはない?」
といった問いかけを通じて、子どもの気持ちや状況を把握することが重要です。子どもは、自分が大切にされていると感じることで、安心感を得ることができます。
ある母親は、フルタイムで働きながらも工夫をしています。
「帰宅後、夕食の準備をしながら必ず子どもに話しかけるようにしています。たった15分でも、その日あったことを聞くだけで子どもの表情が変わります。週末は必ず一緒に過ごす時間を作り、子どもが『ちゃんと見てもらえている』と感じられるよう心がけています」
私自身も、ずっと仕事をしてきた中で心掛けたのは、一日一回は子供の目をみて話す、子供の心に触れる努力をするということでした。
家庭内での居場所づくり
子どもが「ここが自分の居場所だ」と感じられる家庭環境を整えることも大切です。物理的な安全はもちろん、心理的な安全も必要です。子どもが帰ってきたときに温かく迎える、頑張りを認めて褒める、失敗しても受け止めてあげるといった関わりが、子どもの心の安定につながります。また、規則正しい生活リズムや栄養バランスの取れた食事も、子どもの健やかな成長には欠かせません。
地域や学校との連携方法
子育ては一人で抱え込む必要はありません。以下のような支援機関を積極的に活用しましょう。
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放課後児童クラブ(学童保育): 共働き家庭などの小学生が放課後を安全に過ごせる場所です。市区町村が運営しており、各自治体の窓口で申し込めます。
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児童館・児童センター: 無料で利用でき、子どもが安全に遊べる施設です。職員が常駐しているため、保護者の相談にも応じてくれます。
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ファミリーサポートセンター: 地域で子育てを助け合う会員組織です。保育施設への送迎や一時的な預かりなどを依頼できます。
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子育て世代包括支援センター: 妊娠期から子育て期まで切れ目のない支援を提供する拠点です。保健師や助産師などの専門職に相談できます。
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児童相談所(全国共通ダイヤル:189): 虐待の疑いがある場合や、緊急時に連絡できる機関です。匿名での相談も可能です。
また、学校の担任の先生やスクールカウンセラーに相談することで、子どもの様子を多角的に把握できます。地域の子育てサロンなどを利用することで、保護者自身も孤立せず、他の保護者とのつながりを持つことができます。
保護者だけでは解決できない理由
ここまで保護者ができることを挙げてきましたが、実はこの問題は保護者の努力だけでは解決できない側面があります。
多くの場合、養育が困難になる背景には経済的困窮、長時間労働、ひとり親家庭での負担の集中、保護者自身の心身の不調、社会的孤立といった複合的な問題が存在します。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2021年)によると、子どもの相対的貧困率は11.5%で、約9人に1人の子どもが貧困状態にあります。特にひとり親世帯の貧困率は44.5%と、約2世帯に1世帯が貧困状態です。また、総務省の「労働力調査」では、週60時間以上働く労働者は約5.1%(2023年)存在し、長時間労働が常態化している実態があります。
ある母子家庭の母親は、こう語ります。
「朝7時に家を出て、夜9時に帰宅する生活です。子どもと過ごす時間を作りたいけれど、生活費を稼がなければ食べていけません。学童保育は18時までなので、それ以降は小学3年生の子どもが一人で留守番しています。罪悪感でいっぱいですが、どうすることもできないんです」
このような状況では、「子どもと向き合う時間を持ちたくても、生活のために働かなければならない」「頼れる人が周囲に誰もいない」「自分自身が精神的に追い詰められている」となり、保護者個人の意識や努力だけで状況を改善することは極めて困難です。
また、日本の労働環境や社会保障制度の問題、地域コミュニティの希薄化といった社会構造的な要因も大きく影響しています。保護者を責めるだけでは問題は解決せず、むしろ保護者を追い詰めてしまう可能性があります。
だからこそ、この問題には社会全体で取り組む必要があります。働き方改革による長時間労働の是正、児童手当や就学援助などの経済的支援の充実、学童保育の時間延長や利用料減免、放課後の居場所づくり、地域での見守り体制の強化など、制度面での整備が不可欠です。同時に、「困ったときは助けを求めてもいい」という雰囲気を社会全体で作っていくことも重要です。
もし周囲に気になる子どもがいたら、地域の民生委員・児童委員や、児童相談所全国共通ダイヤル(189)に相談することもできます。一人ひとりができる小さな関心と行動が、子どもたちを守ることにつながります。
「適切な見守りを受けられない子ども」の問題は、個人の問題ではなく社会の問題です。すべての子どもが安心して育つ環境を整えるために、私たち一人ひとりができることから始めていきましょう。


