こんにちは。いかがお過ごし?
DC近辺は少し寒くなってきました。
自分の顔に納得してなかった
さて本題。
わたくし、こちらに色んなこれまでの経験を、特に私の妹たち、私よりも若くて私と同じように右往左往しながらどこかで頑張って生きている女性たちの何かヒントになったらいいなとこちらに書き散らかしております。率直に書いておりますし、どんな人間やねんと思われている方もいらっしゃるかもしれません。が、実は40歳くらいまで、自分の顔をあまり認識できませんでしたの。
いや、写真でどれが私の顔と聞かれれば、当然わかりますわ。でも、なんか自分のイメージしている自分の顔と違っていて、納得できていないというか。要は、私の自分の中のイメージと、写真に写る物理的な顔が一致してなかったのです。端的に言えば写真に映る自分は好きじゃなかった。鏡の中の自分もそんなに好きでもなかった。嫌いってことはないんだけど、何か違ったのです。
ついでに言えば、名前もあだ名もどうでもよくていくつかありまして、それにも執着していなかった。哲学的に分析すれば、多分「マリベス(ここでのペンネーム、ここに本名を入れても良いのですが)である自分」を自負して、自分という看板を背負って自分を代表して生きていなかったのです。多分。その辺をふわふわにしておきたかったというか、自分の今の在り方にどこか納得できていなかったのでしょう、きっと。「私はマリベスですわ、どうぞお見知り置きを!」と言うだけの「私はこれで行くんだ!」という覚悟がなかった。

自分を抱きしめてあげるのは自分
でも40を超えて、もう一切の積み上げたものをかなぐり捨てて、自分の心の中にある本当の自分がやりたかったこと、10歳の頃の自分がやりたかったこと、それを飢えてでも人がなんと言おうとやってやるんだ、という賭けに出てから、だんだん鏡に映り、写真に写る自分が、好きになり始めました。
不思議ですね・・・
40過ぎると、むしろ鏡の中の自分は老いていく。もうあなた、46歳過ぎるとすごいですわよ、そのスピードが。もう白髪を染めるのも面倒になるくらいの勢いで白くなっていきますし。そりゃぁ20代の私の方がピチピチでしたわ。
それなのに、そこに映る自分が、前よりもずっと可愛いのです。美女と隣に並んでどうかということではなく(そんなのはどうでもいいことだし)、Vogueの表紙になったら見栄えするかとかそういう話でもなく、一つの魂として、自分には愛すべき存在に見えるようになった、これが私が生きていく殻であり、自分なんだな、いいじゃん?頑張ってるじゃん?大好きだよ!と思えるようになった、ということです。まだまだ欠点もたくさんありますけどね、それも含めて丸っと抱きしめてあげた感じ。
そこに辿り着くのには、途中で恋人がいても、結婚しても、仕事があってもなくても関係なかった(あ、夫が辿り着くのをいつもいつも応援してくれたのは大きかったですけどね!)。最後に自分をまっすぐに見て、そのままの自分を認めて、受け入れてあげた、それだけでした。
40年もかかっちゃった。ワハハ。

若い時代の私の根拠のない自信はなんだったのかわかりませんが🤣、本当の静かなる自信はむしろ40歳を超えて出てきた気がします。これでダメなら仕方ない、でもこの殻でできることは精一杯、すべてやり切ったという自信かもしれません。
別に美人でもないし、アンチエイジングを頑張ってるとかそういう話でもありません。でも、自分という殻をそのままで好きになれた。これは、私にとっては大きな進歩。
ま、私も40年もかかってるし、今自分が人と比べて好きじゃない人や、比べなくてもとにかく自分の容姿に納得していない人がいたら… 自分の心の奥底にいる、自分と向き合って、そこにいる自分を無視しないで、二人で二人三脚してみたら、何か変わるかもしれません。
今泣いている人には笑顔が、
今心が痛い人には希望が、
もたらされますように。