
皆様、こんにちは。
Selamat Hari Raya Aidilfitri.
ずいぶんと時間がたってしまいましたが、マレーシアで初めて過ごしたなんともしんどかったラマダン月が無事に終わりを迎えました。
そして息をつく暇もなく、これまたマレーシアで初めてのHari Raya(ハリ ラヤ)を過ごしました。
- 【マレーシアの義実家で初めて過ごしたハリ ラヤ】
- 【ハリ ラヤを迎える準備】
- 【ハリ ラヤ当日の過ごし方】
- 【油満載のおもてなし料理にお腹を壊す】
- 【ハリ ラヤの大事な行事、親戚回りとおもてなし】
- 【頑張って過ごしたラマダン月後のハリ ラヤは嬉しい時間】
- 【最後に】
【マレーシアの義実家で初めて過ごしたハリ ラヤ】
マレーシアと出会って数年した頃から、ハリ ラヤについてはもちろん知っていてどんなことをするのか、どんな料理をいただくのかくらいは知っていた私。
とは言え、自分が外側からではなくて内側、つまりマレーシアの家族の中に入って一緒に過ごすのはもちろん今回が初めてのハリ ラヤとなりました。

ハリ ラヤ初日に家族ごとで撮影した写真。お義母さんは全然笑顔じゃないけれど、いつもこんな感じの表情で写真に収まるだけで、本当はすごく優しくておもしろいお義母さんです(笑)。
ハリ ラヤの数日間は正直私にとってはあまり楽しくない時間でしたが、この写真を撮った最初の、本当に最初の数時間は結構楽しかったのでこの私の笑顔は本心からの笑顔です(笑)。
【ハリ ラヤを迎える準備】
マレーシアとの長い関わりのなかでハリラヤの準備としての知識はありましたが、実際に自分が義実家の皆と過ごすにあたっては初めて尽くし。よく分からないから、ハムザがやっているのを見ていたり、皆を遠くから見ていたり。そして時には自分もやってみたり…は正直ほとんどなくて、戦力外で部屋でゴロゴロしていたのが主な過ごし方、という初体験なハリ ラヤ準備の数日間でした。
ラマダン月の最後四日間は義実家に帰り、ハリ ラヤの準備をしながら過ごす日々。昼間は断食をしながらも、お義母さんはお祝いに欠かせない料理Ketupat(クトゥパッ)を作っていたり、近くの町にハリ ラヤに着る新しいBaju Kurung(バジュ クルン)を買いに行ったり。
【ハリ ラヤ当日の過ごし方】
ハリ ラヤ初日は、まずはイスラムの礼拝からスタート。近所のモスクで朝8時半から行われる特別集団礼拝に赴き、それが終わるといよいよ本格的なハリ ラヤのスタートです!
ハリ ラヤ当日は、夫婦や家族でカラーを合わせて購入した新しい民族衣装をまといます。私はバジュ クルン、ハムザはBaju Melayu(バジュ メラユ)でおめかし。家族たちと記念撮影をしたりしてたらもう親戚が挨拶回りに大人数でやってきました。本当に大人数なんですよね、一回で20人以上は来てました。
その方たちがお帰りになった後は、今度は私たちが徒歩で行ける近所の親戚のお家にご挨拶回りに出かけたり。

私はすべてが初めてのことだったので、ハムザや姉弟たちのやっているように一緒に過ごしてみました。が、居場所がつかめなくて今ひとつ居心地が悪かったですけど(笑)。
【油満載のおもてなし料理にお腹を壊す】
親戚宅訪問に明け暮れるハリ ラヤ。車を何台も連ねて家族皆で移動しながら一日に5~6軒くらいは回る、という尋常じゃない過ごし方をします。
自分たちが親戚宅を訪問する際は行く先々でお料理が用意されているのですが、毎回しっかりと食べているとあっという間にお腹がいっぱいになってしまいます。手をつけないことも失礼にあたるので毎回数口程度でとどめたり、ハムザに食べてもらうようにしていましたが、それでも午後は早めの段階で苦しくなりつらかったです。
毎回お肉をココナッツミルクで煮込んだ料理、Rendang(ルンダン)と白米で作るクトゥパッというメニューが主流で、私は初日にしてもうルンダンは見たくないくらいのトラウマ状態に(笑)。後日談として追記しますが、2019年のこのハリ ラヤ以降、私は普段でも結婚式などのお呼ばれの際もお料理にルンダンが登場しても一切手をつけなくなりました。用意してくれる方には申し訳なくは思いますが、それくらい嫌な記憶がよみがえる食べ物となってしまったのです。
それ以外に出てくるお料理も、Mee Goreng(ミー ゴレン)のような油たっぷりだったりしてとにかく重いし、飲み物も甘い砂糖水のようなものが主流なこともつらかった。(翌年からは水筒にお水を入れて持っていくようになった)
ハリ ラヤ二日目の夜には、ラマダン月の断食で弱った胃に一気に油の過剰摂取をしたことからかお腹を壊し、三日目はほとんど食べ物がいらない状態に。そんな中でも家族総出で行かざるを得ない親戚訪問の時間が本当につらかったです。それもあって、行く先々では皆さんの目をごまかすために(食べているふりはしたほうが失礼にならないと感じ)お菓子ばかりつまんでいました(笑)。

【ハリ ラヤの大事な行事、親戚回りとおもてなし】
ハリ ラヤは本来一カ月続くものですが、特に皆がお休みをとって実家などに集まる数日間は、一日のうちの半分くらいは義実家を訪ねてくるお客様を迎えておもてなし(と言っても私は戦力外なのでもてなさないけど)、半日は家族皆であちこちに出かけてご挨拶をして回る、という感じの過ごし方です。
「家族皆であちこちに出かけてご挨拶をして回る」とさらっと書きましたけど、ハムザの姉弟は9人家族で、お義母さんも含めてその家族ほぼ全員(配偶者+子供たち)で何台もの車で出かけますので総勢30名は余裕で超えています。毎回すごい人数での移動ですから、毎回民族大移動の様相です!
義実家にも初日から4日間くらいは親戚やお客様が代わるがわるいらっしゃって。当然いらっしゃる皆さんも大家族。ハムザはちゃんと皆さんとご挨拶をしてお話していましたが、私は全部お会いしていると疲れるとハムザが気遣ってくれて、奥の部屋で昼寝をしたりスマホを見ながらのんびり過ごせる時間も。
ただ、この年は結婚をして初めて夫婦で迎えるハリ ラヤだったこともあってどうしても私のことが話題になることもあり、ハムザが「ご挨拶してほしい」と思った時だけ私を呼びに来ました。その時だけは身支度をしてHijab(ヒジャブ)を巻いて出ていくようにはしていました。
確かにずっと出ずっぱりではかなり疲れそうだったので、いろいろ気遣ってくれたハムザに感謝です。後から聞いたら、お義母さんも私が全部付き合うことは疲れるのではと気にかけてくれていたそうで、優しい人だなと感動しました。
【頑張って過ごしたラマダン月後のハリ ラヤは嬉しい時間】
今まで外側から漠然と見ていたハリ ラヤでしたが、今回初めてフルで断食も経験し、自分なりに頑張ったと思えるラマダン月でした。いろいろ考えたり悩んだりしたラマダン月一カ月を過ごした後のハリ ラヤはこんなにも嬉しく、幸福感があるのだということも知ることができて良い経験ができたと感じています。
もちろん、もっとしっかりラマダン月を過ごしている人からしたら私など何もしていない、できていないラマダン月に映るのかもしれませんが、未熟者なりに頑張り、そしてマレーシア移住という大きな環境変化とも両立をしながら過ごした一カ月でした。苦しい思いもして泣いてしまった日もありましたが、そんな日々を過ごした後のハリ ラヤだったので、今までには感じたことのないハリ ラヤのとらえ方もできて、とても晴れやかな気持ちで過ごすことができました。
とは言え、ラマダン月は本当にしんどくてトラウマレベルの傷を心に残したことも事実。さらにはハリ ラヤも楽しかったかと言われたら、長すぎる親戚回りの時間とか食事の面でのしんどさなど、私にとっては正直苦行にも近い時間であったことも本音で、来年のことを考えると気が重いです。
【最後に】
夫婦になって初めて一緒に過ごした、2019年のハリ ラヤ。いろいろあれど、ここで暮らしていくうえでは大事なイベントで、その時間を共有できたことは本当に幸せでした。
来年以降の過ごし方はもう少しうまく立ち回れるようにしていきたいですが、無理せずできる範囲で、というくらいを今の目標として留めておきたいです(笑)。