日本百観音順打ち巡礼記

旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

【西国第三十二番】繖山 観音正寺

宗派 天台宗単立
本尊 千手千眼観世音菩薩
ご詠歌 あなとうと 導きたまえ観音寺 遠き国より 運ぶ歩みを
521-1331 近江八幡市安土町石寺2
公式サイト http://kannonshoji.or.jp


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安土城址  安土城址



さて、午後1時半の前に、
第三十一番の長命寺を出て、
途中少しだけ、
安土城址に立ち寄りました。






観音正寺駐車場のカローラツーリング  観音正寺



またまた山道を上りまして、
観音正寺駐車場に到着したのは、
午後2時を過ぎていました。
この駐車場からお寺までは、
まだ10分ほど平坦な道を歩く必要があります。



駐車場から参道を歩く  “石垣のようなもの"



コチラは観音城跡でもあります。
道は確かに平坦ですが、
石垣のようなものも多数あります。



平坦な道を進む  石の残骸?
石仏等  鳥居



石材の残骸や石仏等、
なんとも不思議な参道を歩きます。




杉並木  ねずみ岩


この杉並木はいつの時代の植栽だろうか。
ねずみ岩は確かにネズミに見えなくもありません。



別の参道?  参道から下界を眺める



この下からの石段は、
他の方向からの参道なんだろうか。
参道から見える下界が美しいです。



観音正寺入口  鐘楼



いよいよ観音正寺入口です。
鐘堂は国登録有形文化財のようですが、
なぜか四方を閉鎖されておりました。




境内



コチラは推古天皇十三年(605)に、
聖徳太子が訪れて、
自刻の千手観音を祀ったとされていますが、
その話にはは二通りがあります。
一つは、聖徳太子が神崎郡を訪れた際、
葦原の繁る水域に人魚が出現し、
自分は前世は堅田の漁師だったが、
殺生を重ねた業により、
この姿になり苦しんでいる。
願わくば千手観音の像を堂に収めて、
自分の菩提を弔ってもらいたい。
と懇願しました。
こうして聖徳太子はその願いを受けて、
当自ら千手観音像を作って、
本尊としたという説。
後に人魚は成仏して、
骸は浜辺に浮いていると、
聖徳太子の夢枕に報告したので、
回収させてお寺に納めました。
この人魚のミイラと称するものは、
平成五年(1993)に火災で焼失します。
もう一つは、聖徳太子が、
この地を訪れた際に、
天人が繖山の巨岩の上で、
舞っていたのを見て、
その岩を天楽石と名付け、
聖徳太子自ら、
妙見菩薩等の五つの仏を、
そこに刻んだそうです。
次いで聖徳太子は、
天照大神と春日明神のお告げにより、
山上に湧く水で墨をすって、
千手観音を描いたところ、
釈迦如来大日如来が現れて、
霊木で千手観音像を作るよう、
啓示を受けます。
聖徳太子は自ら霊木で、
千手観音像を彫り上げ、
天楽石を奥の院として、
コチラを建立したというものです。



弁財天 大仏
書院  諸堂



参道には弁財天社、
露座・濡れ仏の釈迦如来坐像、
登録有形文化財の書院・書院庭門、
護摩堂、地蔵堂等の諸堂が立ち並びます。



積まれた石



本堂左手の庭園の池の横には、
山の斜面に沿って、
たくさんの石が積み上げられています。



本堂




永禄十一年(1568)、
観音寺城の戦いで、
織田信長に敗北した、
六角義賢・義治父子が、
観音寺城を捨てて、
甲賀郡に退却した際に、
混乱で焼失し、
荒廃してしまったコチラは、
慶長二年(1597)には、
再び山上に堂舎を建てることとなり、
元々の参道を埋めて境内地にし、
慶長十一年(1606)に、
現在庫裏がある場所に、
本堂が再建されました。
明治十三年(1880)に、
本堂が建て替えられることになり、
元々の本堂は、
滋賀県犬上郡甲良町にある、
念称寺に移築されて、
その本堂となりました。
明治十五年(1882)に、
彦根城の欅御殿を貰い受け、
境内に移築されて、
新たな本堂となりました。
しかし平成五年(1993)、
失火によって焼失。
重要文化財の明応六年(1497)の銘の、
秘仏の本尊千手観音立像と、
現在のこの木造入母屋造の本堂は、
平成十六年(2004)の再建です。



本堂内  千手千眼観世音菩薩


新たなこの本尊・千手観音坐像は、
平成十六年(2004)仏師・松本明慶作。
インドから輸入した、
23tもの白檀で作られています。
無傷で火災を逃れた前立本尊は、
新たに秘仏とされて、
三十三年ごとの開帳となりました。
お前立から秘仏本尊って、
異例の大出世だよねぇ。



第32番御朱印



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