日本百観音順打ち巡礼記

旧・元【東京】江戸御府内八十八ヶ所順打ち巡礼記【遍路】

【西国第三十一番】姨綺耶山 長命寺 その二

宗派 単立
本尊 千手十一面聖観世音菩薩三尊一体
ご詠歌 八千年や 柳に長き 命寺 運ぶ歩みの かざしなるらん
523-0808 近江八幡市長命寺町157


姨綺耶山 長命寺 → その一




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長命寺門前



さて、彦根港を11時45分に出発し、
今日もランチはコンビニで簡単に済ませ、
12時50分に長命寺の門前に着きました。
昔の人は竹生島からコチラへは、
そのまま舟で来たようです。
さて、七年前の琵琶湖一周サイクリングで、
この門前そば処・長命庵で昼食後に、
発作的に八百八段の石段を登り、
死にそうな思いをしたのは、
下のリンクの通りです。






長命寺駐車場のカローラツーリング



今日はカローラリングで、
楽々本堂下の駐車場に着きました。



長命寺  7年前に上った石段




下を振り返ると、
七年前に登った、
急な石段が見えます。



聖徳太子礼拝石



門の手前にある、
聖徳太子禮拝石は、
聖徳太子が礼拝した石だそうですが、
どれがその石なのか分かりません。



石段を上る  手水舎
更に上り本堂へ




さて、本堂へと石段を上ります。
途中の手水舎で一息。
更に上がって、
本堂のある平地へ進みます。
コチラは景行天皇の時代に、
武内宿禰がこの地の柳の木に、
「寿命長遠諸願成就」
と、彫り長寿を祈願しました。
その為、武内宿禰は、
三百歳の長命を保ちました。
その後、推古天皇二十七年(619)、
聖徳太子がこの地に赴き、
武内宿禰が祈願した際に彫った、
柳の木の文字を発見したんだとか。
すると白髪の老人が現れ、
その木で仏像を彫って、
この地に安置するよう告げました。
太子は早速十一面観音を彫って安置し、
太子は宿禰の長寿にあやかって、
長命寺と名付けて創建します。
結局、あの禮拝石はよく分かりません。




本堂  本堂”></a>
<a href=本堂  重文・長命寺本堂の案内



本堂は重要文化財で、
大永四年(1524)の再建。
入母屋造檜皮葺き。



本堂内



正面には享保十六年(1731)、
村田与惣兵衛によって制作された、
御前立の千手観音立像が祀られています。
厨子外の向かって左に、
重要文化財毘沙門天立像、
右に不動明王立像が安置。
厨子も堂と同時代の造営で、
重要文化財の附指定となっています。
本尊は聖徳太子の作とされる、
いずれも重要文化財の、
千手十一面聖観世音菩薩三尊一体で、
千手観音、十一面観音、聖観音の三体。
これらの像を安置する厨子は、
前の間と後の間に区分されて、
後の間には地蔵菩薩立像と、
薬師如来立像を安置します。
ここで御朱印を頂戴しました。



第31番御朱印




三仏堂  三仏堂内



本堂のすぐ西側に建つ、
三仏堂も重要文化財
丹塗の入母屋造檜皮葺。
元暦元年(1184)に、
佐々木定綱が建立。
現在の建物は、
永禄年間(1558-1570)再建と推定。
寛政五年(1793)に改造。
堂内には釈迦如来立像、
阿弥陀如来立像、
薬師如来立像の三仏を安置。



護法権現社




三仏堂と護法権現社拝殿は、
重要文化財附の渡廊下で繋がります。
拝殿は永禄年間(1558-1570)の建立で、
本殿は一間社流造で、
江戸時代後期の建立。
武内宿禰を祀ります。



三重塔


本堂の東方の小高い丘に建つ、
三重塔も重要文化財
慶長二年(1597)の再建。




鐘楼


境内西の高い位置にある、
鐘楼も重要文化財で、
慶長十三年(1608)の建立。
入母屋造檜皮葺き重層の袴腰付き。
梵鐘は滋賀県指定有形文化財




長命寺から見える琵琶湖



七年前にも感動しましたが、
長命寺から見る琵琶湖が、
格別に美しいです。



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