宗派 真言宗豊山派
本尊 弁才天
観音堂本尊 千手千眼観世音菩薩
ご詠歌 月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 船に宝を 積むここちして
526-0124 東浅井郡びわ町早崎竹生島1664
公式サイト https://www.chikubushima.jp/
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さて、亀の井ホテル彦根と、
目と鼻の先ですが、
彦根港観光船乗り場に、
カローラツーリングでやって来ました。
西国第三十番・宝厳寺は、
琵琶湖に浮かぶ竹生島にあります。
竹生島に渡る定期船は
琵琶湖汽船今津航路、
琵琶湖汽船長浜航路と、
三航路ありますが、
宿に最も近い彦根港の、
オーミマリンを選びました。
観光船が二艘停泊しています。
9:00発 彦根港→竹生島
11:00発 竹生島→彦根港
の、往復に乗ります。
片道は40分の行程です。
島の滞在時間は80分あります。
この待合室の模型の、
赤備え船直政に乗りたかったんですが、
残念ながら白いKirariになりそう。
彦根港から竹生島の、
びわ湖クルーズのポスターや、
竹生島クルーズのチラシの表裏から、
西国巡礼以外にも、
竹生島は訪れる方は多いようです。
西国札所で御朱印のあて紙として、
何度も頂いておりました、
10%割引券を利用して、
乗船券を購入致しました。
さて、船に乗り込みます。
母は船内一階へ。
ワタシは二階の甲板席へ。
いよいよ出発。
彦根港を離れます。
小さく見える彦根港。
堤防の外に回り込みます。
堤防の外に出て、
スピードが一気に上がります。
一旦一階席に入ると、
船首の旗がはためいていました、
竹生島に徐々に近づきます。
無事、竹生島に上陸しました。
往路乗って来たこの観光船は、
このまま11時の復路を待つようです。
琵琶湖周航の歌の歌碑があります。
竹生島案内図を見て、
80分間のスケジュールを計画。
コチラは奈良時代に、
行基により開創されました。
神亀元年(724)、
聖武天皇の夢枕に、
天照皇大神が立ち、
「江州の湖中に小島がある。
弁才天の聖地であるから、
寺院を建立せよ」
というお告げを受けました。
天皇は行基に勅命を下し、
竹生島を訪れさせて、
浅井姫命を祭神とする、
都久夫須麻神社に、
大弁才天像を祀ります。
行基は翌年の神亀二年(725)、
観音堂の建立を発案し、
その遺志を継いだ、
近江国浅井郡の大領が、
千手観音像を安置しました。
明治の神仏分離まで、
宝厳寺と都久夫須麻神社は一体でした。
拝観券を購入して、
いよいよ宝厳寺境内へ。
まずは急な石段を上り、
ほぼ一番上にある、
日本三弁天、
弁財天がご本尊の、
法厳寺本堂(弁財天堂)を目指します。
護摩堂、鐘楼に特に説明はありません。
さすが竹生島だけに、
確かに竹が生えております。
本堂(弁才天堂)に到着しました。
寺内最大の建物ですが、
昭和十七年(1942)に平安様式の新築。
本尊の大弁才天像を祀ります。
まだ観音様にお参りしておりませんが、
納経所はこの弁才天堂の前にあります。
納経所の向かいには、
不動明王立像と竹生島流棒術発祥之地碑、
重要文化財の鎌倉時代後期の五重石塔。
コチラは他の札所にもよくあった、
西国三十三ヶ所観世音奉安殿。
更に石段を上りまして、
三重塔とモチの木前に出ました。
三重塔は平成十二年の再建。
モチの木は慶長七年(1602)に、
片桐且元が植えたものと伝わります。
宝物殿はなかなかの収容品ですが、
残念ながら撮影禁止。
建物は昭和五十二年(1977)の建築。
さて、西国第三十番の、
観音堂を目指しましょう。
観音堂と一体化している唐門は国宝で、
慶長七年(1602)に豊臣秀頼によって、
豊国廟の唐門(極楽門)を移築したもの。
元々は大坂城極楽橋の唐破風造の部分で、
現存する豊臣期大坂城の、
唯一の遺構といわれています。
唐門とつながる観音堂は、
重要文化財で入母屋造檜皮葺き。
コチラもやはり、
慶長七年(1602)に豊臣秀頼によって、
豊国廟から移築したものだそうです。
鎌倉時代作の本尊・千手観音立像は、
六十年に一度開扉される秘仏。
渡廊・舟廊下も重要文化財で、
観音堂と都久夫須麻神社本殿結びます。
コチラも慶長七年(1602)に、
豊臣秀頼によって、
豊国廟から移築したもの。
舟廊下の通称は、
秀吉の御座船・日本丸の、
船櫓の材を用いたという、
伝承に由来します。
都久夫須麻神社本殿は国宝で、
伏見城にあった勅使殿、
日暮御殿一部を、
豊臣秀頼が寄進した説と、
豊国廟からの移築の説があります。
元々あったものとそれらの、
建立年代の異なる建物を、
合体したという説もあります。
改めて観音堂と都久夫須麻神社を結ぶ、
舟廊下を外から見学致しました。
都久夫須麻神社本殿と、
向かい合った建っているのが、
八大竜王拝所です。
波打ち際に鳥居が建っており、
宮崎鳥居と呼ばれています。
この鳥居に向けて、
かわらけ投げが行われていて、
見事鳥居をくぐれば、
願いが叶うといわれています。
鳥居の周りには、
大量のかわらけが堆積してます。
さて、そろそろ時間なので、
観光船乗り場に戻りましょう。
待ったいた観光船に乗り込み、
無事、出航です。
往路では気がつきませんでしたが、
この船、Kirariは、
昭和五十七年(1982)製なんだな。
海水じゃないから長持ちするんだな。
なんとエアコンも後付けのようです。
43歳のKirariさんは、
順調に彦根港に向けて進みます。
彦根港に無事帰還。
小さな船旅は朝9時に出発して、
午前11時40分に戻りました。
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