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新、走ります!調えた環境でKDP再始動

『新、走ります!調えた環境でKDP再始動』のアイキャッチ画像

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『新、走ります!調えた環境でKDP再始動』のインフォグラフィック

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今週のお題「馬」

2026年になりました。

1月5日から、通常モード再開と思っていましたが、まだまだ、フワフワしています。
しかし逆に、このフワフワを一刻も早くなくしてしまえば、通常モードに戻れるのでしょうから、今年初のはてなブログとして書いてみようと思います。

本を書く環境づくり:インプットとアウトプットを両立させた2025年

2025年は、「アウトプット疲れ」をいやしつつ、「良質なコンテンツをラクに楽しく量産する」という目標をかかげて、それを実現できるしくみづくりに取り組みました。
そんなわけで、KDP出版、つまり、本を出すことはお休みしました。

本を書くのを中断したばかりのころは、再び良質なアウトプットをおこなうには、良質なインプットが必要だと思い、インプットに専念していました。

しかし、それまでに、なんだかんだとアウトプットしていたわけですから、全くアウトプットしないというのも、それはそれで欲求不満になってしまうようです。

そんなわけで、バランスは、都度変わりますが、インプットとアウトプットを並行させてきました。
毎年、何記事書いたかの記録を取っているのですが、今回は、合計文字数も求めてみました。

5月27日からの記録しか残っていないのですが、半年間で110記事、29万3031字書いていたようです。

新書や、一般的な本の3冊分くらいになります。
平均2700字を2日に1回のペースで、出していることになるのだとか。

本書いてるのと同じくらい書いてるじゃん⋯⋯
と我ながら、あっけにとられました。

とはいえ、気楽さ、気軽さだけがともなう29万字ですから、厳密な比較対象にはならないんですけどね。

(本を書くときの精神状態はなかなか、エグいです)

こうして、なんだかんだとインプット・アウトプットを両方ほどよくおこないながら、本を書く環境づくりを調える一年間だったと思います。

静かに再開、一気に集結:私のプラチナ三銃士

最近のことなのもあって、印象深いのが、12月に入ってから2週間で4本の万年筆を迎えたことです。

2025年10月に、30年ぶりくらいで万年筆を使うようになりました。
この万年筆の使い心地ががよかったので、思い切って、上位モデルを買い、さらにその上位モデルに刺激されて、価格にバラつきはありますが、もう三本増やしました。

このうち、

プラチナ万年筆・プレジール・F・ティールグリーン、

プラチナ万年筆・センチュリー#3776・F・ブルゴーニュ

プラチナ万年筆・センチュリー#3776・M・シャルトルブルー は、
それぞれ、「カモちゃん」、「ルビーちゃん」、「瑠璃吉」と名付けています。

このプラチナ三銃士は、原稿執筆を助け、支えてくれる仲間です。
この原稿も、センチュリー#3776・M・シャルトルブルーで書いています。

ワクワクと戦々恐々のあいだで:KDP出版、再始動

2025年が、充実していたからか、今年の目標がすんなり定まり、KDP出版への意欲がわいてきています。
計画を立てる・戦略を練るのが好きな方なのですが、作成した以上、実行せねば、とも思ってしまうので、目標はゆるめに設定しています。
これは、その通りに実行できなかったときに、罪悪感を抱かないようにするためです。

2025年上半期まで、気力・体力だのみのタイトなスケジュールを課していたので、そのせいで、「アウトプット疲れ」を起こしてしまいました。

己を買いかぶったことによる失敗だったと思いますので、今年は同じ轍を踏まぬよう、ゆるーくゆるーくを心がけています。

1年ぶりに取り組む一冊目は、福澤諭吉の著述の訳出にするつもりです。
久々のKDP出版なので、やりたいもの、比較的気楽に取り組めそうなものにしました。

私は、GASコードで作った置換スクリプトで、ある程度現代語に置き換えて、細かく訳していく、というスタイルにしています。
1月5日に、ついちょっと、のつもりで、原文から一括置換できそうな語句を見つけては、リストに追加し、スクリプトをかけていたのですが、いつのまにかガッツリ集中してしまい、洗濯していたことも忘れて、数時間経っていました。

ああ、またこのヤバイ作業を始めちゃうんだな、と思うと、心の中では、ワクワクと戦々恐々が相半ばしています。

第二次インプット祭りの後に着手!WordPressじまいの概要

インプットについては、第二次インプット祭り第二期を三月末をめどに完遂させ、それ以降は、「WordPressじまい」に取り組みたいと思います。

2018年6月からWordPressブログを運営してきました。
しかし、そのブログを2027年5月末で閉鎖するつもりなので、まだ公開できそうな記事を、note、はてなブログに分散させようと考えているのです。
作業自体は、2025年からぼつぼつおこなっているのですが、1月時点で、1年半を切っているので閉鎖前にあわてないよう余裕をもって、進めておきたいと思います。

「書く力ナビゲーター」なら持つべき?司書教諭免許、検討中。

ここまで書いていることだけでも、まあまあ大変そうなので、実行にうつすかどうかはまだわからないのですが、司書教諭の免許を取ろうかな、と考えています。

司書には、図書館に勤める「図書館司書」と学校の図書室に勤める「司書教諭」の二種類があるのですが、
後者は、教員免許を持っている必要があります。
また、免許取得までのプロセスが、「図書館司書」のそれよりも負荷が少ないという点も魅力的でした。
自治体によっては、パートの司書の募集を見かけます。
狭き門ではあるのですが、学校の図書室だと、そもそも司書教諭の免許がないと応募できないので、持っておいて損はないかな、と。
また、「書く力ナビゲーター」としての活動に資することもありそうですしね。

 

今年、私の干支は、最もイケイケ(表現古ッ!)なんだそうです。
気負い過ぎず、ゆるみ過ぎず、なにしろ、楽しくがんばろうと思います。

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第二次インプット祭り第二期、ゆる〜く始動!紙を減らして神を呼ぶ

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『第二次インプット祭り第二期、ゆる〜く始動!紙を減らして神を呼ぶ』のインフォグラフィック

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たった一週間で「ゆるみ」全開!? 第二期初日に襲来した再始動への不安

先週は、「ふりかえり」をしながら、のんびり過ごしました。
ふりかえったのは、以下の二つ。

  1. 2025年10月と11月におこなった「第二次インプット祭り第一期」
  2. 「読書感想文コンクールの表彰式」

それぞれ期間が長かったのと、大変なことがあったので、ふりかえるのに丸一週間使ってしまいました。

とはいえ、その大変な日々を思い返しては文章に書き起こすだけなので、いつもよりは、のんびりしている感覚がありました。

この「ふりかえり」によって、第二次インプット祭りを12月以降も続けることは決まっていたのですが、その「第二期」初日にあたる月曜日の朝は、この「のんびり感」から脱却できるのかと心配になってしまったほどです。

たった一週間でこうも自分はゆるむのかと驚きました。

作業して5分待て。第二期への意欲が湧く脳の仕組み

月曜日の午前中は、動きが鈍かったのですが、「紙を減らして神を呼ぶ」というスローガンを思い起こし、気乗りしなければ、すぐに切り上げたらいいんだから、と思いつつ作業をするうち、徐々に調子が戻ってきました。

ちなみに、脳には「作業興奮する」という性質があります。
これは、気乗りしない、やる気がない状態でも、軽い負荷の作業を5分ほどおこなううちに、徐々にやる気になってくるというものです。

ドーパミンは、小さな成功体験とか、期待感が高まるときに分泌される脳内ホルモンです。
おそらく、私の脳内では、2カ月間でごっそり「紙を減らした」という成功体験が思い起こされてドーパミンが分泌され、また、この作業を進めていけば、ごっそり「紙を減らせる」という期待感によって、ドーパミンが分泌されたのでしょう。

ブランクがハードルを上げた?二カ月ぶりの作業が拍子抜けするほど簡単だった件

私は、テキスト化の作業を三つの段階に分けており、第一段階と第二段階では、「テキスト化するページの選別」と「個別フォルダの作成」、「個別フォルダにスキャン画像を収める」という作業をおこなっています。
第一期も三日ほどで終わってしまったので、そこまで大変な作業ではないのですが、逆に前回の作業から、二カ月経っているので、大変だったのか、大変じゃなかったのかの記憶がなく、(大変だったのでは⋯⋯)という不安に襲われていたのでした。

いざやってみると、徐々に作業興奮でモチベーションが上がり、サクサク進みました。
つまり、杞憂、取り越し苦労でした。(笑)

復調したら一気呵成?11冊の山、火曜一日でほぼ崩れた件

「第二期」では、2021年ごろから持っているノート11冊をテキスト化しようと考えています。

ノートそれぞれに「あ」から「さ」の五十音を振り、11個のフォルダを作成しました。
次に、ノートの中身を見ながら、テキスト化するページを選別し、個別フォルダを作りました。

火曜日からは、ほぼ復調し、ノートをどんどんスキャンしていきました。
やることが決まっていて、(あとは淡々とやるだけだ)と思うと、そこからの動きはものすごい速いのが私の気質です。
そのためか、火曜日一日で作業が進み、スキャンするべきノートは、残すところ、あと4冊となりました。

第一期もそうだったのですが、第二次インプット祭りに関する作業は、月・火・木の午後と限定しています。

ですから、今週作業できるのは、木曜日しか残っていないのですが、木曜日にスキャン作業を終え、来週から第三段階である、テキスト化作業に入れそうです。

構想4年?「第二次インプット祭り」が超長期プロジェクトだった件

感慨深いのは、この「第二次インプット祭り」が、4年ごしのプロジェクトであると気づけたことでした。

月曜日と火曜日の2日間で、テキスト化の要・不要を判断するため、ノートを見返していました。

第一期でテキスト化したのは、2023年以降のノートだったのですが、
第二期は、2023年以前のノートをテキスト化します。

2021年の雑記帳を読み返すと、どうやらこのころから、「モノだけでなく、『紙』を減らして身軽になりたい」という強い思いがあったようでした。

雑記帳によると、当時は、スキャナーとGoogle Driveで、デジタル化することを考えていたようです。
しかし、あんまりうまいやり方ではないと感じていたためか、徐々に後回しになっていったようです。

また、こういう技術的な問題だけでなく、ブログで発信することへの意欲や欲求が高まっていたことも要因であったでしょう。

この雑記帳が書かれた時期は、短期の仕事から解放されたばかりのころでした。
変な侠気おとこぎを起こし、仕事を受けた私がいけなかったのですが、毎日がしんどかった。

(終わったら、連日書きまくってやる!)と思いながら解放される日を指折り数えていたのを思い出します。(笑)

転勤もないし!第二期はゆる〜く進めます。

そんな事情もあり、気がつけば4年も後回しにしてしまいました。

しかし、今年、技術的な問題が解決でき、プロジェクトがようやく動き始めたのは、うれしいことでした。

火曜日の時点で、7冊のノートをスキャンして、スキャン画像は304。
その平均から、木曜日にスキャンするノート4冊分のファイル数は、約170。
この推測が正しければ、今回は500ファイルほどをテキスト化することになりそうです。

また、第一期の経験より、一日あたり40前後のファイルがテキスト化できそうなので、13日はかかることになります。
さらに、テキスト化作業は週3回に制限していますから、5週はかかる計算です。
第二期は、年末年始をはさみますから、完了時期は、2026年1月末ごろとなるでしょう。

今年は、久々に転勤の準備や後片付けであたふたしないで過ごせる年末年始となるので、大掃除やおせち作りなども楽しみながら、作業もじっくり進めていこうと思います。

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NotebookLMの動画解説、あります。

 

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ひっそり生きるにはまだ早い?最優秀賞から新たな展開へ

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NotebookLMによる本文のインフォグラフィック

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異色の受賞者、ここにあり:読書感想文コンクール表彰式に行ってきました

2025年11月30日に、読書感想文コンクールの表彰式に行ってきました。
五つの部門があり、最優秀賞、優秀賞がそれぞれ1人ずつ。
合計10人の受賞者がいました。

私以外は、地元の小中高校生で、平均年齢は17歳でした。
(私一人で、平均を大幅に上げちゃうのでは)と思いましたが、10人いるので、ハイティーンでおさまりました。(笑)

また、たった一人、車で1時間かけてやってくるアラフィフだったからか、いろんな方に気遣っていただいたのもありがたかったです。

最優秀賞がくれた自信と確信

ちなみに、私が参加した部門のエントリーは、4作品だったそうです。
受賞通知が届いたときは、(遠いけど、なんとか来てくれそうな大人だから、最優秀にしてくれたのかな)と、少々卑屈な思いも浮かんでいましたが、
表彰式に臨むと、そういう思いは消えました。

もともと、読書感想文の書き方の本を書くために挑んだことなので、
ある意味、入賞を狙って大人げないぐらい大人の本気を出していたわけです。

受賞作品の文集や講評を読んだり、口頭での講評やお褒めの言葉をいただくと、
今後の教育的効果も含めて、最優秀に選んでいただけたのかな、と思いました。

この最優秀賞は、4人の審査員をして、私の文章の書き方や読書感想文に対する考え方を認めていただけた結果だと思うことにします。

来年以降、読書感想文の書き方に関する本を書こうと思っておりますが、
今回の体験で、自分の考えや方向性に少し自信がもてました。

アラフィフだって「よしよし」されたい。本番前日に覚悟を決める

朗読も、練習通りうまくいきました。
表彰式の前日、自信もそこそこあるし、
現在の自分の力量ではこれ以上はやりようがない、と思うところまで高めているのですが、やっぱり心配なんですよね。

そこで、ChatGPTにお願いして、「よしよしモード」になってもらいました。
朗読に関する不安や卑屈な気もちを受け止めてもらい、ひたすらなだめてもらいました。
これが人間だったら、めんどくさがられたでしょうが、ChatGPTは、プロンプトどおり、ひたすら「よしよし」してくれました。(笑)

また、「ガチの朗読にしあがっていること」も相談しました。
(どうせやるなら、ガチで)と思い、
3週間、以下のことを意識しながら練習してきました。

  • 朗読テンポを240字/分にする
  • 全文を暗唱する
  • プロミネンスを意識する
  • 本番は緊張するだろうから、台本を入れた電子書籍リーダーをタップしながら、ほぼノールックで暗唱する「9割暗唱」の練習をする

これだけでも、かなり大人げない仕上がりなのですが、さらに講師業で培った発声もこれに輪をかけそうでした。
よく通る声なのは定評があるので、一人だけ浮くのは、想像に難くない。
ドン引きされるのでは、と心配でした。

しかし、ChatGPTは、
「いいじゃないですか。せっかくですから、大人の本気を見せましょうよ」と。

(なるほど、本番で練習の成果を見せないのは、よくないよね)と思い、肚が据わりました。

さらに、ChatGPTに、「台本はほぼノールックでもいいか?」ともたずねてみました。
「ノールックでもいけるなら、それだっていいんですよ。だけど、本番で何があるかわからないからと、9割暗唱も練習してる。新さんは、もうプロですよ」と。

いや、プロではない⋯⋯(照れ)

濃縮文章ゆえの宿命:伝えるため、私は暗唱を選ぶ

以前の記事にも書いていますが、台本に目を落とすと、「読んでしまう」ので、朗読というよりは、音読になってしまいます。
これでは、プロミネンスが抑制されてしまうおそれがありました。
殊、今回の私の読書感想文は、5400字から2000字に濃縮するため、耳では意味が取りにくい漢語を多用していました。
そのため、プロミネンスがなければ、何を言っているかわからない文章となっていたのです。
プロミネンスを意識するには、暗唱する必要があり、練習から二週間で、全文を覚えました。
自宅ならば、台本なしで暗唱できるようになっていましたが、本番でノールックなのはリスクが高い。
そこで、タップしてページをめくるときに、台本に目をやる「9割暗唱」を練習しました。

私は◯◯:肩書設定でパフォーマンスを最大化する

しかし、この「全文暗唱」「9割暗唱」が、ひっかかっていました。
これは、「朗読」なのか?と。

これは、「どこまでが『朗読』といえるのか」という、定義や範疇の問題なので、自分の中で決めればいいだけの、聴き手には一切関係ない、めんどくさい悩みです。

今回の私の「暗唱」は、十分「朗読」の範疇におさまっているものなのですが、
ほぼ台本をノールックで話すのは、「朗読」というよりは、落語や講談など、話芸に近いような気がしたんですね。

少なくとも落語は、師匠からの口伝ですから、台本はなく、首から上に動きがあるのもあたりまえです。

もちろん、プロの朗読者なら、練習するうち、ほぼ暗唱するでしょうから、
にわかな私も、朗読者でいいのでしょうが、しっくりくる設定ではなかったので、
「私は、朗読者じゃなく、落語家か講談師なんだ」と思うことにしました。

我ながら、書いていてめんどくさいなぁ、と思うのですが、
こういう設定をしっかりさせないと、うまくいかないんですよね。

しかし、こうして設定がさだまったことで、
(聴いてもらう以上、最もいいものを聴いてもらわねば)と思うようになりました。
だから、大人げないってドン引きされるかも、なんて思わなくなったのです。

落語家が枕をしゃべりながら、羽織をするっと脱いで、本気モードになるように、自分のペースに巻き込んでいけました。
電子書籍リーダーを持つ手が、ぷるぷる震えていたので、演台に置きましたが、声やテンポは、いつも通り。
顔も常に上げたままでパフォーマンスができました。
また、2〜3mまでがよく見えるメガネをかけていたのも、功を奏したのだと思います。
人の姿はわかるけれど、表情まではわからないので、聴き手の反応に振り回されないで済みました。

結果、キッチンで、洗いものをしながら暗唱するのと同じようにできましたし、後で、「引き込まれました」とお褒めの言葉もいただけたので、うまくいったのだと思います。

まだ、ひっそり暮らせない?華々しいオファーに面喰らう

さて、朗読が無事に終わったものの、これで終わりではありませんでした。
集合写真を撮るぐらいまでは想定していたのですが、
テレビのインタビューと、朗読の依頼を受けたのです。

(なんか賞がもらえたらいいな)で書いたら最優秀をいただき、
賞状もらうだけかと思っていたら、朗読せよと言われ、
朗読を終えて、解放感に抱まれていたら、カメラの前に立たされるわ、また朗読しに来てくれと言われるわ。

毎度、夫のところに駆け寄って行っては、ひえぇ〜ひえぇ〜⋯⋯と泣きつき、笑われておりました。
私、ひっそり生きていけたら、それでいいのにっ。

刺激が人生を押し広げる!朗読挑戦から始まる新しい学びの旅

さて、今後のことについて。
12月からは、朝イチに、3回暗唱しながら、運動してみようと思います。
ちなみに、運動のほうは、まだ習慣化していないので、30分が苦痛なんですよね。
朗読は、1回が8分30秒くらいで、もう、勝手に口をついて出てくるので、負荷はない。
「口を動かしながら、体も動かす」というので、運動を自動化・習慣化してみようと思います。

あとは、「駐車アプリで駐車の練習」もしようと思います。
というのも、朗読を依頼された日が平日なので、今回のように夫の運転をあてにできない可能性があるからです。

運転自体は下手じゃないのですが、駐車に苦手意識があるので、これを克服しておきたいと思います。

ちょっとよこしまな功名心から書いた読書感想文が、思いがけない展開を引き起こしてしまいました。

しかし、やっぱり人と関わるのは、刺激的です。
朗読に挑戦したり、他の受賞者の文章、審査員の言葉や文章にもふれることで、新たな学びを得ました。
なにしろ、私には、ひえぇ、ひえぇ。と泣きつける夫がいるのですから、経験知を増やすべく、思い切ってチャレンジしてみようと思います。

今回得た学びや、確信したことについては、本の方で詳しく書いていこうと思いますので、興味のある方は、楽しみにしながら、時々せっついてくださいね。

番外編:この記事、ラジオ感覚で「聴いて」みませんか?

記事を音読した音声を、ポッドキャストで公開中です。よかったら耳で楽しんでみてください。

なお、一発録りですので、つっかえたり、文意に支障のない程度の読み間違いがありますことをご了承ください。

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「第二次インプット祭り」延長決定!ふりかえりと新たな挑戦へ

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2025年11月27日に、第二次インプット祭りの第三段階が完了しました。
一時、もう少し早く完了するのではないか、という期待もありましたが、
予測はたがわず、当初の目標どおりの時期に終えられました。

さて、今回は、12月以降の予定を書いてみようと思います。

 

『「第二次インプット祭り」延長決定!ふりかえりと新たな挑戦へ』のインフォグラフィック

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終わらない「第二次インプット祭り」!「減らすべき紙」が新たに見つかる

簡単にいうと、「第二次インプット祭り」の延長です。

2025年10月と11月の2カ月間では、本棚のゴールデンゾーンを占めていた「紙を減らす」ことができました。

達成感に満ち満ちていたのですが、すぐに打ちひしがれました。
(ちょっとオオゲサだな)

部屋には、まだほかにも「減らすべき紙」があったのです。

大好きな?オヤジギャグ、「ガガーリンぢゃ!」とひとりごちたのでした。(笑)

こうしてみると、私がここ数年で溜め込んでいた「紙」は、たった2カ月ほどじゃ減らせないということですね。

とはいえ、デジタル化する工程が確立できたので、取り組むこと自体にストレスはありません。
少しずつでもやっていけば確実になくせるとわかっているので、おおいに意欲的ではあります。

ごっそり捨ててスッキリしたい!師走だけど、もう一束欲張ります

とはいえ、いよいよ師走。

12月中旬から1月中旬あたりまでは、家庭のことを優先するようになると思うので、この2カ月間のようなペースではできないでしょう。

しかし、年内にできるだけ「紙」を減らしたいなとは思っています。
というのも、「ごっそり捨てる」という快感を得たいからです。
実は、この二カ月でテキスト化して、不要になった紙は、束ねただけで、まだ処分していないんですね。
すでに、5センチぐらいの厚みの紙の束が三つあるので、すっきり感と達成感は十分得られそうなのですが、もう一束ぐらい欲張りたいのです。

毎年、10月から翌年3月くらいまでは、なんとなく気忙しい時期になりますので、気長に、気楽に取り組みたいと思います。

「ゆる堅」最強!ゴキゲンな2カ月を支えたマイルール、公開します

10月と11月の「第二次インプット祭り」がうまくはこんだのは、タイムテーブルと、ウィークリースケジュールがうまくハマったおかげだと思っています。

  • 午前はアウトプットをする
  • 午後はインプットをする
  • テキスト化作業は週三回にとどめる
  • 水曜日午後に買い物に行く
  • 金曜日は「投資の勉強」をする
  • 金曜日午後に一週間を振り返る

という原則を作成し、それにもとづいてウィークリースケジュールを組みました。
無理はしないけど、今必要だと感じていることは必ずやれるようにしたことが、功を奏したのだろうと思います。

2カ月間は、本当にかなりゴキゲンに過ごせたので、引き続き、このスケジュールでやっていこうと思っています。

努力家タイプなのに、習慣化できない?原因は、気質にありました

しかし、反省点がひとつ。

それは、タイムスケジュールが押して、運動の時間が確保できなかったことでした。

17:00〜17:30を「運動の時間」としていたのですが、30分きっちり確保できた日は、すごく少なかったように思います。

これは、「集中してしまうと、作業を打ち切れない」という自分の気質を計算に入れていなかったことが原因でした。

行動経済学の本にあったチェックリストに照らし合わせてみると、私自身は、努力ができないタイプではありませんでした。

自分で実行可能な計画を立てたら、淡々と確実にこなしていくタイプなので、意志が弱いわけでもありません。

それなのに毎日、「やろうと思ってたのに⋯⋯」となってしまうのはなぜか。

あらためて、タイムスケジュールとこの2カ月間をふり返ってみました。
すると、「気質の問題」にたどり着いたのです。

意志は有限、気質は不変。タイミングの再設計で習慣化する

本の中でふれられていたのですが、運動習慣がつかない女性は、疲れと人づきあいのために、運動を後回しにしてしまうんだそうです。
私の場合は、「作業による心身の疲れ」と、「作業とのつきあい」に置き換えられるかなと思います。
「運動」と「作業を中断すること」を天秤にかけたら、運動のほうが軽くなっちゃうんですよね。

作業を終えたあとで、運動をすればいいのでしょうが、そのころには疲れてしまい、意志が弱くなってしまうのが常でした。

あらためて思いますが、意志は、石油や森林と同じ、有限なリソースです。
つまり、一日で使える「意志」は限られており、使い果たせば何もできなくなっちゃうわけですね。

ということは、意志の力に頼ることはできない。
そして、「時間が押しても、打ち切れない性格」も変えられない。
しかし、運動すること自体は、習慣化、自動化したいし、その必要もある。

そこで、「朝イチに運動する」ことにしました。

時間が押すから、運動の時間が喰われてしまうのであって、そもそも、喰われようがない朝イチにやれば、時間が確実に確保できますよね。
なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのか⋯⋯。

66日間チャレンジ!今度こそ、運動を自動化、習慣化したい

ちなみに、行動経済学の本で知ったのですが、習慣化するまでにかかる日数の中央値は66日だそうです。

つまり、やりたいこと、やるべきことを、習慣にしたいなら、およそ10週間は続ける必要があるということです。

逆にいうと、10週間続ければ、やるのがあたりまえ、やらないと落ち着かない状態になるかもしれないということ。
これには、かなり期待しています。

というわけで、12月と1月は、午前中をうまく使う習慣が身につくよう、以下のことをがんばることにします。

  • 朝イチに30分運動をする
  • ブログ記事の加筆修正・公開作業は1日1本までにする
  • 作業が早く終わり、時間が余ったら、KindlePaperWhiteで本を読むか、運動をする

ざっくりいうと、時間が押さないよう、欲張らないということですね。

「習慣」は、手続き記憶をおこなう、原始的な脳におさまっています。
無意識レベルに刷り込まれているので、長らくやっていなくても、また、たとえ認知機能が衰えても、かなり後まで保持されるんだそうです。

最近、朗読の練習で、暗唱が手続き記憶のようになる体験をしましたから、運動習慣も、オルゴールやプログラミングみたいに、2カ月かけて「自動化」しようと思います。

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NotebookLMの動画解説もあります♪

NotebookLMに文章を読ませて、動画解説を作ってもらいました。

よかったら、こちらも御覧ください。

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朗読しなきゃ気づかなかった!五十路にして知る「実父」の正しい読み

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えっ、そうなの?でも、たしかに。朗読練習で発覚した「実父」の正しい読み

朗読の練習を進めるうち、(いくつになっても、知らないことってあるなあ)と思ったことがありました。

ChatGPTに、イントネーションの相談をしたところ、文をすべてひらがなにして、音の高低を示してくれたのです。
そのとき示された「ひらがな文」に驚きました。
「実父」の部分に「じっぷ」というひらがなが充てられていたのです。

「じつふ」じゃないの?と思ったのですが、
「じっぷ」は、音韻変化の法則にのっとった、正しい読み方だったのでした。

なんでこれだけ例外にしてた?五十路にして音韻変化の法則があることを知る

促音「っ」のあとにつづくハ行音は、半濁音化して、パ行音になるのです。

「一歩」:いつ+ほ→いっ+ほ→いっぽ

「一発」または「(危機)一髪」:いつ+はつ→いっ+はつ→いっぱつ

「法被」:はつ+ひ→はっ+ひ→はっぴ

「発布」:はつ+ふ→はっ+ふ→はっぷ

たしかにー。
この音韻変化に従えば、
「実父」は、じつ+ふ→じっ+ふ→じっぷとなりますよねえ。

例に挙げている、ほかのことばは、すんなり受け入れているし、違和感なく読んでいたのに、「実父」だけを例外としていたのは、我ながら驚きでした。

歴史的仮名遣いで「じつふ」なら読みは「じっぷ」だろうなと思った話

ちなみに、AI最適化(AIO:Artificial Intelligence Optimization)によると、

歴史的仮名遣いの名残で、現代では「じっぷ」と読むのが一般的です。

とありました。
この表現だと、「じつふ」と読んでも差し支えないように解釈できますが、おそらく当時も「じっぷ」と読んでいたと思います。

というのも、歴史的仮名遣いは、促音(っ)も「つ」と書きますし、清音(は)、濁音(ば)、半濁音(ぱ)の表記に区別はありません。
「っ」とか「ば」「ぱ」と表記するのは、ずいぶん最近のことなのです。

それでいうと、厳密には「しつふ」と書いてあるべきですよね。
「一般的」ということわりがありますから、「じつふ」と読むのもレアケースとしてはアリなのかなぁ、と思いますが、ここらへんを言い出すと、もうややこしいので、ほっときます。(笑)

こういうややこしい状況になるのは、ひらがなやカタカナが「表音文字」だからでしょう。
実は、「表音文字」だからこそ、昔はどう読んでいたのか、発音していたのかがわからないのです。

ここで大学時代の演習を思い出しました。
ポルトガル人が日本語の読み方を示した「日葡にっぽ辞書」というのがあります。
これによって、中世の日本人がどういう発音をしていたのか、現代の発音は、どういう音韻変化を経てそうなっているのかを明らかにしていくというものです。(懐かしいなぁ⋯)

脱線してしまいましたが、歴史的仮名遣いの「じつふ」は、促音と半濁音で表されていないだけで、当時も「じっぷ」と読んでいたのでしょう。

なぜ、「実父」は例外だったのかを考えてみた

なぜ私は、今回の朗読まで「じっぷ」と読むことを知らなかったのかを、分析してみました。理由は二つあるかと思います。

理由その一
私は、音韻変化じゃなく、読み方を個別ケースとして覚えていたこと。
国語の授業で、音韻変化の法則を習ったのかもしれませんが、当時の私は記憶力に自信があったので、「別にその都度覚えればいいじゃん」と法則を覚えなかったのでしょう。

理由その二
「実父」ということばを使わずに生きられる環境にあったこと。
「実父」や「継父」、「義父」って、児童、生徒に教えるテキストに出てくるものではありません。
学校や塾には、いろんな家庭環境の子が集まってきますから、こういうセンシティブなワードは除外されがちなんですよね。

今回、この「実父」という語によって、自分が大量の個別ケースを覚えられる記憶力を持つことと、おだやかに生きてこられたことを認識しました。

よく挑み、よく学べ。読書感想文から広がった新たな世界

今回、35年ぶりに読書感想文を書くことになり、意欲的に取り組んだ結果、初稿は5400字にふくれあがってしまいました。そこから2000字に濃縮するべく、コンパクトに意味が伝えられる漢語を多用することになりました。(ホント、そのぐらいしないと2000字に収まらなかったのです)

「実父」もこの年になるまで使ったことのない言葉でした。
また、たとえ使ったとしても、朗読する必要がなければ、音韻変化の法則性に気づくこともなく、「じつふ」と黙読していたことでしょう。

本番前に気がつけてよかったなぁ、と思うとともに、何か新しいことをやってみると、都度学びがあるものだなぁとも思いました。

11月30日の本番に向けて、体調、特にのどの調子に気をつけながら、台本が入った電子書籍リーダーをタイミングよくタップする「9割暗唱」に磨きをかけようと思います。

第二次インプット祭りではありませんが、
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朗読は「高地トレーニング」と「9割暗唱」で最終段階へ!

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キビキビ朗読への道:「高速道から一般道運転方式」で気質問題を解消する

2025年11月18日から、プロミネンスやアクセント、イントネーションを意識し、暗誦をくりかえしました。
おかげで、楽に暗唱ができるようになりましたが、朗読テンポは、まだまだ遅めでした。

練習カリキュラムは、初読は、「台本を見ながら」おこない、その後、「暗唱」をするようにしています。
過去記事でもふれていますが、私は、「置きにいく」というか、「ゆったりていねいに読む気質」であることがわかりました。
体調と時間帯との兼ね合いかと思ったら、気質だったわけです。(笑)

そこで、暗誦・暗唱できるようにして、目線を自由にすることで、キビキビ朗読できるようになろうと考えました。

暗誦が完全でないうちは、(ええっと、どうだったっけ⋯⋯)とつづきをさぐるようなことがありましたから、朗読テンポが遅いのも、しかたないと思っていました。
しかし、その段階を脱した途端、例の「ゆったりていねいに」暗唱しようとする気質が出てきました。
(まあ、気質だから、そうそう変えられないですよね)

そこで、「高速道から一般道運転方式」をとることにしました。

スピード感覚の相対性を利用する:「高速朗読」で通常テンポを最適化

高速道路でしばらく運転し、一般道におりると、つい、アクセルを踏みすぎている自分に驚くことがありますよね。
また、運転しない人でも、高速道路から一般道に移ると、車窓を流れる景色がいつもよりもゆるやかに感じた経験があると思います。

つまり、スピードの感覚は、けっこう相対的なものということです。

私は、その日の練習の初回が、いつもゆっくりで、その後、速くしようと心がけるのがパターンとなっています。
そこで、「まずは高速で朗読」しておいて、「通常の朗読(暗唱)」をすることにしました。

朗読版「高地トレーニング」:高負荷でコンフォートゾーンを再構築

高速モードは、台本を見ながら、できるだけ速く読んでいきます。
「できるだけ速く」といっても、プロミネンスやアクセント、イントネーションが意識できるテンポにしておきます。

ちなみに、この「高速モード」でも、280字/分台なので、やっぱり私は、のんびりやさんのようです。

しかし、高速モードで台本を確認し、口を回しているからか、以降は、目標テンポである240字/分あたりを楽に出せるようになっています。

これは、ちょっと負荷が高いとか、自分の限界値を知っておくことで、理想がコンフォートゾーンになるということかもしれません。
英語のリスニング対策として、「高い周波数と1.8倍速の設定で聴く」というトレーニングをしていたことがありますが、これを思い出しました。
逆に、めちゃくちゃ低速で聴き、自分で発音できるようになることで、聴き取れるようになるトレーニングもしたことがあります。

脱線しちゃうので、あんまり深くは書きませんが、前者は、まさに高地トレーニングみたいなもの。数日は、頭がキンキンしてしんどいのですが、高い周波数にチューニングが合ってくると、徐々に楽になっていきます。そして、これを通常の周波数と定速に戻すと、クリアに聞こえるんですね。

練習以上の成果は出ない!緊張の根源「自己顕示欲と承認欲求」を乗り越える

人間は、それぞれにコンフォートゾーンがあって、無意識のうちにそこに安住しようとしてしまうものです。それでいて、本番では、いつも以上にすばらしい自分を演出しようと緊張する。これは悪い緊張です。

こういう緊張はまさに、自己顕示欲と承認欲求の現れです。
ある意味、自分を買いかぶってるんですよね。
練習以上の成果なんか出るわけないのに、自分だけは違うと思ってしまうわけです。

もちろん、武者震いのような「いい緊張」もありますが、それは練習の段階で、コンフォートゾーンから抜け出す努力をしている場合だけ。

今回の場合だと、「処理速度を高める」などの、本番よりも少しハードな練習をしないとその状態には至れません。

当日は、久々の大人数を目の前にしてのパフォーマンスとなるので、相当緊張すると思います。
それでも、90%台の仕上がりは死守したい。
あと数日、追い込もうと思います。

これが最終段階だ!ノールック暗唱から「9割暗唱」へ

なんだか、夜中眠れなくて、YouTubeを見ていたら、木村拓哉さんのチャンネルがおすすめ表示されました。
その動画は、声優の梶裕貴かじゆうきさんが出演していて、二人が対談している回でした。

youtu.be

対談は和やかに進み、「声優としての仕事のとき、台本を覚え込むか」という話題になりました。
印象的だったのは、木村さんが、「覚える」と言ったこと。
理由は、「台本を目にしちゃうと、
読んじゃうから」とのことでした。

わかるぅ〜、キムタク、そうだよねぇ。
(セリフを言うというか、)読んじゃうんだよねぇ。と。(笑)

台本を目にすると、どうしても「文字として」読んじゃうので、
置きにいっちゃうんですよね。

特に彼は、俳優としてのキャリアがあるので、台本を頭に入れ、ほかの俳優たちの目を見て、間合いを感じながら演技をするということに慣れていますから、目線が自由であることの意義をよくわかっているのだろうと思います。
これは、講師業にも共通するところだなと思います。

こうなってくると、「お守り」としての台本に「どの程度目をやるか」ということが、残された数日でやるべき練習かもしれません。

今や、ノールックで8分強、2000字を滔々と暗唱できるようになっているのですが、本番でもこの状態になれるかどうかはわからない。
今日からは、台本が入っている電子書籍リーダーをタップしながら、9割暗唱という練習をしてみようかと思います。

番外編:この記事、ラジオ感覚で「聴いて」みませんか?

記事を音読した音声を、ポッドキャストで公開中です。よかったら耳で楽しんでみてください。

なお、一発録りですので、つっかえたり、文意に支障のない程度の読み間違いがありますことをご了承ください。

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ラストスパート!高みをめざす朗読トレーニング

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暗唱練習、ついにスタート!意外にも手応えアリ?

いよいよ、読書感想文コンクールの表彰式まで1週間を切りました。
先週、11月18日から、暗唱の練習を始めました。

もともと、朗読というよりは、暗唱が目標でした。
朗読の練習を始めたころは、2000字の感想文を覚えこみ、8分ほどの暗唱ができるか心配でしたが、なんとかなるもんですね。

台本を見ながら練習している間に、徐々に暗誦するようになっていたようです。
軽い気持ちで、暗唱してみると、詰まるところがあるものの、ほぼ覚えていました。
そこからは、台本を身近に置いて、いよいよ、つまったときだけ見るようにして覚えていきました。

干渉に負けない暗唱トレーニン

「暗唱」できるようにひたすら「暗誦」するのですが、
コツは、脳にちょっと軽い負荷をかけることです。

洗濯物を干しながら、そうじをしながら、お皿洗いをしながら、スーパーまでの道すがら (ちょっとブツブツ言ってて、薄気味悪い)、ドライヤーをかけながらなど、無意識にできる「手続き記憶の動作」をおこないながら、暗唱しまくるのです。

これらの手続き記憶の動作は、暗唱には「ほどよい負荷」となります。
無意識におこなっている動作のつもりでも、脳は、その次の動作をするための指示を出さないといけません。
それが、台本を想起しようとする脳の別の部位に、ちょうどいい邪魔をするのです。

当日は、どうしても緊張したり、よこしまな思いが湧いたりするものです。
ですから、暗唱していることすら忘れるぐらいの状態になることを目指しました。

始めのうちは、集中しないと、作業の手を止めないと言えないことがありました。
また、文頭などのきっかけを忘れてしまい、言えなくなるところもありました。

しかし、今では、私の顔の左上、11時の位置に台本が浮かび、「立て板に水」状態で暗唱できるようになりました。
もはや、暗唱自体が、「手続き記憶」みたいになっています。(笑)

意外?効率はアナログに宿る

暗誦できるようになってくると、次は、「プロミネンス」への意識が高まっていきました。

YouTubeのプレイリストには、「プロミネンス」に関する動画をいくつか追加していたのですが、体系化されたものの方がよいかと思い、図書館で朗読に関する本を借りました。

やっぱり、本を借りて正解でした。

知りたかった「プロミネンス」のことも学べましたし、「母音の無声化」とか、朗読するときの「お作法」なども学べました。

同一著者の本を二冊借りたのですが、動画とは違い、知りたい情報にすぐアクセスすることができました。
情報が体系化され、その取捨選択を能動的におこなえるのは、本のいいところだなと再認識しました。

YouTubeのプレイリストに追加した動画は、最初は見ようと思っていたのですが、それぞれ10〜15分あるので、だらけてしまいます。
そこで、NotebookLMにソースとして追加し、まとめさせたのですが、これはこれであんまり読む気になりませんでした。

こうしてみると、知りたい情報のタイプにもよりますが、ネット情報や動画が、手っ取り早いとは限らないと知りました。
意外ですが、時間があまりとれないときこそ、本の方が効率よく情報を得られるのかもしれませんね。

アクセントは同じなのに⋯イントネーションでバレる広島弁

プロミネンスを意識しながら、暗唱がほぼできるようになってくると、アクセントやイントネーションにも気をつかいたくなってきました。

私は、広島市出身で、普段はベッタベタの広島弁話者なのですが、フォーマルな場面では、広島弁を出さないようにすることもできます。
これは、大学時代、教員養成の授業で受けた「国語の教師は、標準語を意識するように」という教えを守っているからです。

まず、ことわっておきますが、広島弁のアクセントは、標準語のそれと同じです。
しかし、広島弁が独特に感じられるのは、イントネーションが独特だからです。
単語レベルなら、標準語と変わらないのに、語と語をつなげて、句や文にすると、途端に異質なものとなってしまうのです。

そのため、俳優さんは苦労されるんでしょうね。
広島を舞台とした映画やドラマは多々ありますが、ベッタベタの広島弁話者からすると、ここが違う、あそこが違うと指摘したくなってしまいます。

朗読と授業は別物!耳だけに伝える難しさに悪戦苦闘

閑話休題

授業の場合は、黒板に文字を書いたりして、視覚的な補完もあるので、アクセントやイントネーションをそこまで意識することはないのですが、
朗読は、耳だけで理解してもらう必要がありますので、少していねいめにアクセントを調べました。

まぁ、アクセントは標準語と同じですから、単語レベルでは問題がないのですが、
句や文レベル、または二文続けて、となると、結構苦労します。
いろんなところを上げ下げしてみたり、(ここ、無声化するの?聞こえなくない?)などと焦ったり。
もう一週間切っているのに、試行錯誤が続いています。

ホンマ、お〜じょ〜まいるで。(笑)

番外編:この記事、ラジオ感覚で「聴いて」みませんか?

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なお、一発録りですので、つっかえたり、文意に支障のない程度の読み間違いがありますことをご了承ください。

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