2025.12.12
提供:ヴァン クリーフ&アーペル

展覧会のキービジュアルを飾るのは、アール・デコ博覧会においてグランプリを受賞した《絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット》 1924年 プラチナ、エメラルド、ルビー、オニキス、イエローダイヤモンド、ダイヤモンド ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
2026年1月18日(日)まで、東京都庭園美術館にて展覧会「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル ― ハイジュエリーが語るアール・デコ」が開催されている。本展は、1925年の「アール・デコ博覧会」から100周年を迎えることを記念して企画されたもの。メゾンが宝飾部門のグランプリを受賞した作品をはじめ、アール・デコ時代とともに花開いたメゾンの美学と、“匠の技”が息づく世界に触れられる貴重な機会となっている。
今を遡ること100年前の、1925年。パリに端を発した最先端のムーブメント“アール・デコ”の名が、文化史に深く刻まれた節目の年だ。そのきっかけともなったのが、パリで華々しく開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(通称:アール・デコ博覧会)である。創業以来、時代のエスプリをハイジュエリーへと昇華しつづけてきたヴァン クリーフ&アーペルは、この歴史的な博覧会の宝飾部門においてグランプリを受賞。その後、卓越した職人技と比類なき創造性をさらに飛躍させていく。当時の息吹をまとうメゾンのアール・デコ期を中心とした希少なハイジュエリーが、日本を代表するアール・デコ建築、旧朝香宮邸(現東京都庭園美術館)へと集結した。時を超えて輝き続けるメゾンのハイジュエリーは、パリと日本、二つの地に根づいたアール・デコ文化を優雅に重ね合わせ、創造性と手仕事が紡ぎ出す奇跡の光景へと誘ってくれる。

ヴァン クリーフ&アーペル アーカイブス © Van Cleef & Arpels
(左):アルフレッド・ヴァン クリーフとエステル・アーペルの結婚式 1895年
(右):ヴァンドーム広場22番地のヴァン クリーフ&アーペル 創業当時のブティック 1906年
1906年のメゾン創業時から、パリ・ヴァンドーム広場に本店をかまえるハイジュエラー、ヴァン クリーフ&アーペル。その歴史は、宝石商の家系同士の愛の物語から始まった。1895年、宝石商の娘エスター(通称 エステル)・アーペルと、宝石細工職人の息子アルフレッド・ヴァン クリーフが結婚。家族への深い愛情、革新へ踏み出す勇気、そして宝石への尽きることのない情熱。共通の価値観を持つ二人が紡いだその精神は、今日に至るまでメゾンの哲学の礎となり続けている。

ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels
ブレスレット 1921年 プラチナ、エメラルド、ダイヤモンド
アール・デコが花開いた「狂騒の20年代」。華麗なる時代の空気とともに、ヴァン クリーフ&アーペルの美学や技も豊かな広がりを見せていく。その象徴のひとつが、アール・デコ期の特徴である、直線と曲線によるシンメトリーの意匠が際立つブレスレットだ。瑞々しい輝きを放つ大粒のカボションカットのエメラルドを等間隔に配置し、プラチナの地金で織りなされたレースワークには、精緻に並べられたラウンドカットのダイヤモンドを敷き詰めている。加工が難しいとされるエメラルドは、技術が進んだ現代でも扱いに熟練を要する石のひとつだ。ゆえに、1920年代のエメラルドジュエリーは、当時の卓越した職人技を物語る貴重な証ともいえる。

ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels
カメリア ミノディエール 1938年 イエローゴールド、ミステリーセット ルビー、ルビー
1930年代、ヴァン クリーフ&アーペルの名をさらに高める転機となったのが、「ミノディエール」の発明だ。ミノディエールとは、化粧品などの小物をいれるソワレ用のバッグのこと。創始者の義兄であるシャルル・アーペルが、富豪の女性の友人が身のまわりの品々をブリキ缶に放り込んで持ち歩く姿を目にし、そこから着想を得たという。当時すでに大流行していたヴァニティケースをさらに小型化し、時計を隠しもつリップスティックホルダー、パウダーコンパクト、ノート、ピルケースなどを優美に収められるよう工夫されている。鏡面磨きをかけたイエローゴールドのケースにはギヨシェ彫りがほどこされ、ポリッシュ仕上げのカメリアのクラスプがさらなる華やぎをそえている。このカメリアの花は、取り外すとブローチとしても身につけることができ、メゾンが早くから追求してきた “変容するジュエリー”の技巧をそっとのぞかせる。現在でも、このような作品をオーダーメイドで制作できるのは、ヴァンドーム広場に自社工房を構え、卓越した匠の技が継承され続けているからにほかならない。外装から内部のコンパートメントの配置に至るまで、ひとつの制作に約900時間を要するというミノディエール。その小さな空間には、夢と革新性が惜しみなくつめこまれている。
アール・デコ後期に誕生したコレクションが、今もなおメゾンを象徴するジュエリーとして進化を続けている。メゾンのエスプリが香る、その代表的な3つの作品の軌跡を辿る。
“変容するジュエリー”を象徴するジップ ネックレス
ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels
シャンティイ ジップ ネックレス 1952年 イエローゴールド、プラチナ、ダイヤモンド
ジップを開くとネックレスに、閉めるとブレスレットに変容するメゾンを代表するクリエーション、《ジップ ネックレス》。メゾンの革新性と、比類なき匠の技を体現する作品は、1950年に誕生した。ジップの歴史を辿れば、ファッションに取り入れられたのは1930年代、エルザ・スキャパレッリがオートクチュールに用いたのがきっかけとされる。その後、ヴァン クリーフ&アーペルは1938年にジュエリーとして活用する特許を申請し、10年以上にわたる開発期間を経て、ついにこの《ジップ ネックレス》を完成させたのだ。
ヴァン クリーフ&アーペル アーカイブス © Van Cleef & Arpels
ジップ部分を、丹念に磨き上げていく工程は、卓越した技と途切れることのない忍耐を要する
精緻な構造を備えたこのネックレスは、ジップの歯にあたる部分をスネークスタイルのチェーンで縁取り、そのチェーンにセットされたナヴェット(船)形のモチーフの先端には、ダイヤモンドが輝きをそえる。一般的なファスナーが硬質な工業用金属で作られるのに対し、ジュエリーでは柔らかいゴールドやプラチナを用いるため、完璧に噛み合うスライダーを職人が手作業で仕上げる必要がある。ひとつのジップ ネックレスを完成させるには、熟練の職人による400時間から1200時間にも及ぶ膨大な作業時間が求められる。メゾンの大切なインスピレーション源である「クチュール」に、ハイジュエリーの世界を重ね合わせ、さらに“変容するジュエリー”という独自の創造性をもって生み出されたこのコレクションは、今もなお多様なデザインで私たちを魅了し続けている。
メゾンの代名詞 “ミステリーセット”
ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels
クリサンセマム クリップ 1937年 プラチナ、イエローゴールド、ミステリーセット ルビー、ダイヤモンド
「ミステリーセット」とは、メゾンが1933年に特許を取得した最高難度を誇る独自の技巧だ。貴金属の爪を表に一切見せることなく宝石を敷き詰めるその究極のセッティング技法が“謎めいている”と評されたことから、この名称が生まれた。気の遠くなるような時間と情熱を注いで制作されるこの技法は、選び抜かれた宝石を、まずカット職人がひとつひとつ丁寧にカットする工程から始まる。この際、0.1ミリ単位の作業が求められ、宝石の位置と角度を正確に見極める“目”、さらには安定した研削音のわずかな変化を聞き分ける“耳”を兼ね備えた、最高峰の職人の“手”が不可欠になる。

ヴァン クリーフ&アーペル アーカイブス © Van Cleef & Arpels
(左):ミステリーセット技巧で、地金のレールにルビーを正確に滑らせて嵌め込む工程。
(右):ヴィトレイユ ミステリーセットによって、透明度の高い色石の奥行きある輝きが引き出されている。
その後、宝石の側面には0.2ミリ以下の細い溝が彫られるが、ここでも石を割らぬよう細心の注意が払われる。続いて、その宝石をセットするための、極細の台座のレールが作られる。宝石の溝とぴたりと噛み合うように緻密に設計されたそのレールに、石をひと粒ずつスライドさせるように嵌め込んでいく。石同士の隙間を限りなくゼロに近づけるため、カットや研磨、微調整を何度も繰り返し、根気強く工程を進めていくのである。こうした職人技の偉業により、爪の存在に遮られることなく、宝石だけが敷き詰められたかのような、途切れのない輝きを放つジュエリーが生み出される。この技術は今も進化を続け、半透明の宝石を効果的に用いる“ヴィトレイユ ミステリーセット“も開発された。裏面からも地金が見えないこのセッティングにより、石本来の色彩と透明感が際立ち、まるでステンドグラスのような光をまとうのが特徴だ。
自然界への敬意と金細工の技
ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels
シルエット クリップ 1937年 イエローゴールド、ルビー、ダイヤモンド
創業以来、自然界の美しさを創造の源としてきたヴァン クリーフ&アーペル。1930年代後半に誕生した「シルエット クリップ」は、アール・デコ後期を特徴づける形式化されたデザインが特徴だ。花の輪郭を糸のように細いオープンワークで浮かび上がらせながら、繊細な花を優美なフォルムで表現。さらに、メゾンのもうひとつの創造源である“クチュール”から着想を得た、リボンのように柔らかなシルエットをも巧みに織り込んでいる。さまざまな形状での表現を可能にするゴールドは、卓越した技術と、豊かな創造性をもつメゾンを常に魅了し続けてきた素材だ。丁寧なミラーポリッシュをまとったゴールドがまばゆい光を放ち、花の生命力を鮮やかに映し出す作品には、モダンな意匠を求めて歩み続けた職人やデザイナーの熱い探究心が静かに宿っている。
© Van Cleef & Arpels
2025年新作 フラワーレース「アントレ レ ドア リング」の仕上げの研磨
2025年、クチュールの世界と自然が交差するかのようなこの作品が、新作コレクション「フラワーレース」として現代に甦った。
ゆるやかなカーブを描きながら広がる花びらは、作品に豊かなボリュームをもたらし、風にそよぐ自然の一瞬をそのまま留めたかのような、みずみずしい動きを宿す。さらに、めしべには、ゴールドビーズと大小さまざまなサイダイヤモンドが繊細にあしらわれ、そのアシンメトリーが生むリズムが、花々に躍動感と生命の息吹を吹き込んでいる。いずれの作品も、複雑な構造と起伏に富んだ曲線美を備え、手作業で行われる研磨工程には、とりわけ高度で繊細な技が求められる。「自然」と「クチュール」という、メゾンが愛してやまない二つのテーマを結びあわせるジュエリーは、卓越した職人の技なくして生み出すことはできないものだ。
「目に見える部分をより美しく輝かせるためには、見えない部分が非常に大切になる。そこに力を注ぐことが、偉大なるハイジュエラーの証である」。創業時より掲げてきたこのメゾンの哲学は、“黄金の手”と称される卓越した職人技への挑戦を支え、さらなる革新へと歩みを進めてきた。アール・デコ期に花開いたメゾンの美学と技はこれからもいっそうの輝きを放ちながら、新たな時代を創造し続けていく。
本展は日時指定予約制です。
ご来館前にチケット予約·購入ページよりチケットをご購入ください。
Text: Asako Kanno Dirction: Kaori Takagiwa