フランス・ロワールの赤ワイン「ピノ・ノワール・アティチュード(PINOT NOIR ATTITUDE)2023」

ワイナリーはパスカル・ジョリヴェ。
「できるだけ自然に、手を加えないこと」をコンセプトに、有機農法や重力を活用した醸造法、野生酵母による発酵など自然の摂理に従った手法でワインづくりを行っているという。
ロワール地方はフランスのワイン産地のなかでも北側に位置し、ロワール渓谷にある畑から収穫されたピノ・ノワール100%。
ワインの友というか、ワインを飲み終わってじっくり観たのはU‐NEXTで配信中のスペイン映画「入国審査」。
2023年の作品。
原題「UPON ENTRY」
監督・脚本アレハンドロ・ロハス、ファン・セバスティアン・バスケス、撮影フアン・セバスティアン・バスケス、出演アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ、ローラ・ゴメス、ベン・テンプルほか。

移住のためにバルセロナからNYへと降り立ったディエゴ(アルベルト・アンマン)とエレナ(ブルーナ・クッシ)。スペイン人のエレナがグリーンカードの抽選で移民ビザに当選。事実婚のパートナーであるベネズエラ出身のディエゴと共に、憧れの新天地で幸せな暮らしを夢見ていた。
ところが入国審査で状況は一転。パスポートを確認した職員になぜか別室へと連れて行かれる。「入国の目的は?」密室ではじまる問答無用の尋問。やがて審査官の矢継ぎ早の質問を浴びるうち、エレナはディエゴに疑念を抱き始める・・・。
上映時間77分、舞台となるはほぼニューヨークの空港内の小さな部屋で、登場人物もスペインからアメリカへの移住を目指すカップルと辛辣な質問を浴びせる2人の審査官の4人のみ。会話だけの展開なのだが、とてもテンポがよくて時間が経つのも忘れて食い入るように見続けた。
撮影日数17日、製作費は65万ドルという低予算映画だそうだが、なかなかの出来ばえである。
審査官から「移住は実は男性が計画した偽装結婚ではないか?」という疑念をかけられ、2人の関係について根掘り葉掘り聞かれ、2人が出会ったのはいつかから始まり、妊娠の有無や、セックスの回数まで聞かれる。
今のアメリカはトランプ大統領のもと、移民排斥の動きが強まっているから、排外主義とか移民の問題がテーマかと思ってみていたら、それももちろんあるだろうが、むしろ、男女間の愛の確かさや、生き方を問い直すような映画だった。
こんなことまで聞くの?というような質問が矢継ぎ早に発せられる。それが2人の心にグサグサと突き刺さって、答えたくないのなら黙っててもいいはずだが、それだと入国が叶わないから、2人は渋々答えていく。すると、そのうち2人はまるで丸裸にされたみたいになって、その心はズタズタになっていく。
審査官にとってはただの業務の一環で聞いているのだろうが、おかげで2人は人格が否定されたみたいになっていく。その落差というか対比が冷酷なほど見事に描かれていた。
監督はアレハンドロ・ロハスとファン・セバスティアン・バスケスの2人だが、両監督が体験した実話にもとづいてつくった作品という。
2人はともにベネズエラのカラカス生まれ。現在はスペインのバルセロナを拠点に活動しているが、本作に登場するディエゴとエレナと同様、アメリカに入国する際は入国審査の列から別の待合室に行き、そこから二次審査室に連れて行かれるのを、ロハスは6度ほど、バスケスは4度ほど経験したという。
ベネズエラといえば、アメリカ軍がベネズエラに奇襲攻撃を行い、寝ていたマドゥロ大統領夫妻をたたき起こして拘束。アメリカ本土に拉致した、とのニュースが飛び込んできたばかりだ。
マドゥロ大統領は独裁者かもしれないが、一国の元首である。どんな理由があるにせよ、外国の軍隊が他国に侵攻してその国の元首を拉致して連れ去るなんてあり得るのだろうか?
まるで国際誘拐団みたいな仕業だが、そんな犯罪的行為を、日ごろ国際社会に向けて「法秩序を守れ」とか「力による現状変更に反対」とかいってる日本政府が無批判でいることが信じられない。
ついでにその前に観た映画。
U‐NEXTで配信している日本映画「白痴」。
1951年のモノクロ作品。
監督・黒澤明、脚本・久坂栄二郎、黒澤明、撮影・生方敏夫、音楽・早坂文雄、出演・原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子、志村喬、東山千栄子、千秋実、千石規子、左卜全、柳永二郎ほか。

ドストエフスキーの名作「白痴」を映画化した美しくも激しい愛憎劇。
純真無垢のような亀田(森雅之)と、武骨な男・赤間(三船敏郎)は北海道へ渡る青函連絡船で出会う。亀田は沖縄で戦犯として処刑される直前に人違いと判明して釈放されたが、このときの後遺症でてんかん性の「白痴」になってしまったという。
札幌へ帰ってきた亀田は、写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子(原節子)の写真に心奪われる。しかし、妙子は政治家に愛人として囲われていた。
裕福な大野(志村喬)の娘の綾子(久我美子)と知り合った亀田は、「白痴」ゆえなのかもしれない純真さや善人さから、綾子と妙子の両方から愛されるようになる。
彼女たちの間で激しく揺れ動く亀田だったが、3人の異質な愛は周囲の者たちを次々に巻き込んでいく・・・。
原作は19世紀のロシアを舞台にしたドストエフスキーの長篇小説「白痴」(1868年に雑誌に連載された)で、ほぼ原作どおりの物語を、昭和20年代の雪が降りしきる冬の札幌に置き換え、登場人物も原作を模して描いている。
黒澤は学生時代からドストエフスキーに傾倒していて、映画化は永年の夢だったらしく、した完成作品は4時間25分に及ぶ前編・後編の2部作となったが、試写を観た会社側(松竹)は大幅短縮を要求。
黒澤は渋々3時間2分に再編集したが、さらに短縮するよう要求された。黒澤は激怒。この3時間2分版は1951年5月23日から3日間だけ上映され、同年6月1日に一般公開されたのは松竹が再々編集した2時間46分版。オリジナル版は現存していないとされている。
黒澤は原作に忠実であろうとしたかったに違いない。だからこそ前後編4時間25分の大長編になったのだろうが、それをズタズタにされたら、彼が映画で伝えかかったこともズタズタにされてしまったのではないか。このため、観終わったあとの余韻も半減した感があるが、それでも黒澤が残した名作のひとつといえる映画だった。
観ていて鬼気迫るほど凄かったのが役者たちの眼の力だった。
特に原節子の眼力が凄くて、小津安二郎作品に出てくる女性とは対照的に、複雑で破滅的な魅力を秘めた那須妙子を演じた彼女の表情に圧倒された。
一転して戦争の後遺症で「白痴」となった亀田役の森雅之の無垢で宝石のような眼の輝き。
荒々しい赤間を演じた三船敏郎も、猛獣のような激しい眼差しは三船ならではだったし、当時20歳の久我美子も必死の眼差しで原節子に対抗していた。
映画を観終わって、黒澤がいいたかったことは現代にも通じるものがあるのではないかと思った。
ドストエフスキーはなぜ「白痴」を書いたのか。
1860年代のロシアは、独裁的な帝政が続いていて、貴族階級が権力を握り一般市民や農民の生活は困窮。貧富の格差は広がる一方で、民衆の間には帝政への不満が高まり変革を求めるさまざまな運動が各地で勃発していた。
ドストエフスキーがつけた「白痴」というタイトルは、医学的には重度の知的障害をいう場合もあり、そうなると差別用語だが、「世間知らずのおばかさん」という意味もあるという。
ドストエフスキーは、「白痴」である主人公を「世間知らずのおばかさん」、つまりは純真無垢な善人、掛け値なしの美しい人、として描こうとしている。そのような無私で純粋な人物が不平等が蔓延し民衆の不満が高まっている無秩序なロシア社会にあらわれたら、どうなるのか、という問題を読者に突きつけているのではないだろうか。
黒澤は1951年という、終戦間もない日本の混乱期にこの映画をつくり、ドストエフスキーと同じ問いを観る者に突きつけた。貧富の格差が拡大する一方の現代社会でも、同じように問われるべきテーマでもあるともいえよう。
ところで本作は松竹作品であるが、たしか黒澤は東宝の監督だったはず。
実は彼はずっと東宝で映画をつくっていたのだが、1946年の東宝争議のとき、組合側についたのが黒澤だった。ストに反対したスター俳優たちが東宝を飛び出して新東宝をつくったときは、対抗して組合中心の映画づくりに参加している。
しかし、1948年3月、長引く東宝争議で映画製作が十分にできなくなったことから、山本薩夫、谷口千吉、成瀬巳喜男らととも同人組織「映画芸術協会」を設立。しかし、その翌月に第3次東宝争議が始まると、黒澤は製作現場を守るため組合側に加わり、同協会は争議終結まで開店休業状態となる。
争議終結後は東宝を離れ、映画芸術協会を足場にして他社で映画製作をすることになり、松竹でつくったのが本作だった。その後、黒澤は争議で疲弊していた製作部門を再建するため東宝に復帰している。