善福寺公園めぐり

善福寺公園を散歩しての発見や、旅や観劇、ワインの話など

みんなポンポコリン

土曜日朝の善福寺公園は快晴。厳しい寒さが続いている。

 

公園隣の水道局の柿の木にメジロがやってきていた。

そこへヒヨドリがやってきてメジロを追い払った。

鳥が縄張りを主張するとき、同種の鳥に対するもので、違う種には無頓着なはずだが、それはひとえにエサを独占したいため。

メジロヒヨドリも甘いものに目がないから、違う種類でも柿の木は自分だけのものにしたいのだろう。

 

上池と下池の間のせせらぎにはけさもいろんな種類の鳥たち。

まずはここの主(ぬし)みたいな存在のジョウビタキのオス。

 

アオジは2羽が仲よく並んでとまっていた。

下池からきたのか、カワセミもやってきて上池方向に飛び去った。

 

エナガは枝から枝へと忙しい。

どの鳥も体をふくらませてポンポコリン。

人間と同じ恒温動物の鳥は、体温を一定に保つため、寒いときには羽毛を逆立てたり、ふくらませたりして羽毛と羽毛の間に空気の層をつくり、体を保温する。

空気の層により体温が外に逃げるのを防ぎ、冷たい外気を遮断するのだ。

けさのポンポコリンのチャンピオンはハト。

見事に丸くなっていた。

初芝居は「通し狂言 鏡山旧錦絵」

初芝居は東京・初台の新国立劇場中劇場で「初春歌舞伎公演」。

国立劇場で毎年やってる菊五郎劇団を中心とする正月公演だが、国立劇場はただ今休館中で、新国立劇場の中劇場に場所を移している。

演目は「鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」。四幕七場の通し狂言

17年ぶりの上演だとか。

 

出演は、召使いお初に八代目尾上菊五郎、中老尾上に中村時蔵、局岩藤に坂東彌十郎源頼朝に七代目尾上菊五郎ほか。

 

舞台は鎌倉時代。中老尾上は源頼朝の娘・大姫から宝の尊像を託されるが、尾上より格上で、お家転覆を企んでいる局岩藤は面白くない。岩藤が意地悪く町人出身の尾上にわざと竹刀の試合を強要するのを、尾上の召使い・お初が、持ち前の利発さと剣術の心得でやりこめる。

その後、尾上が主命で預かる香木蘭奢待(らんじゃたい)の箱を上使の前で開けると、中に入っていたのは岩藤の草履だった。満座の中で岩藤は尾上を盗賊呼ばわりして草履で打ち据える。

陰謀にはまり、屈辱に耐えかねた尾上は、案じるお初を使いに出す。お初は持たされた手紙が自害を告げる遺書だと知り、急ぎ引き返すが・・・。

 

天明2年(1782年)1月に江戸で初演された人形浄瑠璃「加々見山旧錦絵」の一部を翌年に歌舞伎として脚色・上演した作品。

人形浄瑠璃はこの40年ほど前に加賀藩で起きた加賀騒動を題材にしているが、歌舞伎では、大名屋敷で起こった侍女による主人の仇討ち事件を盛り込んで劇化。

岩藤が尾上を草履で打つ通称「草履打」の場面が有名となり、「鏡山物」として好評を博す。

鏡山物は江戸の芝居では弥生狂言、すなわち当時の旧暦で桜の咲く時分の芝居として取り上げられていて、この時期はちょうど大名・旗本などの奥勤めをしている奥女中たちが数日の里帰りを許されるころ。自分たちが平素勤める武家の奥勤めの世界を見せるこの鏡山物は、そうした宿下がりの奥女中たちにも見物され大いに受けたという。

江戸の人々がやんやの喝采を浴びせた同じ芝居を、200年ものちの現代のわれわれも楽しむ。なんてステキな正月だ。

銀座にある歌舞伎座は際立って横長な設計になっていて、それは多くの役者が登場する場面を効果的に見せるための工夫だろうが、舞台の間口は30m近くある。

これに対して新国立劇場中劇場の舞台間口は16・8mしかない。これは同劇場で上演するのは主に新劇などの現代演劇であり、役者の息づかいが聞こえるほどの観客との一体感を重視する設計になっているからだろう。

今回は前から5列目の席で観たが、おかげで役者との距離が近くなり、歌舞伎座ではとても味合わえない親密さを感じた。

江戸時代の芝居小屋もこれぐらいの大きさだったのではなかろうか。

 

クライマックスは局岩藤が中老尾上を盗賊呼ばわりして草履で打ち据える「草履打ち」の場面。

江戸時代のあの当時、他人から草履で体や顔、頭を打たれるというのは、よほどの辱めであり、恥辱だったに違いない。尾上は恥辱に耐えられず、自害してしまう。

 

同じような「草履打ち」は「夏祭浪花鑑」という演目にもあり、「長町裏の場」で、魚屋・団七が欲に目がくらんだ舅・三河屋義平次に悪口雑言を浴びせられた揚句、雪駄で眉間を割られ、ついには義平次を殺してしまう。ふつうにぶたれるのでも怒り心頭だが、雪駄とか草履で打たれるというのは人としての矜持を踏みつけられる侮辱の行為だった。
本作での「草履打ち」は実話にもとづくもので、それを歌舞伎に取り入れ、江戸の人々はわが身に重ねて涙を絞ったという。

伝えられるところによると、実説とされる事件が起こったのは享保8年(1723年)3月27日(翌年の4月3日という説も)、石見国浜田城主松平周防守の木挽町にある江戸藩邸(現在は新橋演舞場がある場所だとか)において、沢野という意地の悪い局が、誤って草履を履き違えた中老の滝野を草履で打って罵ったために、滝野は自害。滝野に仕えていた下女の山路が沢野を刺して主人の仇を討った。それぞれの年齢については沢野は38、滝野は23、そして山路は14歳だったと伝えられていて、これが世に「草履打事件」として大評判となる。歌舞伎として劇化される半世紀あまり前の出来事だった。

 

イジメに耐える尾上を演じた時蔵が出色。

特に、草履打ちのあと、一人舞台に残った尾上が汚れた頭を懐紙で拭く場面。言葉はなくとも屈辱と怒りが伝わってくる。

この役は女形として屈指の役といえるもので、昭和を代表する名女形、六代目中村歌右衛門は尾上を当たり役にしていて12回も演じだという。難しい役だが、それだけに演じ甲斐もあったのだろう。

ハツラツとして怖いもの知らずのお初を演じた八代目菊五郎も好演。

例年、菊五郎劇団の初芝居には前年の流行語が盛り込まれるのが恒例になっていて、うわさでは今回は、高市首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が飛び出すと聞いた。何も過労死を煽るようなこんな言葉を入れなくても・・・と思って観ていたら、悪人どもが大いに悪事を働くためのセリフの中に出てきたので、これが今年の初笑い。

クモみたいなカメムシ

金曜日朝の善福寺公園は快晴。きのうほどではないものの寒さ厳しい。風がないのが救い。

 

上池をめぐっていると、池から少し離れたところにジョウビタキのオスがやってきた。

高い木の枝にとまりどこに行こうか思案中か。

 

カワセミが水面をジッとにらみエサをねらっている。

去年生まれた若いオスのようだ。

 

上池から下池へ向かっていると、散歩の人が行き交う雑木林の中をキセキレイが歩いていく。

ハクセキレイはよく人が歩いてる近くを平然と歩いたりしているが、キセキレイは水辺にいることが多く、少しでも人が近づくと逃げていく。

今年のキセキレイはよほど人馴れしてるのかな?

それともエサが少なくて必死になってるの?

 

けさもジョウビタキのオスがお気に入りの場所に。

先ほど見たのとは別の個体だろう。

このへんを縄張りにしてるから、ときどき見張っている。

 

アオジがオスとメスのカップルでやってきた。

 

ウグイスも顔をのぞかせた。

 

カワセミもやってきたが、下池からきたのかな?

 

下池では、オオバンの仲よしカップル。

 

高い木の枝の先にシメがいた。

 

コサギは、脚を揺らしながらエサ探し。

 

ふたたび上池に戻ると、いつもカワセミがいるあたりにカワウがいた。

色は黒いがエメラルドグリーンの目が妖しい。

カワウの目(虹彩)がエメラルドグリーンに見えるのは、色素によるものだが、水の中で獲物がくっきり・はっきり見えるように進化した結果だとか。

 

擬木に同化したような色合いのガを発見。

冬にあらわれるシャクガの仲間で、クロバネフユシャクだろうか。

 

続いてあらわれたのはオオクモヘリカメムシ

ヘリカメムシの仲間で、クモのように脚が長く触角も長い。

たしかに前から見るとまるでクモ。

それでクモヘリカメムシの名がつき、大型なのでオオクモヘリカメムシ

カメムシは成虫で越冬するが、これは成虫の寿命が1年~1年半程度と長いことと関係があるようで、前年に生まれカメムシは成虫となって冬を越して翌年の夏に子孫を残し、一生を終えるサイクルになっている。

もちろん寒さで死んでしまうのもいるだろうが、暖冬だと越冬して生き延びる個体が多くなり、大量発生につながることもあるのだとか。

ウグイス追いかける朝の散歩

木曜日朝の善福寺公園は快晴。きのうの曇天とは一転して明るい朝。ただし、寒さは一層厳しくなり、あちこちで霜が降り下池は凍っていた。

 

曇りより晴れた空が好きなのか、けさはたくさんの鳥たちと出会う。

まずは上池を半周すると、池で暮らす3羽のカワセミが揃い踏み。

去年生まれた若造くんらしいオスのカワセミ

まるでダルマさん。

 

おととし生まれた先輩のオスのマルちゃん。

 

メスのカワセミは、春になったらどっちとくっつくんだろう?

 

ジョウビタキのオスが朝日に照らされていた。

 

上池と下池をつなぐ小川(遅野井川)ではけさも鳥たちでにぎやか。

こちらにもジョウビタキのオスがいて赤い実をゲット。

 

ヤツデの花の蜜を吸いにメジロがやってきていた。

ヤツデは冬になると枝の先に小さな白い花が集まって咲き、飾りのポンポンみたいな形になる。

冬の花の少ない時期、ヤツデの花の蜜は鳥や虫たちにとっては貴重な栄養源となるし、糖度がとても高いのでメジロにとってはごちそうといえるだろう。

どの花の蜜を吸おうかなーと思案中?

 

地面に落ちた実を食べようとアオジがやってきた。

優しいお顔のメスかな?

近くに濃い顔のオスもいて、つがいで行動しているみたいだ。

 

つづいてやってきたのはウグイス。

こちらも2、3羽で一緒に行動しているみたい。

藪の中から一瞬、外に出てきてくれる。

薮から薮へと移動していくウグイスを、ここかと思えばまたあちらと追うのが、楽しい。

 

鶯や柳のうしろ薮の前

 

元禄7年(1694年)、芭蕉51歳のときの句。

 

下池を1周して上池に戻ると、若造くんらしいカワセミ

待っててくれたのかな?

きのうのワイン+映画「入国審査」「白痴」

フランス・ロワールの赤ワイン「ピノ・ノワール・アティチュード(PINOT NOIR ATTITUDE)2023」

ワイナリーはパスカル・ジョリヴェ。

「できるだけ自然に、手を加えないこと」をコンセプトに、有機農法や重力を活用した醸造法、野生酵母による発酵など自然の摂理に従った手法でワインづくりを行っているという。

ロワール地方はフランスのワイン産地のなかでも北側に位置し、ロワール渓谷にある畑から収穫されたピノ・ノワール100%。

 

ワインの友というか、ワインを飲み終わってじっくり観たのはU‐NEXTで配信中のスペイン映画「入国審査」。

2023年の作品。

原題「UPON ENTRY」

監督・脚本アレハンドロ・ロハス、ファン・セバスティアンバスケス、撮影フアン・セバスティアンバスケス、出演アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ、ローラ・ゴメス、ベン・テンプルほか。

移住のためにバルセロナからNYへと降り立ったディエゴ(アルベルト・アンマンとエレナ(ブルーナ・クッシ)。スペイン人のエレナがグリーンカードの抽選で移民ビザに当選。事実婚のパートナーであるベネズエラ出身のディエゴと共に、憧れの新天地で幸せな暮らしを夢見ていた。

ところが入国審査で状況は一転。パスポートを確認した職員になぜか別室へと連れて行かれる。「入国の目的は?」密室ではじまる問答無用の尋問。やがて審査官の矢継ぎ早の質問を浴びるうち、エレナはディエゴに疑念を抱き始める・・・。

 

上映時間77分、舞台となるはほぼニューヨークの空港内の小さな部屋で、登場人物もスペインからアメリカへの移住を目指すカップルと辛辣な質問を浴びせる2人の審査官の4人のみ。会話だけの展開なのだが、とてもテンポがよくて時間が経つのも忘れて食い入るように見続けた。

撮影日数17日、製作費は65万ドルという低予算映画だそうだが、なかなかの出来ばえである。

審査官から「移住は実は男性が計画した偽装結婚ではないか?」という疑念をかけられ、2人の関係について根掘り葉掘り聞かれ、2人が出会ったのはいつかから始まり、妊娠の有無や、セックスの回数まで聞かれる。

今のアメリカはトランプ大統領のもと、移民排斥の動きが強まっているから、排外主義とか移民の問題がテーマかと思ってみていたら、それももちろんあるだろうが、むしろ、男女間の愛の確かさや、生き方を問い直すような映画だった。

こんなことまで聞くの?というような質問が矢継ぎ早に発せられる。それが2人の心にグサグサと突き刺さって、答えたくないのなら黙っててもいいはずだが、それだと入国が叶わないから、2人は渋々答えていく。すると、そのうち2人はまるで丸裸にされたみたいになって、その心はズタズタになっていく。

審査官にとってはただの業務の一環で聞いているのだろうが、おかげで2人は人格が否定されたみたいになっていく。その落差というか対比が冷酷なほど見事に描かれていた。

 

監督はアレハンドロ・ロハスとファン・セバスティアンバスケスの2人だが、両監督が体験した実話にもとづいてつくった作品という。

2人はともにベネズエラのカラカス生まれ。現在はスペインのバルセロナを拠点に活動しているが、本作に登場するディエゴとエレナと同様、アメリカに入国する際は入国審査の列から別の待合室に行き、そこから二次審査室に連れて行かれるのを、ロハスは6度ほど、バスケスは4度ほど経験したという。

 

ベネズエラといえば、アメリカ軍がベネズエラに奇襲攻撃を行い、寝ていたマドゥロ大統領夫妻をたたき起こして拘束。アメリカ本土に拉致した、とのニュースが飛び込んできたばかりだ。

マドゥロ大統領は独裁者かもしれないが、一国の元首である。どんな理由があるにせよ、外国の軍隊が他国に侵攻してその国の元首を拉致して連れ去るなんてあり得るのだろうか?

まるで国際誘拐団みたいな仕業だが、そんな犯罪的行為を、日ごろ国際社会に向けて「法秩序を守れ」とか「力による現状変更に反対」とかいってる日本政府が無批判でいることが信じられない。

 

ついでにその前に観た映画。

U‐NEXTで配信している日本映画「白痴」。

1951年のモノクロ作品。

監督・黒澤明、脚本・久坂栄二郎、黒澤明、撮影・生方敏夫、音楽・早坂文雄、出演・原節子森雅之三船敏郎久我美子志村喬東山千栄子千秋実千石規子左卜全柳永二郎ほか。

ドストエフスキーの名作「白痴」を映画化した美しくも激しい愛憎劇。

 

純真無垢のような亀田(森雅之)と、武骨な男・赤間三船敏郎)は北海道へ渡る青函連絡船で出会う。亀田は沖縄で戦犯として処刑される直前に人違いと判明して釈放されたが、このときの後遺症でてんかん性の「白痴」になってしまったという。

札幌へ帰ってきた亀田は、写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子(原節子)の写真に心奪われる。しかし、妙子は政治家に愛人として囲われていた。

裕福な大野(志村喬)の娘の綾子(久我美子)と知り合った亀田は、「白痴」ゆえなのかもしれない純真さや善人さから、綾子と妙子の両方から愛されるようになる。

彼女たちの間で激しく揺れ動く亀田だったが、3人の異質な愛は周囲の者たちを次々に巻き込んでいく・・・。

 

原作は19世紀のロシアを舞台にしたドストエフスキーの長篇小説「白痴」(1868年に雑誌に連載された)で、ほぼ原作どおりの物語を、昭和20年代の雪が降りしきる冬の札幌に置き換え、登場人物も原作を模して描いている。

黒澤は学生時代からドストエフスキーに傾倒していて、映画化は永年の夢だったらしく、した完成作品は4時間25分に及ぶ前編・後編の2部作となったが、試写を観た会社側(松竹)は大幅短縮を要求。

黒澤は渋々3時間2分に再編集したが、さらに短縮するよう要求された。黒澤は激怒。この3時間2分版は1951年5月23日から3日間だけ上映され、同年6月1日に一般公開されたのは松竹が再々編集した2時間46分版。オリジナル版は現存していないとされている。

 

黒澤は原作に忠実であろうとしたかったに違いない。だからこそ前後編4時間25分の大長編になったのだろうが、それをズタズタにされたら、彼が映画で伝えかかったこともズタズタにされてしまったのではないか。このため、観終わったあとの余韻も半減した感があるが、それでも黒澤が残した名作のひとつといえる映画だった。

観ていて鬼気迫るほど凄かったのが役者たちの眼の力だった。

特に原節子の眼力が凄くて、小津安二郎作品に出てくる女性とは対照的に、複雑で破滅的な魅力を秘めた那須妙子を演じた彼女の表情に圧倒された。

一転して戦争の後遺症で「白痴」となった亀田役の森雅之の無垢で宝石のような眼の輝き。

荒々しい赤間を演じた三船敏郎も、猛獣のような激しい眼差しは三船ならではだったし、当時20歳の久我美子も必死の眼差しで原節子に対抗していた。

 

映画を観終わって、黒澤がいいたかったことは現代にも通じるものがあるのではないかと思った。

ドストエフスキーはなぜ「白痴」を書いたのか。

1860年代のロシアは、独裁的な帝政が続いていて、貴族階級が権力を握り一般市民や農民の生活は困窮。貧富の格差は広がる一方で、民衆の間には帝政への不満が高まり変革を求めるさまざまな運動が各地で勃発していた。

ドストエフスキーがつけた「白痴」というタイトルは、医学的には重度の知的障害をいう場合もあり、そうなると差別用語だが、「世間知らずのおばかさん」という意味もあるという。

ドストエフスキーは、「白痴」である主人公を「世間知らずのおばかさん」、つまりは純真無垢な善人、掛け値なしの美しい人、として描こうとしている。そのような無私で純粋な人物が不平等が蔓延し民衆の不満が高まっている無秩序なロシア社会にあらわれたら、どうなるのか、という問題を読者に突きつけているのではないだろうか。

黒澤は1951年という、終戦間もない日本の混乱期にこの映画をつくり、ドストエフスキーと同じ問いを観る者に突きつけた。貧富の格差が拡大する一方の現代社会でも、同じように問われるべきテーマでもあるともいえよう。

 

ところで本作は松竹作品であるが、たしか黒澤は東宝の監督だったはず。

実は彼はずっと東宝で映画をつくっていたのだが、1946年の東宝争議のとき、組合側についたのが黒澤だった。ストに反対したスター俳優たちが東宝を飛び出して新東宝をつくったときは、対抗して組合中心の映画づくりに参加している。

しかし、1948年3月、長引く東宝争議で映画製作が十分にできなくなったことから、山本薩夫谷口千吉成瀬巳喜男らととも同人組織「映画芸術協会」を設立。しかし、その翌月に第3次東宝争議が始まると、黒澤は製作現場を守るため組合側に加わり、同協会は争議終結まで開店休業状態となる。

争議終結後は東宝を離れ、映画芸術協会を足場にして他社で映画製作をすることになり、松竹でつくったのが本作だった。その後、黒澤は争議で疲弊していた製作部門を再建するため東宝に復帰している。

北風大好きハンノキ

水曜日朝の善福寺公園は曇り。どんよりとした空だと余計に寒さが身に沁みる感じがする。

 

公園のスイセンが咲いていた。

冬に咲いて甘い香りを周囲に漂わせてくれる花。

甘い香りで花粉を媒介してくれる虫を呼び寄せるのだろう。

しかし、ニホンズイセンは3倍体植物なので結実せず、種子ができないという。そのかわり球根が別れる分球によって繁殖していくのだとか。

 

同じく冬に咲くミツマタの花が、チョコッとだけ咲いていた。

ミツマタは落葉性の低木。晩秋のころまでは緑の葉が繁っていたが、冬になるとみるまに落葉して裸の木になってしまう。

それがミツマタの戦略で、冬に葉をすべて落として花を咲かせることで、花が目立ちやすくなり、花粉を媒介してくれる虫や鳥の注意を引きやすくなるからなのだとか。

 

池のほとりでハンノキの花が垂れ下がっていた。

といっても、スイセンミツマタと比べると目立たない地味な花。

ハンノキは目立たなくていいんだそうだ。

ハンノキが選んだ生存戦略は、虫ではなく風の力で花粉を運んで受粉する風媒花。

このため、虫を呼び寄せるための派手な花びらや甘い蜜も香りは必要とせず、枝先から垂れ下がる地味な穂状の雄花から大量の軽い花粉を飛ばし、風に乗って遠くまで運ばれていく。

ただし、スギやシラカンバなどと同じカバノキ科の仲間で、花粉症の原因にもなるらしいが。

 

なぜ風媒花で、しかも冬の季節に開花するのか。

冬は強い北風が吹く。子孫繁栄のためにはなるべく遠くまで花粉を運んでもらいたいから、寒風や強い季節風は大歓迎なのだろう。

自然のメカニズムを上手に利用しているのがハンノキといえる。

ところでこのハンノキ、東京では絶滅が心配されている植物であり、絶命危惧Ⅱ類に指定されている。

水辺や湿地を好むハンノキにとって、都市化は生育地を減らす結果となっていて、このため群落が減少。井の頭公園などで保全活動が行われているという。

 

ハンノキは古代から黒褐色系染料の原料として利用されたりしてきて、万葉集にもハンノキを詠んだ歌がいくつもある。

ちなみにハンノキ(榛の木)の名前の由来は、開墾地に植えられ護岸や稲掛に用いたことから古語のハリ(墾)から「墾(ハリ)の木」と呼ばれたのが「榛の木」に変化したという説がある。

ジョウビタキの水の飲み方

 火曜日朝の善福寺公園は快晴。きのうより寒さゆるむ。きのう寒の入り(小寒)で寒さはピークなんだが。

 

上池では、久々に見るマルちゃんらしいオスのカワセミ

 

上池と下池を結ぶ小川(遅野井川)に差しかかると、けさも鳥たちがにぎやか。

まずはジョウビタキのオス。

高いところから次第に下の方に移動していく。

水辺に降りて水を飲んで素早く枝に。

鳥たちは水を飲むのも天敵を警戒していて、忙しい。

ゆっくり飲ませてあげたいが、のんびりでなく素早く飲むのも鳥たちにとっての流儀なのかもしれない。

 

目の前を2羽のカワセミがピューッと追いかけっこをするみたいにして飛んで行った。

 

メジロが群れで移動していく。

 

ウグイスはいつもは単独行動なんだが、冬の今ごろは複数で移動していることが多い。

落ちた木の実を探しているのかな?

 

下池を1周して再び上池に戻ると、こちらも久々のメスのカワセミ

実は毎日のように姿をあらわしているのだが、警戒しているのかいつもは葉っぱの陰にいて見えないようにしている。

本人は隠れてるつもりかもしれないが、葉っぱが落ちて枝の間から顔を出している。

 

少し離れたところにはオスのカワセミ

マルちゃんより1歳若い若造くんだろうか。

 

オナガガモが手すりの上で休憩中。

ピンと張った尻尾がカッコイイ。

 

公園のウメが咲いた。

公園近くの民家のウメはすでに咲いているが、これから公園内の“梅ロード”を歩くのが楽しみになる。