今回は、 ” 「センスに頼らない」未来を ” というテーマで考えてみます。

基本的に平日しか記していないので、今年最後の投稿(?)になります。
(センス:sense)
物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き。
感覚、また、それが具体的に表現されたもの。
判断力、思慮、良識。
「経営者センスと従業員センス」「教授者センスと学習者センス」というものがあります。
(経営者センス)
組織全体を導くための「俯瞰的な視点」と「意思決定力」。
・ビジョンを描く力
長期的な方向性を示し、従業員に「なぜこの仕事をするのか」を理解させる力。
・リスクとチャンスを見極める力
不確実な状況で、どこに投資し、どこを引くかを判断するセンス。
・人と資源の最適配置
「誰に何を任せるか」「どこに資源を集中するか」を決めるバランス感覚。
・市場や社会の変化を読む力
トレンドや顧客ニーズを先取りし、事業を柔軟に変化させる。
(従業員センス)
従業員には、現場で成果を出すための「実務的な感覚」と「協働力」が重要。
・仕事の優先順位をつける力
限られた時間で、何を先にやるべきかを判断する。
・コミュニケーション力
チーム内外で情報を正しく共有し、摩擦を減らす。
・改善・工夫の意識
指示されたことをこなすだけでなく、より良い方法を考える。
・顧客視点を持つ力
自分の仕事が顧客や会社にどう価値を生むかを理解する。
というようなことがよく言われています。
上記の「経営者センス」の ” 人と資源の最適配置 ” は、管理職の「従業員センス」と被り、「従業員センス」の中の ” 顧客視点を持つ力 ” というのはある意味「経営者センス」ですが、相対的に考えると、
”「経営者センスと従業員センス」は全く別モノ ”
であるということだと思います。
スポーツでよく言われる「名選手、名監督にあらず」ということと同じで、立場が違うとそこに求められる
” センス ” の種類も質も量
も変わってくるということです。
中には「名選手」が「名監督」になるケースもたまにはあって、話をややこしくしてしまうのですが、ここ数十年の日本企業の経営者は大概が「従業員」としては優秀で、素晴らしい ” センス ” を持った人たちであったのでしょうが、「経営者」としての ” センス ” を持ち合わせていない人たちが大多数であるように思われるのです。
そういった「経営者センス」の無い経営者は、創業者や先代の経営者のやっていたことをそのまま引継ぎ、他社の事例を極端に恐れ、マネをし、、、、そして企業自体が劣化していく、、という図式です(勿論、大企業であれば売り上げは伸びていたりしますが、会社内部はあらゆる面で劣化します)。
そして、このことと同様に「教授者センスと学習者センス」も別モノですね?
企業構造と同じで、「学習者」として優秀で、素晴らしい ” 学習者センス ” を持った人が、「教授者」になり、「教育」はいい加減なモノとなり、、、、ということです。
「従業員」「学習者」としての ” センス ” を持った人たちが、「従業員」「学習者」としてそのまま優秀でいられる社会であれば何も問題はないのですが、現状ではなかなかそれは難しいと思われます。
何が言いたいか? というと、
” センス ” に頼る「経営」「教育」は終焉をむかえるべきではないか、、、
ということです。
「経営者」「教授者」の ” センス ” が無い人が、真正な「経営」「教育」を行える環境・状況・システムを目指すべき時代になっているように思うのです。
「教育」においては、インストラクショナルデザインはつまりはそういうことを可能とする考えです。
” 誰がやっても同じ精度の高い教育、学習者支援 ”
という理念があります。
そして、なぜそれが可能だと言い切れるかというと、そこには ” システム ” と ” デザイン ” があるからです。
ですが、未だにインストラクショナルデザインは普及していませんし、先頭に立って導く人も今はいません、、、、
何かをきっかけにインストラクショナルデザインが学校、企業においても「教育」のスタンダードとなる日が来ることを信じてはいますが、、、
それと、「経営」については、おそらくこれまでのような従業員としては優秀だった人が経営者になるのではなく、経営者は ” AI ” がなることが期待されますね、、、
今時点での ” AI ” と、日本企業の経営者を比較してみても、圧倒的に ” AI ” の方が優れた「経営」を行うと思いますし、今後はさらにその差は開いていくのではないでしょうか?
倫理やハルシネーションといった問題がそれなりに解決して、
「 CEO は AI 」
という時代になれば、世界と大きく引き離された日本企業の質もレベルも追いつけるような気がします。
などと、年の瀬に考えてはみたのですが、、、、、相変わらずいい加減なことばかり記していた一年でした。
そして、多分、来年も同じように戯言を記していくのでしょう、、、
まぁ、ライフワークの1つなので仕方がありません・・・








