未来はどうなるかわからない。
病院で働いていて、患者さんの退院のことをお手伝いしていると、そう感じることが多い。
ただ退院する、というだけなら、ハイ、治療が終わったから退院してください!
ってだけで十分。
家でどんなに動けなくて、トイレにいけなかろうと、食事があんまり進まなかろうと、薬の管理ができなくてめちゃくちゃになろうと
お構いなしならさ・・・
ってそんなわけにはいかない、のだけど
この患者さんが退院した後に、どうしたら生活の負担が減るのか
困らないのか、不安が減るのか…
いろいろと思いを巡らす。
あと、退院した後、この患者さんがどのようにしたら、その後の人生をその人らしく、その人が望んだ姿に近い形にできるのか、を思い描く。
できることと、できないこと
事実と理想
どうしても、100%望み通り、元通り、なんて風には難しい。
いろんな検討要素があって、優先順位をつけながら、
これが今の時点で、1番よい選択だと思われる選択をするのだ。
いつも、お手伝いをしていて思う。
未来はどうなるかわからない
だけど、どうすれば、今の点から、理想の点に近づけられるのか
ぐーーーっと未来に思いを馳せてみて、想像してみるのだ。
今日だって、自宅には帰れないくらい身動きができなくて、透析もしているから、病院しかないのか…?と考えていた。
だけど、ずっと病院の中に死ぬまでいるっていうのが嫌だって思うご家族の気持ちが芽生えてきた。
他にも条件がたくさんあって、本当に施設が見つかるかわからない。
でも、病院で面会制限も厳しい中、たっくさんのお孫さんに会ってにこにこ過ごす患者さん、ご家族の姿が見えた気がした。
今なら施設もないことはないかも…!
むしろ今が施設に行ける最後のチャンスなのかもしれない…!…という気持ちになれた。
ちょっとだけ、可能性のある施設も数件あって、あのニコニコした皆さんの顔が現実になるのかも、と思うと、嬉しくなってきた
私ができるのは、「退院する時=点」までしかお手伝いができない。
人生は、たくさんの点の集合体で、線になって行くのだと思う。
もちろん、転院とか、家で支援してくださる方々、施設の方々に引き継ぐのだけど、私は入院中しか関われない。
いいなぁと思える未来に向かうために、退院の時点でその未来へ進むための道を選ぶ。
本人、ご家族といっしょに話をして、どうすれば、患者さんにとってよりよい人生の道に繋がっていくのかを考える作業は、答えがなくて、難しい。
なぜなら未来がわからないからだ…
でも、いいなぁと思える未来に近づく選択は、きっと今はこれなんだろうねって、相談のうえで落としどころを見つけて、退院していく姿を見る時
どうか、願った未来に近づきますように…って願ってやまないのだ。
退院していく患者さんのお手伝いをする中で
自分にだって当てはまるのだ。
未来はどうなるかなんてわからない。
だからこそ、良くも悪くもなるのは当たり前。
でも、ある意味可能性は無限大でもある。
絶対に無理!できない!
なんてこともない。
だから、自分が望み未来に進むために、今、ここで、その道に進むための点を見つけてかき集めて線を作る、選択するのだ。
ただ、病院にいて思うのは、年を重ねるほどにそのチャンスは狭くなっていくように思う。
未来には無限大の可能性があると言えど、人間いつかは終わりを迎えるし
身体はどんどん老いていく、やれることが減って、体力も減る。
未来の幅が狭くなるような感覚。
理想の未来へ進み始めるのが、早ければ早いほど理想の未来へ近づくと思うのだ。
だって、80歳、90歳になって、がんばれなくなったら、終わりがすぐそこに迫っていたら、いくら未来がわからないと言っても、もう未来は無限大ではなくなっているんだよ
・・・って、これを書いていて、自分もいつまでもうじうじしていちゃいけないねって、思い始めたよ。
1日1日を見ていけば、何の変哲もない毎日で、変化するのが面倒になってしまうけど…
今、ここから、行動して、変わりのない毎日に、ちょっとだけ変えてみることで
理想の未来に近づけるのかもしれない…
今日の感謝3つ
①気を使ってご連絡をくださった患者さんご家族が、すごく優しくて私の足りない所を補ってくださって、本当にありがたかった…!
②いろいろと施設に当たるときに、だいたいどこの施設さんも優しくて、本当にありがたいな・・・って思う!マジで感謝!!
③なかなか連絡のつかない先生が折り返しの電話を下さって、丁寧にお話を聞いてくださった。お忙しいだろうに、マジで感謝…!