海外居住者の終活

海外居住でこの先どうやって生きようか

🤒 育児のすきまに、パパのひとりごと|週末金曜日の夜、パパの風邪編

🌆 金曜の夜に訪れた不調

一週間の仕事を終え、ようやく週末を迎えた金曜日の夜。 「明日は少しゆっくりできる」と思った矢先、体が重く、喉が痛み始める。 熱もぐんぐん上がり、風邪の兆候がはっきりと出てきた。 週末の安心感は、思わぬ体調不良にかき消される。

 

👦👦 子どもたちの反応

長男が心配そうに覗き込み、「大丈夫?」と声をかける。

次男はタオルを持ってきてくれたり、布団をかけ直してくれたり。

その優しさに心が温まる。

けれど――それでも次男はパパと遊びたい。

「一緒にブロックしよう」「絵本読んで」と、いつものように誘ってくる。

父の体調を気遣いながらも、遊びたい気持ちは抑えられない。

 

🌅 土曜の朝の散歩

何とか金曜日の夜を凌ぎ、迎えた土曜日の朝。

まだ体は重いが、子どもたちの「散歩に行こう!」という声に背中を押される。

ゆっくりと歩く道すがら、冷たい空気が熱を帯びた体を少し落ち着かせる。

子どもたちの笑い声に包まれながら、弱った父でも「一緒にいる時間」を守ることができた。

 

🤒 更なる高熱と避難

しかし散歩から戻ると、熱はさらに上がり、体は動かなくなる。

咳も強まり、横になるしかない状況。

「これは子どもたちにうつしてはいけない」と判断し、 息子たちは妻の実家へ避難することになった。

家の中は急に静かになり、父は布団の中で孤独と安堵を同時に感じる。

 

🌱 すきまに残る余韻

育児のすきまに残るのは、 「弱さを見せても、家族は支え合いながら動いていく」という静かな実感。

父が倒れた時も、家族のリレーは続いていく。

 

🌙 育児のすきまに、パパのひとりごと|子どもが熱を出した夜

🛏️ 不意に訪れる夜

次男が「寒い」と言って布団に潜り込む。 体を触ると、熱がある。

遊び疲れではなく、体調不良のサイン。 その瞬間、家の空気が少し張り詰める。

 

👦 兄の反応

長男が心配そうに覗き込み、「大丈夫?」と声をかける。

普段はちょっかいを出し合う兄弟も、この時ばかりは協力的だ。 小さな優しさが、夜の部屋を温める。

 

🧩 父のケア

次男は「足が痛い」と泣き出す。 私はその足をやさしくさすりながら、落ち着くのを待つ。

熱で火照った頭に載せたタオルも、何度も取り替える。 夜中に繰り返される小さなケアは、親としての忍耐を試す時間でもある。

 

💻 病院に連れていくかの葛藤と仕事の山

頭の中では「病院に連れて行くべきか」という思いがぐるぐる回る。

夜中に動くのは大変だし、朝まで様子を見てもいいかもしれない。

でも、もし症状が悪化したら…という不安も消えない。

さらに、机の上には山のように残っている仕事。

資料の整理、メールの返信、明日の準備。 「仕事を片付けたい」という焦りと、 「子どものそばにいなければ」という思いがせめぎ合う。

その板挟みが、父親としての葛藤を深めていく。

 

🌱 すきまに残る余韻

ようやく寝息が聞こえてきたとき、部屋に静けさが戻る。

安心と疲れが同時に押し寄せる。

次男の様子を見ながら溜まった仕事に手をつける。この時ばかりは、英語の長文依頼を読むのも億劫になる。

育児のすきまに残るのは、 「迷いも葛藤も、親になる過程の一部」という静かな実感。

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💻育児のすきまに、パパのひとりごと|仕事が残っている夜、寝かしつけでイライラする父親の葛藤

🌏 ベトナムの共働き事情

ベトナムでは共働きの家庭が多い。 我が家も例外ではなく、日中は妻も私も仕事に出ている。

だから、家に帰ってから子どもたちが寝るまでの時間が、父としての育児の本番になる。

上の二人息子たちのケアをするのは、私の役割だ。

 

🛏️ 夜のケアタイム

宿題を見たり、一緒に遊んだり、時には喧嘩を仲裁したり。

「もう寝る時間だよ」と声をかけても、兄弟はまだ遊びたい。

布団に入っても、笑い声や小さな足音が止まらない。

一日の終わりは、静けさではなく“攻防戦”から始まる。

 

💻 仕事が残っている夜の葛藤

そんな夜に限って、頭の片隅には「まだ片付けていない仕事」が残っている。

メールの返信、資料の整理、明日の準備。

「早く寝てくれたら…」という焦りが、少しずつイライラに変わっていく。

父親として子どもと過ごす時間を大切にしたい気持ちと、 仕事をきちんとやり遂げたい気持ちが、心の中でせめぎ合う。

 

👨 父親の忍耐と成長

寝かしつけは、親の忍耐力を試す場でもある。

絵本を読んだり、子守歌を口ずさんだり、背中をトントンしたり。

それでも寝ないときは、ただ横にいて「眠くなるまで待つ」しかない。

その時間は、父親としての優しさと忍耐を育てる時間でもある。

 

🌱 すきまに残る余韻

ようやく寝息が聞こえてきたとき、部屋に静けさが戻る。

その瞬間、イライラも少しずつ溶けていく。

「今日も一日、よく遊んだな」と思いながら、眠る子どもたちの顔を見て心がやさしくなる。そこから仕事の再開

仕事と育児の両立は簡単ではない。

でも、その葛藤の中にこそ、父親としての成長がある。

育児のすきまに残るのは、 「イライラもまた、親になる過程の一部」という静かな実感。

 

🌧️ 育児のすきまに、パパのひとりごと|雨の日の午後


☔ 外に出られない午後

雨の日の午後、窓の外は灰色の景色。

子どもたちは外遊びができず、少し退屈そうにしている。

「今日は広場に行けないね」と話すと、 長男も次男も、しばらく窓の外を眺めていた。

 

👦👦 キッズルームとお家遊び

我が家には併設のキッズルームがある。

雨の日はそこで遊ぶことが多い。 ブロックを積んだり、滑り台をしたり、兄弟で追いかけっこをしたり。

時にはお家に戻って、絵を描いたり、ぬいぐるみで遊んだり。 外に出られなくても、子どもたちは遊びを見つける天才だ。

 

🍞 甘い香りの時間

雨の日の楽しみは、パンを焼いたりクッキーを作ったりすること。

オーブンから漂う香りに、子どもたちは「まだ?」「もう?」とせかす。 焼きたてのパンをちぎって食べる瞬間や、 クッキーを一緒に並べて焼く時間は、雨の日ならではの小さなイベント。 遊びと食卓がつながって、家の中がさらににぎやかになる。

 

🧩 父のまなざし

私はコーヒーを片手に、その様子を見守る。 仕事が残っている日は少しイライラすることもあるけれど、 「雨だからこそ生まれる時間」だと思うと、 その光景を味わう余裕が少しずつ育っていく。

 

🌱 雨がくれる余韻

外に出られない午後は、家族の距離を近づける。 窓の外の雨音が、子どもたちの声と重なり、 部屋の中に静かなリズムを作っていく。 育児のすきまに残るのは、 「雨の日もまた成長の一部」という実感。

 

🌙 育児のすきまに、パパのひとりごと|寝かしつけの攻防戦

🛏️ 一日の終わりに

夜になると、子どもたちを寝かしつける時間がやってくる。

「もう寝る時間だよ」と声をかけても、兄弟はまだ遊びたい。

布団に入っても、笑い声や小さな足音が止まらない。

一日の終わりは、静けさではなく“攻防戦”から始まる。

 

👦👦 兄弟の抵抗

長男は「まだ本を読みたい」と言い、次男は「もう一回遊びたい」と言う。

大好きだからこそ、二人でちょっかいを出し合い、

布団の中で小さな喧嘩になる。

でも、結局は笑い合って、また遊びに戻ってしまう。

寝かしつけは、兄弟の仲の良さが裏返しになった時間でもある。

 

🧩 父の工夫と葛藤

私は絵本を読んだり、子守歌を口ずさんだり、時には背中をトントンしたり。

それでも寝ないときは、ただ横にいて「眠くなるまで待つ」しかない。

ただ、仕事が残っている夜は、少しイライラしてしまう。

「早く寝てくれたら…」と思う自分と、「この時間も大切なんだ」と思う自分が、心の中でせめぎ合う。

 

🌱 すきまに残る余韻

ようやく寝息が聞こえてきたとき、部屋に静けさが戻る。

その瞬間、攻防戦は終わり、勝敗はつかないまま幕を閉じる。

「今日も一日、よく遊んだな」と思いながら、 眠る子どもたちの顔を見て、心が少しやさしくなる。

寝かしつけは大変だけれど、 そのすきまに残るのは、確かに“育てる時間”の一部。

そして、父親としての私は、イライラも含めてその攻防戦を受け止めている。

 

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🌞 育児のすきまに、パパのひとりごと|休日の朝の風景

⏰ 週末の早起き

休日といっても、我が家の朝はゆっくり始まらない。

子どもたちは5時前後に目を覚まし、まだ薄暗い部屋で「パパ、起きて!」と布団に飛び込んでくる。

長男が先に起き、次男が続いて、布団の上は小さな遊び場になる。

休日の朝は、静けさよりも笑い声で始まる。

 

☕ 朝ごはんとカフェへ

早起きの子どもたちに合わせて、朝ごはんは二通り。

すぐに食べたいときは24時間営業のカフェへ。

少し待てるときは、7時まで待って近所の川沿いのカフェに向かう。

どちらにしても、家族で歩いて行くその時間がちょっとしたイベントになる。

 

👦👦 遊び場での兄弟時間

カフェに着くと、子どもたちは併設のキッズスペースへ。

滑り台や小さなおもちゃで遊びながら、笑い声を響かせる。

時にはカフェの周りの広場に出て、走り回ったり、追いかけっこをしたり。

兄弟は本当に仲良しで、大好きだからこそちょっかいを出し合い、喧嘩にもなる。

でもすぐに仲直りして、また一緒に遊び始める。

 

🌱 父のすきま時間

私はコーヒーを片手に、その光景を眺める。

平日の慌ただしさとは違う、ゆったりとした時間。

子どもたちの声、食卓のにぎわい、 そして、家族がそろって迎える朝。

それは、育児のすきまに訪れる小さな贅沢。

 

✨ 余韻

休日の朝は、特別なイベントがなくても、 家族が一緒にいるだけで十分に豊かだ。

育児は大変だけれど、こうした時間があるからこそ続けていける。

「今日も一日、家族と過ごせる」 その実感が、静かに心に残る。

 

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👦👦 育児のすきまに、パパのひとりごと|兄弟げんかの観察記録

🥊 仲良しだからこそ喧嘩になる

我が家ではテレビを見ない。

だから長男と次男は、いつも一緒に遊んでいる。

お互いが大好きだからこそ、ちょっかいを出して喧嘩になる。

理由はおもちゃの取り合いや順番の小さなこと。

でも、そのやり取りの中に、兄弟ならではの距離感がある。

 

👀 父は観察者

私はすぐに止めることもあるけれど、 時には一歩引いて観察者になる。

泣き声や怒鳴り声の中に、「相手を試している」「自分を主張している」 そんな成長の断片が見えるからだ。

 

🧩 自分にはなかった経験

私は孤児で、兄弟はいなかった。

施設で過ごした子ども時代は、同じ境遇の仲間はいたけれど、そこには“兄弟”とは違う上下関係や力関係が働いていた。

だから今、目の前で繰り広げられる兄弟げんかは、 自分にはなかった経験を見せてくれる。

「兄弟ってこういうものなのか」と、観察しながら学んでいる自分がいる。

 

🤝 仲直りの早さ

不思議なもので、激しくぶつかり合った後でも、 数分後にはまた一緒に遊んでいる。

「ごめんね」と言葉にしなくても、 同じおもちゃを並べて笑い合う姿に、 兄弟ならではの回復力を感じる。

 

🧩 父の気づき

兄弟げんかは、親にとっては頭を抱える場面。

でも、子どもたちにとっては、 相手を知り、関係を修復する練習の場でもある。

私はその過程を見守りながら、 「人間関係の縮図がここにある」と思う。

 

🌱 すきまに残る余韻

兄弟げんかを見ていると、 自分の子ども時代との違いを強く感じる。

そして、子どもたちが互いに育て合っていることに気づく。

育児のすきまに残るのは、 「けんかもまた愛情の一部」という静かな実感。

 

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