MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
卵巣ガンになって思ったことも、少しずつ書き始めました。
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ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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全盲難聴・のんたん 第18回たきび祭① 長女といっしょに応援(2025年12月6日)

MIYO

2025年12月6日 「たきび祭」で。(全盲難聴・のんたん 30歳)


12月6日(土)


今年も、「たきび祭」が開催されました。


たきび祭は、毎年、12月初めに日野市が開催しているイベントです。そのオープニングでは、必ず、「ひまわり」が演奏しています。長男は、「ひまわり」のメンバーで、コンガを担当し、毎年出演しています。


これまでに掲載した「たきび祭」の日記です。
2017年(長男22歳)
ボランティアのヨリさんとヤグチさんが、かけつけてくださいました。
1分30秒を過ぎた頃から、長男のソロが始まります。(撮影:のぞみ父)

17120901風になりたい - Nozomi, Deaf-blind
全盲難聴・のんたん 日野市たきび祭① - 脱ヅラしました+「風になりたい」(2017年12月9日) 
全盲難聴・のんたん 日野市たきび祭② - 「空も飛べるはず」+「フィナーレ」(2017年12月9日)
全盲難聴・のんたん 日野市たきび祭③ - やっぱり最後はカラオケ(2017年12月9日) 

2018年(長男23歳)
全盲難聴・のんたん 「たきび祭」で演奏しました。(2018年12月8日)

2019年(長男24歳)
全盲難聴・のんたん 「たきび祭」で演奏しました。(2019年12月7日)
全盲難聴・のんたん 「俺の焼き肉 神田店」で晩ごはん(2019年12月7日)
2022年(長男27歳)
全盲難聴・のんたん 「第15回たきび祭」で演奏しました。① 3年ぶりの開催(2022年12月3日)

全盲難聴・のんたん 「第15回たきび祭」で演奏しました。③ カナンでランチ(2022年12月3日)
全盲難聴・のんたん 「第15回たきび祭」で演奏しました。④ 和太鼓と津軽三味線 / S園のバザー / 音楽クラブ(2022年12月3日)

2024年(長男29歳)

全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭① キッチンカーのランチ(2024年12月7日)

全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭② メンバー紹介で笑顔(2024年12月7日)
全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭③ 「ありがと~!」とごあいさつ。/ S園のレクリエーション企画(2024年12月7日/10月29日)
全盲難聴・のんたん 第17回たきび祭④ カラオケUTABA(2024年12月7日)


上の記録なのですが。

実は、2023年(長男28歳)が抜けています。

私たちが行くことができなかったからです。


この年も、事前にS園から、メールで

お知らせをいただいていたのですが、

それに気づかず、メールを見たのは、

すでにたきび祭が終わった数日後でした。


これはとてもつらかった。


なにか用事があったわけではなく、

普通に家にいたのに、ただのうっかりミスで

長男の晴れ舞台を見に行ってやれなかった、

というのは、私の中でいつまでも傷になり、

そのことを、ブログに書くことが、

なかなかできませんでした。


以来、MIYO家では、

S園からのメールに気を配るだけでなく、

S園の年間スケジュール表をチェックして、

一年分を自分の手帳に書き写して、

行事には必ず参加できるようにしておく…

など、再発防止を心がけてきました。


今年も、12月6日には必ず行くつもりでした。

が、その前日になって、

私も夫も風邪をひいたようで、

体調がどんどん悪化していきました。


そして突然、

「オレ、明日は行かない。」

と、夫が言い出しました。

先に言ったものの勝ち、みたいな。😓


実は私も体調が悪くて、

本当は休みたかったのですが、

先に夫からそう言われてしまうと、

残った私だけでも行くしかない…

と、覚悟を決めました。


「別にムリしなくても、

 ふたりとも休めばいいじゃん。」

と夫は言ったけど、そうはいきません。

長男は、

「おとうさんとおかあさんは来るだろうな。」

と思っているし。

にもかかわらず、

「今日は行けなくなったよ。」

と長男に伝えるすべもないし…。

私たちが行かなくても、

長男は私たちのことを、ずっと待ち続けるはず。


そして、演奏が終わってから、

「おとうさんとおかあさんは、

 今日は来なかったんだな。」

と、はじめてわかるというのは、

あまりにせつない。

2年前にそれをやってしまったのだと思うと、

長男に申し訳なくて、

もう同じことはしたくない、という気持ちでした。


当日の朝、

夫はあっさりと「行かない。」と言い、

ふとんからでてきませんでした。

私も体調がかなり悪かったけど、

マスクをして、しっかり厚着をして、

夫の運転で車で行くはずだったのを、

急遽電車に変更して、家を出ました。


夫は最後まで、

「行けなくてごめんね。」

とは言いませんでした。

ほんのひとことでも言えば、

しょうがないなあ、と私も思うのに。

夫は、

「行けない理由があるのだから、

 オレは悪くない。」

と思うタイプ。😔


ずっと前、もう7年も前になりますが、

長男の障害者スポーツ大会に、

「その日は山に行くことが

 前から決まっているから行かない。」

と言って、ほんとうに

山に行ってしまったことがありました。

そのときの日記です。

全盲難聴・のんたん 5回目の、東京都障害者スポーツ大会① - 母娘で行くよ!(2018年6月2日)


夫が言うべきなのは、

「行けない理由があるから行かない。」

ではなく、

「悪いけど行けない。

 ひとりで行かせてごめんね。」

だと思うのですが、そんな私の気持ちを、

夫は一生理解できないのだろうな…。

(こんなことが積み重なって、不仲になったのに。😔)


朝7時半に駅に着くと、改札口で、

長女が待っていてくれました。

もともと、この日は長女もいっしょに

車で行くことになっていました。

でも夫が来なくなってしまったので、

長女がいっしょに

電車で行ってくれることになり、

とても心強い思いでした。


7年前のスポーツ大会のとき、

夫は勝手に「行かない」と言ったけど、

あのときも長女が、

「私が代わりに行くから。」

と言い出して、助けてくれたんだよなぁ。

…と思い出しました。

(ありがとう、長女。^^)


2時間半かけて、日野市の旭が丘中央公園へ。

長男が出演する10時55分の

少し前に着くことができました。


イスに座って出演を待っていた長男のところへ行き、そっと長男の手を握りました。


ほんの少し手をさわっただけで、

長男は必ず私だとわかり、

「おかあさん!」

と言ってくれます。😊


「そう、おかあさんだよ。おかあさんがきたよ、のんたん。」


ここで長男、すかさず、


「今日はカラオケ、行かないね?」ですと…。😅


はいはい、わかってるよ…。

たきび祭のあとで、

カラオケに行きたいんだよね。🤣


そう思って、昨夜のうちに、

カラオケのお店を予約してありました。

風邪で調子悪かったけど、

マスクしっかり着けて、

長男にうつさないように気をつけながら、

今日はカラオケもがんばります。😭


時間になり、長男は舞台へ…。

位置について…、

始まりました。^^

がんばれ。

長男、ノリノリ。^^

長男の演奏です。


(つづく)

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