MIYO'S WEBSITE - 全盲難聴のんたんの記録と卵巣ガン、そして旅日記。

超未熟児で生まれた後遺症で、全盲難聴(盲ろう)となったのんたん、双子の妹あみちゃんと共に楽しく生きる家族のお話です。
子どもたちは24歳になり、毎日元気に楽しく暮らしています。
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ベトナム家族旅行:
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小学生だったころの子どもたちの育児日記は、こちらです。
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無理やりのインド。歩き続けた12日間 24 - チョウマハラ宮殿④ 武器と写真(2025年10月18日/2日め)

MIYO

2025年10月18日 チョウマハラ宮殿で。(インド・ハイデラバード)


10月18日(土)


ニザーム王国の王宮だった、

チョウマハラ宮殿

(Chowmahalla Palace)

に来ています。



再び1階に戻り、次の部屋に行きました。


この部屋は、武器の保管庫になっています。


【武器庫】

ハイデラバードでは、ムガール帝国時代から、男性が武器を携行するのが通例となっており、この習慣は、20世紀まで続きました。ニザム家および王室の人々も、その習慣に従って、公の場に出かけるときには武器(通常は剣か短剣)を携行していました。特にニザム家には独自の剣がありました。

チョウマハラ宮殿の武器庫は、当時作られた最高かつ最も高価な武器で構成されています。なかでも「アッバシ」は、第6代・第7代ニザーム王の個人的な剣でした。剣はわずかに湾曲しており、柄の先端には金の象嵌細工が施されています。


中央に銃が展示され、周囲の壁は、剣で埋め尽くされていました。

王の誕生日を祝うパレードのために整列する、ニザーム王国の軍隊(Maisram Regiment)。(1956年)

同じく、王の誕生日のパレードのために集まったニザーム王国の軍隊(Maisram Regiment)。(1935年)


【ニザーム王国の軍隊(Maisram Regiment)】

1724年に組織され、1948年に州が統合されるまで機能していました。


そして武器庫の隣りの部屋へ。

通路やドアの装飾もすばらしいです。

部屋に入るとそこには、膨大な数の、王族の写真が飾ってありました。

ひときわ大きな写真は、ムカラム ジャ皇太子(Prince Mukkaram Jah)と妻のエスラ ビルゲン王女(Princess Esra)です。


エスラ王女は、

トルコ出身のハイデラバード貴族でした。

ふたりは結婚して15年後に離婚しましたが、

王女はその後も、

宮殿の修復や病院の建設などに貢献したそうです。


これでようやく、チョウマハラ宮殿本館の見学が終わりました。


本館が終わっただけですからね…。

見学は、このあともまだまだ続きます。😓


(つづく)

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