「バジュランギおじさんと、小さな迷子」に泣けた日(2025年7月12日)/ スイカアイスと台湾・高雄から美濃へ(2025年7月2日-8日)
2011年8月4日 タージマハールで。(インド・アーグラ 長男と長女・15歳/高1)
7月12日(土)
40年くらい前は(笑)、毎年、
中国映画祭に足しげく通っていました。
中国映画だけでなく、各国の映画が好きで、
岩波ホールにもよく行きました。
でも、子どもたちが生まれてからは、
映画館に行かなくなりましたね~。😅
映画館まで行かなくても、少し待っていれば、
テレビで放映されることも多くなったので、
別に行かなくても、
テレビでタダで観られるからいいかな、
なんて思ったりもして。
(↑ケチです。)
レンタルビデオやDVDで、
珍しい映画のラインナップも増えてきました。
ツタヤのレンタル会員になり、毎週、
DVDを自宅に送ってもらった時期もありました。
ガンで入院していた頃は、
ツタヤから病院あてにDVDを送ってもらい、笑
映画三昧で入院生活を乗り切りました。
自宅がケーブルテレビとつながってからは、
見られる映画や韓ドラが増え、
その後スカパーに変えてからは、
そのラインナップがさらに増え、
家で韓ドラや映画を観る時間が激増しました。
こうなると、ますます、
映画館に足が向かなくなってしまって…。😓
こんなふうにして、いつのまにか、
映画館に行くことはすっかりなくなりました。
映画は好きなんです。
でも、
「映画館まで出かけていくのがめんどくさい。」
という、横着者です。
ところが。
長女が、
「いっしょに映画に行こう。」
と言ってきました。
インドが大好きな長女。
「バジュランギおじさんと、小さな迷子」
というインド映画にはまり、
もう2回も見たそうな。
「もうすぐ再上映があるけど、
これが最後の劇場公開なんだって。
私はまた行くつもりだけど、
おとうさんとおかあさんもいっしょに行こうよ。
お金は私が出すから。」
と言われ…。
そこまで言うならしょうがないか、と、
長女の顔をたてて、行くことにしました。
長女は、はりきってチケットを3枚購入。
ほんとうに、長女がおごってくれました。😊
ちなみに、入場料はひとり1900円でしたが、
私と夫の分は、しっかり、
「シニア料金(1500円)」で買ってありました。
(さすが、私のムスメ。)
ということで、池袋の新文芸坐へ。
スクリーンには、たくさんのインド映画が紹介されていました。このあと新文芸坐では、8月末まで、インド映画が続くようです。
全席指定だったのですが、周囲を見てもガラガラ。…と思っていたら、開始直前には、ほぼ満席になりました。
「バジュランギおじさんと、小さな迷子」のパンフです。
【あらすじ】
パキスタンの小さな女の子シャヒーダーは、生まれつき、言葉を話すことができません。ところが、インドで母親とはぐれ、ひとりぼっちになってしまいます。たまたま出会ったインド人の青年パワンに保護されるのですが、紆余曲折の末、パワンはシャヒーダーを連れてインドを出発。パキスタンへと、彼女の家族を探すための旅に出ます。
前半は笑いに満ちたストーリーなのですが、
後半は、不法入国したパキスタンで、
パワンが警察に追われ続けるという、
緊迫したシーンが続きます。
159分の長い映画でしたが、最後まで、
飽きることなく見ることができました。
ラストは、涙、涙。
あとで訊いたら、夫も泣いてしまったそうです。笑
映画が終わり、エンドロールが流れても、
場内は誰ひとり立ち上がることなく…。
それも終わったとき、
観客の誰もが拍手をしていました。
スクリーンに向かって拍手したくなるような、
いい映画でした。
これと同じことが、ずっと前にもあったな、
と考えていたら、思い出しました。
1988年に公開された、アルゼンチン映画、
「メイド・イン・アルゼンチン」です。
私が夫と観たのは、ラテンアメリカ映画祭で。
たぶん、1989年だったと思います。
豊かな生活を求めて、誰もがアルゼンチンを捨て、
アメリカに移住するような風潮の中で、
どう生きていくべきかと迷う青年の心情を
ていねいに描いた映画でした。
映画が終わってからも、誰ひとり立とうとせず、
場内から静かに沸き起こった拍手。
そんな映画は、後にも先にも、
「メイド・イン・アルゼンチン」だけでした。
そして今。
36年もたって、あのときと同じような拍手。
心にしみるような、いい映画を観ました。
誘ってくれた、長女のおかげです。^^
「バジュランギおじさんと、小さな迷子」は、
インド映画興行成績歴第3位のヒット作ですが、
日本でも、多くの人々を魅了したようです。
「全世界を笑いと涙に包んで、大ヒット!」 インド映画だけあって、「突然、全員で踊り出す」というシーンもしっかり入っていて、楽しめます。^^
映画のあとは、10分くらい歩いて、
イタリアンのお店でランチ。
BATON 東池袋店へ行きました。
あんないい映画を観たあとで、
気分はすっかりインドだったので、
「インド料理にすればよかった。
失敗しちゃったな。」
とは思いましたが…。
事前にホットペッパーで予約してあったので、
キャンセルするのも申し訳ないし、ってことで、
インド映画のあとの、なぜかイタリアン。笑
ランチタイムは、各自、好きなメインを選び、
スープ、サラダ、ライス、ドリンク
とセットでいただく、というシステムでした。
前菜はオプションです。ポテトサラダ風、カナッペ、カルパッチョ。
スープ、ドリンクといっしょに。
夫のランチは、天元豚 赤ワインで仕立てた洋風角煮。
ライス、サラダといっしょに。
長女は、
大山鶏のコンフィ グラタン仕立て
を選んだのですが、
写真を撮り忘れました。😅
MIYOが選んだのは、真鯛のガーリック漬け炙り丼。
おだしをかけて、
お茶漬けみたいにしていただきました。
おいしかったです。^^
デザートもオプションで。これもおいしかったです。^^
オサレなイタリアンのお店は、お料理もオリジナリティがあって、どれもおいしく、店内は女性客でいっぱいでした。^^
3人分のランチは、全部で7000円でしたが、
長女のホットペッパーのポイントを
2000ポイントもらったので、
お支払いは5000円になりました。
モッピー+ホットペッパーで予約したので、
さらに約300Pをゲット。^^
映画館で映画を観たのは、
何十年ぶりでしょうか…。
それも、長女のおごりですからね。
楽しさも倍増でした。^^
誘ってくれてありがとうね。😊
生後7か月間を、NICUで過ごした長女。
退院後もいろいろあった子育てでしたが、
長女もすっかり一人立ちしたし…。
生きていると、こういう日もくるんだな、
と思った一日でした。
(おまけのお話)
MIYOは、スイカのアイスが大好きで、
旅行中に見つけたら必ず買います。
ちなみにこれは、ラオスで買ったスイカアイスです。
このときの日記です。
34年ぶりのラオス、そしてタイへ。歩き続けた12日間 42 - 朝市⑥ 川魚、干し魚、肉と、スイカアイス(2025年3月16日/3日め)
「どうして日本にはないのだろう。」
…と、いつも思っていました。
そしたら、インド映画を観た日の帰りに、
まいバスケットで見つけました。
スイカのアイスです。^^
日本にはない、と思っていたら、
私が知らなかっただけでした…。笑
これは、7月に行った台湾・高雄で買った、スイカアイス。「日本語が書いてある。」と思ってよく見たら、なんとロッテの製品でした。「だったら日本にもあるんじゃないか」と探してみたらあった、という次第。笑 イラストは、日本のはメロンくんで、台湾のはスイカくんです。(←どうでもいい情報)(2025年7月5日 台湾・高雄)
台湾のスイカバー。おいしかったです。^^
でも、今回の台湾で、スイカアイスよりも感動したのは、曹公廟へ行った帰りに通りがかったお店でした。(2025年7月7日 台湾・高雄)
あまりの暑さに堪えかねて、かき氷のお店へ。
このときいただいたのがこちら。「花蓮大西瓜」というかき氷です。
丸いのはミニトマトではなく、丸くカットされたスイカです。スイカ、大盛りですよ。^^
反対側はこうなってます。かき氷に似ているのですが、このお店のは削り氷(Shaved Ice)。氷のきめが細かくて、口に入れると、ふわっと溶けていきます。
練乳入りのスイカジュースで作った氷は、口の中でほろほろと溶けて、得も言われぬおいしさでした。
器に大盛りだった「花蓮大西瓜」。
160TWD(約800円)でした。
でも、その価値あり。😋
たくさんあったけど、夫とふたりではんぶんこ。
どうにか食べきりました。
そしてこちらは美濃。「客家の郷」と言われるところです。自転車を借りて、町の中を周りました。写真は美濃湖です。(2025年7月3日 台湾・美濃)
【美濃(メイノン)】
高雄市からバスで3時間のところにある地方都市です。中国大陸から渡ってきた客家の人々が多く暮らしている、伝統的な客家の郷です。現在も、客家伝統の工芸品や料理など、客家文化が色濃く残っています。
40年ぶりに乗った自転車。乗り方をすっかり忘れていました。笑 「こわいよ~」と言いながら、よろよろ漕いでます。笑 でも、一日乗っているうちに慣れてきて、最後はびゅんびゅん飛ばしていました。😊
町の中に点在するたくさんのスポットを、一日かけて、自転車で訪ね歩きました。
1902年(明治35年)に設立された「美濃警察分駐所」。この建物は、1933年(昭和8年)に完成しました。
【美濃警察分駐所】
日本統治時代に建てられたものです。小規模ながらも、優美な和洋折衷のバロック風建築の特徴を具えています。敷地内には、本館のほかに旧宿舎、防空壕、トーチカなどの施設も残っています。美濃地区で唯一現存する官舎建築であり、歴史的価値が非常に高いことから、2007年に高雄市の歴史建築に指定されました。その後改修を経て、2015年、「美濃文創中心(文化センター)」としてオープンしました。
残念ながら、この日は休館日で、
中に入ることができませんでした。
が、すぐ隣りには、修復中だった宿舎もあって、
当時の日本の雰囲気を感じさせるスポットです。
日本が残していったものを、
80年も、大切に保存してくれてありがとう、
という気持ちでした。
客家伝統の、美濃油紙傘工房。左端は、3代目のご主人。とても丁寧に説明してくださいました。
客家の伝統衣装を仕立てる、「客家藍衫」で。この日はお休みのようでしたが、ご主人が、ひとつのひとつの衣装を見せて、説明してくださいました。
会う人みんなが優しかった、美濃(メイノン)。
経済発展を遂げながらも、
古い時代のものも、人の温かさも、
大切に残している台湾が大好きです。
7月2日から8日まで、
台湾の、それも高雄だけで過ごした7日間。
その日々を思い出すたびに、
なにかほっこりした気持ちになります。
台湾・高雄の日記も書きたいのですが、
2024年12月の台湾・台北&新竹日記すらも、
途中で止まったままです…。😔
時間が足りません。😓