正月なのに全く明るくないドラマを一気見してしまった。
「如果我不曾見過太陽」は美しい悲恋物語なのだけれど、男主は10人も殺した連続殺人犯。女主はドラマの途中で表舞台から姿を消してしまう。平凡な展開に見えた物語は最初から少しずつ歪んでゆき、意外な展開を見せる。ハッピーエンドでもないし陰惨な部分も多いので万人に勧められるドラマではないけれど、Netflixで日本語字幕で見やすいし、良質な作品です。
なるべくネタバレしないように書きたいんですが、うまく伝わらなさそう。中盤までのストーリーのネタバレ及び原稿後半には重大なネタバレが含まれます。ご注意ください。
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序盤のお話
新米ADの周品瑜(江齊 飾)は監督の言いつけで収監中の「レインコートキラー」にインタビュー依頼に会いに行く。雨の日に10人もを殺害した李壬曜(曾敬驊 飾)は犯行の手口は詳しく供述したものの動機については口を閉ざし、取材もインタビューも拒否してきた。…ところが李壬曜は当日も周品瑜が来るのを条件にインタビューを受けるという。
李壬曜に纏わる取材を続けるうち周品瑜は少女の幽霊を観るようになる。彼女は李壬曜と同じ高校に通っていたバレエダンサーを夢見る江曉彤(李沐 飾)。李壬曜の私物のCDの中から彼女の写真を見つけた周品瑜は、彼女が李壬曜の犯行に関係あると考えはじめ、やがて二人が通っていた高校の様子を鮮やかに夢に見るようになり…。
最初から高校生の悲恋が物語の核なのだろうと想像はつく。李壬曜の父親は借金まみれのギャンブル狂で、母親はそんな父親を見捨てられない。学校でも問題児。一方の江曉彤は表彰される程踊りが上手なダンス科の生徒で、家も中流で家族仲も良好。
過去編では徐々に深まっていく二人の関係と、江曉彤の親友で彼女に密かに思いを寄せているらしい赖芸蓁(程予希 飾)、李壬曜を目の仇にする議員の息子・歐陽悌(石知田 飾)のグループを中心に展開する。
初々しい恋愛模様はリリカルに描かれる(多少冗長に感じられるのは台湾ドラマ特有のテンポの緩やかさによるものだと思う)。江曉彤役の李沐は何処かで見た…と思ったら「次の被害者」の主人公の娘を演じていた女優さんだ。29歳(!)だというが、どう見ても繊細な高校生に見える。女優さんて凄い。
男主・李壬曜を演じる曾敬驊は映画「返校」に出演していた俳優さんだが、あの時より洗練された、穏やかな佇まい。切れ長の目だけで様々な感情を物語れる俳優さんだ。
李壬曜や赖芸蓁は悲惨な家庭の犠牲者で、江曉彤は二人を何とか救おうとする。ただ大人たちの力関係や無理解で事態は(視聴者の想像通り)悪い方に転がってゆく。
幽霊譚にも思えてくる第1シーズン
過去編はよくできてはいるけどありがちな物語だ。ただ時折挟まれる現在編(と言っても時間軸は2023年)が不穏な空気を醸し出す。頼りないADに見えていた周品瑜は、どうやら時間の感覚も曖昧で記憶も所々欠落しているようだ。時折現れる江曉彤の幽霊は彼女に何か言いたげだ。連続殺人犯である李壬曜は周品瑜に接する時は限りなく優し気に見える。彼女が“姉さん”と呼ぶ沈暮は彼と知り合いみたいだ。
…所々に引っかかる情報が挟み込まれ、現代編については???だらけになる。
ちなみに第1シーズンでは根本的な疑問である「何故李壬曜は10人もの人を殺したのか?」については全く分からない。とある事件が起き、それが原因だろうと推測はできるものの、5年後の再会を約束して李壬曜と江曉彤は離ればなれになってしまうからだ。
第1シーズンは1時間×10本あるので、もやもやしたまま観続けるのはちょっと忍耐が必要だけれど、これらの謎は第2シーズンで綺麗に片が付く。もやもやが晴れれば意味が全てわかるように作られていて、その点もとても良く考えられていると思う。
タイトルの意味は…
邦題の「もしも太陽を見なかったら」は「如果我不曾見過太陽」のほぼ直訳で、英語のタイトルもほぼ同じ。ドラマの中で李壬曜が江曉彤に語る「蛾と蝶の違い」がその由来だ。「蛾も蝶も同じようにはばたく。蛾は夜の生き物で、蛍光灯の灯を太陽と間違え同じ場所を回るだけ。蝶は昼の生き物だから青空の中を自由に、太陽に向かって飛んで行ける」。
高校時代の江曉彤は李壬曜や赖芸蓁を暖かく包み込んでくれた。李壬曜も赖芸蓁も自由に蝶のように羽ばたく江曉彤を太陽になぞらえ、その明かりに縋ろうとする。でも二人は所詮夜の生き物で、再び巡り合った時太陽のように江曉彤を照らすことはできない。彼らの生き方は蛍光灯に群がる蛾のように袋小路だ。
…そういう意味ではタイトルはドラマの内容を正確にとらえているのだけれど、ドラマの魅力を伝えるにはちょっと抽象的過ぎるかもしれない。
第2シーズンの描き方は秀逸
第2シーズンの始まりは二人が別れてから7年後。李壬曜が江曉彤に面差しの似た盲目の女性・夏天晴(柯佳嬿 飾)と出会うところから始まる。他のキャストは7年後でも変更がないのに、主役だけ変更?それとも他人の空似?という疑問を抱えつつ、再びロマンスものの展開に。7年後の世界でも男主の李壬曜が連続殺人犯になりそうな気配はあまりない。江曉彤をひたすら想いつつも夏天晴に惹かれていく誠実で静かな男性だ。
ただ夏天晴が本当の気持ちを吐露した時から、世界は変わり始める。
ここから先はストーリーに関わる重大なネタバレが含まれます。OKという方だけどうぞ。
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女主の描き方の妙
何故江曉彤が5年後の再会を果たさず消えてしまったのか、何故周品瑜が彼女の夢を見、姉と名乗る女性は何故江曉彤の親友なのかは第2シーズンの中盤で分かる。
江曉彤も夏天晴も周品瑜も同じ人物なのだ。
多重人格を描いたドラマや小説は少なくない。
ただ大抵の場合同じ役者さんがメイクと衣装で印象を変えたり、小説の場合も医療者側から語られたりすることが殆どだ。多重人格を患った人の自己認識を描いたものは余り見かけたことがない。そうした意味でこのドラマの描き方はとても興味深い。
多重人格(解離性同一性障害)は重大なトラウマを体験した時に心理的防御の一つとして生じるのだと言われている。江曉彤が自分を消してしまいたいほどの強烈な体験をした後に、本来の人格を消してしまったとしても不思議はない。年齢も外見も(時には性別も)違った複数の人格を宿した場合、その人には自身の外見も全く違って見えていることだろう(そうでなければ別人格を宿した意味がない)。
各々の人格は独立した記憶を持つので別人格の行動や記憶は分からないけれど、全ての人格の全ての行動や記憶を知っている人格、というのが存在するとも言われる。夏天晴を度々訪れる奇妙な少女・琪琪(姚愛寗 飾)はそうした人格のようだ。一方で本来の江曉彤は高校生のまま心の奥底で眠ってしまっている。
一人の女性を四人の別々の女優さんに演じさせる、というアイディアは本人の目線から見たこの病をよく表しているのではないかと思う。後半このことが判明すると、違和感を感じた全ての伏線は意味が通るようになる。
一方、男主の李壬曜も親友の赖芸蓁の心も壊れている。ただ、この二人については理解も共感もしにくかった。勿論二人が殺人に手を染めるのには理由があるし、殺される側は吐き気がするほど嫌な奴等なのだけれど。特に最後から二番目の事件については擁護の余地がなく「やっぱり壊れてたんだなあ」という以外の感想が出てこない。赖芸蓁はもっと不思議で、全てを知っていて素知らぬ顔で江曉彤の傍にいられる神経がよく分からない。
もし二人が江曉彤という太陽を見つけてしまわなかったら、蛍光灯の周りをぐるぐる飛び回るように平凡で静かな、出口のない人生を送っていたんだろうか。…「希望」が疫病や災害と一緒に入っていた“パンドラの箱”の物語を思い出してしまう。
やりきれなさが残るラスト
第2シーズン中盤から後半にかけてはそれまでの伏線が回収されて納得しながら見ていたんだけれど、最終盤はちょっと不満が残る。あの手紙に何が書いてあったんだろう?江曉彤は何故二人のしたことが全て水泡に帰すことを選んだんだろう?
江曉彤も結局蝶ではなく蛾だったのだろうか?高校生の時は未来の可能性は無限大に思えても、大人になれば「無理なこと」「不可能なこと」が見えてくる。高校生から一気に10年近く時間を飛ばしてしまった江曉彤は、過去に閉じ込められたまま外に出る道を見つけられなかったのだろうか?
ラストは何だか割り切れない気持ちが残るけれど、エンドロールで三人の女優さんが楽しそうに騒いでいるのを見てほっこりして救われた気分になった。
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題名:如果我不曾見過太陽 如果我不曾见过太阳 Had I Not Seen The Sun
編劇:林欣慧「想見你(邦題:時をかける愛) 簡奇峯 2シーズン19集
導演:蔣繼正「恋愛的夏天」簡奇峯「想見你」
出演:曾敬驊 李沐 柯佳嬿 江齊 程予希











