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![]() (camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lensLUMIX G VARIO 45-200mm) 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 さて、本題ですが・・・ お散歩写真とはどういうものでしょうか。 のんびりぶらぶらと散歩している途中にふと気になるものを撮ってみるというのが一般的なお散歩写真だろうと思います。 わたしの場合はちょっと違っておりまして、諸国を武者修行中の兵法者のような気持ちで撮っております。 言うなれば、カメラは刀であり、被写体は勝負する相手です。いつどこで誰に会えるかは事前にはわかりません。その辺で偶然バッタリと出会った相手が勝負にふさわしいと思えばいつでも戦いになるわけです。 その辺の道ばたで偶然出会った相手と戦わなければならないのですから、そのためには予定された合戦や試合とは違う心構えと準備が必要になります。 合戦であれば鎧兜や馬などが必要になりますが、それをいつでも持ち歩くわけにはいきません。 試合では戦う場所や相手が決まっているのですから、そのための準備だけすれば良いということになりますが、その辺で偶然出会う相手と戦うのであればいろいろな条件にも対応できる準備が必要です。しかしながら、普段から準備しておかなければならないので、持ち歩ける武器にも制限があります。 わたしがお散歩写真で戦うべき相手はおおよそ自然の生き物(虫や動物や花など)になります。そのために必要な武器は持ち歩きに適した小型のカメラおよび小型のレンズです。メインの武器はマクロレンズと望遠レンズ、時には明るい単焦点レンズや広角レンズなども必要になります。現時点ではカメラの性能やレンズのラインナップなどから、総合的にマイクロフォーサーズが最も適したシステムということになります。 必要な戦術は、マクロと望遠を使うことが多いのでいかにブレを抑えるかということと、いかに必要なアングルと距離を得るかということ。パナソニックのEVF内蔵機は可動式の液晶を持ち、EVFと背面液晶の切り替えが自動で行えますから、撮影アングルや撮影距離の自由度が高くなるという点でも優れています。 小さなてんとう虫から野鳥までお散歩中に狙うことができるマイクロフォーサーズのシステムは、お散歩写真用システムとして非常に優れたものだと思います。 標準ズームや単焦点一本でパシャパシャ撮るお気楽なお散歩写真ももちろん良いものですが、そこからさらに一歩進んだ新しいお散歩写真の領域に踏み込むことが可能となったシステムとも言えるでしょう。 Panasonic デジタルカメラオプション デジタル一眼カメラ用交換レンズ H-FS045200by G-Tools #
by leopard_gck
| 2011-01-11 11:42
| ひとりごと
![]() (camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8) 皆さんは何かの写真を見て衝撃を受けたことがあるでしょうか。 衝撃といってもショッキングなものやグロテスクなものが写っているという意味ではなく、美しさなどの表現に強く心が打たれたという意味です。 個人的には「凝ってるなあ」とか「きれいだなあ」とか「素晴らしい瞬間をとらえているなあ」などと思うことはあっても、衝撃を受けるほどの写真にお目にかかることはめったにありません。しかしながら、衝撃的な写真というのは間違いなく存在すると思います。 個人的な昔話になってしまって申し訳ありませんが、わたしは長らくダラダラと毒にも薬にもならないようなつまらないスナップ写真を撮っていまして、その頃のわたしはどちらかというと写真よりも機材の方が好きな機械オタクみたいな存在だったと思います。カメラやレンズを物欲で買っただけで何となく満足してしまい、写真雑誌を見ても写真集を見ても、「上手いなあ」で終わってしまう鑑賞。それは感動というレベルからはほど遠いものだったような気がします。 それが突然の転機を迎えたのは、Flickrという世界最大の写真サイトに参加してから、ある写真を見てしまったことでした。こんなに美しい写真がこの世にあるものだろうか。そして、いつの日か自分でもそんな写真を撮ることができるようになるものだろうか。そんな疑問が機材よりも写真そのものに対する興味を沸き立ててくれたきっかけでした。 時折、わたしの写真を見た方からとても嬉しい言葉をいただけることがあります。「感嘆しました」、「どうやって撮っているのか想像もできません」、などなど・・・ 正直言いましてわたしの写真などはそんなお言葉をいただくにはもったいない非常に稚拙なものだと思いますけれども、わたしの撮る写真がほんの少しでも写真の魅力を感じる一助になっているのであれば、それほど嬉しいことはありません。 写真で意図的に強いインパクトを与えるのは非常に難しいことだろうと思います。それは以前の記事にも書きましたが、写真というものはあまりにもリアルであるからです。あまりにも現実的で身近なものは人を感動させることは非常に難しいですが、あえてその困難と戦ってみたい。それがわたしの挑戦です。 (そんなことが実際にできるかどうかはわかりませんが・・・(^^; ) #
by leopard_gck
| 2010-12-10 23:53
| ひとりごと
![]() (camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8) 写真は引き算だと言われます。 わかりやすく言い換えれば、余計なものを排除して表現したいものだけを写すということです。 ごく単純に考えれば、背景を真っ黒にしたり真っ白にしたり完全にぼかしたりして被写体のみをどどーんと大写しにすれば十分に引き算をした写真ということになります。が、カタログ写真ならそれで良いのかもしれませんけれども、鑑賞を主目的とした写真であればそれでは少々つまらないというか、物足りない写真になることもしばしばです。 ではどうするかと考えた場合、十分に引き算をした上に今度は逆に何かを加える、すなわちプラスアルファするというやり方があるだろうと思います。 こうすることによって写真に深みや奥行きや意外性を出すことができるでしょう。逆にデメリットとして主要被写体の表現が散漫になってしまう恐れがありますので、何をどうやって加えるかというのは慎重にやるべきだろうと思います。 例として自分で撮った写真を出すのは非常に心苦しいものがあるのですが人様の写真を勝手に出すわけにもいきませんのであえてわたしのヘタクソな写真を例に挙げるとすると・・・ この写真は産卵中のカマキリですけれども、マクロ写真なので背景はぼかせば良いので引き算は簡単です。しかし、ただ単に背景をぼかしたマクロ写真では珍しいシーンを撮ったというだけの写真になってしまいます。そこで背景にちょっと凝ってみたりアングルを慎重に決めてみたりするわけです。こういう構図であれば水平をきっちり出すというのも一つの手ですけれども、今回は重心的なバランスを重視することにしてあえて水平は出していません。 (この写真自体には自分で満足できないところがいくつもあるのですが、今回は話の流れ上あえて出しました) いらないものを引いていくというのは現実的には状況や技術や機材の制約で難しいことはあったとしても発想としては単純なものです。それよりは、引き算する上で何を残すのか、引いた後に何を足すのか、ということを考えるのが非常に難しいところだろうと思います。 #
by leopard_gck
| 2010-12-07 17:54
| ひとりごと
![]() (camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8) 変なタイトルですが、今回は表現法としての写真とマンガを比較してみます。 かつてマンガの神様、手塚治虫氏はマンガは記号の集合であるとおっしゃったそうです。近年ではマンガのそういう捉え方にも異論があるようですが、これはこれでマンガの本質をうまく表現したものだと思います。 マンガというのは言うなれば頭の中でいろいろな事象を記号化してそれを紙の上に表現したものです。中にはリアルに描かれたものもありますけれども、そういうマンガであっても何らかの記号化や抽象化や過度の強調がありますから、マンガというのは基本的に極めて主観的な表現であると言えるでしょう。いわゆるアニメ絵のような目鼻立ちやギャグマンガの2頭身の人間というのは現実的には存在しないものです。 一方、写真はその真逆を行くものです。写真というのは現実に存在しているものを写して表現の材料にするのですから、何も考えずに撮れば目の前のものが見たまま写ります。写真においてはマンガとは逆に主観を表現することの方が難しいということになります。 表現がダイレクトに主観から来ているマンガとは違い、写真で主観を表現するためにはそれなりに努力しなければなりません。つまり、何をどうやって撮るのかということをはっきりさせなければ主観的な写真とは言えません。それを具体的に言うなら被写体を選び、構図や露出や被写界深度などを自分の思ったように選ぶということです。 さらに写真は引き算と言われますが、主観を現すためには無駄なものを排除する努力も必要です。そのためには例えば背景をぼかしたり、アングルやフレーミングを工夫したり、ライティングを行ったり、適切な光線状況を待ったり、といった工夫をすることになります。 ここまでやって、ようやく写真はマンガと同じスタートラインに立てるわけです。ここまでやっても単に写真が主観的表現を得られたというだけであって、それを価値あるものにするためにはさらに撮影者の感動を見る人と共有するためのエッセンスを注入しなければなりません。 写真はマンガになることはおそらく可能でしょう。しかしながら、主観を表現する手段としては写真はマンガに比べると非常にハンデを背負っている状態とも言えます。上記のように、同じスタートラインに立つだけでも大変な努力が必要になるからです。 しかしながら、写真にはマンガにない利点もあります。マンガがよりリアルになるためには複雑な絵を書く必要があるので技術的(というか作業量的)には大変ですが、写真は始めからリアルです。写真はマンガとは違ってリアルであるために苦労する必要はありません。 もともとは主観的な記号であったマンガがリアルであろうとして新しい表現を生み出したように、写真がマンガに近づこうと努力することによっても新しい表現が得られるのではないか、またそういった努力が写真の世界をさらに奥深いものにするのではないか、そんなことを考えております。 ブッダ全12巻漫画文庫手塚 治虫 by G-Tools #
by leopard_gck
| 2010-11-20 00:26
| ひとりごと
![]() (camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8) 「構図」という言葉があります。「完璧な構図だ!」という褒め言葉があります。 では、完璧な構図というのはどういうものなのでしょうか。 構図に関しては、黄金比分割、二分割構図、三角構図、日の丸構図、対角線構図などなど、星の数ほどの用語があります。そうかと思えば型にはまった構図はダメだなんていうことを言う人もいます。 個人的には、構図を突き詰めて考えた場合は結局そういう理屈は役には立たないのではないかと思います。 例えば美味しいラーメンがあったとして、その美味しさを理屈のみで100%説明しきれるものでしょうか。麺の材料や形状、ダシのとり方、具の種類や調理法、汁と麺のバランス、隠し味、そういったものをどんなに細かく説明したとしても、何となくわかったような気分にはなれてもそのラーメンの美味しさそのものの説明にはならないでしょう。 結局のところは美味しいラーメンは美味しいと感じるのだから美味しい、美しい構図は美しいと感じるのだから美しいという結論に達するのではないでしょうか。 もちろん知識はあって良いものだと思います。知識は正解に手っ取り早くたどり着くための助けになるからです。しかし、知識によって得られたものをそのまま正解だと考えてしまってはいけないとも思います。知識はあくまでゴールにたどり着くためのひとつの手段であって、ゴールそのものではないからです。 完璧な構図というものがもしあるとするならば、それは理屈ではなく心が決めるべきものであろうと思います。 #
by leopard_gck
| 2010-11-12 22:14
| ひとりごと
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