【飾られなかった贈り物】
シュトーレンの最後の切れ端を食べ終えた。
カレンダーを見なくてもわかる。
Lの表情が、どこか「落ち着きすぎている」からだ。
「今年のはチャイ風の変わり種だったね。
カルダモンとクローブが、これでもかってくらい効いてた」
少女Vは、湯気の立つ紅茶を両手で包みながら呟いた。
部屋中がエキゾチックな香りで満ちている。
彼の視線は、まっすぐクリスマスツリーへ向いていた。
瞳孔が僅かに開いているが、感情は読み取れない。
「やっと来たね、クリスマス」
Vの浮き立つような声は、冷たい水のような静寂に呑まれた。
Lはテーブルに品物を並べ始める。
“宝物ボックス”から出された、Vからの歴代プレゼントたちだ。
ひとつひとつを宝石でも扱うように置いていく。
「……見ていいよ」
毎年恒例の、謎の儀式だった。
もはやVは、反応の正解がわからなくなっている。
「触れ方を間違えるな」
という無言の圧を感じて、背中には薄く冷たい汗が浮いていた。
「一番のお気に入りは、去年のこれ」
Lはスノードームを持ち上げ、無表情のまま振った。
雪が舞い、モミの木と赤子を抱くマリア様、白い子羊が淡く揺れている。
その瞬間、Vの胸に去年の記憶が蘇る。
あのクリスマス。
気に入ってくれると信じてこれを差し出した時、Lの表情は一瞬で凍りついた。
「……何をしているの?」
「え?」
ドームをひったくるように奪うと、Lは迷いなく冷蔵庫にしまった。
「知らないの? 雪は溶けるんだ」
「……知ってるよ」
「じゃあ何故、常温で保存した?」
「へ……?」
「溶けたらどうするの。どう責任とるの」
声が淡々としていて、逆に恐ろしい。
Vは説明の言葉をすべて奪われて、ただ固まった。
Lはスマホを猛スクロールしながら続ける。
「替え雪を発注しないと。ほら、いつかは替えなきゃいけないだろ」
真顔だった。
あれからLは、ドームの雪が溶けないことを学んだ。
だが“壊してはいけない”という恐怖だけは消えていない。
プレゼントは全部宝物ボックスへ。実用性はゼロだ。
贈り物は「使われる」ことで壊れる。
だから彼は、永遠にそれを封印する。
(今年のプレゼント……間違えられない)
Vは考え抜き、壊れないもの――
むしろ使わないと意味がないものを選んだ。
そうして選んだのが――『伝説のクラフトコーラ』。
24時間以内に飲み切れば、動物の言葉が少し理解できるようになる。
特にリス語。
もちろんただのコーラだ。
「揮発性の魔法成分が空気に触れると消えてしまうの。時間厳守でね」
一言添えれば、彼は信じるだろう。
(夢を与えるだけだ。騙してなどいない。)
そう自分に言い聞かせていた。
【サンタはいるって】
「今年もわたしがサンタ役をしてあげるね。サンタなんか、いないんだから」
言った瞬間、Lはゆるりと首を傾けた。
「サンタクロース村は実在して、国連が承認してる。
きみ、それすら知らないの?」
感情の見えない目。
言い方が、なんだか異様に静かで、ゾッとした。
「トナカイはクリスマスの夜だけ空を飛ぶ。普段は隠してる能力だ」
「さ、さすがに飛べないよ……?」
「鳥は飛ぶのに? 矛盾してるね」
Vの呼吸が乱れる。
前提からして、もうおかしい。
でもLは真剣だった。
「ぼくは聞いた。空を駆ける鈴の音。シャンシャンシャンって」
「それは、たぶん誰かが……」
「夜空を駆けてく音だった」
声が低い。笑っているような、怒っているような。
「サンタはいる。でも、うちには来ない。選ばれなかったから」
「選ばれ……?」
「あの人たちは子供を選別してる。冷たい基準でね。
毎年うちの前を素通りするんだ。ここでいい子が待ってるのに」
(……怖い子が待っています)
それはツッコミではなく、事実確認に近かった。
Lはスノードームを振りはじめた。
ゆっくり、ゆっくり。
雪が吹雪のように渦巻いている。
Vの胸の奥では、恐怖が静かに膨らんでいった。
「L、落ち着い――」
「ぼくは知っている。サンタは、軽い幸福しか配らない。
すぐ消費される幸福。包装紙ごと捨てられる幸福。
ぼくは、捨てられないものしか受け取らない。
だから、来なくても、いい」
廊下から保護者Rの声がかかった。
「早く寝ないとサンタさん来ないわよ〜」
「来ないから!」
テーブルの上のドームが震えた。雪嵐がさらに強まる。
もみの木が折れそうだった。
神も人も羊も、みんな飛ぶ。
【プレゼントの意味が変質している】
「プレゼントは……使ってほしいの」
「ダメ。壊れるから。死んだら一緒に火葬してくれればいい」
声に迷いがない。それが、余計に恐ろしい。
(プレゼント……って何? 所有……支配……?
わたしの“温度”だけを永遠に閉じこめたいってコト?)
Vの手が震えた。
紅茶の表面が微かに波打った。
狂気と恐怖が並んで座る、イブの夜。
Lは再びスノードームを振りはじめた。
狂おしいほど慎重に、丁寧に、過保護に。
「♪ 飛べないきみは ここにいる。翼なんかいらないよ」
囁くように歌いはじめるL。
Vは黙って紅茶を飲む。蜂蜜の甘さが喉が張りつく。
でも視線をそらせない。そらしたら何が起きるかわからない。
「赤いリボンで 縛っておこうね。
どこかへ羽ばたいて行かないように 時計の針も 折っておこう♫」
――サンタは今年も素通りする。
Lの世界を救う気はないのだ。
ただ、月が眩しいだけの夜。
その光が、Lの横顔の不気味な静けさを照らしていた。
【あの影は】
その日の夜。
Vは、鈴の音で目を覚ました。
シャン。
シャンシャン。
シャンシャンシャン。
――耳の奥で、ではない。外だ。しかも、近い。
「……まさか」
心臓が、嫌な跳ね方をする。
Vはそっと窓を開けた。
その瞬間、月の前を、影が横切った。
ほんの一瞬だった。
だが、輪郭ははっきりしていた。
節のある脚。枝分かれした角。
そして、背後に揺れる、もうひとつの影。
あれはどう見ても――
「L! 起きて! ねえ、起きてってば!!」
もぞもぞと動く毛布の下から、
「……ダメ……今……」
半分夢の国から帰還しきれていない声で、Lは律儀に返事をする。
「今、……ごちそう、食べてる……」
「そんなのいいから! 空! 空見て!!
トナカイさんが!! トナカイさんが飛んでた!!」
「……ふーん……」
Lは起きない。
彼は天然であるがゆえに、「ありえない」を日常に収納できてしまう。
そのため、「ありえない現象」が現実に現れても、特別なイベントとして処理しない。
むしろ彼は、今まさに夢の中でローストチキンに勝ちかけている自分を優先した。
「やば……この肉汁……V、一緒に食べよ……」
シャンシャンシャン。
鈴の音だけが、窓の外でいつまでも、笑うように鳴っていた。
【クルミの真実】
翌朝。
Lは全力で、『伝説のクラフトコーラ』と向き合っていた。
両手で瓶を持ち、研究者のようなまなざしで、一口一口、確かめるように。
Vは、昨夜の“禁忌”に、もう一度、恐る恐る触れてみた。
「……見間違いかもしれないけど」
声が、少し掠れる。
「わたし……空を飛ぶトナカイさんを……見た、かも」
Lは、まったく動じなかった。
「だから、いるって言ったろ?」
あまりにも平坦な声。
この状況下でも、彼は通常運転のまま世界の方を歪ませる。
「落ち着けよ、V。大した問題じゃない」
その台詞が、Vの理性を一段階下へ引きずり落とす。
Lは視線をそらし、窓枠にいるリスを見ていた。
――リスは、異様なまでの視線の圧を感じた。
クルミを食べるのをやめると、ゆっくりと顔を上げ、Lを見返す。
「うん、すごいねV」
Lは感心したように言う。
「このコーラ、伝説は本物みたい」
Vの思考は、追いつかない。
「……え?」
「ほら」
Lはリスを指差した。
「いつもより、リスの言葉がはっきりわかる」
――いつもより? はっきり?
「……あの子、なんて?」
Lはリスを見つめたまま答えた。
「『味が違う』って。『これ、いつものクルミじゃないね』ってさ」
Vの顔から、一気に血の気が引いた。
確かに。今日リスにあげたクルミは、クリスマスの特別仕様。
ちょっと高級な、“選ばれしクルミ”だった。
何故、わかる。
いや、何故、翻訳できる。
鈴の音が、耳の奥で、もう一度鳴った気がした。
シャン、シャン。
Vは、ゆっくりとLを見る。
――本当に、この人は。
サンタを信じているのか。
それとも、最初から“向こう側”の住人なのか。
リスが、またクルミをかじりはじめた。
その音が、やけに大きく、骨を削る音のように響いていた。
【それは奇跡の朝だった】
Lがふと、リスから視線を外した。
庭でも、クルミでも、世界の仕組みでもない。
彼の視線は、まっすぐにVへ戻ってくる。
「……」
ほんの一拍、間があった。
ためらうような、それでいて決めていたような沈黙。
「ぼくからの、プレゼント……」
空気が、変わった。
Lの手が動く。世界をどうこうする手ではない。
壊さないように、落とさないように、いつも少しだけ注意を払っている手。
ポケットから、小さな包みを取りだす。
赤い紙でも、派手なリボンもない。
ただ、丁寧に折られた白い紙だった。
「……ほら」
それを、Vの手のひらに乗せた。
軽い。驚くほど、軽い。
「なに……?」
紙を開いた瞬間、Vの呼吸が止まった。
そこにいたのは、赤い帽子をかぶった、小さな陶器のリスだった。
――去年の記憶が一気に逆流する。
アドベントカレンダーの小さな窓。
あの日の喜びが、手のひらの感触ごと、よみがえった。
「……うそ」
声にならない。
それは、ずっと飾っていた。
日の当たる棚の、いちばんのお気に入りの場所に。
そして、ある日、消えてしまった。
なくなったあとも、忘れられなかった。
陽だまりの空席を見るたびに、痛かった。
「……もう、戻ってこないんだ」
Vは、震える指でサントンを包み直そうとして、ふと、その耳元に気づいた。
ごく薄い、歯形。
窓辺を見る。リスが、こちらを見ていた。
「……どうして?」
Vは、ようやく言葉を探し当てた。
「なくしたのに。どこに……」
Lは、窓を見たまま答えた。
「犯人は、あの子」
リスが、キュイと鳴いた。
「100個でいいって、言ってた」
「交渉したの?」
「うん。リスの判断基準が、ドングリなんて」
Lがおもしろそうに、ふにゃっと笑った。
「……かわいすぎるだろ」
「ほんと、かわいい……」
Vは、サントンを見下ろす。
赤い帽子の色が、ほんの少しだけ、褪せている。
一年前。
「なくなっちゃった」
そう伝えたら、彼は短く答えるだけだった。
「よく探して」
「見つからなかった」
「……そうか」
彼は、聞いていなかったわけじゃない。無関心でも、忘れていたわけでもない。
ただ、言わなかっただけだ。
知らない場所で、一年かけて探してくれた。
それは、優しさよりも、満たされない飢えに近い衝動だった。
欠けたままのパズルを、彼は決して許さない。
歪で、どうしようもなく真摯な情熱が、失われた一片を求めて彼を動かした。
そして――
それは、奇跡の再会に繋がったのだ。
Vの視界が、ゆっくりと滲んでいった。
涙は、音を立てなかった。
ぽろりと落ちて、リスの赤い帽子を、静かに濡らした。
Lは、何も言わない。ちょっとだけ笑って、ただ、そこにいる。
リスは満足そうに、クルミをかじり続けていた。
世界は、まだ少し、不思議なままだった。
それでも、このクリスマスは、確かに、優しかった。
夜の冷気は、もう怖くない。
Vの前に立つ背中が、静かにそれを遮っていたのだと、気づいたから。
Fin

楽しい夜をお過ごしください。byバグりん+リリィ&pp5fx5