
画像引用元: Amazon.co.jp: サヴァイヴィングライフ -夢は第二の人生- [DVD] より引用
(原題:Prezít svuj zivot / 2010年製作 / 2011年日本公開 / 108分 / ヤン・シュヴァンクマイエル監督 / チェコ)
※本記事は映画『サヴァイヴィング ライフ −夢は第二の人生−』のネタバレを含みます。ネタバレを含む章の前には注意書きを記載しています。また、記載されている考察・解釈は筆者個人の見解です。
イメージフォーラムの特集上映で鑑賞。配信もDVDレンタルもなく、中古DVDも高額になっている現在、鑑賞ハードルがなかなかに高い作品だ。個人的にはシュヴァンクマイエルの作品で一番好みで、誰かに勧めたくなる一作だったため、気軽に鑑賞できない現状が惜しい。
あらすじ
ある日、中年男性のエフジェンは夢の中で謎めいた女性に出会い、彼女に強く惹かれてしまう。やがて何度も見るその夢の正体を突き止めるため、精神分析医のもとに通い始め、夢を見る方法を研究する本まで手にするようになる。しかし、夢にのめり込み過ぎた彼の現実は少しずつ崩れていく。仕事を失い、妻にも不信感を抱かれ、現実と夢の境界はますます曖昧になっていくのだった。
シュヴァンクマイエルが語るプロローグ
冒頭、スクリーンに登場するのは監督自身のヤン・シュヴァンクマイエル。彼は「この作品は予算が少ないためコラージュアニメを取り入れた」「全編スタジオで撮影した」「これは笑えないが、精神分析コメディである」と説明してくれる。こうしたプロローグ形式の語りは『蟲』でも見られた手法だ。
そして最後にポケットから取り出した紙を破り捨てる。何の紙かと思っていると、後になってそれがロト宝くじの紙だったとわかり、当選しなかったから予算が足りないのだ、と冗談めかしていると知れる。その後の『蟲』でクラウドファンディングが行われたことを思うと、予算が無いこと自体はあながち嘘でもないのだろう。チェコを代表する映画作家に助成金の一つも出ないものだろうか、とつい考えてしまった。
映像はコラージュアニメと実写が交互に組み合わされる。アニメは引きの画、実写は顔のアップが多用されており、スタジオ撮影であることを隠す工夫が徹底されていた。もし監督自身がプロローグで意図を明かしていなければ、私はきっと「この切り替えにどんな意味が?」と余計な推測をしていたに違いない。あらかじめ観客の視点を整える、効果的な導入だと感じた。
夢こそが第一の人生?
主人公エフジェンは夢の中の女性に恋をし、その正体を追い求める。それと同時に現実では次第に生活が破綻していき、ついには仕事まで失い、妻に愛人の存在を疑われてしまう始末。夢と現実が入り乱れる中で、夢こそ理想で現実は過酷だという感覚に浸るうち、観客もまた「夢こそが生きるべき世界ではないか」という危うい誘惑を感じてしまう。
シュヴァンクマイエルが描く夢は、現実の残酷さから逃れるための楽園でありながら、ときにゾッとするようなヴィジョンが差し挟まれ、心を蝕む甘美な毒でもあるのだ。
甘くない夢の中の生活
当初は精神分析医の指摘通り、主人公の不倫願望が夢に現れているのだと思える。だが物語が進むにつれ、夢の中の女性が幼い頃に自死した主人公の母親であることが明らかになる。さらに、夢に登場する主人公と口論中に子供用の積み木につまずいて命を落とす男は、父親だったことも判明する。
夢の中の「甘い生活」(主人公の母がフェリーニの『甘い生活』を好んでいたと語られる)は、決して幸福な幻想ではなく、彼の心に残っていた深いトラウマの記憶、自責の念の表れだったのだ。この流れは、フロイト的なリビドー(性的欲望)の表れから始まり、ユング的なアニマによる自己統合へと進む二段階の物語構造として解釈できる。
ラストで、母親の血に染まった浴槽の中で泳ぐ赤ん坊姿の主人公は、滑稽であると同時に、これまでのシュヴァンクマイエル作品では感じたことのない切なさを残していた。
おわりに
本作に描かれるヴィジョンは奇妙でありながら、シュヴァンクマイエルらしい不条理なユーモアにも満ちている。リビドーやアニマといった専門用語も作中で自然に説明されるため、精神分析の知識がなくても理解しやすい物語だと感じた。
また、夢の中の女性の正体を追う主人公の姿にはミステリー的な推進力もある。冒頭でも述べたとおり、シュヴァンクマイエル初心者にもぴったりの一本だと思ったため、いつか配信されることを願いたい。
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