Left After the Credit: 思惟のフィルムノート

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【ネタバレあり】シュヴァンクマイエルが見せる稽古場の混沌と未来—映画『蟲』感想

画像引用元: 映画.com『蟲』フォトギャラリー(画像2) より引用
(C)Athanor Ltd.

(原題:Hmyz / 2018年製作 / 2025年日本公開 / 98分 / ヤン・シュヴァンクマイエル監督 / チェコ・スロバキア合作)

※本記事は映画『蟲』のネタバレを含みます。また、記載されている考察・解釈は筆者個人の見解です。

 

ヤン・シュヴァンクマイエルが「最後の長篇劇映画」と宣言した作品。制作にあたってはクラウドファンディングも行われたらしい。完成は2018年だが、日本で一般公開されたのは今年になってからである(その理由は明確ではないが、クラウドファンディングによる制作体制も一因かもしれない)。

 

構成について

本作は「アマチュア劇団がチャペック兄弟の戯曲『虫の生活』を稽古する様子」と「そのメイキング映像(監督自身も多数登場)」が交互に展開する変則的な構成になっている。

①舞台裏での稽古とキャストのドタバタ、②舞台上での稽古、③それを撮影する映画クルー、という三層のレイヤーが重なり合うメタ構造でもあり、特に③のメイキング部分が興味深かった。 嘔吐する場面(オーツ麦と野菜を混ぜて作っている様子)や刺殺シーンの撮影過程、シュヴァンクマイエルの演技指導、さらには短いながらストップモーションの実演も挿入される。制作の裏側を垣間見ることができて実に楽しい。また大量のゴキブリやアリが登場し、シュヴァンクマイエルが素手でゴキブリを掴む姿は不思議と可愛らしさすら感じられる(予告でも注意喚起されているが、虫が苦手な人は覚悟が必要だ)

 

シュヴァンクマイエルが語るプロローグ

映画は監督自身が観客へ語りかけるプロローグから始まる。彼は「本作にテーマや教訓はない。小説に倣い、観客に楽しんでもらうためにこの説明パートを設けた」と明言する。その言葉を聞いたとき、作品を分析せずとも純粋に楽しんでよいのだとお墨付きをもらった気がし、初めて彼の映画を「楽しい!」と感じながら鑑賞できた。(シュヴァンクマイエルの作品に限らずだが、いつも「これはどういう意味だろう?なんのメタファーなんだろう?」と考えながら観てしまうので…)

 

意外にもわかりやすい内容

劇団の稽古はトラブル続きで混沌を極める。しかし映像は起こった出来事をそのまま見せる構造になっており、さらに適宜メイキングによる説明も挿入され、ラストでは「本作は『虫の生活』だけでなく『リア王』の引用も含む」とテロップで告げられるため、意外なほど分かりやすく作られた作品だと感じた。

さらに、シュヴァンクマイエルらしく人間の飽くなき食欲についても語られる。『オテサーネク』などでもテーマの一つとなっていた「欲望に支配されず、必要な分だけ食べるべき」という思想だ。終盤に登場する、残飯から「十分な」量を拾い満足するホームレスの姿は、その思想を体現する存在に思えた。

 

戯曲との関係とラスト

『虫の生活』はその厭世的なラストが批判を浴び、後に楽観的な台詞に差し替えられたと本作の冒頭で紹介される。シュヴァンクマイエルは「ではこの演劇ではどうなるか」と問いかけるが、本作のラストは、稽古を終えた劇団員と演出家が扉を開け(ここでの「扉」はシュヴァンクマイエルの『ファウスト』のラストも想起させられ一瞬ドキッとしてしまったが)外の世界へ出て行き、見知らぬ人々と「ドブリーデン!(チェコ語のあいさつで、「こんにちは」と言う意味で使われるが、直訳すると「良い一日を!」になる)」と挨拶を交わす場面で幕を閉じる。その光景は、閉鎖的で混とんと不条理を極める稽古場から再び開放された明るい人生へ戻ること、そして未来へと続く希望を象徴しているように思えた。

コッポラの『メガロポリス』でも感じたが、巨匠が晩年に突然ポジティブな作品を生み出す姿は、作品の出来とは別に強く勇気づけられる。長く生きれば、自分も下の世代へポジティブなことを語れるようになるのだろうか。『メガロポリス』と『蟲』は、いずれも次の世代の子供の誕生を通して未来への希望を示唆しており、思いがけない共通点にも驚かされた。

 

おわりに

アマチュア劇団のドタバタと舞台裏のメイキングが同時に見られる構成は大いに楽しめたし、とりわけシュヴァンクマイエルのファンにとっては満足できる一作だと思う。ただし、初めて彼の作品に触れる人には勧めづらいと思ったのが正直なところ。私も彼の作品すべてを網羅しているわけではないが、最低限『オテサーネク』と『ファウスト』は観ておいた方がよいだろう。 

 

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