
画像引用元: 映画.com『何も知らない夜』フォトギャラリー(画像11) より引用
(C)Petit Chaos - 2021
(原題:A Night of Knowing Nothing / 2021年製作 / 2025年日本公開 / 103分 / パヤル・カパーリヤー監督 / フランス・インド合作)
※本記事は『何も知らない夜』の一部シーンの内容に触れています。気になる方は鑑賞後のご一読をおすすめします。
2024年のカンヌでグランプリを受賞した『私たちが光と想うすべて』のパヤル・カパーリヤー監督による初の長編ドキュメンタリー作品。本作は2021年のカンヌでベスト・ドキュメンタリー賞を受賞し、山形国際ドキュメンタリー映画祭2023でも大賞を受賞している。
手紙から見えるインド社会
映画学校の寮で偶然見つけた、カーストの違いから結婚が叶わない “L” という女性の恋人への手紙の朗読から作品は始まる。
手紙の主であるLの視点を軸に、2016年にインドで起きた学生運動への弾圧、ヒンドゥー至上主義、異教徒や低カーストへの差別といった社会問題が、記録映像とともに描き出されていく。
前半は“手紙を通して見えるインド社会”が描かれるが、後半ではそれが反転するかのように“インド社会に自由や感情を弾圧された女性“ としてのLの姿も浮かび上がっていく。
詩的な作りでありながらも、現代のインド社会で起こっている差別や暴力への憤りや批判の姿勢が明確で、ドキュメンタリーとしての誠実さも感じさせる作品だった。
ヒンドゥー至上主義と差別の現実
作中で描かれるヒンドゥー至上主義者による差別は大変深刻で、例えばカースト差別反対を訴えていた学生、ロヒト・ベムラが自殺に追い込まれた事件*1 や、牛肉を食べたとされるイスラム教徒がリンチの末に殺害された事件*2が語られる。
これらの背景には右派のモディ首相による政権運営があり、その体制は2025年現在も続いている。今でもインド国内の状況は大きく変わっていないであろうことが想像され、観客は重い現実に直面させられる。
印象的なシーン
印象的だったのは、抗議運動を鎮圧しようとする女性警官たちについてLが語る場面だ。彼女たちにも家庭があり、家に帰れば子どもがいるかもしれない。そして女性として抗議者と同じような抑圧を受けているはずなのに、なぜ暴力で抗議を抑え込む側に回るのか。Lは対立する立場にもある「人間としての共通性」を見出していた。
また、ラストでは、FTII(Film and Television Institute of India)の教員が学生にこう語る場面が映し出される。
「君たちは世界に見せるために映画を作るのだろう。必ずしも政治的であれとは言わない。ただ、繊細であり続けなければならない。映画を不条理にしてはならない。」
本作はまさにその言葉を体現している。インドの社会問題やLの心情を繊細にすくい取り、映画という形で世界に提示することで、芸術表現の重要性とその自由を守る権利さえも主張していると感じた。
映像と音楽について
全編がほぼモノクロ映像なのは、『私たちが光と想うすべて』でも垣間見えた監督の映像美へのこだわりによって作品全体のトーンを統一するためであり、同時に、実際の記録映像などもLの過去の記憶や内面的世界として視覚化する意図があるのだと思った。
彩度を抑えることで現実感と時間感覚が揺らぎ、観客は常に「過去を覗き込んでいる」ような感覚を覚える。
また、不安定な低音の音楽は、Lと同じく不安で不穏な心理状態へ観客を引き込み、映像と音響の両面から彼女に起こった出来事を追体験させるような仕掛けになっているのだと感じた。
しかし個人的には…
ただ、個人的な鑑賞体験としては一筋縄ではいかなかった。特に前半、Lの手紙の朗読中には、モノクロでピントのぼやけた判別しづらい映像が続くと思えば、急に赤っぽいセピア調のホームビデオが挟まり、目がチカチカした。さらに、木々が揺れ雷が鳴るだけの長い固定カットなどもあり、ゆったりとしたテンポや映像のトーンに慣れるまでに時間がかかった。
加えて、本作のほぼ全編を覆う「ヴォーーーン」という低音が生理的に苦手で、途中からストレス下で起こるまぶたの痙攣が出てしまった。(直近で同じ症状が出たのは『関心領域』と言えば何となく伝わるだろうか…)
総じて、内容の重さや警察による暴力の映像の苛烈さもあり、最後まで観るのはなかなかに辛い作品だった。
おわりに
とはいえ、『私たちが光と想うすべて』と同様に、インドの社会問題を詩的な映像で真摯に描く監督の手腕の高さを感じさせる一作だったため、次回は世界に何を見せてくれるのかにも期待したい。
【関連記事】