
画像引用元: 映画.com『アメリカン・ハニー』フォトギャラリー(画像5) より引用
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(原題:American Honey / 2016年製作 / 2025年日本公開 / 164分 / アンドレア・アーノルド監督 / イギリス・アメリカ合作)
※本記事は映画『アメリカン・ハニー』のネタバレはありません。また、記載されている考察・解釈は筆者個人の見解です。
『バード ここから羽ばたく』公開記念のアンドレア・アーノルド監督セレクションで急遽追加公開され、運よく鑑賞できた。本作はカンヌで審査員賞を受賞している。
何とも言い難い不思議な魅力のある映画だ。164分と長尺なうえ、大きな展開や推進力は乏しいロードムービーで、各エピソードは危険で居心地の悪さすらあるのに、鑑賞後に心に残るのは夕日に照らされた水面に反射するような若さのきらめきである。
スターの「仕事」との出会い
スター(サッシャ・レイン)はスーパーで調子のよさそうなジェイク(シャイア・ラブーフ)に声をかけられ、カンザスでの販売の仕事に誘われる。彼と仲間はスーパーでリアーナの曲が流れると大騒ぎをして警備員に追い出されるような連中で、そんなジェイクが誘う「仕事」は正直どこか違法の匂いすらするのだが、スターは彼らに加わることにする。彼女は、年上の暴力的な男と同居し、その連れ子の世話まで押しつけられている。何でもいいから逃げたかったのだろう。彼女は連れ子を母親へ送り届け、心もとない状況ながら半ば強引に家を出る。旅の途中、薬物中毒の母にネグレクトされている子どもたちに食べ物を渡す場面は、置いてきた子どもたちへのうしろめたさの表れにも見えた。
お仕事映画として
スターが始める販売の仕事は違法な内容かと思いきや、実際は割ときちんとした仕事なのが本作の面白いところだ。雑誌の定期購読を勧める訪問販売で、契約書や伝票のバインダーがあり、雑誌のラインナップもキャンプや釣り、ボート誌などごく普通。
クルーのボス、クリスタル(ライリー・キーオ)は帰る場所の無いような事情のある10代を集めて仕事をさせているようだ。彼らの取り分は20〜25%と少なめで、ガソリンやモーテル代が経費として差し引かれているらしい。クリスタル自身にそうした自覚はなさそうだが、居場所のない若者に共同体と“真っ当な稼ぎ”の手応えを与えており、小さな学校のようで正直ちょっと楽しそうで私もやってみたいと思ってしまった。
そしてスターはジェイクの指導で初の訪問販売に挑む。ここからしばらくは営業トークと嘘の境目など、営業職がぶつかる普遍的な葛藤が丁寧に描かれ、お仕事映画的な高揚感と興味深さがある。やがてクリスタル、ジェイク、スターの三角関係が生まれ、物語はラブストーリーの輪郭も帯び始めるのだが、クリスタルとジェイクの言動がどこまで本気かわからないため、緊張が走る。クリスタルがスターに放つ「自分のこと特別だと思ってるの?」という言葉にはこちらの胸まで切りつけられる。
物語が暴くアメリカの格差社会
そして、アメリカ各地を旅するこの物語が暴くのは、アメリカの格差社会だ。スターはジェイクと裕福な白人家庭を訪ね、彼がスラスラと作り話をし、「雑誌を買うのではなく、僕の将来の支援だと思って…」などと言って購読を取ろうとする姿と、そんな彼を少し馬鹿にするような態度の女性、その後ろで目に入る自分と同年代の少女の楽しそうな誕生日会との対比に嫌悪を覚え、スターはわざと場を壊して立ち去ってしまう。
ボスのクリスタルは、「同情を引く作り話をするか、色仕掛けで売れ」とメンバーたちに露骨に指示している。そんな胸くそ悪い正攻法に頼るしかない労働旅の中で、ジェイクとスターは互いの尊厳を守りながら、ささやかな幸せを掴むために這い上がろうと共鳴していくのだ。
ベタな選曲の妙
チームは各地を移動しながら、車中ではヒットチャートトップ級のポップスとヒップホップが次々とかかる。あまりに有名曲の連打で思わず笑ってしまうが、場の空気と見事に同調する。
終盤、チームの女子たちがタイトルと同名のLady Aの“American Honey”を合唱する。クリスタルが、オクラホマ出身のスターとの初対面時に「私と同じ南部生まれのアメリカン・ハニーね」と言う場面と呼応し印象的だ。『バード ここから羽ばたく』でもColdplayの“Yellow”を合唱する場面があり、いずれも忘れがたいシーンになっている。
アーノルドはビーチなどで出会った若者に声をかけて本作に起用したらしく、10代が実際に聴いている音楽の解像度の高さは、彼らの聴いている音楽を参考にしたのだろうかと思わされた。そして、そんな音楽が盛り上げる現場の温度がそのまま画面にも宿っている。
男たちとの邂逅と動物のモチーフ
売り上げのため、スターは気軽に見知らぬ男性の車に何度も乗ってしまう。若い女性である彼女には常に危険が伴うが、彼女はどこか投げやりで、何が起きても構わないような態度にも見える。「自身の夢を聞かれたことなんてなかった」と語る彼女は、誰にも大切にされた経験が無い故の無謀さを備えているのだろうか、それは強さとは言えないだろうに、と思ったりした。そしてやはり女性の訪問販売は危険が伴う。
スターは「偶然にも」大きな事件に巻き込まれることはないのだが、終盤、油田で出会った「一晩一緒に過ごせば1000ドルくれてやる」と持ちかける男に付いていってしまったことで決定的な性的搾取に晒されてしまう。
ここで気づくのは、スターがそれまでに出会う男たちとの対照だ。馬を飼う金持ちカウボーイ、牛を運ぶ仕事の男性は動物にも慈悲を持っていることが推測され、スターにも危害を加えない。一方、油田の男は動物との接点が描かれない。ジェイクも最初はスターの名前を書いたライター(このライターのプレゼント自体はキュートで個人的には好き)や盗んだリングをスターに贈っていたが、最後に彼はある動物を彼女に手渡す。動物に優しい人は、人にも優しいということだろうか…と思わされるモチーフの使い方だ。スター自身も、コップに入り込んだ蜂を外に逃がすほど動物に心優しい姿が描かれるなど、本作でも他のアーノルド作品と同様に、動物や自然と調和しながら、手探りながらも何とか生きようとする人間の姿が多く映し出されている。
おわりに:映像が連れていく場所
そして何より映像が素晴らしい。撮影はアーノルド作品の常連のロビー・ライアン。スタンダードサイズのアスペクト比で、鮮やかでパキッとした映像はずっと見ていたくなるような魅力がある。同じく特集上映されているアーノルドの『ワザリング・ハイツ 嵐が丘』は文学作品が原作とは思えないほどにセリフが少なく、嵐のような愛憎を映像で味わうための作品だと感じたが、本作もまた、アメリカ各地の土・光・風・血・草・火・水が登場人物たちの若さや傍若無人な生を包み込む。その手ざわりが、この映画の余韻を決定づけている。
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