
今月は東劇で『娘道成寺』が上演されるので、是非足を運びたいと思う。またベッリーニの『夢遊病の女』も、気が乗れば見ようと思う。
ズルリーニ監督作。ブッツァーティの同名小説の映像化。読書家にとってすれば、やはり小説を下敷きにした映画が一等面白い。それは同じ文章を読んだ自身と一流の芸術家とのイメージの突合わせであるからだ。
舞台はオーストリア=ハンガリーの辺境をイメージしているのだろうが、撮影はイランのアルゲ=バム遺跡で行われた。映画撮影の2年後にはイスラム革命が起きているし、更にアルゲ=バムは2003年の地震で崩壊して了ったから、かの古典小説の映像化が、かくも見事な形に結晶したことは、正に時機を得た天佑であったと言えるだろう。
イタリア映画の素晴らしさ。「神は細部に宿る」というが、将校が纏うオスマン式肋骨服、黒と白のジャケットに身を包んだ軍人によるフェンシング、兵卒が歌う"Christus Vincit"、小貴族の邸宅の古色蒼然たる家具調度、いずれも軽佻浮薄なアメリカ映画では見ることの能わぬもの。我々はイタリアを誇り高き文明国と銘記しなければならない。
それにいずれの俳優も、立居振舞の優雅さ、言葉の気位の高さにより、古き時代の軍人をよくよく演じていて魅せられた。映画は、それを鑑賞するものに「憧れ」を抱かせ「夢中」にさせなければならない。その点、この映画は及第である。
内容は、原作に忠実であったと思う。有為の青年を絶望させることに140分間を使うのは道楽としか言いようがないが、若き諸君はこれを反面教師にして、人生に過度の期待することへの警鐘、機を逸することの恐ろしさを学ぶが良いだろう。