Humanities(Theology/Literature/History)
www.youtube.com 牢晴、寒露を迎えた。愛用するイタリア・ビエラ製の黒無地ジャケットを今季初めて着用し、いよいよ秋の深まりを感じる。昨日は友人と神保町の壹眞珈琲店で論談、中国帰りの彼から『毛沢東詩集』を受取る。その語感、若き毛沢東の瑞々しさ、…
陰、昨日は高円寺教会でロザリオの聖母を記念、クム・ユビロとサルヴェ・レジナが歌われた。私を感動させるものは、究極的にはカトリシスムしかあり得ない。それはシャトーブリアンが『キリスト教精髄』で書いたように美の源泉としての宗教であって、人間の…
中国やメキシコがアメリカを破壊することができない。アメリカを破壊できるのはアメリカ自身だけである。 ジャレド・ダイアモンド 盂蘭盆を郷里で迎えている。気温の上では東京よりも暑い筈であるが、庭によく涼風が通り、体感の上では余程過ごし易い。 学生…
快晴、大暑。土潤うて溽暑し。午后5時を回らなければ外出も儘ならず、終りの見えない炎熱地獄に生きた心地がしない。 扨て昨日、知人が勤める店にひょっこりと4年ぶりに顔を出し、夕べから小夜更ける頃まで、バーカウンター越しかたみに語らい合って、旧交を…
京都から戻り、事務所で仕事を済ませた後、N響のソワレに出かけた。 シューマン ピアノ協奏曲イ短調シューマン 森の情景op.82-7 「予言の鳥」(アンコール)ブラームス 交響曲第1番ハ短調シューベルト 「ロザムンデ」間奏曲第3番(アンコール) このドイツロ…
曩日の天気、晴。用多し。ウェッジウッド社のアドヴェントカレンダーとシャツ用に中田ハンガーを購入。最後にゆつくりと惰眠を貪る休日を過ごしたのは、いつであつたらう。理想を云へば、黎明までベッドのうへで読書をし、15時くらいまで眠つてゐたい。自堕…
陰のち晴、冷気。チェスターフィールドコートを着用して事務所に向ふ。文京の並木の木の葉が愈々秋色を深めてゐる。 仕事中に谷崎の『武州公秘話』と『少年』を読み、露悪趣味に疲れた私は、何か清澄な物語を読んで洗はれたいと思つた。私の脳裡に堀辰雄が浮…
ledilettante.hatenablog.com 晴のち雨、暑し。昼食にガルバンゾと黄ビーツのサラダ。イエズスの御心の祝日、築地教会でミサに与る。De AngelisとSalve Regina。 扨て、曩の続き。書の前半では意識現象としての「いき」が考察された。「いき」とは、「『意気…
マティアス・グリューネヴァルト『復活』 晴。そぞろ心細き日々。仏蘭西料理屋で食事、今週三度目のテニス、悲惨から目を背く為、パスカルの云ふ「気晴らし(divertissement)」に精を出す。 悲惨の裡にて我思ふ。カトリシスムほど人間の欠点を知り盡し、人…
自負が悲惨と結びついてゐなければならぬとは非常な不正である(パスカル『パンセ』214) 晴。多忙を窮めてをり、烏兎怱怱、酔生夢死驀地。宮仕への悲しさよ。 先週の金曜、関口教会で聴いたメシアンの"L'Ascension"は瞑想的で良かつた。しかし、かの悪趣味…
私は満足するすべを知ったんだ。年ごとに望みを小さくしていくことを覚えたんだ。 雨、四旬節第二主日(2ème dimanche de carême)。神田教会でミサに与る。ミサ曲は第17番が歌はれた。今日の神父様のHomilyをどう形容しやうか一寸考へて、"Tender and meek li…
彼女の顔はクラシックの美しさを持っていた。(...)彼はいつもこっそりと彼女を「ルウベンスの偽画」と呼んでいた。 ルーベンス。国立西洋美術館にも何枚かは所蔵があつたと思ふ。ルーベンスの、陽光を帯びる鮮やかな色づかいは、確かに比類なく美くしい。だ…
五旬節。ほんのすさびに高等学校の卒業アルバムを開いて見る。吐き気。青春とはグロテスクなものである。 ユダヤ人思想史家アイザイア・バーリンによるジョゼフ・ド・メーストルの思想研究。著者は原典を豊富に引用し乍ら、それらに中立的解釈を施して、総合…
人類進歩を信ずるのは怠け者の学説だ。進歩(真の進歩、即ち精神上の進歩)は、唯々、個人の中にしか、また個人自身によつてしか、あり得ない。(ボオドレエル『赤裸の心』九) さりながら、何といふ驚くべきことであらう、我々の理解から最も懸け離れてゐる秘義…
邪曲にして不義なる代は徴を求む (マタイ傳16:4) ボオドレエルへの思慕から、私はド・メーストルを勉強する事にした。本書は、国語で読める殆ど唯一のド・メーストル研究書であるといふ。だが目的から云へば、喩へ外国語であつても、文学史上の影響を論ずる…
モーパッサンによる自然主義文学の傑作。高山鉄男譯。短い紙面の裡に、動物的本能と利己主義との卑しき奴婢たる人間の、惨めさを描破する。文体は場面場面に居合わせた者の日記のよう。私は平生、自然主義文学は退屈する為読まないのであるが(惨めな人間と付…
余もこれから逢う人物を―百姓も、町人も、村役場の書記も、爺さんも婆さんも―悉く大自然の点景として描き出されたものと仮定して取りこなして見よう。 ある画工が都会を避け、田舎で「非人情(客観、芸術至上主義の意)」の世界に游ばんとする話。小説ではある…
『夢十夜』と『草枕』が話題に上つたから、先刻ジュンク堂で文庫版を買つて再読。 こんな夢を見た。 十夜の夢を綴る漱石の小品。『三四郎』、『それから』、『彼岸過迄』そして『こゝろ』。これら漱石の代表作は、云ふなれば心理小説。「明治」と云ふ特定の…
いつものフランス料理店、隣のテーブルで夫人と5歳位の男の子とが会話をしてゐる。タイムマシンがあつたら、過去と未来のどちらへ行きたい? 男の子は迷はずに答へた、未来と。 プーシキンの韻文小説。一月に新国立劇場で、チャイコフスキーの『エフゲニー・…
藝術家は美に對する精妙な感性あればこそ藝術家なのである 詩人は、不正のない處に、斷じて不正を見ない。が、俗眼には何物も見えぬ處に、實に屢々不正を見るのである。 詩人の過󠄁敏性なるものは、凡俗の所謂氣質とは關係がない。それは缺陷、不正に對する異…
『パンセ』はパスカルが出版を企図してゐた護教論の覚書や下書を中心とする遺稿集。『パンセ』の翻譯は多数あるが、一番まともな日本語になつてゐるのが、この中公文庫版。翻譯の底本はブランシュヴィック版。遺稿が内容別に整理されてゐる為、読者に易しい。…
この齢になつて甲斐もなく仏語学校に通つてゐる。齢二十五で斯う云ふと失笑を買はれるだらうが、若さの可能性を知るのは年を取つてからだし、抑々臆病な自尊心で身動きの取れぬ青年など、老人と大して変はる所がない。 話が逸れた。今日とて仏語の勉強のため…
《......お金を! 少しお金を!》 ヴィリエ・ド・リラダンに、『ヴィルジニーとポール』と云ふ小品がある。サン・ピエールの『ポールとヴィルジニー』をさかしまにした名で、近代功利の腐敗が少年少女のあどけない牧歌にさへ浸透してゐる事を諷刺した作品。…
ボオドレエルの観察や所感、箴言の覚書き。『惡の華』を上梓した頃から、詩人が失語症になる直前迄に書かれた。母に宛てた書簡を見ると、ルソーの『告白録』に倣ひ、出版を意図して書留めてゐた事が分る。 世間が崇拝してゐるものに対して、僕が自分をさなが…
今、同名のジブリ映画が上映されてゐる。尤も脚本はオリジナルださうだが。 私は本書を、遠い昔に読んだ覚えがある。その筋こそ忘れてゐたものの、本質の部分は確かに私の内奥に生きてゐた。その一つ、「自らの過ちに対し言い訳をし、それを忘却するやうな事…
「『惡の華』の歴史。誤解によつて受けた屈辱、訴訟」(ボオドレエル『赤裸の心』) 「私の蒙つた屈辱は神の恩寵であつた」(ボオドレエル『火箭』) 「罪の増すところには恩惠も彌増せり」聖パウロ アルベール・ティボーデは史学と哲学を修めた後に、文芸批評の…
www.youtube.com カラヤン率ゐるベルリーナフィルハルモニカ。今ではこの名門オケも様変りし、女性コンマスが誕生したと云ふ話も聞いた。性差なく実力ある人間がコンマスになれば良いと思ふが、女性のコンマス就任、それがさも意味ある事のやうに宣伝する浮…
基督が、祈禱と信仰とは物質的にすら全能だと信じ給うたことを、ルナンは莫迦げてゐると考へてゐる。(ボオドレエル『赤裸の心』) エルネスト・ルナン(1823-92)は19世紀フランスの思想家。ブルターニュの敬虔な家庭に生れ、サン・シュルピス神学院に学ぶが、…
古い岩波の赤帯、1952年の譯。 16世紀の末葉、シャルル九世治世のフランス社会風俗を描いた歴史小説。サン・バルテルミーの虐殺を中心に、当時の社会を渦巻いていたカトリック・プロテスタントの宗教対立を主題とする。 長い序文で喋々と歴史論考をしている…
エドガー・アラン・ポオの代表作『大鴉』。哀感と音楽とに満ちた物語詩。日夏耿之介氏の飜譯、ギュスターヴ・ドレの挿絵が付いた豪華本を読んだ。 或る厳冬の夜半、亡き恋人を想い悲観に暮れる男の部屋に、黒檀色の大鴉が飛び込んでくる。男はすさびに鴉に名…