聖書ブログ

聖書のことを中心に書かせていただきます。引用は新改訳聖書第二版です。よろしくお願いいたします。

マルタとマリヤ

有名な聖書箇所である(ルカ10:38~42)。

聖書のどの時点で、このマルタとマリヤがイエス様と出会ったのかは定かではないが、イエス様がマルタとマリヤを愛しておられたことは確かである(ヨハネ11:5)。

さて、このマルタとマリヤであるが、姉妹でありながら対照的な二人のようである。
動的なマルタと静的なマリヤ。
おそらくは、同じ環境で育ち、同じ両親に育てられた二人だろうが、性格がまるで違うように思える。

話は少し脱線するが、私にも弟がいるが、性格がまるで違う。
同じ釜の飯を食い、同じ環境で育ったのであるが、性格は明らかに彼の方が優しい。
能力も、彼の方が高い分野が明らかにある。
このことから、人はみな、始めから性格も能力もあらかじめ創られて生まれてくることがわかる。
赤ん坊は、雪のように純粋無垢な白い心で生まれてくるのではない。
両親の教育や生活環境を通して、真っ白な心に、少しづつ性格が刻み込まれていくのではなく、初めから神に創られた性格が、教育や環境を通して明らかになっていくのである。
例えば、私について言えば、母の厳しい教育によって性格が歪んでいったのではなく、初めから歪んだ性格だった故、母は厳しい処置を取ったのである。
弟に対して母が厳しくなかったのは、弟は、うまれつき素直で優しい性格であったため、母は厳しくする必要がなかったのである。
人の性格が後天的に全く作られないという極論をいうつもりはないが、おおよそ、人の性格もすでに生まれた段階で創られていると言いたいのである。
そして、今さら言うまでもないが、アウグスティヌスが「原罪」と名付けたように、聖書がいう罪とは、まさしく、初めから権威に逆らう罪深い性格のことを指している(ロマ5:12、Ⅰヨハ3:4等)。
そのことがわからず、若かりし頃は、随分と母を呪ったものである。
今では、ただただ申し訳ない気持ちでいる。
(神は御自身を否むことが出来ない故⦅創2:17、出34:7等⦆、罪を犯したアダムの子孫である全人類を、罪深い状態で創らざるをえない。罪性の強弱は、神の絶対主権により一方的に決められており、我々はそれを受け入れるより他にない。私は罪性が強く生まれついており、弟は罪性が弱く生まれたのである。)
人は、外見や能力だけでなく、性格もおおよそプログラムされて生まれてくる。
これが、私が解釈している聖書人間学である。

さて、聖書箇所に話を戻すと、どうやらマルタとマリヤの住んでいるところに、イエス様一行が伝道で訪れたようである。
マルタは<喜んで(ルカ10:38)>イエスを迎え入れたとある。
しかし、<喜んで>迎え入れたものの、すぐに、<気が落ち着か(ルカ10:40)>なくなったようである。
このことから、マルタは活動的ではあるが、メンタルが安定せず、浮き沈みの激しい性格だったことがわかる。
一方、マリヤは、イエス様の<足元にすわっ(39節)>たとある。
このことから、マリヤは静の人、静まる人であることがわかる。

注目すべきは、イエス様は、マルタたちの家に入るやいなや、御言葉を語った印象を受けることである(39節)。
イエス様は、御自身がくつろがれることよりも、マルタやマリヤにいのちを与えようと、さっそく御言葉を語っておられるのである。
ところが、マルタは、イエス様から受け取るよりも、イエス様に与えようとして、もてなしを優先した。
御言葉に聞くことを後回しにしたのである。

ところで、イエス様、すなわち神は、私たちの何かを必要とするだろうか。
この方は創り主なのである。
無から有を創造できるお方は、実のところ、私たちの何かを必要とはしない。
<光よ。あれ。(創1:3)>と言って光を創ることができるのだから、必要なものはすべて、御自身で創ることができる。
だから、マルタのもてなしを喜ばれるだろうが、必ずしも必要とするわけではない。
それゆえ、ここでも、早速、民に与えようと御言葉を語っておられるのである。
私たち被造物は、新しく何かを作り上げたり、生み出したりすることは出来ない。
せいぜい、神から与えられた物を加工したりするぐらいである。

だから、この、すべてを生み出すことのできるイエス様、すなわち神の前では、私たちは尻もちをついて、ただ、受け取るほかにないのである。
マリヤは、らい病人ほどには罪深くなかったのかもしれないが、己の無力さをよく知っており、<ひれ伏し(マタ8:2)>はしなかったが、足元にすわった。
マルタは、イエス様に与えようとしたが、マリヤは、イエス様から、御言葉、すなわち、いのちを受け取ろうとした。

与えようとしたマルタと受け取ろうとしたマリヤ。
イエス様はマリヤの態度を評価された(42節)。

この二人から、礼拝に対する態度を学ぶことができるように思う。
わたしたちは、いつでも礼拝を捧げるとき、それは、わたしたちがいのちを受け取るためであるということである。
わたしたちが、本当の意味でイエス様に与え(捧げ)られる物は、何もないのだから。

ただ、受け取る態度については、各々、吟味すべきであると思う。
繰り返しになるが、らい病人は、自分が汚れていることを知っていたがゆえ、癒しを受け取るために、神の足元にひれ伏した。
マリヤは、らい病人ほどには汚れていなかったのかもしれないが、己の無力を知り、神の足元に座った。
これがあるべき態度のように思う。
自分が汚れているのにも関わらず、無力であるにも関わらず、へりくだらず、横柄な態度を取るなら、主イエスが語ったことば(いのち)を、受け取ることは出来ない。
なぜなら、自分が格上だと思っているのだから。
主イエスは、不特定多数の群衆にも御言葉(いのち)を語っておられるから、横柄で無礼な者にも等しく語ってくださるだろうが、受け取る側が、正しく受け取れないのである。
そして、マルタのように、<もてなしのために気が落ち着か(40節)>ない者も受け取ることはできない。
心を静め、へりくだる者がいのちを受け取ることができる。
さらにもうひとつ付け加えるなら、<あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物として(ロマ12:1)>御前に捧げる者も受け取れるだろう。

しかし、主イエスは、この奉仕の頑張り屋さんであるマルタをも深く愛しておられる。
<マルタ、マルタ(41節)>と慈しみをもって、繰り返し名前を呼んでいる。
聖書で、二度繰り返して神が名前を呼ばれるのは、私の調べでは、わずかに三人。
ヤコブ<創46:2>、モーセ<出3:4>、そしてこのマルタである。
旧約の偉大な聖徒たちと並んで、このマルタが入っているのは、驚きである。




ゼパニヤ書

預言書は、そのほとんどがイスラエル王国末期に書かれているので、全体的に厳しい調子で始まるのは仕方がない。
今回取り上げるゼパニヤ書もその例外ではないが、それにしても、このゼパニヤ書の始まりは、全預言書の中で、ある意味、最も厳しい始まりと言っていいのではないだろうか。
なぜなら始まりがこうだからである。
<わたしは必ず地の面から、すべてのものを取り除く(1:2)。>。
他の預言書で、すべてのものを滅ぼす、と切り出して始まるものは他にはない。

例えば、イザヤ書から見てみると、イスラエルをソドムとゴモラと呼んで裁きを伝えることから始め、
エレミヤ書では、ユダとエルサレムの裁きを、
エゼキエル書は、主の幻を伝えることから始め、
ダニエル書は、ダニエルの知恵を賛美することから始まる。
ホセア書は、イスラエルを姦淫の女とその子に例えて、その裁きをもって始まり、
ヨエル書は、イスラエルをいちじくとぶどうの木に例えてその荒廃から始め、
アモス書は、イスラエル近隣諸国(ダマスコ、ガザ等)を名指しで裁くことで始まり、
オバデヤ書は、エドムの裁き、
ヨナ書は、ヨナ個人の裁きをもって始める。
ミカ書は、ペリシテ、南ユダ近辺の地(ガテ、ベテ・レアフラ等)への怒りから始め、
ナホム書は、アッシリヤの滅びを、
ハバクク書は、南ユダをバビロンによって裁くと伝える。
(ハガイ、ゼカリヤ、マラキ書はイスラエル帰還後の預言書のため、省きます。)

このように、預言書は、そのほとんどが、北イスラエル、南ユダ、イスラエル近隣諸国等、地域限定の裁きで始まるのに対し、ゼパニヤ書は、<すべてのもの>を滅ぼすという始まりだからである。
そうして、この後は、マクロからミクロへ、エルサレムの<魚の門(1:10)>、<マクテシュ区(1:11)>等に焦点を移し、18節で再び、<地に住むすべての者を滅ぼし尽くす>と伝えて、全地の裁きに戻る。
ある先生は、このゼパニヤ書の始まりは、創世記一章の真逆であると仰っていた。
天地万物を造られた神が、そのすべてを滅ぼす、と始まるからである。
ゼパニヤ書が書かれた頃は、南ユダ最悪の王マナセ、その子アモンと悪王が続いた後の最暗黒期であったため、(マナセ王の統治期間は、55年と、南ユダ歴代の王の中で最長期間を誇る)このような厳しさなのだと思われる。
事実、この後、ヨシヤ王が偉大な宗教改革を推し進めるが、<それにもかかわらず、マナセが主の怒りを引き起こしたあのいらだたしい行いのために、主はユダに向けて燃やされた激しい怒りを静めようとはされなかった。(Ⅱ列23:26)>と言って、ユダの滅びは免れないと聖書は伝えている。
それほどまでに、マナセは悪王ということである。

実際には、この時代には、この預言通りに全地は滅びなかったのであるが、ヨシヤ王は大いに震え上がり、宗教改革に舵を切ったのだろう。
この御言葉は、世の終わりに成就するものと思われる。
その時に、このマナセのような最悪王が現れ、世を暗闇に落とし込むのだろう。
しかし、その時に、ヨシヤ王に遥かに勝る、まことのメシヤであるイエス様が、黙示録の記述通りに、悪を一掃し、新天新地に導いてくださるのだろう。

さて、このゼパニヤ書であるが、上記でも少し触れたが、<ヨシヤの時代(1:1)>の預言であると伝えている。
ヨシヤ王は、宗教改革に特化した王であると、前記事の中でお話させていただいた。
ヨシヤ王が宗教改革を推し進められた理由の一つは、これも先程少し述べたが、このゼパニヤ書の存在と思われる。
なぜなら、ヨシヤは、このゼパニヤの厳しい預言を聞き、奮い立って宗教改革を推し進めた可能性が高いからである。
ヨシヤの宗教改革の後に、このような厳しい預言があるとは考えづらいから、ゼパニヤ書が書かれたのは、ヨシヤの宗教改革の前、あるいは、その最中と言えるのである。

また、エレミヤもヨシヤ王の時代に活躍しているから、ヨシヤは、ゼパニヤ、エレミヤという偉大な預言者に恵まれ、事を行うことができたと思われる。
エレミヤは、ヨシヤ王の治世の第十三年(エレ1:2)から活動したとあるから、ヨシヤが宗教改革に乗り出した直後に、預言を始めたことになる。

さらには、女預言者フルダの存在もある。
彼女について興味深いのは、彼女は、<エルサレムの第二区に住んで(Ⅱ列王23:14)>いたことである。
ゼパニヤ書を読むと、<第二区から嘆き声が、(1:10)>とあるから、この嘆きは、フルダの嘆きと予想でき、このゼパニヤの預言は速やかに成就したことがわかる。
とにかく、ヨシヤ王は、ゼパニヤの預言で奮い立って宗教改革に取り掛かり、エレミヤとフルダの預言に後押しされて改革を完遂した可能性が高い。

それにしても残念なのは、これも以前述べたが、彼が、パロネコとの戦いで命を落とした事である。
そして、死に方がアハブ王と似ているのは、なんとも不思議な感じがする。
北イスラエル最悪の王と、南ユダ最善の王の死が似ているのである。
それ故なのかはわからないが、エレミヤにとっても悲しかったのだろう。
エレミヤは、<ヨシヤのために哀歌を作った(Ⅱ歴35:25)。>とある。


 

サル型の信仰、ネコ型の信仰

ある姉妹が、サル型の信仰、ネコ型の信仰という話をしていた。
子猿は、母猿の首に必死にしがみつき、母猿に振り落とされまいとするという。
一方、子猫は、母猫に首を咥えられて、リラックスして母親に連れられて行くという。

私自身の信仰を振り返ると、受洗して長い間、サル型の信仰だったように思う。
イエスキリストから振り落とされまいと、必死にイエス様にしがみつき、自分なりに善行に励んでいたように思う。
実際、福音書を読むと、弟子たちは、活動的なイエス様に、懸命について行っているイメージがある。
弟子たちは、真の動機でイエス様について行っている訳ではないが(これは、よく言われているが、イエスを、ローマ帝国の支配から解放する政治的メシヤとして期待していた)、それでも懸命にイエスに従っていった。
イエス様が十字架に架かる際に、とうとう逃げ出したが、それでも大変な頑張りである(実は、死んだラザロを蘇らせる際も、トマスは「私たちも一緒に行って死のうではないか。」と言っておきながら、身の危険を感じた弟子たちは、一時、イエスを離れたようにも思えるが<ヨハ11:17>)。
舟が沈みかけて死にそうなときもあった(マタ8:25)。
群衆たちについて言えば、食べ物が底を付きかけても、従ったと記されている(マタ15:32)。

私自身の話に元に戻すと、受洗して十年弱過ぎた頃から、いわゆる肉元気がガス欠となり始め、やがて、しがみつくのが困難になった。
福音書的には、途中でイエスの元を離れ、脱落した群衆の一人のような信仰である。
そこで、私としては、決して本意ではなかったが、やむを得ず、サル型の信仰からネコ型の信仰に切り替えざるを得なくなった。
イエス様に必死にしがみつくのではなく、イエス様に咥えられてリラックスして共に歩むという信仰である。

私は、神学の専門家ではないが、耳学問で少し専門的な話をすると、今にして思えば、私は、受洗して随分長い間、ウェスレアンアルミニウス派であった。
実は、私が、ウェスレアンアルミニウス派の信仰であることさえ知らなかった。
受洗して、随分経って、ある学びから、自分がアルミニウス派だと気付いたのである。
しかし、最近は、カルバン派に重心を置いている。
ハイパーカルバンではない。

アルミニウスとカルバンと、どちらが正しいのか、わたしにはわかりかねる。
あるいは、その他の教理が正しいのかもしれない。
とにかく、よくわからない中、今の私には、カルバン派の教理がしっくりとくるから信仰しているのである。
カルバン派が、総合的に正しいと判断したというよりも。
そうして、今は、イエス様に首根っこを咥えられてリラックスして歩むネコ型の信仰生涯にシフトしている。
というより、シフトせざるをえないのである。
ほとんど、ガス欠なのだから。

羊飼いは、迷い出た羊を連れ戻すとき、羊をかついで群れの中に戻すという。
羊の前足二本を右肩に、羊の後ろ足二本を左肩にかついでいる絵を見たことがある。
この絵の通りなら、羊のなすべきことは、羊飼いの首の上でリラックスすることである。
羊が、羊飼いの首の上で暴れるなら、羊飼いは大変である。

もし、今後、私の肉元気が回復したなら、私は、あっという間にアルミニウス派に戻り、自力で<救いを達成(ピリ2:12)>しようとするだろう。
さらには、羊飼いの首の上から飛び降りることさえして、好きに歩いていく気がする。
私は、自分の中に、自分に栄光を返そうという思いが今でも根強くあることを、よく自覚している。
それが、多くの場合、悪い事であると知っていても、私にはどうにも出来ないだろう。
だから、肉元気など回復せず、イエス様に担がれて、リラックスして天国に送り届けてもらいたいという思いがある。

<あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。(イザヤ46:4)>

<「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。(ルカ15:4~6)>

私は、福音書でいうところの、途中で脱落し迷い出た群衆の一人に過ぎないが、イエス様は、そんな私を見つけて下さり、救いの群れの中に連れ戻してくださった。
これからも、迷い出る度、都度、連れ戻してくださると信じる。
私にできることは、そのことを感謝し、日々喜びをもって過ごすことである。



ヨシヤ王とイエスキリスト

南ユダには計二十人の王が登場するが、ヒゼキヤと並んで善王トップ2と言っていいのがヨシヤ王だろう。
彼ほど宗教改革を推し進めた南ユダの王は他にはいないだろうし、というより、宗教改革に特化した王と言っていいのではないだろうか。
以前、取り上げたウジヤ王は、軍事、農業にも力を入れているが(Ⅱ歴26:6~15)、このヨシヤ王に関しては、列王記、歴代誌ともに、ほぼ宗教改革のみの描写である。
この当時、イスラエル全体を苦しめていたアッシリア帝国が、バビロンとの戦いのために、その多くが、イスラエルを引き上げて自国に戻っていたと言われており、そのため、イスラエル全体に平和があり、ヨシヤ王としてみれば、その他の王と比べて、軍事面に力を入れる必要がなかったことが、宗教改革に特化できた一つの要因と思われる。
列王記では、エルサレムを中心にイスラエル全土の偶像を徹底的に排除した記事が詳しく書かれ、歴代誌では、過越祭を律法に忠実に守ったことが念入りに記述されている。
その理由はよくわからない。

ヨシヤ王の働きをまとめると以下の四点になる。

①イスラエル全土の偶像撤廃。

②エルサレム神殿の修理。

③モーセ律法を民に守らせる契約締結。

④盛大な過越祭の執行。

過越祭では、子羊と山羊の子を三万、牛を三千頭捧げている(Ⅱ歴35:7)。
過越祭を執り行った王は、ソロモン、ヒゼキヤ、ヨシヤの三名のみである。
以上の宗教改革を、20~26才の間に遂行したのだから驚嘆である。
このように、宗教面では偉大な働きをしたが、軍事面においては、エジプトの王パロネコとの戦いに敗北し、いのちを落としてしまったのは残念である。
イスラエルを苦しめたアッシリアの援助のためにカルケミシュに向かったパロネコが憎かったのだろうか、戦いを挑み、メギドの丘でいのちを落としてしまった。

一方、イエスキリストの働きは、ヨシヤ王と比べてどうだっただろうか。
ヨシヤ王は、イスラエル全土の偶像を取り除いたが、イエスキリストは、世の罪を取り除かれる(ヨハ1:29)。
ヨシヤ王は、エルサレム神殿を修復したが、イエスキリストは、聖霊の神殿である人の体をよみがえらせる(Ⅰコリ15章)。
ヨシヤ王は、イスラエルの民に律法を読み聞かせたが、イエスキリストは、神の律法を人の心に直接書きつけられる(ヘブ8:10)。
ヨシヤ王は、過越祭に大量の羊を民に捧げさせたが、イエスキリストは、御自身が過越の羊となって十字架に架かられた(ヘブ10:10等)。
ヨシヤ王は、過越祭によってイスラエルの民に救いを与えたが、イエスキリストは、十字架によって信じる者すべてに永遠の救いを与えられた。
そうして、メギドの丘に集結した悪の軍勢を粉微塵にされる(黙16:16)。
メギドの丘は、集結の場であって、実際の戦いの場であるかは定かではないが。

このことから、ヨシヤ王もまた、不完全ではあるが、イエスキリストの雛型であることがわかる。
旧約の聖徒たちは、そのほとんどが、イエスキリストの雛型と言える。


 

なつめやしの木

エリコは、なつめやしの町と言われている(申命34:3)。
エリコは、海抜マイナス252メートルの水源豊かな町で、その好環境から、なつめやしが沢山生えていたのだろう。
このヤシの木からはデーツという果実が取れ、それを乾燥させると大変甘くなるという。
このヤシは、ギリシャ語では、フォイニクスと言う。
英語では、フェニックス、不死鳥という意味である。
ヤシの枝が左右に広がっている様子が、不死鳥が翼を広げた姿に似ていることから名づけられたのか、あるいは、不死鳥がヤシの木に似ているから名づけられたのか、どちらが先かはわからないが、とにかく、フォイニクスという。
このなつめやしは、新約では「しゅろの木」と訳されている(ヨハ12:13)。
植物学的には、厳密には、ナツメヤシとしゅろは共にヤシ科に属するが、別の木である。
しゅろも果実を生らせるが、甘くはなく、漢方薬などに用いるそうである。
そして、しゅろはシュロ属、ナツメヤシはナツメヤシ属に属するという。
ただ、植物学的にも、ヤシ科の木を総称して「しゅろ」ということもあるそうなので、聖書で、なつめやし=しゅろとしているのは完全な間違いとうわけでもないようである。
なんでも新約聖書でこのフォイニクスを翻訳するときに、日本では、なつめやしはなじみがなく、ヤシといえば主にしゅろという認識だったようで、しゅろと訳されたと聞いたことがある。(ただし、新共同訳聖書では、なつめやしと訳されている。)
とにかく、新改訳、口語訳聖書では、なつめやし=しゅろとなっている。

イエス様が、エルサレムに入城するときに、群衆は、道にしゅろの枝を敷いたとあるが、(エルサレムの手前にエリコの町があるから、広く分布していたのだろう)それは、あたかも、あなたは不死鳥、決して死に止まることのないお方です、と、自分では知らずに信仰告白しているようである。
また、このしゅろの木は、エゼキエルが見た幻、エルサレム神殿の壁柱の彫刻にも用いられている(エゼ40:16等)。
このエゼキエル神殿は、イエス様の千年王国時代のいわゆる第四神殿と言われており、文字通り解釈するなら、この神殿は永遠ではなく、千年間継続する有限の神殿であるが、しゅろ(不死鳥)が刻まれている。
新天新地においては、神がその民の神殿となるため、神殿自体が存在しないが(黙21:22)、永遠の象徴としてだろう、このエゼキエル神殿にはしゅろの木が刻まれている。