音楽♫と写真!!

  年が明けて1週間となりました。
今記事では、長男Hの新作を紹介いたします。

今回も編曲作品です。
そして、これは新しいチャンネルFINA s Ensembleからの発信となっております。

2017年からこつこつと積み上げてきたチャンネルから離れて、新たなものを作ったのには、彼なりの思いや理由があるようです。
説明も受けましたが、それを私がここで正しく明瞭に伝えることが難しいため割愛させていただきます。

これまでのチャンネルはどうなるんだ?
たくさんの作品が居並ぶチャンネル、熱い思いで発信したあの作品。
苦しい時期に生み出されたあの作品。
全て終わりにすると決めた時、最後の記念にと自作曲を!とアップしたのは、2024年暮れのことでした。
それによって、またHの心に火が灯り、そこからは自作曲をいくつかアップしてゆきました。
弱小チャンネルではありますが、彼が大事に育ててきたチャンネルに対する未練が、何故か私の方に強くあります。

でも、作品たちがネットから消失するわけではありません。
Hの足跡が無くなるわけではないのです。

 Hの新たな歩みを今まで通り応援してやりましょう。

 旧チャンネルの視聴を、支えてくれたのは「はてなブログ」の読者の人たちだよ、と先日伝えられました。
それをはっきりと示すグラフのスクショが、ラインにて送られてきました。
私を通して伝わるブログ読者の方たちからの感想も彼の大きな励みになっておりました。
改めてお礼を伝えたいとおもいます。
皆様!!ありがとうございました。
どうか新しいチャンネルも続けて応援して下さいませ。
 
 さて、前置きが長くなりました。
動画を貼りましょう。
youtu.be

アニメ 『Elfen Lied』の主題歌
Lilium(白百合)の編曲作品です。

エルフィンリートの原作者は、岡本倫氏。
大学卒業後、バンダイの玩具会社に就職するも28歳で退社し、漫画家になったという異色の経歴をお持ちの方です。
2002〜2005年まで週刊ヤングジャンプで連載されました。
アニメ化は神戸守氏により、手掛けられました。
非常に残酷な描写が多く、国内での評価はあまり高くなかっようですが、海外で高く評価されたとのこと。

主題歌を作ったのは、小西香葉 近藤由紀夫両氏によるユニット MOKA☆。
Liliumの歌詞はラテン語で表されており、その内容は聖書の言葉から引用されています。
美しい旋律と歌詞により、国外の多くの教会で賛美歌として歌われています。
日本で生まれたアニメソングが、宗派を越えた賛美歌として歌われたとは驚きですね。

いくつかの写真とともに、お聴き下さいませ。


2026年最初の満月











2026.1
雪原の向こうに沈みゆく夕日










2025.12
ささやかな彩雲









2025.12
寒空に枝を伸ばして







ここから先は以前使用した写真を再度、再々度掲載いたします。
(ストック少ないの!ご容赦を!)


2025.12
娘から贈られた夜空の写真






































































この動画はMOKA☆による歌唱
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これも好きだな!
youtu.be



ご興味がありましたらこちらもどうぞ!!
youtu.be

灯りのようなものがたしかに

暴力を振るう人間にも
クズのような人間にも
エネルギーの上昇という点で
チャンスが与えられている。
でもそのチャンスを
ちゃんと活かせなければ
次の転生(=来世)で
いまの世界よりずっと
下の世界に落とされる。

・・・・・
怖い。。
これマジだからね。
だから言いたいことは
たった一つ。
だれかを泣かせるようなことすんなってこと。

いじめる、だます、財産を巻き上げる、精神的に追い詰める、ケガをさせる、殺す
そういうことを
絶対にするな・・・(後略)

 前回の記事にも貼り付けた
↓こちらのブログ記事からの抜粋です。
https://ameblo.jp/motohenkokodake/entry-12895514447.html
瀬知洋司氏は、高次エネルギー体である存在(小さいおじさん)と共に暮らす方。
小さいおじさんのメッセージをこのようなブログや書籍に著し、またYouTubeなどで発信しておられます。

人を傷つけた人は、来世でひどい世界に落とされる…らしい。
自分のことではない!という気分で昨日文章を貼り付けたのですが、はて?私は大丈夫か?
とてつもない悪事は働いていないなら大丈夫か?
などとひっそり安心していたりして・・。

 たまに新聞紙上で、詐欺の使いっ走り的な犯人が捕まったという記事を見ることがあります。
すると私の心は、
「悪いことに加担するからさ!罪を償え!」
という風に反応します。
「悪くない人間」の立ち位置で、「悪い奴」を断罪するのです。


 さて・・

この新聞切り抜きは昨年のものです。

北海道文化放送UHB)が制作した、ドキュメンタリー。
出所後、理解ある雇用者と出会った人たちのインタビューと労働の様子が描かれた短編動画です。

タイトルは
『灯りのようなものが、たしかに〜ある出所者と雇った人たちの七つの物語』

1月6日現在、第3話までが視聴可能になっております。(第4話の視聴は1月12日より可能)

2話に登場するのが、詐欺のかけ子をして捕まった女性。
動画を見て、自分の感情的な反応がとても浅はかであることを知りました。

そこに映し出されたのは、とても「悪人」とは断ぜられない人の姿でした。

youtu.be



1話〜3話までを視聴しましたが、自分の姿と本名、そして罪名を明かし、撮影に応じた方々の決意とその姿勢に感銘を受けました。

 この人たちは、幸い良き理解者と出会い、仕事を得ることができました。
第1話登場のさんは、再犯せずにいられる理由といて、「仕事があること」と答えていました。
生きていくための収入を得ることは、社会の中で暮らすためにはとても大切なことなのです。
それに恵まれない人が、再犯、そして再び収監という道へ向かいやすいことは容易に想像できます。


 社会の温かい眼差しと、救いの手が犯罪を減らすことに繋がります。
そんな知識が心の片隅にありながら、私の眼差しは決して温かくはなかったな。

 瀬知氏の記事に再び目を向けてみましょう。

暴力を振るう人間にも
クズのような人間にも
エネルギーの上昇という点で
チャンスが与えられている。

ああ、良かった。
人はどの地点からでも、自身のエネルギーを上昇させることができるのです。
彼らが良き雇用者と巡りあったのは、ただの偶然などではなく、もしかしたら、彼らを援助する目には見えない高次の存在たちの力が働いたのかもしれませんね。

ドキュメンタリーのアドレスです。↓
https://www.uhb.jp/akarinoyouna/

有りかもね!!

 新聞切り抜きを整理する目的も兼ねて投稿した、先の2つの記事。
紹介した新聞記事は、
『非暴力で戦争を止める』
(道新・オピニオンコラム・志子田 徹)
『個は強くなったか』
(道新・戦後75年に寄せられた森達也氏の手記)
『排斥の日常を覆う』(道新)

でした。

これの続編的なものとして書く今回のブログ記事ではありますが、全く違う方面から切り込んでゆきます。
 
スピリチュアル的な内容となります。
苦手な方はスルーして下さいませ。

 このところスピリチュアル的な内容の記事がめっきり減ってはおりますが、このエッセンスは私の生活に欠かすことができないものとして定着しています。

スピリチュアルの世界…実に様々。
本であれ、SNSあれ、溢れんばかりの情報がひしめきあっています。
つまみ食いしたところで網羅できず、深入りするには果てしなく金もかかりそう。
その世界で右往左往していた時期もありました。

こんな私が、昨年出会った1冊。
これが大変に面白く、私にとって役立ちとなるものでした。

kyokoippoppo.hatenablog.com

詳しい内容に興味を持たれた方は、YouTubeなど当たってみてくださいね。
(記事の最後に一つ貼っておきました。)

小さなおじさんの形をした高次のエネルギー体が、まだ少年だった瀬知洋司氏の前に現れてから長き時が過ぎました。
出会いの時から数年後、その存在と言葉を交わすようになった瀬知氏は、様々なことをこの存在から教わりました。
長らく出版関係の仕事についていた瀬知氏ですが、「小さいおじさん」から、自分のことを書き、著作物として世に出すことを勧められます。
小さいおじさんが見えること、その存在と交流していることは、誰にも言えない秘密でした。
家族にさえ打ち明けてはいませんでした。
おじさんの勧めとはいえ、これを世の中に公表するのは、とてつもない抵抗感が伴ったそうです。

そりゃそうです。
「え??!!ないでしょ!」
多くの人が驚き、否定し、呆れ返り、あいつは
おかしい奴と断じられ、一般的な社会人としての地位を全て失うかもしれない。
瀬知氏のそのような恐れは容易に想像できます。

しかし、瀬知氏は執筆に向かいました。
編集者として多くの本を世に送った瀬知氏の処女作が『となりの小さいおじさん』なのです。

出版の後、彼のそばから静かに去って行った人もおられたそうです。
しかし、本は多くの人の手に渡り版を重ねてきました。

興味を持ったYouTube発信者から対談の依頼が寄せられ、いくつもの動画でご自分の体験や、おじさんの言葉を紹介するようになりました。

 瀬知氏の体験の受け取り方は様々で、半信半疑という人がほとんどなようです。
瀬知氏はこの受け取り方を歓迎します。
きっぱり拒否してしまえば世界はそこで行き止まりますが、半信半疑なれど小さいおじさんが明かす世界を覗いてみようとする気持が残っていれば、新たな世界を知ることができるからです。

 小さいおじさんは、それぞれの人が自分の波動を上げてゆくことを奨励します。
が、その方法について固有のメソッドを提供してはおりません。

人が普通の社会生活を送りながら、気を付けることを教えるのです。

以下は瀬知さんのブログ記事からの抜粋です。

うちのちいおじによると
(※ちいさいおじさんの略称)
・・・・・
暴力を振るう人間にも
クズのような人間にも
エネルギーの上昇という点で
チャンスが与えられている。
でもそのチャンスを
ちゃんと活かせなければ
次の転生(=来世)で
いまの世界よりずっと
下の世界に落とされる。

・・・・・
怖い。。
これマジだからね。
だから言いたいことは
たった一つ。
だれかを泣かせるようなことすんなってこと。

いじめる、だます、財産を巻き上げる、精神的に追い詰める、ケガをさせる、殺す
そういうことを
絶対にするな。
嬉しがらせたり感動させたりして泣かせるのは大いに結構。
どんどんやろうや。

暴力という負のエネルギーに惹かれる人、誰かをだます人、あるいは誰かを虐げる人にとって、おとなしい人、素直な人、暴力に暴力で返さない人は格好のエサですが、そこに嬉嬉としていじめやだましや虐待を続けるとマジで次の転生が悲惨だぞ?
ここでその詳細を全部ぶちまけてもいいんだけど、俺がちいおじにこっぴどく叱られるから書かないだけだぞ。

↓こちらのブログ記事から抜粋いたしました。
https://ameblo.jp/motohenkokodake/entry-12895514447.html



 次の転生時、自分の生まれ落ちる場所が今の生き方で決まるというのです。
信じる信じないはもちろん自由です。
しかしね、現在生きているほぼ全ての人が、死後の世界を知らないのです。
100%信じることはできないのと同じだけ、100%否定することもできません。

となれば、自分の今の生き方はどうだろう?
と立ち止まらずにはいられないのではないかしら?

人を傷つけてはいけない、戦争は最たる悪であると自らの心に植えつけるのは、世のため人のためではなく、自分自身のためと多くの人が思えば、悪しき方へ流れる濁流を阻止する力になり得ると私は思うのです。

本書はそのための力強いツールになると思うのです。

 今この本は多くの人が買い求め、多くの人の手に渡っています。
おじさんのメッセージを携えた瀬知氏が登場する動画の視聴回数は、数を増しています。

 前述したようにおじさんのメッセージは
ある特定の団体や人物やメソッドを推奨するものではありません。

一人一人が自分の生活…家庭や家族、職場での振る舞いで気を付けてゆくことが語られるのです。
なあんだ、とても当たり前のことじゃないと思えるようなことばかり。

人をいじめるな。
仕返しを考えるな。
人を追いつめるな。
たくさん笑おう。
たくさん笑わせよう。(人をいじって笑わせるのではなくね!)


 たくさんの誹謗中傷が含まれるSNSのワールド。その中に瀬知洋司氏を通して伝えられる小さいおじさんのメッセージが、少しずつ少しずつ浸透してゆくのを感じます。

私たちの言動は、政治家や大きな会社の経営者のように、社会情勢に大きな変化をもたらすことはできません。
でも私たちひとりひとりが良き波動を放てば、それは消えることなく確実に周辺へと波及してゆきます。


 これは瀬知氏と対談なさった愛さんという方のYouTube動画のスクリーンショットです。

youtu.be 

人はどうやったら楽しく生きられるでしょう?
生きるのが苦しいときどうやって切り抜けるのでしょう!
という質問に対しての瀬知氏の言葉です。

なあんだそうなんだ。


適当…私の肩の力がふっと抜けました。
そうか適当に、気楽に生きて良いんだな。
きっとこれは緩くて優しい波動なのだろうな。


 瀬知氏にだけ見えるおじさんの存在、エネルギー体、地球に存在するたくさんの異世界、高次の存在、波動、来世、これらが本当だよ!といえる証拠を私はもちろん瀬知氏だって示すことはできません。

でも私は、おじさんが伝えてくれるメッセージを受け入れていきますよ。
「そうなんだ。私の知らないことがたくさんあるのだな。役に立つことは取り入れてみよう!」
と思っています。
世の中で起きる不穏なこと、心がざわつく出来事、腹の立つ出来事…。
そこに眼差しを向けつつも、私は、自分自身の波動まで乱されないように過ごしていこうと思います。
それは世の中に贈ることのできる小さな小さな貢献になると思っています。


 最後まで読んで下さった皆さま!
どうもありがとう!


youtu.be

個が試される

 切り抜いては溜めてあるばかりの新聞切り抜き・・・・これを題材に記事を書く試みを思いついたのが昨年のこと・・・
…と言っても本日は1月3日ですからね、つい数日前のことであります。

ごくごく当たり前の願いとして平和な世の中を望む私、だからといって確固とした主義主張があるわけではないのです、と断りを入れつつ大晦日の記事をアップしました。

 年が明けて、さて何を書こう…と考えたとき、戦争絡みのことを続ける気持ちは消極的なものだったですよ。それでいながら続編的なものを残す気持ちも捨てきず・・迷ったまま本日を迎えたのでした。

 そんな朝、はてなのお知らせ欄にてneruzohさんが、私の記事を言及して下さったことを知りました。
記事本文及びそこに寄せられたコメントも貴重なものであるという旨のことが綴られており、リンクが貼られていました。
ありがたいことです。

 neruzohさんのこの行為によって、私の迷いが吹っ切れました。
手元の新聞切り抜きの一部をご紹介しながら本日の記事を綴ってみることにいたします。

戦後75年の節目に寄せられた森達也氏の主張です。(日付は不明)

個が試される時代になる。そしてその試練をクリアできるなら、この国の戦後はようやく終わり、新しい時代が始まる。クリアできなければ、曖昧な呼称の戦後がさらに続き、同じ過ちを繰り返す可能性がある。

 昨日2日、私は出窓に置きっぱなしにされていた1冊の本を手元に寄せて再読しました。
戦争ネタから離れたいと思いつつも、離れ難くもあった私の気持がこの本に向かわせたのでした。
『小さな魚』


第二次世界大戦下のイタリアを舞台にしたお話です。
小さな魚のごとき存在である子どもたち。そんな存在である少年グイドの視点で語られる物語です。
後半で、ルイージという男が登場します。
グイドたちを救済へと導く重要な人物です。

ルイージはかつてムッソリーニを熱く支持する国民でした。
そんな彼がグイドに語ります。

「わたしはムッソリーニがローマで演説するのを聞き、群衆といっしょに熱狂してさけんだものだ。わたしはそこで話されたことを考えていただけで、話されなかったことは考えてもみなかった。彼はイタリアの栄光について語ったが、死や飢えについては語らなかった。彼は悲惨な現実を語らなかった。彼は罪のない人々の流す血のことを語らなかったのだ。」

「わたしにわかっていたならな。語られない言葉がわたしに聞こえていなたらな。わたしは群衆といっしょになって喚声など上げなかったろう。でもな、グイド、わたしには聞こえなかったのだ。ほとんどの者には聞こえていなかった。はずかしいことだ。」

扇動的な言葉、人々を熱狂させる言葉は政治家にとっての必須アイテムみたいなものですよね。
私たちはこの言葉を受け取り、何らかの反応を示します。
これが一様でないからこそ賛否が分かれ分断を生むとも語られますが、反応が一様でないことは実に大切なことなのだと思います。


 森達也氏は、の姿勢をしっかり保った上で情報を受け取り、自分なりの思い、考えを持つことの大切さを述べておられます。

ですがね、それを持つためには一定の知識が必要でしょ。
世の中で何が起きているかを正しく知ること無しに自分の思いや判断を持つことはできませんから。
長らく新聞やテレビ放送が、世の情報を届ける役目を担っておりました。
しかし、今や、YouTube動画などのSNSによる情報が多く発信され、人々はそれらの情報を日常的に取り込むようになりました。

多様な情報を得ることができるということは、好ましい一面でもありますが、あまりに無責任な動画、視聴回数を稼ぐためだけに作られた動画まで、混ざり込むという困った現実も生み出しています。

 兵庫県知事を決める選挙活動時、大いに拡散されたNHK党の立花氏の動画。

下劣で下品そのもののあの動画に、多くの人々が食いつきました。
ムッソリーニの演説に熱狂したルイージたちのようにね。
熱い共感や賛同だけでは収まらず、元県議だった竹内英明氏への誹謗中傷へと発展していきました。
誹謗中傷の行為が人々を更に陶酔させていく様子は全く恐ろしい光景でした。
群衆から向けられるこのような憎悪に耐えきれなくなった竹内氏は、自死に追い込まれました。

立花氏はその後逮捕され、起訴され現在も拘置所に収容されています。自らが流した情報が正確なものではなかったことも認めています。

立花氏に追従した多くの人は、これをどのように捉えるのでしょうか?
これに賛同したご自分をどう思うのでしょうか。

せめてルイージのように、「恥ずかしいことだ」とつぶやいてほしいものです。

この新聞切り抜きは、昨年10月27日の北海道新聞のものです。
タイトルは排斥助長する動画 日常覆う

 日本で暮らす外国人は2070年に総人口の1割に達するとされる。ただSNSには外国籍の隣人を敵視する投稿があふれ、政治家も排外主義をあおるような発言を繰り返している。われわれは同じ社会をいきる外国人とどう付き合うべきなのか…(後略)

 このことに、自分なりの答えを見つけていかなければなりませんね。


 さらに続編を書きますよ。
全く別の方向からね。

2025年大晦日

 今年最後の一日となりました。
’’締めくくり’’を多少意識した本日の記事であります。
朝、布団の上でぶるぶる震えていたブウタロウをタオルに包み、抱き寄せて、スマホで打っていますよ。

 さて、年末といえば大掃除!
皆さん済ませましたでしょうか?
我が家は・・・・ううむ・・・たいしてきれいになっておりませんねえ。
色々整理したくても、捨てられない性分が邪魔をして手つかずなものがたくさん。

その中の一つが、新聞の切り抜きです。
目について気にかかった記事があると、とりあえず…的な気分できり抜く。


そして…
放置。
たまにそれを拾い上げどうしようか?と考える。

そして…
放置。

以前私はこれらのものを写真に収めて、「納戸」と名付けたカテゴリーにどん!と貼り付けその後処分という手を使いました。

しかしそのウェブ内の納戸を、私は再度開けたでしょうか?質量として残されるものではないながら、結局放り投げておしまいというのでは、あまりに乱暴ではないか?後に新聞紙面にも著作権があることを知れば、このような貼り付け方はやはり推奨されないと思われます。


 そこで、私は思い立ったのです。
捨てられない思いで取ってある新聞紙面について、少しずつでも取り上げて、自分なりの記事に仕立ててゆくことを…。

一生かけて終着を迎えるのか?分からないような無謀ともいえる決め事です。
途中立ち消えするかもしれません。

 そんな決め事の第一弾は、2025年9/21の北海道新聞の記事です。
オピニオンコラムに寄せられた志子田 徹氏の文章をご紹介いたします。

書き始めるに当たってお伝えしておきましょう。

私は、世の中の平和を願う国民の一人ではありますが、日常思っていることは、家族の平穏とお金のことばかり。
政治に関して、国際情勢に関して、強い気持で志を掲げているわけではありません。また、確固たる持論もございません。
願うだけで平和が実現するかよ!現実見ろよ!と問われたらアワアワするばかりの人間です。
だからこそ、北海道新聞のコラムタイトルを見た時、目が止まったのです。
自分にとっての拠り所となるように感じられたのです。
そのようにご了承の上でこの先を読んでいただけましたら幸いです。

オピニオンコラム、タイトル
「非暴力で戦争を止める」(志子田 徹)

 攻撃されても武力で応戦しなければ報復は連鎖しない。だが、反撃しなければ攻め込まれる。「座して死を待つことにならないか」

そうこのジレンマなのです。
丸腰で国を守れるか?
自分の子どもが殺されてもいいのか?
領土が奪われる状況を指を加えて見てるだけか?

このような言葉を前に、日本の誇りともいえる平和憲法すら脆弱に感じられ、実態と乖離した飾りものであるような印象を、既に多くの国民が持ってしまっているのではないでしょうか?

多くの人が平和を願っているはずです。
と同時に、平和のために必要なものが武力であると考える人も多数なのです。
平和のために持つべきものが武力であるというのが、現段階での人間の知恵の限界なのですね。

そして今、この「持つべきもの」が、拡大傾向にあります。
日本のトップは明らかにこの考えを持つ人であり、その上での国民の評価は高いのです。

私が道新の記事に出会ったのは、高市氏の総理大臣就任前ではありますが、切り抜き取っておいたのです。

いや、力に頼らず戦うことはできる。非暴力とは何もせず屈服することではないのだ。そんな考えを突き詰めた米国人がいる。ジーン・シャープ氏。生涯かけて非暴力の闘争を研究した政治学者だ。

戦争のように周到な戦略や計画が必要なその「戦略」は198の抵抗方法と呼ばれます。

 デモや集会をはじめ歌、演劇による妨害、仕事のボイコット、あらゆることへの非暴力を挙げる。市民の組織を育てることも重要だとする。

抵抗者側にも相応の犠牲は出るが、暴力行為で応じてはいけない。それは相手にさらなる武力行使の口実を与えるだけだから…文章はこのように続きます。

支配者側の弱点があるとすればそれは民衆側の全面的な協力や従順、支援に頼らざるを得ない現実だ、なのでそこをきり崩していくというのがジーン・シャープ氏の考えです。

この理論は旧ソ連からのリトアニア独立や旧ユーゴスラビアの独裁者を退陣に追い込んだ運動に大きな影響をあたえたそうです。

 ガザでの無差別な殺りくもロシアの蛮行も、残念ながらシャープ氏の理論だけでは今すぐとめることはできない。

だよね、だよね。
それが厳しい現実です。


そのように書きつつも、志子田氏は最後にこのようにコラムを締め括っておられます。

 この国の行く末を変えられるのは私たちだ。平和の歩みを世界にも広げたい。非暴力を貫いてこそ光が見える。

 日本は民主主義の国であり、かなり形骸化しているとはいえ憲法第9条も保持しています。
私たちは、自分なりの平和のあり方を自由に持つことができますし、論じることもできるのです。
しかしね。
どう考えてもこの非暴力の姿勢を貫くのは、厳しい道。
これは、相当の覚悟、強い意志なければ貫けない道です。

 私は弱虫だし、先に申したように自分の周りだけが平安であれば良いと思うばかりの小市民です。
でも、このささやかな願いだって国の平和、世界の平和が保たれてこそのものだということを忘れてはなりませんね。
物価高、米、熊、災害、新たな総理大臣・・・様々なニュースが取りざたされた2025年が終わります。
明日から始まる2026年が平和でよい年になりますように。

 ブログを通してお付き合いいただいた皆々様!誠にありがとうございました。

良い年をお迎え下さいませ。
晦日の本日、切り抜いた1枚の新聞切り抜きを処分いたします。

ブウタロウ、その後

 前回のブウタロウに関する記事を読んで下さった皆さま、コメントを寄せて下さった皆さま、ありがとございました。
ブウタ爺さんは、我々夫婦と共に2025年を越えてゆきそうな気配です。

 猛暑の夏を乗り越えて、老犬ながらも平穏な暮らしを紡いできたブウタロウが、突然首を曲げてふらつき出したのは12月下旬のある夜のことでした。

老犬にありがちな症状の前庭疾患だと思われます。
即、命に関わるものではないながらも、年齢を考えればこれをきっかけに衰弱し、命を閉じてゆく想定が容易に浮かびます。

 この犬はもともと次男のものでしたが、諸事情により我が家で面倒をみることとなり、今に至ります。
次男はもとより長男Hも、長女Aも、孫のKも、それぞれにブウタロウへの思いがありますのでね、兄弟プラス私で形成されるグループラインでこのことを知らせておきました。

めったに使われることのないこのラインが、久々ににぎわいました。
子どもたちから、それぞれの思いやブウタロウへの励ましなどが寄せられました。
このような慈しみを一身に受けるブウタロウの病状を、私はまめに知らせることとなりました。

ブウタの首は相変わらず曲がっており、足の運びはおぼつきません。身体をぶるぶると震わせると必ず横倒しに倒れてしまいます。
それは前庭疾患の特徴的な症状ですので、自然治癒の期待を抱きつつ見守るしかできません。

 私が心配したのは食事です。
飲みたがらず、食べたがらずを放置しておけば衰弱が進んでしまいます。そのような形で静かに天に召されるのなら、それはそれで穏やかな最期と言えましょうが、やはり、できるだけの手は尽くしてやりたいのです。
抱いた状態で食事を与えることにしました。
タオルでくるみながら、ブウタロウを持ち上げると、一瞬足をばたつかせますが直ぐにおとなしく観念します。
ひしゃげた首を支えながらスポイトで少しずつ水をやります。
口角の端から注いでやると、ペロペロと舌を動かします。
しかし、水を喜んでいる風はなく、ただ入ってきた水分に反応しているだけなのです。
私は自分の手のひらに、さつまいもとクリームチーズを練り合わせたものなどを用意しておいて、その舌の出し入れのタイミングでこの小さな欠片が口に入るように試みました。
しかし、ブウタロウの舌は弱々しく動くだけで欠片はたいてい手のひらに残されるのです。

「ほら!お食べよ」
と、それをつまんで口元へ持っていってもブウタロウは顔を背け嫌がるのです。
仕方なく、水溶きのチュールやスープをスポイトで流し込むことで何とか水以外の栄養を取り込ませました。

 3日前の夜のこと、召されるのなら私の腕の中で…位の気分でブウタロウを抱き寄せ布団に入りました。
すっかり軽くなったブウタロウの身体。
私の胸元に引き寄せ布団をかぶると、しばらく大人しかったブウタロウが、ピイピイと鳴き始めました。
そして、いつもしていたように私の手をしきりに舐め始めました。

実を申せば、自分の手がブウタの唾液まみれになるのは好きではないの。
ネロネロベタベタ…気持ち悪い。
しかし、ブウタはしつこく舐める。
このしつこさでご飯を食べないものかなあと思った私は、ものは試しにという気持ちになり、立ち上がりました。
ブウタロウを残して台所へと向かうと、ペット用のスープにさつまいもを入れたものを用意しました。それを少し温めて寝室に運びました。
ほれ!婆さんの手など舐めてないでこっちをお食べ。


そしたらですね。
食事の匂いに食べたいスイッチが反応したのでしょうか?
鼻をフンフンさせてお皿に顔を寄せるとペロペロ舐め始めたのではありませんか!!!
自ら欲してというように立ち上がり、皿をぺろぺろ。
時々固形物が口に入ったときは、曲がった首を仰け反らすようにして噛み砕きながら食べ始めたのです。
やったああ!食べてくれたわ!!

もちろん動画をとってラインに送りましたよ。

(この画像は動画の一部のスクリーンショットです。)

 この晩をスタートにふた晩目、三晩目も皿からスープ状のご飯を食べました。
ということで、ブウタロウは頑張って生きております。

ヨロヨロふらふらしながら、おしっこマットまで歩きその上でぐらぐらしながらも用も足します。
健気なブウタ。
少量でも飲み排泄してくれれば、安心なのです。

ただね、便が長らく出ていない。
やはり食べ足りてないのかなぁ。

今朝もそんな心配をしながら起床しました。
そしたら、居間の床にコロンと物が転がっているではありませんか!

元気なときなら、
「ブウタ!どこでう◯◯してるの!」
と叱るところ。(実際こんなことはめったにないのですがね。)
しかし、今日はその水分の少ないかりん糖のような物体を見て心底ほっとしたのでした。


 少しずつ食べながら、ブウタロウは一日一日命を繋いでおりますよ。
読んで下さった皆さま、誠にありがとうございます。
明日は大晦日
もう1本記事書く予定です。

ブウタロウよ!

 前回の記事は新しく手に入れたノートパソコンについて書きました。
今年の夏以降作動しなくなったパソコンの代わりにと、次男がプレゼントしてくれたのです。
手元にある不用品だとのことですが、私にとっては立派な立派なありがたいノートパソコンです。

自宅のパソコンが壊れた原因を、私は夏の異様な暑さのためと考えておりますが、どうなのでしょうね。

 さて、夏の暑さにやられたのは、実は我が家の機械だけではありません。
生身の身体を持つ我が家のワンコ…ブウタロウにとっても、とてつもなくしんどい夏だったのでした。
しかもこのひと夏、私はブウタロウのそばにおりませんでした。
出産を終えた娘の家で、1ヶ月余を過ごしていたのです。
そこでの滞在もあと僅かとなったある日、夫からラインが入りました。

「ブウタロウの命、今日明日までかもしれない」
と。
衰弱が進み、食べることもしなくなり、全身で息をしている状態だというのです。
直前に妹宅を訪れていたのが次男のYでして、その際、
ブウタロウもそろそろ寿命だと思うよ、などという会話が飛び出したばかり。

ブウタロウは、次男が2009年に衝動買いしたワンコです。

不細工な愛らしさに気持ちを奪われたのだそうですよ。「ブウタロウ」と名付け可愛がっておりましたがその後、仕事の紆余曲折があり、手元に置き続けることができなくなりました。
結果こやつは我が家のペットと相成りました。
病気知らずの健康なワンコで、すくすくと育ち16歳の高齢犬となりました。
その年齢を考えれば、夏の暑さによる衰弱は当然といえば当然です。

娘は、
「お母、心配でしょ。戻ってもいいんだよ。」
と言ってくれましたが、私は残り1週間を札幌に居続けました。
娘一家と過ごす時間も残り少なくなっており、その日々を手放し難かったのです。

ブウタロウはどうでも良いとはもちろん思いませんでしたが、逝く命は人間であろうと、動物であろうと最後はひとりなのだ、と自分を納得させました。
夫から送られたブウタの写真。

布団の上で、薄っぺらくなったブウタロウが横たわっています。
夜間の薄暗い部屋の中でひとりぼっちのブウタロウ。その姿が痛々しく私は泣きました。


私が戻るまであと1週間生きていてくれ!
そんな気持を抱きつつ、娘宅で過ごしたのでした。
日々のラインで知らされるブウタの様子・・・口に入りやすいようなスープを用意するなどして対応するも、ブウタロウはほとんど口にしないとのこと。

 それでも、ブウタロウは1日1日と生き抜いて私の帰宅を待っていてくれました。
自宅に戻った私はすぐに寝室に向かいました。
布団の上でブウタは、手足を投げ出してねていました。
「ブウタ」
と声をかけるも反応無し。
ああ、もう声に反応もしないのか!?
と涙がボアンと溢れそうになったとき、ブウタロウはよろよろと起き上がりました。
弱弱しいながらもペロペロと私の手のひらを舐め始めました。
涙腺が一気に緩む私・・・でもね、いつまでもそうしていられない。
義母宅に顔を出したくもありました。
待っててねと立ち上がり部屋を出ようとすると、ブウタロウは、なんと私の後を着いて歩くのですよ。
トコトコと。
そんなブウタを残して、私は、ひとまず実家に顔を出しました。
帰宅の挨拶をしたあと家に戻ると、ブウタロウは私の去った扉の前で立ったまま待っていたのです。
たまらんよお。ブウタよ。

 年老いてからというもの、ブウタロウは昼間はほとんど寝て過ごしていました。
夜は私の布団に潜り込み、手を舐めたり、そばで丸まったり…その時間が貴重な接触の時間となっておりました。
その時間が、ひと月余りもごっそり抜け落ちてしまったのです。
その寂しさも衰弱の要因になったのかもしれません。
夫の布団には、登らないブウタロウなのです。
夫が昼食後にソファに腹ばいになって休むときだけ、そのお尻にちょんと飛び乗り共に休むのが夫との触れ合いの時間でしたが、衰弱によってソファに飛び乗る元気も残していなかったことでしょう。

 さてさて、その後ブウタロウはどうなったか? 
何と、復活したのです。
身体はやせ、背骨は曲がりゴツゴツした体つきになりましたが、しっかりご飯を食べ、いつの間にか元通りの生活に戻ることができました。

夜は私の布団に潜ってきて、私の眠りたい時間にピイピイ鳴いてうるさいこと。
ブウタロウが生き延びたことの喜びも忘れ、
「ブウタ!うるさいわ?」
と叱ることも度々となりました。

 こうして秋となり、初冬となり、娘らの帰省時には彼らの家族である大型犬ちいずとわずかながらの接触もできました。
そして、12月。
私の冬休みが始まったその夜のこと。
ストーブの前で暖まっていたブウタロウが立ち上がり歩き出した時、その異様な様子に驚きました。
首をひねりあらぬ方を向きながらよろよろとし、まっすぐに歩けないのです。
酩酊状態のよう。
「ブウタ!どした!」
私は思わず声をあげました。

「犬、まっすぐ歩けない」
と検索。
老犬が突発的に発症する「前庭疾患」という症状であるようです。
そういえば、ブログ仲間の方の記事で、飼い犬が突然このような状態になり看病をした体験が綴られていたなあと思い出し、改めて読んでみたりしました。「夢」という名のこのワンちゃんは元気を取り戻しています。
ネット情報でも、即、命に影響をするものでは無いと書かれています。
とはいえ、既に16歳となり、夏場の衰弱をいくらかは引きずっているだろうブウタロウの身体です。
持ちこたえることができるでしょうか?
スポイトで与えてやる水と、お湯で溶いたチュール、さつまいものつぶしたやつ、クリームチーズ、シュークリーム(カロリーが高いので効果的らしい)などで何とか持ちこたえておりますが・・。

 どのような結末になるのか未知なままにとりあえず発信いたしました。