あまりにも、たくさんのものをもらいすぎた気がする。彼らのことなので大団円の解散をするくらいなら続けることを選んだと思うし、きっと、見えないところで色々あったのだと思う。the pillowsの音楽を聴いてると、どのアルバムでもそこに紐づいた思い出がフラッシュバックする。長いこと追ってきたバンドだけど、ここ数年ライブに行くことも、インタビューを読むこともしていなかったし、バンドがどういった状況なのか何も知らなかった。彼らはいつだってアルバムで自分たちの今の状況を全部喋ってしまうし、そもそも30年で20枚以上というとんでもないハイペースで活動を続けてきたにも関わらず(曲は湯水のように湧いてくるとことあるごとに語っていた)、ここ5年一切アルバムのリリースが無かったという時点で、ちょっと考えれば当たり前なんだけど結構それは、大きな意味を持っていることに、終わってから気づいた。
the pillowsとの出会いはちょうどトライアルを出した2013年を過ぎたくらいで、高校を卒業した直後だったけど自分はそれまで音楽趣味と言えるようなものがある人間では全くなく、ただの"アジカンとバンプが好き"なだけの若者だったと思う。高校を卒業して免許と車という自分の足を手に入れたことで千葉県南部のド田舎出身だった自分はブックオフもTSUTAYAもやっと一人で通えるようになり、お金の余裕もできて千葉や東京に遠征して初めてタワーレコードっていうお店を知り試聴機で色んな衝撃を受けたり、とにかくCDを貪るように集めていた。そんな中で出会ったのがthe pillowsで、同世代あるあるだと思うけどバンプがカバーしてるとか当時スケットダンスでフィーチャーされてたからとかそんな感じで手に取った記憶があるのと、それこそ当時はニコニコ動画のメドレーでthe pillowsが多く使われていて聞き馴染みのある曲が割と多かった。のめり込むのは一瞬だった。今では教典であろうフリクリのハイブリッドレインボウのシーンもニコニコで見てその美しさに衝撃を受けた。the pillowsの活動初期はバンド内でコミュニケーションもプロダクションも全くうまくいってなくてリーダーが脱退したこととか、セールスも振るわずどん底だった時期に事務所の反対を押し切って作風を変えて本当にやりたかった音楽性をやったこと(後のオルタナ路線へ繋がる)、結果音楽業界への遺書だったと本人が語る97年リリースのPlease Mr. Lostmanがちゃんと売れて今の作風が形作られたこととか、当時の山中さわおのメンタリティ及びその変遷がロストマン以降数作に渡って描き続けられていて、孤独すぎる言葉の数々と、そのストーリー性というか人間臭さにかなり衝撃を受けた。なんで自分はここにいるのだろうっていう気持ちがたくさん伝わってきた。当たり前だけど、CDを買って聞いてる音源の奥にはちゃんと人間がいて、その人の苦悩があることを初めて意識した瞬間だったと思う。創作物っていうのはアーティストの人生そのものの記録だということを実感した。ロストマンからの数作は本当に今でもオールタイムベストとして君臨し続けている作品で、ここについて語ったブログが昔はたくさんあったんだけど、いつの間にかほとんど消滅してしまったことがとても悲しくて、リスペクトして自分で改めて書いたものがこのブログにもあったりする。
the pillowsは曲名や歌詞にPixiesやBreedersが登場することからも山中さわおがリファレンスや憧れのアーティストについて一切隠さないスタンスで、そっからファンとして自分も出てくる名前全部知りたいと、アーティストからアーティストに辿る習慣ができて、それ以降ある程度知識がついて特定のバンドだけではなく大雑把に音楽好きと言える存在になれたと思う。最初はやっぱ全然わかんないんだけど、山中さわおが敬愛しているからというだけの理由で自分も好きになりたかったし、苦手って思うのは自分が未熟なのだろうと思って理解できずとも聞き続けた経験が今の自分を形作ってる。山中さわおがインタビューでオルタナって言葉を幾度なく使うのも印象的で、音楽性だけでなく一つの在り方として、単純に真似をしたくて自分自身それ以降オルタナという言葉に拘り続けることとなる(この辺からNUMBER GIRLにハマったりPixiesや向井秀徳経由でスティーヴ・アルビニを知る)。今考えるとちょっと恥ずかしいけど、本当に憧れていたので山中さわおのファッションを真似て色んなカーディガンを買って試していたし、当時集めてたthe pillowsの(しかももうサイズが小さくてほぼ着れない)シャツが大量にクローゼットの中に残っているのを先日実家の大掃除で確認した。あと当時さわおさんと同じサイクロンのギター買おうとして値段で挫折した。アルバム単位で音楽を聴くということを教えてくれたのも彼らだった。全ての作品が全部10曲前後トータル40分で統一されていて今の心境を語るみたいな歌詞が多かったり、毒舌英詩の短い曲が最後になってることが定番だったこととか、必ずシングル以外でアルバム名を冠した(もしくは歌詞にアルバム名が出てくる)曲が入っていること、流れや構成も含めて工夫が散りばめられているのが当時の自分にはとても新鮮ですんなり聞けた。知った頃から10枚以上のアルバムがあったけど、そのおかげで全く聞き進めることが苦ではなかったし、追っていた時期は生活の中に次どんな作品がくるのだろいうというわくわくが止まらなくて、毎日が充実していた。
もし〇〇に出会えてなかったら今の自分はいなかったという言葉、結局タイミング次第だしなんにでも当てはめられるからあまり好きな表現ではないけど、the pillowsに関しては本当に自分に大きな変化を及ぼすきっかけに結構何度もなってくれたバンドだった。音楽の趣味趣向に直接与えた部分も大きいし、間接的にpillowsが作ってくれた出会いやきっかけが今の自分を支える大きな柱にいくつもなっている。それこそオルタナティヴ・ロックの種子を植え付けられたことが今のスロウコア~ポストハードコア趣味に直結している。音楽ブログを漁る習慣を作ってくれたのもthe pillowsについて話せる友人が周りにいなくて、他人の感想を読みたいとずっとインターネットで探していたからだし、今拠点となってるツイッターアカウントも、かつて全く別の界隈にいた自分がthe pillowsの話題が増えてきてその結果フォローされたファンの方々と交流するために分離させた音楽アカウントだったりする。30周年のライブ会場でツイッターの人とオフ会的な感じで初めて会ったり、pillows展に一緒に行ったり、フリクリの新作や19年に公開された実写映画を見に行ったりとか、たくさんあったし、NUMBER GIRL再結成時にチケットが最後までとれなくて落ち込んでいた時に譲ってくれた人もpillowsきっかけに知り合った人だった。初めて買ったレコードもロストマンとリトルバスターズ再現ツアーのときに販売が決定したその2枚だったし、ライブDVDを滅多に買わない自分もthe pillowsだけはMCで何を喋ってるのか知りたいという動機でたくさん集めた。貯金して当時高価だったMVのコンプリートボックスも買った。音楽だけでなく純粋にアーティスト単位で何かに熱中したファンになることが、たぶん初めてのことだったと思う。
いつ頃か、色んな音楽に詳しくなっていく中でthe pillowsの中にも合うものと合わないものがあることを痛感し始めてきたり(とくに活動休止を挟んでからオルタナ封印宣言→ロックンロールへの回帰に乗れなかった)、10年代後半のフリクリの続編が作られたりpillowsをフィーチャーした実写映画が公開されたりと割と大きな流れがあったんだけど、どちらも自分には合わなかったし、30周年記念ライブのときもちょっと思うことがあってフォロワーの方と熱量や見解の違いですれ違いもあった。あとはコロナ入ってからの山中さわおの発言にも色々と思うことあって距離を置いていたのもある。それ以降、the pillowsについて話す自分がどこか空元気なことに気づいて言い淀んでしまうときがあった。故にここ数年自分がthe pillowsファンであることを、最近の知人とかには意図的にあまり話していなかったと思う。上記でも触れた朱莉TeenageRiotで一度だけ書いたpillowsの記事はその時期真っただ中で、もう過去になってしまったこと、それでも自分に大きな影響を与えた忘れられない存在であること、それを踏まえた上で区切りとして書いた気持ちもあった。
それでもちょっと前にやった私を構成する42枚にはちゃっかりロストマンとリトルバスターズの2枚を入れている。寂しいっすね。思ったより寂しい。解散の報道があったとき、最初にお疲れ様でしたなんてちょっと俯瞰した気持ちで言葉が頭に浮かんだけど、音楽を聴いてじわじわと寂しさがある。それこそ自分が聞き始めたトライアルを出した頃に一回休止したんだけど、それまでにも何回も苦悩があったみたいで復活してからの快活な彼らの姿に安心感があったというか、もうこんだけ乗り越えるものは乗り越えてるんだし、ロストマンのジャケくらいになっても続けたいって本人達も言ってるんだからやめないだろうと思い込んでたんだろうな。どのアルバムも好きと言えるくらい聞き込んだけど今フラットな状態で見返すとやはりロストマン~ビバークまでの4枚(3年でこれをやってるので本当に絶頂期なのがわかる)が特出して好みの音で、とくにロストマンは解散覚悟ってのもあるけど山中さわおの孤独な独白がすごすぎてこの言葉達にたくさん救われてきた。ICE PICKの「今より似合う場所がどこかにあるような気がしている」とかTRIP DANCERの「ハンドルを縛ったりハードルをくぐったり 慣れるなんて絶対不可能さ」は人生の中で何度だって反芻してきたし、Swanky Streetは今聞いても、歌い出しの「誰の記憶にも残らない程 鮮やかに消えてしまうのも 悪くない」から終盤の「壊れてもいいんだ」まで、本当にどの部分を切り抜いても涙が出てしまう。遺書として出したはずの、ありのままを曝け出した曲がしっかり受け入れられたことで活動を継続することができるようになり、ここから次作でのアナザーモーニングでは「ああ今日は僕の新しい誕生日なんだ」と掲げていて、その流れでのストレートな独白であるハイブリッドレインボウはやっぱり感動するんですよ。このロストマンからリトバスへの流れは後の00年代邦楽ロックシーンの大きな種子だったと思う。
20曲選んでみました。年を経るごとに00s以降も好きになっていく。90sの4作と当時のすごすぎるシングル達に感してはブログに書いたので割愛しますが、それ以降も1~2年単位でアルバムを続々出していて、2003年のペナルティーライフはそういえば初めてブログで音楽レビュー的なものを書いたアルバムだった。90sのオルタナ然としたザラついた大音量のサウンドは00s以降ちょっと身を潜めてクリーンなサウンドになっていくけど、ギターの歪みとかもツルっとしてきて、自分のカラーにはあまり合ってなかったかなと思う。2006年のWake Upでエイベックスに移籍という大きな流れがあってパワーポップに作風を寄せ、翌年のPied Piperで「どこへ行こうか 君を連れて行くって決めたんだ 悪いけど」ていう快活な歌詞にも結構驚いた(この曲はめちゃくちゃ好き)。2009年には20周年の武道館に記念ベストの発売と大きなレーベルに移っただけあって絶好調で(今では代表曲となったファニーバニーの再録やスケットダンスでのリバイバルもこの近辺)、その大きく外に開けた空気感は作品にも反映されていたと思う。00年代以降だと2002年のThank you, my twilightと2005年のMY FOOTの2枚がとくに好きで、とくにMY FOOTのタイトル曲であるM1の歌詞はどこ切り抜いても良い。成功したい願望もあるけど、ひねくれてる自分をそのまま受け入れてほしいという、はみ出しものであることに自覚があるが故のコンプレックスを吐き出すスタイルはずっとあったのだと思う。
自分が知った当初の2013年のトライアルってポップな作品が増えてきたその時期にしてはかなりゴツゴツしたソリッドなアルバムで、歌詞もずっと暗い。そもそも一個前、2011年のHORN AGAINもダウナーでくたびれたロックって感じでthe pillowsにしては割と渋くて好きだった。M1のLimp Tommorowから歌とメロディを第一にしたバンドだったのにも関わらず、珍しく淡々とした無骨なイントロが1分以上続いて「平穏が風に乗って 僕の地図を畳むんだ」っていうちょっと前までみんなを連れて行こうと高々と掲げたとは思えない歌詞に驚く。武道館も成功して、ハッキリと影響を受けたと語ってくれる若手の後輩バンドがたくさん出てきて、満たされて丸くなった自分にイラついていたんじゃないかという雰囲気が出ていた。メンバー間のコミュニケーションもバンドの状況に対してあまりうまくいってなかったようだし、そっからトライアルが割とどん底、そのまま活動休止というのが一周回ったあとの葛藤って感じで、それが滲み出た当時の作品はとても好きだった。この時期、今聞いても染みるものがある。バンドメンバーと改めて話し合いをしたとも言っていた。メンバーは友達ではなく仕事仲間で、軋轢も多かったし個人的な付き合いも全くなかったらしいけど、休止をきっかけに友達になれたと、20年以上やってきて初めて飲みに行ったと言っていた。その結果さわおさんのワンマンバンドにならないようにオルタナを辞めてロックンロールへ回帰するっていうのが第四期と言われる2015年以降のコンセプトだったらしい。当時はこの物語自体にすごく安堵を覚えたし、それが表れた歌詞に共感してアルバムも楽しく聞いたけど(ムーンダスト1曲目の歌い出しからその表明をしていてグッと来た)、でもその結果零れ落ちてしまったものってちゃんとあったなと、その後2020年に近づくにつれてどんどんバンドやファンダムが巨大になっていく流れに、やっぱり自分は乗れていなかなったと思う。
長々と続けてしまったけど、自分の中で大きな存在のバンドが、気づいたら終わってしまったことに対して、何かを吐き出さずにはいられなかったです。思うことはたくさんある。自分はあまり、良いファンではなかったかもしれない。でも自分にとって、とても大切な忘れられないアーティストであることに変わりはないというのを、どうしても書き残しておきたかった。いつかSmile以降のthe pillowsについても書いてみたいなと思っていたし、AORやソウルにハマったのもきっかけにあまり語られない初期のthe pillowsをもっと聞きたいと思っていた。いつか書けたらやりたい。the pillowsを聞いていると、これまで出会った人や去っていった人、ともにあった色々なものがフラッシュバックされてしまう。本当に色んなものを受け取りました。ありがとうございます。