未来家計譚

高卒 ✕ 地方会社員でもできたリアル家計管理術

朧のカウンターで、寿司が“物語”になる──草津の路地裏、静かな贅沢

草津駅から徒歩5分。
商店街の明かりとざわめきを背に、一本だけ国道側へ足を逸らした瞬間──空気の密度が変わります。
看板は控えめ。その店の名は、寿司割烹「朧(おぼろ)」。
朧という言葉が似合いすぎるほど、入口には余白があります。派手さはない。ですが、入った瞬間に分かるのです。
ここは“寿司を食べる場所”ではなく、“寿司が生まれる瞬間に立ち会う場所”だ、と。
私は以前、夜に二度訪れています。会席の席、そして私用の一席。
どちらも個室でした。店主の顔も知らないまま、料理の余韻だけを胸に帰った。
しかし、今日は違います。
カウンターに座るということは、料理ではなく「仕事」に向き合うということ。
職人の時間、その呼吸、その判断の連続に、こちらの覚悟も試されるのです。
滋賀は海なし県。琵琶湖はある。だが潮の香りは届かない。
それでも、朧の江戸前は豊洲を中心に全国からネタを仕入れると言います。
重要なのは鮮度だけではありません。魚は“状態”が日々変わる。
その変化に合わせ、切り方を変え、寝かせ方を変え、温度を整え、旨みを引き出す。
つまり寿司とは、素材の勝負ではなく「一瞬の最適解」を積み上げた結晶なのだと、目の前で教えられます。


今回いただいたのは、寿司メインの肴と寿司コース(税込7,700円)。
デザートと赤だしを含む全8品、握りは11貫に卵。
この中で、私の心を一段深く沈めた“感動の瞬間”がありました。

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握りが始まった瞬間、私は箸を置きました。
寿司は箸で食べてもいい。けれど、今日は手でいく。
つまみ、口へ運ぶ。
そのとき、シャリがほどける。ほどけながら、崩れない。
米粒が散るのではなく、舌の上で“解けていく”。
噛むたびに魚の旨みが波紋のように広がり、香りが遅れて追いついてきます。
ネタを乗せただけでは決して到達できない、シャリと一体化した握り。
美しすぎて、食べるのが惜しい。
しかし、口に入れた瞬間に物語が始まるのです。
ためらう時間すら、もったいない。
そして終盤。
この日、私を締めてくれたのは日本酒ではなく、口当たりの柔らかな日本酒スパークリング「紀土」。
泡があるのに、角がない。華やかに主張せず、握りの余韻を丁寧に抱きしめて、静かに次の世界へ運んでいく。
まるで、最後のページを閉じる指先が、異様に優しい小説のようでした。
誤解のないように言えば、いわゆる“高級ネタ”が並ぶわけではありません。
けれど、ここには鮮度以外の価値がありました。
切り方、包丁の入れ方、下処理、温度、握りの圧。
回転寿司との違いが見えるのではなく、“突きつけられる”。
満足とは値札ではない。仕事の密度が、満足を決めるのです。


入口すぐのカウンター6席。
平日の日中にもかかわらず、席は埋まっていました。年末のご褒美なのでしょうか、若い女性同士で席が埋まり、男性は私だけ。
ほんの少し、背筋が伸びます。カウンターは舞台。こちらも“観客”としての礼儀がいる。
けれど不思議なものです。
食事と会話が自然に流れる空間、そして大きなグラスでいただく白ワインが、その緊張をゆっくりほどいていきました。
気づけば、握りの頃には張りつめた空気さえ忘れ、ただ目の前の一貫に集中していました。
朧とは、はっきり見えないものではありません。
むしろ逆です。
食べ終えたあとにだけ、くっきり輪郭を持って残る“余韻”のこと。
静かな路地裏で、私は確かにそれを受け取りました。

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飲み放題の海で、溺れない大人になる夜──大津「butcher bar 十八」忘年会

ワイン好きにとって、ここは──危険なほど甘美な場所です。

「浴びるように飲む」という言葉が、冗談ではなく“現実”になる。そんな夜が確かにあります。

舞台は大津駅。改札を抜け、ロータリーの向かいへ。

街の喧騒のすぐそばに、ひっそりと火種のように灯っている店がありました。

butcher bar 十八(ブッチャーバー トッパチ)。名は肉バル。ですが、今夜の主役は肉ではありません。──グラスです。

忘年会。

一年を締めくくる席というのは、単なる飲み会ではなく、「自分の一年を誰と終えるか」を決める儀式でもあります。

だから私は、最初から設計していました。

予約したのは、時間無制限の飲み放題。

17:30から、ラストオーダーの22:00まで。税込4,400円。

時間に追われない、というだけで会話の質は変わります。人は、制限が外れた瞬間に本音を取り戻すからです。

そして、もう一つの仕掛け。

今年出会ったスパークリングの中で、忘れられない一本。

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クレマン・ド・ブルゴーニュ ブラン・ド・ブランを持ち込みました。

持ち込み料は 1本3,300円。

それでも私は迷いませんでした。乾杯の一口目は、その夜の格を決める。

たった数秒で、「ただの会」か「記憶に残る夜」かが分かれるからです。

泡が立ち上がる。

グラスが触れ合う音が、静かに合図になります。

「今年もお疲れさま」──その言葉の裏側にある、言い切れなかった疲れや、抱え込んだ葛藤までも、炭酸が洗い流していくようでした。

席に着くと、お通しのサラダ。

ところが、このサラダが侮れない。

おかわりは何度でも可能。

テーブルが寂しくならない。皿が空でも心が空にならない。

飲み放題の夜は、気づけば“グラスだけが走る”ことがあります。

この店は、それを許さない。静かに、しかし確実に、夜のバランスを整えてきます。

飲み放題のワインは 全16種類。

そして、ワインに寄り添うアテの数々。

誰かが選ぶ一皿が、誰かのグラスの答えになる。

「これ、この赤だな」

「いや、こっちの白でも勝てる」

そんな議論すら、いつの間にか“今年の総括”のように思えてくるのだから不思議です。

さらに今回、席は半個室。

壁がひとつあるだけで、人は正直になります。

笑い声の奥に、急に沈黙が混ざる。

そして──話は込み入った方向へ。

気づけば、人生相談の場になっていました。

仕事、家庭、身体、未来。

普段なら飲み込んでしまう言葉が、ワインの回転に合わせてほどけていく。

グラスが進むほど、言い訳が消え、核心だけが残っていきます。

忘年会とは、実は「一年分の感情の棚卸し」なのかもしれません。

そして当然のように、私のグルメ活動にはブーイングが飛んできます。

「また美味い店ばっかり行ってるな」と。ええ、行っていますとも。

その代わり──私は約束を背負うことになります。

「次はここに連れて行く」

「また企画しろ」

こうして私は、2026年も店を選ぶ楽しみがあると自分に言い聞かます。

未来の予定は、ときに“今日の罪悪感”を許す免罪符になります。

ただ、ここで終わらないのが大人です。

いくら飲み放題でも、無敵ではありません。

明日の出勤。体調。翌朝の自分。

そして何より、ワインの好みがはっきりしてきた今、私は思いました。

「飲める」ことが強さではない。

「止められる」ことが、余裕だ。

浴びるように飲める場所で、私は初めて、

自重できる大人になったという“静かな自信”に触れました。

この店は、ただ飲ませる店ではありません。

飲み放題の海で、溺れずに泳ぐ方法を──そっと教えてくれる場所でした。

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一人で回す店に、迷いはない──石山「クロワゼ」が示す“続く店の答え”

石山駅から徒歩5分。テナントビルの2階に、ひっそりと灯る小さなフレンチがあります。
店名は「クロワゼ」。席はカウンターのみ、わずか12席──けれど、その距離感こそが、この店の“体験価値”を最大化しているのだと、入った瞬間に気づかされます。

料理と客の間に、余計なものを置かない。空気さえも削ぎ落として、残るのは「香り」「音」「火」と「手仕事」。

この店は、フレンチを“食べる”場所ではなく、“目撃する”場所なのかもしれません。

本日は、ミシュラン星付き店で研鑽を積まれたというオーナーシェフの「カジュアルランチコース(税込3,300円)」をレビューします。結論から言えば、これは“試し”のコースではありません。価格設定の常識を、静かに裏切ってきます。

予約は電話。昼も夜もシェフお一人で切り盛りされているため、こちらからの配慮も大切です。私はランチ営業後の時間帯を狙って連絡しました。駐車場はありませんが、駅近なのでコインパーキングで十分に対応できます。このアクセスの良さも、店の選択肢を広げてくれます。

店内は黒と茶で統一された、引き算の美学。派手な装飾はありません。しかし、必要なものだけが揃っている。だからこそ、視線は自然と“手元”へ向かいます。
目の前で進む仕込み、火入れ、盛り付け──カウンターという舞台で、料理が完成していく過程をそのまま味わえるのです。

この日はデザートまで私たち一組のみ。まるで貸し切りのような時間でした。ワインを傾けながら、料理だけでなく“ライブ感”を楽しめる。これが、カウンターフレンチの醍醐味でしょう。

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そして肝心のコース内容。
「軽いランチだろう」と思っていた自分を反省しました。品数、構成、満足感──どれも“カジュアル”の枠に収まりません。驚くほどのコスパです。ワインメニューも充実しており、グラスワインの選択肢が豊富なのも嬉しいポイントでした。

魚や肉の火入れに、ほんのわずかな甘さを感じる場面はありました。ただ、それを差し引いても、総じて満足度は高い。むしろ、この価格帯でここまで出せるのか、という驚きの方が大きいのです。

夜はアラカルトで、一人でワインとアテを楽しむこともできるそうです。ここでふと、別の記憶がよぎりました。

草津のロンロガレージから独立が決まっていながらも、メニューや運用方針に迷いが見えた店主。

「何をやるか」ではなく、「何を捨てるか」──その決断がまだ定まっていないように見えたのです。

その点、2025年で8年続くクロワゼは明快です。

席数を絞る。動線を絞る。世界観を絞る。

そして、料理とワインにだけ集中する。

迷いを削ぎ落とした先に、“続く店の形”がある。

私はこの店を前にして、それが一つの解答なのだと思いました。

次回は、ワイン好きとフルコースで。ペアリングまで含めて、クロワゼの“完成形”を味わいたい。
静かなカウンターの上で、料理とワインが重なり合い、会話が少しずつ減っていく──
その瞬間こそ、きっとこの店の本領なのでしょう。

石山の2階にある、小さなフレンチ。
しかしそこで出会うのは、小さな満足ではありません。
日常を静かに塗り替える、“密度のある時間”です。

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草津スパニッシュバルプロモ──“隠れ家バル”で異国の夜に迷い込む

草津駅から、徒歩5分足らず。
たったそれだけの距離で、日常は──ふっと、異国にすり替わります。

外からは店の気配がほとんどしない三角柱の雑居ビル。視線を上げても、確信は持てない。
それでも、人は“知っている場所”へ吸い寄せられるものです。2階にあるのが 「スパニッシュ バル プロモ」。
ここは、草津の街角に紛れた「小さなスペイン」です。

入口はどこか頼りない。
正面なのか裏口なのか分からない、看板横の勝手口のような扉。エレベーターか非常階段で2階へ。上がってしまえば導線は明快で、迷うことはありません。
──むしろ、この“分かりにくさ”こそがいい。人気店がわざわざ隠れている。その事実が、期待を上げていきます。

扉の先は、薄暗い18席ほどの空間。
陽気な音楽が空気を弾ませ、店内モニターではサッカーが流れ続ける。
耳と目と匂いで、現実の座標が少しずつズレていく感覚があります。
そして、その熱を支えるように、女性スタッフさんが元気よく店内を駆け回る。混雑すら、ここでは“活気”という名に変わります。

この店の作法がひとつあります。
パエリアのように時間がかかる料理は、最初にまとめて頼んでおくこと。
そうすると、忘れた頃に“最高の頃合い”でやってくる。
コースはありません。だからこそ、ひと皿ひと皿が「自分で選ぶ物語」になります。

今回は注文した6品のなかから、リピート確定の3品を。

1. パエージャ・マリネーナ(Mサイズ)

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スペイン料理の王道、魚介のパエリア。
魚介のだしを、やや芯を残した米が吸い込んでいく──その設計が見事です。
コクがあり、香りが立ち、ひと口ごとに海が近づく。
今回はお腹が膨れてきた終盤に登場しましたが、関係ありません。
気づけば夢中で、皿は静かに空になっていました。

2. 牛モツのピリ辛トマト煮込み

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「ありそうで、なかった」ホルモンのトマト煮込み。
豆とオリーブも一緒に煮込まれていて、トマトソースはピリ辛。
ワインにもバケットにも、容赦なく寄り添ってきます。
一皿の中で“つまみ”と“料理”を両立してしまう、危険な美味しさでした。

3. ハモン・セラーノ(左)

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クセのない、とろける脂が魅力の白豚の生ハム。
熟成の力で旨みが凝縮され、噛むほどに輪郭が濃くなる。
派手ではない。けれど、確実に記憶に残る。
こういう一皿がある店は、強いです。

 

平日でも、オープンから予約客で満席。
調理とフロアを 2名で回している のには驚きました。
それでも店が回るのは、段取りと集中があるからでしょう。ここには、プロの呼吸があります。

今回は1軒目としてしっかり食事をいただきましたが、真価が出るのはむしろ 2軒目・3軒目。
気の合う仲間とタパスをつまみ、会話を肴にお酒を重ねる。
この店は「食事」だけでなく、「時間」を提供しているように思えます。

そして、初めてのシェリー酒。
ワインに比べると辛口でも食事との相性が難しく、主役になりにくい印象でした。
その一方で甘口は、デザートの代わりにすっと寄り添う。
食後酒として迎えると、夜がきれいに閉じていきます。

深夜まで営業しており、草津でこんなふうに“旅の続き”ができる場所は貴重です。

日常のテンションのまま扉を開けて、
気づけば、異国の熱に肩を預けている。
そんな夜が欲しくなったら──ここに寄港してみてください。

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“特別な日にしてしまう店” 大津リストランテ ラーゴ昼の物語

大津駅から琵琶湖方面へ徒歩10分ほど。
国の登録有形文化財・旧大津公会堂の1階に確かな存在感で佇むイタリアンがあります。
その名は「リストランテ ラーゴ」。

扉の向こうに広がるのは、滋賀という日常の座標から、ふっと一歩ずれた世界です。
歴史ある洋館の空気は、どこか異国の温度をまとい、ここだけ時差を抱えているような趣きがあります。
入口は1階に2カ所。お店は西側の入口から、物語のページをめくるように足を踏み入れました。

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今回いただくのは、K.T〜おまかせ〜コース(税込7,700円)。
ランチでこの“おまかせ”を選べるという時点で、すでに胸が高鳴ります。

イタリアンのお店は数多くあれど、滋賀で「コースのみ」という潔いスタイルを貫く店は珍しい存在です。
選択肢を増やすのではなく、体験の密度を上げる。その覚悟を、私は料理が運ばれる前から感じていました。

ランチ営業時間は11時30分から14時まで。
トイレは施設の都合で店内入口の外にあります。
オペラが流れるフロアでは若い女性スタッフお二人が、無駄のない動きでテキパキと応対されていました。
この滑らかなオペレーションが、“今日のコースは信頼していい”という無言のサインのようにも思えます。

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パン、デザート、食後のコーヒー・紅茶まで含めた全10品。
その中でも、私の記憶に深く刻まれた“感動の1品”をご紹介します。

人参のスプーマ

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人参のムース。
コンソメのジュレソース。
そしてイクラ。

一見すると、静かな構成です。
しかし口に運んだ瞬間、景色が変わります。

人参のやさしい甘みが、コンソメの旨味によって輪郭を与えられ、
そこへイクラの塩味と弾ける食感が、決定的な一打を入れてくる。

“素材が語り合い、最後に握手を交わす”。
そんな完成の瞬間が、一皿の中にありました。
派手さを控えながら、余韻で勝負する。
この静かな強さに、私は完全に心を奪われました。

 

私がイタリアンのランチコースで比較できるのは、リッツ・カールトン京都の「ラ・ロカンダ」くらいですが、
ロケーションとスマートなおもてなしの質感は素晴らしく、“特別な食事を特別な記憶に変える力”が、ここには確かにあります。

調理もまた、食材の良さを無理に装飾せず、
最適な角度で光を当てるような手法が中心でした。
素材に敬意がある料理は、食べる側の心を静かに整えてくれます。

さらに、ドリンクメニューには女性ソムリエ厳選のグラスワイン3種ペアリングが用意されており、
料理の流れに“もう一段の物語”を重ねる楽しみがありました。

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決してカジュアルではない緊張感はあります。
ただし、それは“堅さ”ではなく“丁寧さ”の空気です。

そしてフレンチのコースとは違い、
パンに加えてパスタが2種登場する構成。
美味しさの高揚と、満腹という現実的な幸福が、
同じ地点に着地していくのが心地よい。

このランチは、
「文化財の空気」と「料理の誠実さ」と「サービスの温度」が同じ一句を紡いでいくような体験でした。

特別な日を祝うための場所というより、
“特別な日にしてしまう場所”。

そんな一軒です。

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リッツカールトン京都「ザ・バー」──紅葉とジャズに包まれる夜

わざわざ打合せで使う場所ではない。
その“正しさ”は、私も理解していました。

それでも私は、マリオットボンヴォイ会員としてのポイント利用という甘美な誘惑に屈したのです。


合理性よりも、体験価値。


平凡な一日を、非凡な一夜へ変えてしまう力が、このホテルにはあります。

クライアントとの打合せ開始は18時。
この時間はロビーラウンジが使えないため、舞台は自然とバーへ移ります。

今回は、リッツカールトン京都の「ザ・バー」利用レビューをご紹介します。

バーの利用は17時からで、曜日によって閉店時間が変わります。
そして金曜日のこの日は、3回の生バンドによるジャズ演奏。それはBGMではなく、時間そのものを“格上げ”する演出でした。
ドレスコードはカジュアルエレガンス。
ただ、周囲を見渡せば、特に宿泊客と思われる外国人はそこまで気にしていない様子。
格式と自由が同居するこの空気感こそ、リッツの流儀なのかもしれません。

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夕暮れのリッツカールトン京都は、紅葉と溶け合い、昼間よりも深い陰影をまといます。
入口までの通路はライトアップされ、入口脇にはクリスマスツリー。
秋の余韻と冬の気配が、同じフレームに収まる──その瞬間、季節が静かにひとつ先へ進むのを感じました。

自動扉を抜けると左手にコンシェルジュデスク。
右手の通路を進むと、縦格子の壁に阻まれます。

──しかし、それは“壁”ではありません。
壁一面が自動扉となっており、初見では入口が分からない仕掛け。
この小さな迷いが、むしろ心地よい。
ここから先は、日常のルールが通用しない領域です。
そう告げられているようでした。

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通路脇のソファでクライアントの到着を待ちます。
ソファテーブルには生花。
間接照明が浮かび上がらせる装飾壁。
そして、リッツカールトン特有の香り。
仕事のために来たはずなのに、
心の方が先に“別世界”へチェックインしてしまう。
そんな感覚がありました。

クライアントと合流し、通路正面突き当たりの受付へ。
イタリアンの「ラ・ロカンダ」と同じ入口のため、バー利用を告げると、スムーズに席へ案内されます。

18時からバーを利用する客はまだ少なく、
今回は一番奥のソファ席。
上着を預け、やや硬めのソファに身を委ねた瞬間、肩書きが少しだけ軽くなる気がしました。

目の前にはバーメニューとラウンジメニュー。
食事の提供も可能なようです。
今回は、つき出しで提供される驚くほど美味しいナッツと、2種のドライフルーツでお酒を楽しむことにしました。

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やがて19時30分。
ジャズバンドの演奏が始まると、空間の温度が変わります。
その頃には宿泊客と思われる外国人が席を埋め、
バーは“夜の顔”を完成させていました。

仕事の話はほどほどに、プライベートの話が熱を帯びていきます。
そして不意に、ゴルフを始めるよう勧められました。
この場所は、商談の結論より、人間関係の余白を育てるのが上手い。
そう感じさせる瞬間でした。

帰りは席で会計を済ませ、演奏する生バンドを横目に受付で上着を受け取り解散。
最後の最後まで、時間のリズムを乱さない所作が続きます。

薄暗い店内と、計算された光の演出。
押し付けのない上質なサービス。

この場所は、
“打合せの効率”のためではなく、
“人生の密度”のために存在しているのかもしれません。

次は仕事ではなく、もっと大切な人と。
もっと守りたい夜のために。

私は、再訪を心に決めました。
静かに、しかし確信を持って。

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土鍋ご飯に心を掴まれる。草津「滋味康月」お昼の風コースで知るグルメの原点

草津駅から徒歩5分足らず。

滋賀では珍しいテナントビルの地下へと降りていきます。エレベーターか、やや急な階段を降りたその先に、静かに灯りをともす和食の名店があります。

 

私にとって、グルメの原点──「滋味康月」です。

 

ここで初めて体験した「食の感動」が、私の価値観を大きく変えました。

それ以来、両親やお世話になった方をお招きする、いわば“勝負どころ”の店として、節目ごとにこの暖簾をくぐってきました。

そして今回。

異動という一つのターニングポイントを迎え、6年ぶりに康月を訪れることにしました。

 

6年ぶりの扉を開ける

 

これまでは夜のみの利用でしたが、「お昼が特に人気」という話を何度も耳にしていました。半ばあきらめにも近い気持ちで、ダメ元のつもりで電話をかけてみると──

 

「ご希望の日、空いておりますよ」

 

そう言われた瞬間、胸の奥で小さなスイッチが入るのを感じました。

“6年ぶりの再会”を果たすのにふさわしい舞台が、自然と整っていくような感覚です。

かつては「お昼は半年待ち」というイメージが強く、予約困難な印象がありましたが、コロナ以降は状況も落ち着き、以前ほどの混雑ではないとのことでした。

なお、お昼の時間はクレジットカード決済が利用できず、支払いは現金のみです。

特別な時間を台無しにしないためにも、財布の中身だけは事前にしっかり整えておきたいところです。

 

今回は、デザート・茶菓子・珈琲まで含めて全12品構成の「お昼の風コース」(税込7,150円) をいただきました。

全てが美味しいその中から、心を深く揺さぶられた3品を、あえて絞ってご紹介します。

 

 

1.八寸 ─ 季節と「帰ってきた自分」を告げる一皿

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最初に供された八寸は、まさに“季節の縮図”のような一皿でした。

一つひとつの品が小さな物語を持ち、味わうごとに食感、香り、余韻が変わっていきます。

薄いグラスでいただくエビスビールを合わせた瞬間、ふっと肩の力が抜けました。

 

「ここまで戻ってくることができた」

 

仕事の環境が変わり、日々のリズムも揺れ動く中で、変わらずこの場所があり、変わらずこの八寸が“再会の挨拶”をしてくれる。

その事実が、ひとつのご褒美のように感じられました。

安心感と、これから供される料理への期待感。

その両方を一皿で同時に膨らませてくれるのが、康月の八寸です。

 

2.鰆の西京焼き ─ 火入れが物語る職人の矜持

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続く主役級の一皿が、鰆の西京焼きです。

 

脂ののった皮目はパリっと香ばしく、

箸を入れると、身は驚くほどふわりとほどけていきます。

「焼き」というシンプルな調理法だからこそ、

火入れのわずかな差で印象が変わります。そのギリギリのラインを、迷いなく越えて仕上げてくるあたりに、職人としての矜持を感じます。

そして、ここからが康月らしいところです。

添えられた蜜柑、干柿の天ぷらと合わせることで、口の中の世界が一変します。

柑橘の爽やかさ、干柿の濃厚な甘みが折り重なり、ひとつの皿の中で何度も「味の転調」を楽しめます。

和食の枠を逸脱することなく、しかし想像を軽々と超えてくる。

この瞬間、「ああ、自分はやはりこの店の料理が好きだ」と、改めて心の中でうなずいていました。

 

3.白ご飯とご飯のアテ6種 ─ シンプルの極みが、一番贅沢

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今回のコースでも、やはりもっとも胸を打たれたのは、土釜(おくどさん)と土鍋で炊いた白ご飯と、ご飯のアテ6種でした。

土鍋の蓋が開いた瞬間に立ち上る湯気。

粒が立った白いご飯の輝き。

視覚だけで、すでに勝負がついているような説得力があります。

ひと口、口に運んだ瞬間、

「ご飯そのものがご馳走である」という、当たり前でいて忘れがちな真理を、強烈に思い出させてくれます。

噛むほどに甘みが増し、気づけば無心でかき込んでいました。

おかわりも可能で、おこげを楽しんだり、卵かけご飯にしてみたりと、ひとつの土鍋から何通りもの“幸せな締め”を作ることができます。

華やかな料理の数々を締めくくるのが、“ただの白ご飯”。

しかし、その“ただの”を極め切ったとき、ここまで心を動かせるのか──。

康月の凄みを、改めて思い知らされる一皿でした。

 

初めての康月で、価値観が変わった夜

 

私が初めて康月を訪れたのは、まだ今よりもずっと経験値の少なかった20代の頃です。

カウンターの向こうには、やや強面の初代店主。

緊張で背筋を伸ばしながら、その包丁さばきをただ黙って追いかけていました。

やがて、目の前に料理が並び始めます。

最初の一口を含んだ瞬間、全身がゾクッと震えました。

「家庭では、絶対に再現できない」

そう確信させるレベルの仕込みと、繊細な味の設計。

“食事”という日常的な行為が、一気に“体験”へと昇華していく。その境目を、康月は鮮やかに超えてきました。

この夜が、私にとっての「食のターニングポイント」でした。

それ以来、人生の節目や、感謝をきちんと伝えたいタイミングで、私はこのカウンターに戻ってきます。

 

カウンターの特等席で聞いた、康月の哲学

 

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今回は、店主が調理される真正面のカウンター席。

包丁の音、鍋の音、火の加減。全ての「仕事」が、ライブでこちらに届きます。

合間に伺った話が、どれも印象的でした。

「同じ銘柄のお酒でも、どこから仕入れるかで味が変わるんですよ」

ラベルだけでは見えない、扱い方や保管環境の違い。

その“見えない差”まで把握したうえで、その日の料理とゲストに合う一本を選ぶ。そこに、プロとしての視点と責任感を感じました。

食材は、滋賀の契約農家から仕入れたものを中心に構成されています。

さらに、「洋食にならないように」という哲学のもと、乳製品やオリーブオイルは使わず、あくまで“和食であること”にこだわっているそうです。

表面的な華やかさではなく、

「どんな料理でありたいか」という軸が、明確に通っている。

その姿勢が、皿の上にそのまま表現されているように感じました。

 

炭火焙煎の珈琲で締めくくられる、大人の余韻

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オプションでお願いした珈琲も、康月らしい一杯でした。

焙煎度合いを指定し店主自ら炭火で焙煎し、豆の風味そのまま試食した後にその場で挽き、ペーパードリップしてくださいます。

雑味のないクリアな味わいと、立ち上る香りの高さは、和食のコースの余韻を壊すどころか、むしろ静かに引き延ばしてくれるような存在でした。

最後の一滴まで飲み干したとき、ふと「またここに戻ってこよう」と自然に思える。

それは、満腹感ではなく「満足感」がしっかりと残っている証拠だと感じます。

 

感謝を“言葉以上の形”で伝えたいときに選ぶ店

 

両親をねぎらいたいとき。

お世話になった上司に、きちんと感謝を伝えたいとき。

あるいは、自分自身の節目にケジメをつけたいとき。

そんなタイミングで、真っ先に頭に浮かぶのが康月です。

ここは、ただの「お気に入りの和食店」ではありません。

私の中で、「食を通じて、誰かと真剣に向き合うための場所」として存在しています。

派手さはないかもしれません。

しかし、積み重ねてきた技術と美意識、そして静かなこだわりで組み立てられた一皿一皿が、人生の“大事な場面”を、いつもそっと後押ししてくれます。

滋賀で、感謝をまっすぐ届けたいとき。

私はこれからも、康月のカウンターを思い浮かべるのだと思います。

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