目黒区の寺社巡り「目黒不動尊」江戸の風情漂う(1)

 東京都目黒区の寺社巡りの続きに戻ります。今回の寺社散策の一番の目的は、「目黒不動尊」です。安養院、蛸薬師を参拝し、直ぐ西側の「龍泉寺」の仁王門へ向かいます。 

 

瀧泉寺(りゅうせんじ)

 山号:泰叡山

 寺号:瀧泉寺

 宗派:天台宗

 創建:大同3年(808)

 開基:慈覚大師円仁

 中興:慈海

 通称:目黒不動尊

 

瀧泉寺の縁起

 天台宗泰叡山龍泉寺は、大同3年(808)に慈覚大師が開創したと云われ、不動明王を本尊とし、通称「目黒不動尊」と呼び親しまれています。
 江戸時代には3代将軍徳川家光の帰依により堂塔伽藍の造営が行われ、それ以後幕府の厚い保護を受けました。また、江戸五色不動(目黒・目白・目赤・目黄・目青)の一つとして広く人々の信仰を集め、江戸近郊における有名な行楽地になり、門前町とともに大いに賑わいました。
 境内の古い建物は、戦災でその大半が焼失しましたが、「前不動堂」と「勢至堂」は災厄を免れ、江戸時代の仏堂建築として貴重です。

 その昔、境内には「銅造役の行者倚像」、「銅造大日如来坐像」があり、仁王門左手の池近くには「山手七福神」の一つの恵比寿神が祀られています。裏山一帯は、縄文時代から弥生時代までの遺跡が確認され、墓地には青木昆陽の墓があります。

(目黒区教育委員会より抜粋)

 

『江戸名所図会』巻之三天璣(てんき)之部第七冊に「目黒不動堂」の記述があります。

 中央左に「仁王門」があり、左に「手水や」、右には「三仏堂」、「高安明神」などが並んでいます。仁王門の先の階段を登ると、「本堂」に着きます。本堂の裏には「開山堂」、「太子」、「大日」などが取り囲んでいます。

仁王門、手水やの左には、「垢離堂」、「前不動」、「せいし」などが続きます。画面の右下には、「滝泉寺」、「方丈」が見えます。

 現在と共通する名前が多数出ており、神仏分離令関東大震災、大戦など乗り越え見事に復活しています。

 

仁王門

 目黒不動尊の仁王門です。1962年再建。

 

 右側の寺号標と狛犬

 

 仁王門正面。扁額は山号の「泰叡山」。

 

 迫力の金剛力士像です。

 

 仁王門を潜って境内に入ります。

 

 金剛力士像の後ろにも狛犬がいました。仁王門を振り返って撮るとこんな感じです。

 

 まず手水舎で心身を清めます休みの日など参拝者が多いと思われ、大きな手水舎です。

 

男坂、女坂

 境内は思いのほか広く、左右に石像、お堂などがあります。どこから見て行くか迷いますが、やはり本堂を目指します。真っ直ぐ行くと石段があり、その上に本堂がある広い高台となっています。

 

 龍泉寺の公式サイトに載っている境内図です。

 

 石段を上がるには、急な男坂となだらかな女坂があります。

男坂です。上がった所に山王鳥居が見られます。山王鳥居とは、明神鳥居の笠木(かさぎ)の上に設けられた三角形の破風(はふ)が特徴で、「神仏習合」の象徴なのです。

 

 女坂の方を利用しました。

 

役の行者倚像

 女坂の途中に目黒区指定文化財の「銅造の役の行者倚像」があります。

 

 役の行者(えんのぎょうじゃ)は、奈良時代の山岳修行者で、修験道の祖と呼ばれる伝説的人物です。

 

 高さ42.2cm、坐高92.7cm。頭巾をかぶり、木の葉の肩衣をかけ、右手に錫杖、左手に巻子(かんす)を持って腰掛けています。

 やや痩せがたの神秘的な像で、均整のとれた体躯や手足の表現、法衣(ほうい)や袈裟のしわなど巧みな表現で、江戸時代の銅造彫刻の中でも優れたものです。寛政8年(1796)太田駿河守藤原正義の作です。

 

本堂

 女坂を上がって本堂前に出ます。男坂の方へ行くと第一区筒先と書かれた巨大な石灯篭が出迎えてくれます。百度石もあります。

 

 ここでも狛犬が出迎え、手水舎で身を清めます。

 

 ここからの眺めが最高です。男坂観音堂などです。

 

 いよいよ本堂です。1981年再建、御本尊の不動明王が祀られており、お護摩祈祷も行われています。江戸時代は庶民の娯楽の場所で、門前町はとても賑わっていたそうです。

 

 十二年に一度の御本尊の御開帳があるようです。懸造(かけづくり)になっています。

 

大日如来坐像

 本堂の裏手です。以外に広く仏像、祠など多数あります。

 

 先ず「銅造大日如来坐像」です。その位置は、本堂内部の御本尊、不動明王の真裏です。江戸時代には堂舎に納められ、その後は長らく露座でしたが、現在は覆屋根が設けられています。

 

 蓮華座に結跏趺座(けっかふざ)している像です。高さは385cm、坐高は281.5cm、頭長は121cm。吹き寄せという技法で制作されており、体躯に比べ頭部を大きく造るのは大仏像共通の特色です。

 面相も体躰も衣文表現もよく整っています。天和3年(1683)に鋳物師横山半右衛門尉正重により制作。

 

 近くにある大日如来遷座供養碑。

 

 仁王門から本堂裏手の仏像、お堂などを拝見して来ました。まだまだ地主神の大行事権現、四天王像、そして本堂前の独鈷の滝、前不動堂等々見所満載です。長くなるのでこの辺で次回とさせて戴きます。

                                  以上