全国的に猛暑の夏が続いておりますが、この猛暑の間隙を縫い、久しぶりに寺社散策に行って参りました。比較的近場の新宿神楽坂界隈、浄土宗の「光照寺」です。新宿は、四谷、早稲田、北新宿など20以上の寺社を巡っていますが、今回の神楽坂は初めてです。

大江戸線の「牛込神楽坂駅」から東へ数分位の所で、地蔵坂という通りに面しています。


地蔵坂の名前の由来が書いており、「この坂の上に光照寺がり、そこに近江国(滋賀県)三井寺より移されたという子安地蔵があった。それに因んで地蔵坂と呼ばれた。…」
山門へ
直ぐに、光照寺の参道が現れます。寺号標に「浄土宗 光照寺」と刻まれています。


山門です。


「光照寺(こうしょうじ))
山号:樹王山
院号:正覚院
寺号:光照寺
宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀如来
開山:清誉上人光照
開基:松平次郎左衛門信貞
光照寺の縁起
光照寺は、浄土宗増上寺の末寺で、正式には「樹王山正覚院光照寺」と云います。
徳川家康が江戸幕府を開いた慶長8年(1603)に、家康の菩提寺として選ばれた増上寺の末寺として神田に起立されました。
開基は家康の叔父にあたる松平次郎左衛門信貞、開山は心運社清誉上人人昌光照で、寺号は開山上人の名前に因むものです。現在の牛込袋町には、正保2年(1645)に移転されました。
山門から参道を真っすぐ行くと鐘楼堂で、右側に本堂があります。

鐘楼の前に小さな地蔵です。境内に4体あると云いますが、他は気が付きませんでした。


鐘楼堂
鐘楼堂です。明治の神仏分離令の発布による廃仏毀釈の難によって取り壊されたと伝えられています。その後、昭和12年(1937)に復興するも、第2次大戦の空襲で消失します。梵鐘は、戦時中供出されていたため戦災を免れ、戦後返還されて平成5年、鐘楼堂の新築により復元されました。大変な歴史ある梵鐘です。


本堂へ
本堂の左側(北側)は、墓所が続いています。

本堂です。



本堂側面です。


本堂左の手前に、この寺院が保有している多くの文化財を新宿区教育委員会が紹介しています。


③木造十一面観音坐像(新宿区指定有形文化財彫刻)






本堂の左側に墓所に通ずる小道があります。

この墓所は、境内の北側に広がっています。この中にも「新宿区登録文化財史跡」などの文化財があります。
「便々館湖鯉鮒(べんべんかんこりふ)の墓」という「新宿区登録文化財史跡です。


「江戸時代中期の狂歌師便々館湖鯉鮒は、寛延2年(1749)に生まれ、幕臣で小笠原若狭守支配、禄高150俵、牛込山伏町に居住した。
はじめ、牛込に住む幕臣で狂歌師の朱楽菅江(あけらかんこう)に狂歌を学び、その後、唐衣橘州の門下に転じ、世に知られるようになった。
大田南畝(蜀山人)とも親交があり、代表作「三度たく米さえこわしやわらかしおもうままにはならぬ世の中」を、南畝が揮毫した文政2年(1819)建立の狂歌碑が西新宿の
常圓寺にあり、新宿区指定文化財に指定されている。
文化15年(1818)4月5日、享年70歳で没した。」
また、本堂の裏の東側に「新宿区登録文化財歴史資料」に指定されている「諸国旅人供養碑」があります。
「神田松永町の旅籠紀伊国屋主人利八が、旅籠屋で亡くなった客の菩提を弔うため、文政8年(1825)に建立した供養碑である。… 当時旅先で客死する例が多かったことを示す歴史資料として、また珍しい供養碑として貴重である。」


その近くに「合祀塔縁(えにし)」もあります。合祀塔や地蔵群が立ち並びます。


そして、境内の北の西端に、光照寺は出羽酒井家の江戸の菩提寺であったため「出羽松山藩主酒井家墓所」があります。
「この墓域は出羽の国松山(松嶺)藩主酒井家一族の墓所である。松山藩は徳川の譜代大名であり、庄内藩初代藩主酒井忠勝の三男忠恒が分家として正保4年(1647)2万石で創設された。明治の廃藩置県に至るまで八代を数える。…
江戸期における大名墓は、一般に国元ではよく保存されているが、府内のものは次々に消失している。新宿区内では当寺のものを含む数箇所のみである。」


最後に御朱印です。本堂の右側にある庫裡がありますが、4種類の御朱印が準備されており、全て頂きました。
庫裡

本尊の「阿弥陀如来」と「安産子育て地蔵」


十一面観音坐像と地蔵尊


おわりに
夏バテか、なかなか体調が戻らずにいましたが、関東に台風が来る前日に、今回の新宿神楽坂散策となりました。寺院は光照寺の他、善国寺、安養寺そして赤城神社と4か所巡りました。思いの外、収穫のある散策でこの猛暑の中、思い切って出かけて正解でした。この暑さでも、神仏の前では心が引き締まる感じがします。
今回の光照寺は、文化財が豊富でしたが、残念ながら公開はしていなく、また公開の予定も無いそうです。しかし、対応して頂いた住職の奥さんでしょうか、墓所の諸国旅人供養碑や便々館湖鯉鮒の墓などを勧めて頂きました。しっかり教育委員会の説明掲示板もあり良かったです。また御朱印も4種類あり少しマンガチックで心が和む気がします。
また新宿神楽坂の街は、近代的で洒落た感じの街ですが、古いものも大事にするような、そんな街の印象です。有難うございました。
以上