私のブログが二つありkoudo8の方にNo1を投稿しています。今後は全てこのブログに投稿しますのでこちらを読んでください。空襲の日は今で言う単身赴任で四国にいた父がちょうど帰ってきており、子供ながらに力強かったです。当時本家の人たちが細堀(今の西大寺町の広珍軒のあたり)に住んでいて、空襲の際には国富に逃げて来るように言っていたので、父は真っ黒い雨がふるなか傘をさして日が暮れるまで立ちどうしていたのが目に焼きついています。本家の人たちは逃げる途中で皆バラバラになり火の勢いが強いので旭川の川原に避難していて翌日我が家にやって来ました。岡山城(烏城)が三日三晩メラメラと赤い炎を上げて燃えて崩れてゆくのを覚えています。
#
by koudo7
| 2005-07-12 10:00
.gif)



