楽でいられるってどういうことなのでしょう?
身体的な楽は、凝ってるところや重苦しいところが無く、呼吸が心地よい状態のところ。凝り(力み)があるとそれだけでしんどいですよね...。
力みが強いほど呼吸も浅くなりやすい。呼吸が浅いという自覚がなくても、なんだか気が安まる感覚がない、忙しない感覚がある、思考が止まらない...なども呼吸が浅い息苦しさから来ることもあります。無関係ではない。
私の場合は、なんかいつもぐるぐると考えてしまっていたり、
ネガティブモードになりやすかったり、
まとわりつくような重たい感覚があったり、としてました。
(↑こういうモードになっている時は姿勢の崩れで口呼吸になっていたり、必要以上に背骨に力みがあって呼吸が浅くなっているとき、という事に気づいてから、だんだんと色々変わってきました)
呼吸が浅くなる理由は?
身体を動かしていなさすぎで呼吸に関わるところが眠ってしまっている。動いていたとしても身体の動かし方もあります。呼吸が詰まるような動き方、呼吸が通る動き方。
また、身体の緊張や力み(肩こり腰痛等含む)が多いほど呼吸に影響しますし、力みが多いこと自体が楽ではないです。
また、正しくやらなければならない、ちゃんとできなければいけないなど思考が強すぎる、情報過多、自分を受け入れられていない、も身体の力みを生み、呼吸の浅さ、息苦しさに繋がっていきます。
なので楽であるということは、身体の力みが少なく(いい感じで脱力できてる)、呼吸が阻害されていない(呼吸が通っている)、思考は程々に身体をちゃんと感じられている(身体感覚を受け取れている)、自己受容できている(生まれ持った資質が活かされている)、ということになります。自分自身が居心地良い。
力みが多く呼吸が浅くなるほど慢性的な不調も増えやすく、楽でいられるほどに不調はおきづらくなります。
楽、というと あー楽チン♪ みたいなイメージがありますが、それらは身体を動かさなくてすむから楽チン♪、頭を使わないで済むから楽チン♪、と面倒なことはしなくていい、カロリーを消費しない方の楽さかなと思うのですが、そういう生活をしていると結果としては自分が生き物として楽な状態からは遠ざかっていくという悲しい現実。
楽でいられる心身を保つには、適度に身体全体を動かし、動くことで身体感覚を育て、自分にとって不必要な情報をわざわざ取り入れず、適切な自己探究(自分探しではない) というある程度面倒でカロリーを使うことが必要ということです。
楽チン♪と楽でいられる事は違うのだというお話でした。
かく言う私も楽でいられるってどういう事なのだろう?と身体で模索の毎日です。割と思考が強いタイプなので....。

猫は多分、楽ちんを求めるよりかは心地良さを求めている気がする。


